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所持論文・その他一覧
| このページでは、私が図書館等で複写して所持している各種論文他を紹介します。 (2008.2.24現在) |
| 表 題 | 著 者 | 出 典 | 出 版 年 |
| 日 本 史 | |||
| 「麻生の名門三好家について」 | 高野嘉 | 『麻生の文化』第11号 | 1979年 |
| 「源姓三宅氏中興家伝」 | 『天草史談』第6号 | 1936年 | |
| 「細川家同族天草長岡家系譜(上)」 | 『天草史談』第7号 | 1937年 | |
| 「細川家同族天草長岡家系譜(下)」 | 『天草史談』第8号 | 1937年 | |
| 「高家としての今川氏」 | 進士慶幹・村磯栄俊 | 『今川氏と観泉寺』 | 1974年 |
| 「「人事」の日本史第26回戦国編 織田信長が望んだ肩書」 | 山本博文 | 『週刊エコノミスト』第82巻20号(通号3679号) | 2004年 |
| 「塙団右衛門直之の子孫」 | 田村紘一 | 『大阪歴史懇談会 会報』第6号 | 1985年 |
| 「徳川家康の異母兄弟」 | 新行紀一 | 『岡崎市史研究』第11号 | 1989年 |
| 「備中守護の細川氏について」 | 藤井駿 | 『岡山大学法学部学術紀要』 | 1958年 |
| 「細川興孝と刑部家の成立の事情」 | 花岡興輝 | 『落穂』第57号 | 1997年 |
| 「摂津尼崎に勝頼遺児の消息」 | 野澤公次郎 | 『甲斐路』第45号 | 1982年 |
| 「水戸徳川家における武田遺臣について」 | 早川春仁 | 『甲斐路』第85号 | 1996年 |
| 「淀殿の弟 ―浅井作庵と京極家―」 | 直井武久 | 『香川県文化財保護協会 文化財協会報』昭和62年特別号 | 1987年 |
| 「戦国期の三浦氏」 | 黒田基樹 | 『神奈川地域史研究』第17号 | 1999年 |
| 「史論・松前安藤氏の興亡」 | 平山裕人 | 『からいどすこーぷ』第3号 | 2001年 |
| 「浅井長政について」 | 久米忠臣 | 『郷土史杵築』第32号 | 1977年 |
| 「池田元助について」 | 武田茂敬 | 『郷土文化』第49号第2巻 | 1994年 |
| 「池田由之・元信について」 | 武田茂敬 | 『郷土文化』第50号第2号 | 1995年 |
| 「六角氏系図の研究―六角義実の実在に関する考察―」 | 佐々木哲 | 『ぐんしょ』第12号 | 1991年 |
| 「左衛門侍従豊臣義康の出自について」 | 佐々木哲 | 『ぐんしょ』第29号 | 1995年 |
| 「赤松晴政の養子取りについて」 | 佐々木哲 | 『ぐんしょ』第37号 | 1997年 |
| 「『畠山家譜』にみえる六角義実、義秀について」 | 廣江正幸 | 『ぐんしょ』第60号 | 2003年 |
| 「織田信長の息女について」 | 渡辺江美子 | 『國學院雑誌』第89巻第11号 | 1988年 |
| 「江戸幕府の高家成立について―初期の職務をめぐって―」 | 大嶌聖子 | 『國學院大學大学院紀要』第25輯 | 1994年 |
| 「松前氏祖武田信広の出自について―従来の説の再検討と新しい可能性の提示― | 和氣俊行 | 『国際日本学』第1号 | 2003年 |
| 「武衛斯波三松軒について」 | 大墅鴻風 | 『埼玉史談』第45巻第2号 | 1998年 |
| 「大道寺氏の研究」 | 田中えり子 | 『埼玉地方史』第11号 | 1981年 |
| 「新田義兼と足利義兼は同一人物か」 | 加藤克己 | 『在野史論 歴史研究会創立三十周年記念論文集』 | 1989年 |
| 「新・忠直卿行状記」 | 日吉憲城 | 『在野史論 歴史研究会創立三十周年記念論文集』 | 1989年 |
