《ヴァロア朝》
●フィリップ3世"剛勇王"――――+―●フィリップ4世"端麗王"1)→フランス王家
[1245-1285] | [1268-1314] (カペー朝)
フランス王(1270-1285) | ナヴァール王(1284-1304)
配1)イザベル | フランス王(1285-1314)
(アラゴン王ハイメ1世の娘)+―シャルル1)――――――――――――――+
2)マリー | [1270-1325] |
(ブラバン公アンリ3世の娘)| ヴァロア伯(1284-1325) |
| アンジュー・メーヌ伯 |
| アランソン・ペルシュ伯、シャルトル伯|
| 配1)マルグリット・ド・シシリ |
| (アンジュー・メーヌ女伯) |
| 2)カトリーヌ・ド・クルトネ |
| (コンスタンティノープル女帝) |
| 3)マオー(ギイ3世・ド・シャティヨ |
| ン・サン=ポールの娘) |
+―ルイ2)――――→エヴリュー伯爵家 |
[1276-1319] ナヴァール王家 |
エヴリュー・エタンプ伯 |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|
+―イザベル1) +―フィリップ1)
| [1292-1309] | [1315-1325]
| 配:ブルターニュ公ジャン3世 +―ジャンヌ1)
|《ヴァロア朝》 | [1317-1332]
+―●フィリップ6世1)―――――――――+―●ジャンヌ2世"善良王"1)―――+
| [1293-1350] | [1319-1364] |
| メーヌ伯(1313/1315-1328) | ノルマンディー公 |
| ヴァロア・アンジュー伯(1325-1328) | アンジュー・メーヌ伯 |
| フランス王(1328) | (1332-1350) |
| 配1)ジャンヌ(ブルゴーニュ公 | ギュイエンヌ公 |
| ロベール2世の娘) | (1345-1350) |
| 2)ブランシュ(エヴリュー伯 | フランス王(1350-1364) |
| フィリップの娘) | 配1)ボンヌ(ベーメン王ヨーハ|
+―ジャンヌ1) | ン盲目王の娘) |
| [1294頃-1353] | 2)オーヴェルニュ女伯ジャン|
| 配:エノー・ホラント伯 | ヌ1世(オーヴェルニュ伯|
| ギヨーム1世(3世) | ギヨーム12世の娘) |
+―マルグリット1) +―マリー1) |
| [1295頃-1340頃] | [1326-1333] |
| 配:ブロア伯ギイ1世 | 配:リンブルク公ジャン3世 |
| ・ド・シャティヨン | ・ド・ブラバン |
+―シャルル2世1)―→ヴァロア +―ルイ1) |
| [1297頃-1346] ・アランソン家 | [1328-1328] |
| アランソン・ペルシュ伯 +―ジャン1) |
| (1325/26) | [1332-1333] |
+―カトリーヌ1) +―フィリップ1世1)――――――+|
| [1299-?] | [1336-1375] ||
+―ジャン2) | ヴァロア伯(1336/1344) ||
| [1302-1308] | オルレアン公(1344-1375) ||
+―カトリーヌ2世2) |+――――――――――――――+|
| [1303-1346] || |
| コンスタンティノープル女帝 |+→(第1)ヴァロア・オルレアン家|
| (称号のみ、1308-1346) +―ジャンヌ2) |
| 配:タラント公フィリッポ1世 | [1351-1371]ブランシュ |
+―ジャンヌ2) | 結婚せず |
| [1304-1363] +―ジャン・ダルマニャック |
| 配:ボーモン・ル=ロジェル伯 | |
| ロベール3世・ダルトワ +―トマ・ド・ラ=マルシュ |
+―イザベル2) [1317-1361] |
| [1306-1349] |
| フォントヴロール修道院長 |
+―マリー3) |
| [1309-1331] |
| 配:カラブリア公・ナポリ副王 |
| カルロ・ダンジュー |
+―イザベル3) |
| [1313-1383] |
| 配:ブルボン公ピエール1世 |
+―ブランシュ3) |
| [1317-1348] |
| 配:ベーメン王・ローマ皇帝 |
| カール4世 |
+―ルイ3) |
[1318-1328] |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|
+―●シャルル5世"賢明王"1)―――――――――――――――――――――――+
| [1338-1380]王太子(1349-1364)、ノルマンディー公(1355-1364) |
| 国王代理(1356-1358)、王国摂政(1358-1360)、フランス王(1364-1380) |
| 配:ジャンヌ(ブルボン公ピエール1世の娘) |
+―ルイ1世1)―――→ヴァロア・アンジュー家 |
| [1339-1384]アンジュー伯(1350/1351)、アンジュー公(1360-1384) |
