出会いのことなど
98年春、彼に出会った。
インターネットができるパソコンを買ったのは96年。
ホームページ閲覧はたまにしてたけど、
アクセスポイントは近くにないし、モデムは遅いし、メモリは16MBでしょっちゅう凍りついちゃうしで、
たいして使ってはいなかった。
周りに教えてくれるような人もおらず、ブラウザ付属メールソフトの設定は挫折。
「ニフティの使えるから、まあそれでいいや。」
と、生来の面倒くさがりや体質がそれ以上の努力を妨げる。
そんなこんなで、ぼーっとしたまま2年が過ぎた。
職をかえて2年目、仕事にも慣れ、「う〜ん、最近なんか暇だなあ。」と、
ぽっかりと空いた時間を手にしていたある日。
「よーし、今日は久しぶりにメールソフトでも開いてみるか。」
と、ネットスケープ(バージョンは「2.○」だかだったはず)いろいろいじくってみる。
そしたらあれまあ、なんだかちゃんとできたではないの。
2年間使うことのなかったinfowebのメールアドレスを初めて使い、
自分宛てに何度もメールを出してみる。ちゃんと届いた!
ニフティのアドレスとのやり取りも成功。(自分のアドレス同士でね。なんか寂しいのう。)
やったー、できたできたあ。一人でここまで来るのは長かったなあ...としみじみ。
いや、ただ単に怠慢で調べるのがめんどくさかっただけなんだけどさ。
急に自分が達者なPC使いになったような気分(もちろん錯覚)は、
その日のうちに次の行動へと私を駆り立てた。
そうだ!外国のペンパルサイトで英語の文通友達探そうっと!
一人で英語やってるけど、「書く」ほうは全然機会がない。
メールで文通なら割と気楽に書く練習できるかもね。
文字でちゃんとコミュニケーションとれるかどうかそんなに自信はないけど、
まあどうにかなるでしょう。
検索エンジンで探し、ペンパル募集サイトをいくつか見てまわる。
かなり大規模なところから、個人でやってる小さなのまで、個性いろいろ。
10代の登録が多いようなサイトは、
自己紹介の文句からして「☆☆☆??!!!△△○○−−−!!!!」
と、ちょっと近寄れない雰囲気。
結局ヨーロッパの個人のサイトで
居住している国ごとに登録・閲覧するタイプのところに決めた。
ファーストネーム、年齢、メールアドレス、趣味(散歩・料理・音楽)を打ち込む。
わーい、ちゃんと登録されたぞう。
私の情報は「居住地・日本」のページの中で7番目。
ひとつ前の人(つまり6番目ね)は2週間前の登録だけど、その前となると1年前だ。
けっこう地味なサイトなのかな、でもまあいいや、楽しみにのんびり待つことにしようっと。
そして次の日。
さーて、メール来てるかなー。
いや、昨日の今日だもん、そんなに早く来るわきゃないよな、
気長に気長に、と、はやる心に「待った」をかけつつ、
仕事から帰って即ネットに接続。
おおおーーー!メール来てるよう!!!
1通だけだけど、うれしいぃぃ!
それが彼でした。
相棒がインターネットを使い始めたのは97年末。
最初は私と同じように世界に繋がっていく面白さに素直に感動し
ペンパルサイトを見ては何度かメールを出してみたそうだ。
しかし返事はなかなか来ず、来てもやり取りが自然に途絶えてしまうことばかり。
じゃあ自分で登録してみたら、ということでやってみたが、
来たのは結局、
「私はロマンチックなロシア女性。結婚を前提におつきあいしましょう。」
(美しい脚をことさらに強調したミニスカート姿の全身写真添付)
という、
明らかに「ドイツ人男性との結婚によるビザ及び滞在許可ねらい」と思われる
メールなどが2、3通。
そんなこんなで少々ネットには失望しかけていた時だったらしい。
この日はなんとなくネットサーフィンしててたまたま私の名前が目に留まり、
登録がほんの数時間前と新しかったので返事の来る確率が高いかなと思って、
でもあんまり期待せずにメールを出したそうな。
(私のほうはそのサイトを通じ50通以上のメールを世界中からもらった。
文通がまあまあ長く続いたペンパルもいたが、彼とのやり取りが頻繁になるにつれ自然消滅。)
出会ったペンパルサイトは、数ヶ月後には消えていた。
二人とも、どこをどうクリックしてそこに辿りついたのか、
今となってはもう全く思い出せない。
最初の頃、メールのやり取りは週に1度あるかないか。
それが徐々に回数が多くなり、3ヶ月後には互いに毎日書くようになっていた。
話題は多種多様。
仕事で辛かったこと、うれしかったこと、料理のレシピ、季節の草花、
休みにしたこと、家事、サッカーのワールドカップ、北アイルランドのテロ事件...。
そのうちにかなりプライべートなことも書くようになり、
なんだかメールの上でお互いの気持ち大盛り上がり、状態になってしまった。
そこで私がドイツに会いに行くことにする。
「自分にとってとっても大切な人」なのに実際会ったことがない、というのは、
ものすごく不自然なことのように感じたから。
そんな「不自然なこと」をずっと続けていくのは、なんだかいたたまれないように思えて。
でも「実際会う」ことは、ほんとに大きな「賭け」みたいなものだった。