| 「室町幕府の外様衆」 | 秋元大補 | 『在野史論』第2集 | 1991年 |
| 「角館蘆名氏の動向」 | 籠島知宏 | 『在野史論』第2集 | 1991年 |
| 「前関白前久猶子異聞」 | 斎藤 馨 | 『在野史論』第2集 | 1991年 |
| 「関ヶ原の合戦と織田一族」 | 三浦明彦 | 『在野史論』第3集 | 1993年 |
| 「室町幕府の御供衆」 | 秋元大補 | 『在野史論』第3集 | 1993年 |
| 「羽柴河内守従四位侍従豊臣秀頼について」 | 森 秀郷 | 『在野史論』第3集 | 1993年 |
| 「室町幕府相伴集」 | 秋元大補 | 『在野史論』第4集 | 1995年 |
| 北の名門 浪岡御所北畠氏の興亡」 | 田島理人 | 『在野史論』第4集 | 1995年 |
| 「中世豪族岩城氏系譜の考察」 | 稲葉一男 | 『在野史論』第5集 | 1996年 |
| 「室町幕府番帳の成立年代集」 | 秋元大補 | 『在野史論』第5集 | 1996年 |
| 「源姓・平姓・藤原姓について」 | 小村孝治 | 『在野史論』第6集 | 1997年 |
| 「土佐一条家の紹介」 | 三輪篤史 | 『在野史論』第7集 | 1999年 |
| 「〈検証前野氏系図〉前野長康と坪内・前野氏系図」 | 早瀬晴夫 | 『在野史論』第8集 | 2000年 |
| 「山名氏の光芒」 | 井田敏子 | 『在野史論』第12集 | 2006年 |
| 「江戸幕府高家成立に関する一考察―将軍の霊廟参詣における職務をめぐって―」 | 大嶌聖子 | 『史学研究集録』第19号 | 1994年 |
| 「肥後人となった足利末裔」 | 小田省二 | 『史叢』第3号 | 1999年 |
| 「細川昭元について―京兆家の没落過程を見る―」 | 吉井功兒 | 『政治経済史学』第263号 | 1988年 |
| 「吉良氏朝の系譜」 | 黒田基樹 | 『戦国遺文月報6 後北条氏編第6巻』 | 1995年 |
| 「最後の阿波屋形細川真之」 | 吉井功兒 | 『戦国史研究』第16号 | 1988年 |
| 「『鹿苑日録』に見る六角義実の事績」 | 佐々木哲 | 『戦国史研究』第20号 | 1990年 |
| 「その後の白井長尾輝景」 | 黒田基樹 | 『戦国史研究』第29号 | 1995年 |
| 「天文期六角氏の系譜の研究―六角氏綱の子孫の実在について―」 | 佐々木哲 | 『戦国史研究』第30号 | 1995年 |
| 「武蔵千葉氏補考」 | 黒田基樹 | 『戦国史研究』第32号 | 1996年 |
| 「上総武田氏の基礎的検討」 | 黒田基樹 | 『袖ヶ浦市史研究』第6号 | 1998年 |
| 「三経及び太田城のこと」 「越前多賀谷氏」 「羽後多賀谷氏」 |
古沢一朗 | 『多賀谷氏の史的考察 , 戦国期常陸国下妻城主』(崙書房) | 1977年 |
| 「「武田家臣団の系譜」の研究について」 | 服部治則 | 『武田氏研究』第10号 | 1993年 |
| 「武田家の高家登用とその背景」 | 大嶌聖子 | 『武田氏研究』第32号 | 2005年 |
| 「北海道における封建制諸段階設定への一試論」 | 海保嶺夫 | 『地方史研究』第22巻5号 | 1972年 |
| 「「無高大名」松前藩と石高制」 | 海保嶺夫 | 『地方史研究』第27巻1号 | 1977年 |
| 「「夷千島王」の対朝鮮交渉―幕藩制成立以前における夷千島・扶桑・朝鮮王国の「国」意識―」 | 海保嶺夫 | 『地方史研究』第32巻6号 | 1982年 |
| 「鎌倉期の武田氏―甲斐武田氏と安芸武田氏」 | 黒田基樹 | 『地方史研究』第38巻1号 | 1988年 |
| 「松前藩と石高制―他民族支配体制とのかかわりにおいて―」 | 海保嶺夫 | 『地方史研究』第41巻4号 | 1991年 |