| メーヌ伯(1356/1360)、トゥレーヌ公(1370)、摂政(1380) |
| ナポリ・イェルサレム王位要求者(1382) |
| プロヴァンス・フォルカルキエ伯(1382) |
+―ジャン1世1)―――→ヴァロア・ベリー家 |
| [1340-1416]ポワティエ伯(1356-1360/1375-1416) |
| ベリー・オーヴェルニュ公(1360-1416) |
+―フィリップ2世"剛勇公"1)→ヴァロア・ブルゴーニュ家 |
| [1342-1404]トゥレーヌ公(1360-1363)、ブルゴーニュ公(1363/64-1404) |
| フランドル・アルトワ・ブルゴーニュ伯(1384-1404) |
| ヌヴェール伯(1384-1385)、ルテル伯(1384-1393) |
| シャロレー伯(1390-1404)、リンブルク公(1396-1404) |
+―ジャンヌ1) |
| [1343-1373] |
| 配1)リンブルク公アンリ・ド・ブラバン |
| 2)ナヴァール王シャルル2世 |
+―マリー1) |
| [1344-1404] |
| 配:バール公ロベール1世 |
+―アニェス1) |
| [1345-1349] |
+―マルグリット1) |
| [1347-1352] |
+―イザベル1) |
| [1348-1372] |
| 配:ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ |
+―カトリーヌ2) |
[1352-?] |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|
+―ボンヌ +―シャルル
| [?-1360] | [1386-1386]王太子
+―ジャンヌ +―ジャンヌ
| [1357-1360] | [1388-1390]
+―ジャンヌ +―イザベル
| [1366-1366] | [1389-1409]
+―●シャルル6世"最愛王"――――――+ 配1)イングランド王リチャード2世
| [1368-1422] | 2)オルレアン公シャルル1世
| 王太子(1368-1380) +―ジャンヌ
| フランス王(1380-1422) | [1391-1433]
| 配:イザボー(バイエルン=インゴ| 配:ブルターニュ公ジャン5世
| ルシュタット公シュテファン3+―シャルル
| 世の娘) | [1392-1401]
| 摂政(1392-1422) | 王太子、ギュイエンヌ公
+―マリー +―マリー
| [1370-1377] | [1393-1438]
+―ルイ1世―→ヴァロア・オルレアン家| ポワスィーの修道女
| [1372-1407](第2) +―ミシェル
| ヴァロア伯(1375/92-1406) | [1395-1412]
| ヴァロア公(1406-1406) | 配:ブルゴーニュ公フィリップ3世
| トゥレーヌ公(1386-1392) +―ルイ
| オルレアン公(1392-1407) | [1397-1415]
| ブロア・デュノア伯(1391/1397) | 王太子、ギュイエンヌ公(1401-15)
| アングレーヌ伯(1394-1407) | 配:マルグリット(ブルゴーニュ公
| ペリゴール伯(1400-1407) | ジャン無畏公の娘)
| ドリュー伯(1401-1407) +―ジャン
| ソワソン伯(1404-1407) | [1398-1417]
| ルクセンブルク公(1402-1407) | トゥレーヌ公(1401)
+―イザベル | 王太子(1415)
| [1372-1378] | ベリー公・ポワティエ伯(1416)
+―ジャン | 配:ジャクリーヌ(エノー・ホラント
| [1378-?] | ・ゼーラント女伯)
+―カトリーヌ +―カトリーヌ
| [1378-1388] | [1401-1338]
| 配:モンパンシェ伯 | 配1)イングランド王ヘンリー5世
| ジャン・ド・ベリー | 2)オーウェン・テューダー
+―ジャン―→ヴァロア・モンテージュ家+―●シャルル7世"勝利王"―――――+
[1363-1409] | [1403-1461] |
庶子、母はビエット・カシネル | ポンテュー伯 |
| 王太子(1417-1422) |
| トゥレーヌ・ベリー公・ |
| ポワティエ伯(1417-1422) |
| 王国摂政(1418-1422) |
| フランス王(1422/29-1461) |
| 配:マリー(アンジュー公ルイ2|
| 世の娘) |
+―フィリップ |
| [1407-1407] |
+―マルグリット |
[1408-1424]庶子 |
母はオディネット・ド・シャンデ|
ィヴェル |
配:モンタギュー領主ジャン3世|
・ド・アルドピエンヌ |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|
+―●ルイ11世―――――――――――――+―ジョアシム2)
| [1423-1483] | [1459-1459]