いくらメール(と添付写真)で互いを知っていて寄せる「思い」があっても、
実際向き合ったときにどうなのかは誰にもわからない。
もし会ってみて「うーん、なんだか違う...。」という結果になれば、
きっと今のこのメールでの二人の素敵な関係は終わり。
やり取りは途絶えてしまうだろう。
そのことを覚悟していたから、ドイツ行きは嬉しさ半分不安半分、
単純にわくわく、ってわけではなかった。
98年末、クリスマスが終わったばかりのフランクフルト空港に降り立つ。
それまでは淡々と行動していた〜飛行機を乗り継ぎ、機内食を食べ、税関を通り抜け〜のが、
出口直前、あと数メートルで彼に会える、というところで
突然「ああこのまま引き返してしまいたい」感情に襲われた。
「私こんなところで何やってんだろう!」
それまで冷静だったのがうそのように頭が混乱し始め、でも立ち止まるわけにはいかない...。
出口を出る。いるかな。いるかな。
ああ、いた、彼に違いない。
赤いバラを持って待っていると言ってたのに、空港で花屋が見つけられなかったとかで
代わりに赤いハート型に「I love you」と書かれたロリーポップをくれた。
電車を乗り継ぎ、彼の街へと向かう。
二人、初めて英語で話す。ああ、話ができる。発音お互いに問題なし。
(この点二人ともちょっと不安であった。)
相棒は非常に落ち着いていた(見えた)けど、
前の晩は眠れなかったそうだ。
一緒に空港から街へ、会って時間がたつにつれ「間違いない」と確信が深まっていったとか。
何の確信かって?それはまあ...。
初めて会った日から7日目、結婚することを決める。
次の日の夜、パパさんとお姉さんに報告。
二人とも涙ぐみながら喜んでくれた。
日本に戻り私も家族に報告。
まあ、いつも「開けてびっくり玉手箱」式に生きてきたので、
突然のことだけど「こういうやつなのだ。」とあきらめてくれたらしい。
何やかやと雑事を済ませ、ドイツに来たのが99年春。
すぐにでも結婚したかったのだが私が再婚のため手続きに時間がかかり(注参照)、
7月23日にやっっっと結婚式を挙げることができた。
場所はここから車で1時間、バイエルンのある小さな村の戸籍係。
(結婚のための事前の書類作成などは住んでる自治体の役所で行うが、
挙式する役所は好きなところを選べるそうな。)
義姉のお友達がここの戸籍係の職員で、
まだドイツ語のほとんどできない私のために英語とドイツ語の両方で式を挙げてくれた。
参列者兼立会人(近年法律が変わり立会人なしでもOKになったそうだが)はパパさんとお姉さんだけ。
シンプルな半袖ワンピース姿の私は
日本の家族に見せるビデオを撮るため三脚をセットしリモコンでカメラを操作するという「花嫁兼カメラマン」、
スーツを持ってない相棒は白いデニム地のシャツ(持ってるなかで一番きれい)に
タンスの中から探し出した10年前のズボン(それ以外はジーンズしかない)、
というなんだか結婚式らしからぬ結婚式。
でもみーんな幸せで、うれしいうれしい結婚式だった。
(帰りはひどい雨でアウトバーンは事故のため大渋滞、というおまけつき!)
出会いはほんとに偶然だったけれど、
そこに至ったのは二人それぞれ悪戦苦闘しつつもPC使おうと努力してきたから。
また、結婚を意識するまでにコミュニケーションを深めることができたのは、
それぞれ自分で英語を勉強していたから。
だから、今二人一緒にいることは単なる偶然ではなくて、
「ここまで自分で歩いて来た。」という気がする。
自分で道をつけてせっせと山を登っていた二人が、尾根のどこかで出会ったような。
で、尾根を一緒に歩き始めて1年になる。
2000年7月25日
注:
ドイツではすべての離婚は裁判所で手続きされるそうな。で、その際、「離婚証明書」なるものが発行されるらしい。
この「離婚証明書」が次回結婚するときに必ず必要となる。
しかし日本ではほとんどが「協議離婚」(私も)、裁判所のお世話になる離婚はあんまり聞かない。
従って裁判所発行の書類なんてあるわきゃない。
(発行してくれるかどうか聞いてみたけど、無理らしい。)
ではどうするか。
日本の戸籍謄本などの書類とそのドイツ語訳(オフィシャルな翻訳者による)をもとに
ドイツの役所で申請書を作成してもらい、書類とともに裁判所に送り、
ドイツの裁判所から「こやつは確かに日本国で離婚が成立しておる。」というお墨付きをもらう、という次第になるんですねえ。
このやり取りに時間がかかったわけです。
ただしこれはバイエルン州での話で、州によってはもっと手続きが簡単な場合もあるらしい。
ちなみに私が用意した書類は、
自分の戸籍謄本、親の戸籍謄本、前夫の戸籍謄本、婚姻届・離婚届の写しとその記載証明(法務局発行)。
ほんとはこんなにたくさん必要なかったかもしれない(自分と親の戸籍謄本だけでもよかったかな?)けど、
ドイツに来てから「あれが足りない、これの証明はどうなんだ?」とお役所に言われたときのために、
日本で手に入る限りの「私はちゃんと離婚してるのだー!」ということを示す公的書類を準備しました。
翻訳にけっこうお金がかかったので、「高価な妻」と言われております〜。(笑)