| 「漂白の戦国武将二人の伊達与兵衛―『駿河伊達系図』から―」 | 長倉智恵雄 | 『地方史静岡』第11号 | 1983年 |
| 「下国氏と松前氏―系譜編纂における一つの可能性―」 | 工藤大輔 | 『中央大学大学院研究年報』第26号文学研究科篇 | 1997年 |
| 「和泉守護細川氏の系譜をめぐる諸問題」 | 森田恭二 | 『帝塚山学院大学人間文化学部研究年報』第2号 | 2000年 |
| 「最後の岐阜城主・織田秀信終焉の地とその子孫」 | 加納宏幸 | 『天下布武』第13号 | 2000年 |
| 「蠣崎戦争と北部王家」 | 澤田光夫 | 『東奥文化』第70号 | 1999年 |
| 「室町幕府最末期の奉公衆三淵藤英」 | 金子拓 | 『東京大学史料編纂所研究紀要』第12号 | 2002年 |
| 「『寛永諸家系図伝』収録「松前系図」の検討」 | 新藤 透 | 『図書館情報メディア研究』3巻2号 | 2005年 |
| 「織田秀信と二つの子孫」 | 加納宏幸 | 『中山道加納宿』第37号 | 2001年 |
| 「中世系図学構築の試み」 | 青山幹哉 | 『名古屋大学文学部研究論集』史学39(通号116号) | 1993年 |
| 「お殿様の出世―江戸幕府老中への道(1) 徳川四天王のその後(1) 岡崎藩本多家」 | 山本博文 | 『波』第38巻10号(通巻第418号) | 2004年 |
| 「お殿様の出世―江戸幕府老中への道(2) 徳川四天王のその後(2) 庄内藩酒井家」 | 山本博文 | 『波』第38巻11号(通巻第419号) | 2004年 |
| 「お殿様の出世―江戸幕府老中への道(3) 徳川四天王のその後(3) 高田藩榊原家」 | 山本博文 | 『波』第38巻12号(通巻第420号) | 2004年 |
| 「お殿様の出世―江戸幕府老中への道(4) 徳川四天王のその後(4) 彦根藩井伊家」 | 山本博文 | 『波』第39巻1号(通巻第421号) | 2005年 |
| 「お殿様の出世―江戸幕府老中への道(10) 大久保家の復権」 | 山本博文 | 『波』第39巻7号(通巻第427号) | 2005年 |
| 「お殿様の出世―江戸幕府老中への道(11) 初代老中本多家のその後」 | 山本博文 | 『波』第39巻8号(通巻第428号) | 2005年 |
| 「慶長期大名の氏姓と官位」 | 黒田基樹 | 『日本史研究』414号 | 1997年 |
| 「寛政譜以降の幕府系譜書継について」 | 山本博文 | 『日本歴史』第443号 | 1985年 |
| 「豊臣政権期における松前氏の叙位・任官について」 | 春日敏宏 | 『日本歴史』第446号 | 1985年 |
| 「北海道・上磯町の中世館跡と近世台場跡」 | 森 靖裕 | 『日本歴史』第648号 | 2002年 |
| 「大道寺政繁と二人の子息」 | 佐脇栄智 | 『日本歴史』第663号 | 2003年 |
| 「加藤藤松正良の墓」 | 小野勝 | 『沼田万華鏡』第18号 | 1981年 |
| 「松前家による系図作成の一齣」 | 工藤大輔 | 『弘前大学國史研究』第110号 | 2001年 |
| 「古代氏族の系譜について―ある大蔵省の先人鈴木真年の紹介―」 | 宝賀寿男 | 『大蔵省広報ファイナンス』第22巻10号(通巻254号) | 1987年 |
| 「未完の王権―十七世紀アイヌ民族の動向から―」 | 海保嶺夫 | 『季刊文藝』第29巻4号 | 1990年 |
| 「近世における戦国武士末裔の動向―高家大友氏と豊後侍末裔―」 | 芥川竜男 | 『法政大学教養部紀要』 | 1985年 |
| 「渡党と秀吉政権―「エゾ」から「和人」へ」 | 海保嶺夫 | 『北海道開拓記念館研究紀要』第24号 | 1996年 |