| 王太子(1423-1461) +―アンヌ2)
| フランス王(1461-1483) | [1461-1522]
| アンジュー公(1480-1483) | 配:ブルボン公ピエール2世
| 配1)マルグリット(スコットランド王+―ジャンヌ2)
| ジェームス1世の娘) | [1464-1505]
| 2)シャルロット(サヴォイ公 | ベリー女公(1498-1505)
| ルドヴィコの娘) | 配:オルレアン公ルイ2世
+―カトリーヌ | のちフランス王ルイ12世
| [1428-1446] +―フランソワ2)
| 配:ブルゴーニュ公シャルル | [1466-1466]
+―ラドゴンド +―●シャルル8世"温厚王"2)―――+
| [1428-1444] | [1470-1498] |
+―ジャック | 王太子(1470-1483) |
| [1432-1437] | フランス王(1483-1498) |
+―ヨーランド | ナポリ王位要求者 |
| [1434-1478] | 配:ブルターニュ女公アンヌ |
| サヴォイ家摂政(1468/70) | (ブルターニュ公フランソ|
| 配:サヴォイ公アマデオ9世 | ワ2世の娘) |
+―ジャンヌ +―フランソワ2) |
| [1435-1482] | [1473-1473] |
| 配:ブルボン公ジャン2世 +―マリー2) |
+―フィリップ | |
| [1436-1436] +―イザボー |
+―マルグリット | 母はマルグリット |
| [1437-1438] | ・ド・サセナージュ |
+―マリー | 配:ルイ・ド |
| [1438-1439] | ・サン=プリースト |
+―ジャンヌ +―マリー |
| [1438-1446] | [1449-1469] |
+―マドレーヌ | 母はマルグリット |
| [1443-1495] | ・ド・サセナージュ |
| ナヴァール摂政(1479-1494) | 配:エイマール・ |
| 配:ナヴァール王子 | ド・ポワティエ |
| ガストン・ド・フォワ +―ジャンヌ |
+―シャルル | [1456-1519] |
| [1446-1472] | 母はマルグリット |
| ベリー公(1461-1465) | ・ド・サセナージュ |
| ノルマンディー公(1465-1465/66) | 配:ルイ・ド・ブルボン |
| ギュイエンヌ公(1469) +―ギイェット |
+―マルグリット 母はフェラス・ルナール、庶子|
| [1445-1473]母はアニェス・ソレル、庶子 配:シャルル・ド・シヨン |
| 配:オリヴィエ・ド・コエティヴィ |
+―シャルロット |
| [1446-1476]母はアニェス・ソレル、庶子 |
| 配:ジャック・ド・ブレゼ |
+―ジャンヌ |
[1448-1467]母はアニェス・ソレル、庶子 |
配:アントワーヌ・ド・ビュエイユ |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|
+―シャルル・オルラン
| [1492-1495]王太子
+―シャルル
| [1496-1496]王太子
+―フランソワ
| [1497-1497]王太子
+―アンヌ
[1498-1498]
※ ●はフランス王、配は配偶者、1) 2) 3)は結婚順です。
シャルル4世が1328年一女を残し没すると、サリカ法により王統は従兄のヴァロア伯フィリップが継ぎ、フィリップ6世として即位しました。ヴァロア朝の始まりです。
しかし、シャルル4世の姉イザベルの息子であるイングランド王エドワード3世は王位継承を主張し、いわゆる百年戦争が始まりました。戦争初期はエドワード3世の息子エドワード黒太子の活躍もありイングランド側が優勢で、1356年のポワティエの戦いではフランス王ジャン2世が捕虜となり、1360年のブレティニの和約では多額の賠償金の支払いと領土割譲を余儀なくされました。
中期は一時フランス側が盛り返しましたが、シャルル6世の発狂、そしてアザンクールの大敗(1415)により、王女カトリーヌをイングランド王ヘンリー5世の妃とし、ヘンリーをフランスの王位継承者と指定することとなりました。
王太子シャルルはオルレアンに包囲され絶望的状況に陥りましたが、ジャンヌ・ダルクの活躍で解囲され、1429年ランスで戴冠しシャルル7世となりました。以後、戦局は一変し、フランス軍は優勢となり、遂にカレー市をのぞく全フランスからイングランド軍を撃退し、百年戦争を終結させました。
以後、王家は王権の回復に着手し、ルイ11世は最大諸侯であるブルゴーニュ公シャルルに勝利して国内の大諸侯を抑え、シャルル8世はナポリにおけるアンジュー家の権利を回復せんと遠征を行うなど、王権の強化と絶対王政への足掛かりが築かれました。
しかしシャルル8世は子なく没したため、ヴァロア家の直系は絶え、分家ヴァロア・オルレアン家のルイ12世が王位を継承することとなります。
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