アニメーションで見る相対性理論
特殊相対性理論成立の歴史的背景
まず、特殊相対性理論の成立までの歴史的経緯を簡単に紹介します。
説明を簡単にするために、科学史的な正確さを欠く部分があるかと思いますが、
ご容赦ください。
光の正体については、ニュートンの昔から光は粒子であるという説と、
波であるという説がしのぎを削っていました。
後に、これに決着を付けたのがマックスウエルによって完成を見た電磁気学でした。
この理論に従うと、
電場(電界)と磁場(磁界)の振動が秒速30万キロメートルで伝わることが理論的に予言されます。
これを電磁波といいます。
当時、計測されていた光の速さも秒速30万キロメートルで、
光のその他の性質も、
マックスウエルが導いた電磁波の性質と一致しました。
この時点で、光は「電磁波という波」であると、当時決着しました。
ところが、海の波、音の波を考えると、
波が伝わるには、海水、あるいは空気などの媒質が必要になります。
水がなければ海の波は伝わりませんし、空気がなければ音は伝わりません。
このため、世界の物理学者は、電磁波の媒質の存在を仮定し、
これに「エーテル」という名前を付けました。
そして、その検出にやっきになりました。
エーテルのことを「静止エーテル」ともいい、
光の速さはこの静止エーテルに対する速さということになります。
エーテル仮説に従えば、
地球は宇宙空間に静止しているエーテルの中を進んでいるか、エーテル中に静止しているかです。
地球は太陽の回りを進行の向きを変えながら公転してしているので、
一年中エーテルに対して静止していることはありません。
少なくとも、春分の日と秋分の日のどちらかは、エーテルに対してゼロでない速度を持ちます。
海(エーテル)の上を船(地球)がゼロでない速度で進んでいる様を想像してください。
波が船の進行方向から来れば、船から見た波の相対速度は速くなり、
船の後ろから来れば、相対速度は遅くなります。
真横から来れば、相対速度は、間の値をとります。
とすれば、春分の日と秋分の日に、
光の進行方向を 360 度回転させて光の速さを測定すれば、
少なくともどちらかの日に(あるいは、両方の日に)、
光の速さが光の進行方向の回転につれて変化するはずです。
精密な実験(マイケルソン-モーレーの実験)の結果、
この光の速さの変化は検出されませんでした。
この結果は、当時の物理学者たちに衝撃を与えました。


様々な学者が、エーテルを基にこの現象を説明しようと試みる中、
1905年、アインシュタインは、エーテルの存在を仮定せず、
「光の速さは観測者の運動に関わらずに一定である」と仮定し(直感的には奇異な感じを持たれる方も多いかと思いますが)、
議論を推し進めた結果、運動する物体の進行方向の長さが縮む現象や、
運動する時計がどんどん遅れていくことなどを予言し、
後に実験で正しいことが検証されました。
これが特殊相対性理論です。
なぜ、アインシュタインは、
この奇異な「光の速さが変わらない」という仮定を確信するに至ったのでしょうか。
それは、前述の実験結果よりもむしろ、マックスウエルの電磁気学にありました。
この理論より導かれる光の速さ(秒速30万キロメートル)は、
一体何に対する速さなのでしょうか。
静止エーテルに対する速さと考えられたと申しましたが、
何か変ではないでしょうか。
地上に静止している人と、地上を移動している人がいたとします。
この静止と移動は、地球があって初めて意味を持つ概念です。
地球がなければ、移動している人から見た時、
自分が静止していて相手が移動していることになるはずです。
つまり、物体の運動は、観測者によって変わる相対的なもので、
ある特別な観測者は存在しないのではないでしょうか。
もっと言えば、
あらゆる等速直線運動する観測者は皆対等で、
マックスウエルの電磁波の理論は、
どの観測者にとっても成立するのではないでしょうか。
電磁波の方程式は、位置 x と時間 t についての方程式で、
電磁波の伝わる速さは、位置を表す x-軸に対する速さです。
位置 x の原点にいる人に対する速さといってもいいでしょう。
とすれば、
マックスウエルの理論から秒速30万キロメートルの速さの電磁波が導かれるからには、
どの人にとっても(どの移動する x-軸にとっても)、
光の速さは秒速30万キロメートルなのではないでしょうか。
アインシュタインは、波の媒質という常識を捨てて、
この相対的な世界観を選んだのです。
そして、その帰結が実験で検証されたのです。
ここで、いろんな速さで光から逃げる観測者にとって光の速さを一定にするには、
まず、思い付くこととして、
移動する「ものさし」が、その速さに応じて縮めばよい(目盛りが細かくなればよい)、
あるいは、移動する時計の刻みが、その速さに応じてゆっくりになればよい、
と考えられた方もいるかもしれません。

しかし、これだけでは上の図の両アイディアにおいて、
「下のものさしにとって左からの光と同じ速さ」で右から光が来たとき、
左右からの光の速さは、図の動いているものさしにとって変わってしまいます。
右からの光は、左からの光より、多くの目盛りを通過していきますね。
ものさしの縮みと、時計の遅れを同時に起こるものとしても、
同じ事です。以下の図に示すとおり、
上のものさしの時計はひとつですから、
上のものさしにとって左右からの光の速さは、
多くの目盛りを通過する右からの光のほうが速いことになります。

さらに、アイディア1の図で動いている観測者からみて、
同図で静止しているものさしは伸びるのでしょうか。
これは、どちらの観測者にとっても相手の条件は同じなのに、
一方からみれば縮み、他方からみれば伸びるというように、
対称性が破れています。これは、相対的なものの考え方として、
明らかに変です。
一方にとって他方が縮むなり伸びるなりすれば、
他方からみても、全く同じに相手が縮むなり伸びるなりすべきです。
左右からの光の速さが同じになったり、
互いに縮むことが可能となるような重大なからくりがあるのでしょうか。
そこで、次章以下で、なぜ動く物体が縮むのか、
どの程度縮むのか、なぜ動く時計が遅れるのか、
どの程度遅れるのか、
重大なからくりとは何かをきちんと説明します。
光の速さがあらゆる観測者にとって一定であることや、
それぞれのものさしが他方にとって縮むことが奇異ではないことを、きっとご理解頂けるでしょう。
更にローレンツ変換についても説明します。
これは、ひとつの出来事に対応する位置と時間の組が、
2つの互いに動いている座標系でどういう関係で結ばれるかを示す式です。
そして、ローレンツ変換が図で表されることを示し、
それを元に双子のパラドックスなどを解説します。
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