| 「北方諸地域における古代・中世の要害遺跡」 | 右代啓視 | 『北海道開拓記念館研究紀要』第33号 | 2005年 |
| 「浅井長政次男直政調査異聞」 | 野村義男 | 『真玉郷土研究会報』第6号 | 1985年 |
| 「武田信広の出自について―龍泉寺文書を中心として―」 | 寺西十糸子 | 『松前藩と松前』第5号 | 1974年 |
| 「「和人地」確立期における函館と松前―中世後期におけるアイヌ民族と本州系豪族との闘争によせて―」 | 海保嶺夫 | 『松前藩と松前』第5号 | 1974年 |
| 「幕末期の松前」 | 田端 宏 | 『松前藩と松前』第8号 | 1975年 |
| 「松前藩家臣団の成立―道南における中世的世界の解体過程―」 | 海保嶺夫 | 『松前藩と松前』第9号 | 1976年 |
| 「松前藩における職制の成立―延宝期から享保期までを中心に―」 | 海保嶺夫 | 『松前藩と松前』第10号 | 1977年 |
| 「松前城下・町年寄の職掌と機能―松前藩における城下町支配解明のための一考察―」 | 鈴江英一 | 『松前藩と松前』第11号 | 1977年 |
| 「「和人地」成立の諸段階」 | 海保嶺夫 | 『松前藩と松前』第11号 | 1978年 |
| 「北国郡代設置と北奥大名―村替・家格問題を中心に―」 | 菊池勇夫 | 『松前藩と松前』第16号 | 1980年 |
| 「松前藩成立期に関する一考察―家臣団編成を中心に―」 | 春日敏宏 | 『松前藩と松前』第19号 | 1982年 |
| 「松前藩知行制の成立―商場知行制をめぐる二・三の問題―」 | 春日敏宏 | 『松前藩と松前』第20号 | 1983年 |
| 「極北大名蠣崎氏の権力構造」 | 粕田敏宏 | 『松前藩と松前』第23号 | 1985年 |
| 「松前家家祖武田信廣の出自について=龍泉寺文書を中心として=」 | 永田富智 | 『松前藩と松前』第37号 | 1995年 |
| 「『蠣崎波響』考〜第一次直轄の中で〜」 | 内木 竜 | 『松前藩と松前』第37号 | 1995年 |
| 「淀殿実弟 浅井作庵」 | 大野正義 | 『まんだ』第16号 | 1982年 |
| 「〈講演会〉戦国期の三浦氏」 | 黒田基樹 | 『三浦一族研究』第7号 | 2003年 |
| 「豊臣「武家清華家」の創出」 | 矢部健太郎 | 『歴史学研究』第746号 | 2001年 |
| 「上杉藩に三成の遺児 維新まで代々つづく」 | 『歴史研究』第11号 | 1960年 | |
| 「蘆名吉祥丸末裔の消息」 | 伊藤朝次 | 『歴史研究』第420号 | 1996年 |
| 「軍記・覚書の成立事情に見る毛利一族」 | 今福匡 | 『歴史研究』第428号 | 1997年 |
| 「佐々木氏の基礎知識」 | 佐々木哲 | 『歴史研究』第448号 | 1998年 |
| 「戦国期上条上杉氏の実相」 | 今福匡 | 『歴史研究』第466号 | 2000年 |
| 「「旱虎」署名の謙信書状について」 | 今福匡 | 『歴史研究』第502号 | 2003年 |
| 「早雲の知られざる子息」 | 清水重久 | 『歴史研究』第506号 | 2003年 |
| 「武田勝頼滅亡以後の武田家」 | 渡辺世祐 | 『歴史地理』53巻2号 | 1929年 |
| 「制外の家 越前松平家の実像」 | 黒田基樹 | 『歴史読本』第45巻15号 | 2000年 |
| わが家系を語る 「新田義貞の後裔 岩松家」 |
岩松清四郎 | 『歴史と旅』昭和58年1月号 | 1983年 |
| わが家系を語る 「能登発祥の旧家 長家」 |
長 文連 | 『歴史と旅』昭和58年3月号 | 1983年 |
| わが家系を語る 「阿波蜂須賀七人衆 牛田家」 |
牛田義文 | 『歴史と旅』昭和58年9月号 | 1983年 |
| わが家系を語る 「関ヶ原敗者の一族 宇喜多家」 |
高山不二雄 | 『歴史と旅』昭和58年10月号 | 1983年 |
| わが家系を語る 「源融発祥の華道家元 渡辺家」 |
渡辺華渓 | 『歴史と旅』昭和59年3月号 | 1984年 |
| わが家系を語る 「室町将軍家の後裔 足利家」 |
足利峻 | 『歴史と旅』昭和59年5月号 | 1984年 |
| わが家系を語る 「新田義貞の子孫の行方 新田家」 |
新田 等 | 『歴史と旅』昭和59年10月号 | 1984年 |
| わが家系を語る 「全国に散居した肥後の名族 菊池家」 |
菊池秀之 | 『歴史と旅』昭和60年3月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「讃岐十七万石大名の後裔生駒家」 |
細越弦二郎 | 『歴史と旅』昭和60年4月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「大坂陣東軍勇士の一族 奥田家」 |
奥田秀久 | 『歴史と旅』昭和60年8月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「応仁の乱 京都所司代の一族 多賀家」 |
多賀高朗 | 『歴史と旅』昭和60年9月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「塙団右衛門の後裔 櫻井家」 |
櫻井 尚 | 『歴史と旅』昭和60年10月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「郡上の文人城主東常縁の後裔 東家」 |
東 恭輔 | 『歴史と旅』昭和60年11月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「無念の失脚、本多正純とその血脈 木村家」 |
木村日出明 | 『歴史と旅』昭和60年12月号 | 1985年 |
| わが家系を語る 「生実藩一万石大名の後裔 森川家」 |
岩楯鉄司 | 『歴史と旅』昭和61年1月号 | 1986年 |
| わが家系を語る 「鎌倉名門畠山氏の後裔 利根川家」 |
利根川信 | 『歴史と旅』昭和61年2月号 | 1986年 |
| わが家系を語る 「家康を看取った久能山の神官榊原家」 |
榊原俊行 | 『歴史と旅』昭和61年8月号 | 1986年 |
| わが家系を語る 「興福寺大乗院門跡の後裔 松園家」 |
松園 裕 | 『歴史と旅』昭和62年1月号 | 1987年 |
| わが家系を語る 「後北条氏以前の小田原城主 大森家」 |
大森頼周 | 『歴史と旅』昭和62年2月号 | 1987年 |
| わが家系を語る 「肥前竜造寺氏嫡流の出自 倉富家」 |
倉富四郎 | 『歴史と旅』昭和62年11月号 | 1987年 |
| わが家系を語る 「青松葉事件に散った先祖 成瀬家」 |
田中繁男 | 『歴史と旅』昭和63年11月号 | 1988年 |
| わが家系を語る 「甲斐源氏の末裔 市川家」 |
長谷川順音 | 『歴史と旅』平成元年3月号 | 1989年 |
| わが家系を語る 「流鏑馬鎮西八郎為朝の末裔 大島家」 |
大島敬冶 | 『歴史と旅』平成元年10月号 | 1989年 |
| わが家系を語る 「徳川幕府に殉じた高級旗本 大久保家」 |
川崎純子 | 『歴史と旅』平成3年12月号 | 1991年 |
| わが家系を語る 「わが先祖はシーボルト 関口家」 |
関口忠志 | 『歴史と旅』平成5年3月号 | 1993年 |
| わが家系を語る 「血塗られた祖霊の地城井谷を訪ねて 城井家」 |
城井睦夫 | 『歴史と旅』平成5年8月号 | 1993年 |
| わが家系を語る 「伊勢戦国武将家三代流転の歴史 田丸家」 |
田丸辻郎 | 『歴史と旅』平成5年9月号 | 1993年 |
| わが家系を語る 「会津藩に仕えた武田二十四将の末裔 内藤家」 |
菅野恒雄 | 『歴史と旅』平成6年1月号 | 1994年 |
| わが家系を語る 「薩摩落ちした真田幸村の末裔 真江田家」 |
濱崎秀達 | 『歴史と旅』平成6年3月号 | 1994年 |
| わが家系を語る 「「稲葉系図」混乱の謎 稲葉家」 |
清水勝也 | 『歴史と旅』平成6年9月号 | 1994年 |
| わが家系を語る 「徳川旗本家の歴代系譜 諏訪家」 |
石川浩延 | 『歴史と旅』平成6年12月号 | 1994年 |
| わが家系を語る 「東美濃 歌の殿様の系譜 東家」 |
東 醇 | 『歴史と旅』平成7年7月号 | 1995年 |
| わが家系を語る 「平氏の流れを汲む武門の血脈 神戸家」 |
神戸潔 | 『歴史と旅』平成10年2月号 | 1998年 |
| わが家系を語る 「戦国名将の系譜 謎の空白―白河真田家 真田家」 |
真田秀男 | 『歴史と旅』平成10年4月号 | 1998年 |
| 城 郭 | |||
| 「神指城と関ヶ原―上杉景勝の城づくり―」 | 石田明夫 | 『会津若松市研究』第3号 | 2001年 |
| 「穏内館の史的考察について」 | 永田智春 | 『穏内館―北海道福島町穏内館跡発掘調査報告―』 | 1973年 |
| 「チャシ跡が示すアイヌ社会の繁栄―沙流川流域」 | 田端 宏 | 『季刊河川レビュー』第36巻2号 | 2007年 |
| 「北海道道央・道南地域のチャシについて」 | 酒井秀治 | 『行政社会論集』第15巻第3号 | 2003年 |
| 「道南の館について」 | 小沼健太郎 | 『史流』第18号 | 1977年 |
| 「チャシ跡とアイヌ墓」(一部) | 宇田川洋 | 『新北海道の古代3擦文・アイヌ文化』(北海道新聞社) | 2004年 |
| 「土地を歩く(95)釧路、チャシと出会う」 | 八木美雄 | 『水道公論』第43巻2号 | 2007年 |
| 「茂別館跡についての考察―調査の中間報告―」 | 市村高男 | 『地域史研究はこだて』第32号 | 2000年 |
| 「日本の城(5)姫路城―兵庫・華麗なる世界文化遺産の城」 | 坂井尚登 | 『地図ニュース』第358号 | 2002年 |
| 「日本の城(7)モシリヤチャシ―釧路・アイヌの人々が築いた城―」 | 坂井尚登 | 『地図ニュース』第363号 | 2002年 |
| 「日本の城(11)新府城―山梨・武田氏最後の築城」 | 坂井尚登 | 『地図ニュース』第376号 | 2004年 |
| 「日本の城(12)神指城―福島・未完の巨城(付 向羽黒岩崎城・会津若松城)」 | 坂井尚登 | 『地図中心』第379号 | 2004年 |
| 「日本の城(15)杉山城―埼玉・土の芸術―」 | 坂井尚登 | 『地図中心』第388号 | 2005年 |
| 「日本の城(17)名古屋城―愛知・近世城郭の決定版」 | 坂井尚登 | 『地図中心』第394号 | 2005年 |
| 「日本の城(18)伏見城―京都・太閤の夢の跡」 | 坂井尚登 | 『地図中心』第397号 | 2005年 |
| 「日本の城(22)熊本城―熊本・清正公さんの城」 | 坂井尚登 | 『地図中心』第410号 | 2006年 |
| 「北海道の館―縄張研究からの視点―」 | 八巻孝夫 | 『中世城郭研究』第5号 | 1991年 |
| 「城郭概念再構成の試み―チャシ・グスクを素材にして―」 | 村田修三 | 『中世城郭研究論集』(新人物往来社) | 1990年 |
| 「北海道の城館」 | 松崎水穂 | 『中世の城と考古学』(新人物往来社) | 1991年 |
| 「東北北半の城館―中世後期における―」 | 工藤清泰 | 『中世の城と考古学』(新人物往来社) | 1991年 |
| 「グスクとその構造」 | 當眞嗣一 | 『中世の城と考古学』(新人物往来社) | 1991年 |
| 「城郭史上のチャシ」 | 村田修三 | 『奈良女子大学文学部研究年報』第32号 | 1988年 |
| 「史跡等の整備と活用―史跡松前藩戸切地陣屋 幕末蝦夷地にみる西欧式城郭跡」 | 森 靖裕 | 『月刊文化財』No.487 | 2004年 |
| 「史跡としてのチャシはどう活かされているか〜ユクエピラチャシを例に〜」 | 豊原熙司 | 『月刊文化財』No.493 | 2004年 |
| 「概説 北門鎖鑰論と戊辰戦争〜史跡はどう活かされているか〜」 | 久保 泰 | 『月刊文化財』No.493 | 2004年 |
| 「史跡上之国勝山館跡の利活用」 | 松崎水穂 | 『月刊文化財』No.493 | 2004年 |
| 「史跡利用の現状と今後の保存整備〜松前氏城跡 館城跡〜」 | 石井淳平 | 『月刊文化財』No.493 | 2004年 |
| 「幕末維新、北に生きた防人たち〜北海道最大の陣屋跡、史跡白老仙台藩陣屋跡の活用」 | 竹永 真 | 『月刊文化財』No.493 | 2004年 |
| 「北方諸地域における古代・中世の要害遺跡」 | 右代啓視 | 『北海道開拓記念館研究紀要』第33号 | 2005年 |
| 「「道南十二館」の現状」 | 森川 隆 | 『北海道の文化』第70号 | 1998年 |
| 「市川一学松前築城につき申上候書付」 | 永田富智 | 『松前藩と松前』第7号 | 1975年 |
| 「チャシ跡遺跡研究の動向」 | 宇田川洋 | 『歴史評論』657号 | 2005年 |
| 東 洋 史 | |||
| 「『五族譜』モンゴル分支と『集史』諸写本」 | 赤坂恒明 | 『アジア・アフリカ言語文化研究』第55号 | 1998年 |
| 「トルキスタンの諸ハン国」 | 佐口透 | 『岩波講座世界歴史 第13』(岩波書店) | 1971年 |
| 「キプチャク草原とロシア」 | 川口琢司 | 『岩波講座世界歴史11』(岩波書店) | 1997年 |
| 「ポスト・モンゴル時代のモンゴル―清朝への架け橋―」 | 森川哲雄 | 『岩波講座世界歴史11』(岩波書店) | 1997年 |
| 「トゥメト・十二オトク考」 | 森川哲雄 | 『江上波夫教授古稀記念論集 歴史編』(山川出版社) | 1977年 |
| 「ティムール朝における一貴顕の系譜―chaku Barlas家の場合―」 | 間野英二 | 『オリエントVol.XX No.1』 | 1977年 |
| 「「魏の一族と馮氏―中国姓氏の中から―」 | 三原邦夫 | 『在野史論 歴史研究会創立三十周年記念論文集』 | 1989年 |
| 「チンギスの血脈〈黄金家族〉」 | 町井 譲 | 『在野史論』第10集 | 2002年 |
| 「ダヤン・ハガンの先世」 | 岡田英弘 | 『史学雑誌』第75巻第8号 | 1966年 |
| 「中期モンゴルのトゥメンについて―特にウルスとの関係を通じて―」 | 森川哲雄 | 『史学雑誌』第81巻第1号 | 1972年 |
| 「ドルベン・オイラトの起源」 | 岡田英弘 | 『史学雑誌』第83巻第6号 | 1974年 |
| 「14世紀中葉〜16世紀初めにおけるウズベク―イスラーム化後のジュチ・ウルスの総称―」 | 赤坂恒明 | 『史学雑誌』第109巻第3号 | 2000年 |
| 『北魏の国号「大代」と「大魏」』 | 松下憲一 | 『史学雑誌』第113巻第6号 | 2004年 |
| 「「五族譜」と「集史」編纂」 | 赤坂恒明 | 『史観』第130号 | 1994年 |
| 「系譜史料におけるジュチの諸子に関する記載」 | 赤坂恒明 | 『史観』第142号 | 2000年 |
| 「ジュチ・ウルスの分封」 | 赤坂恒明 | 『史滴』第13号 | 1992年 |
| 「北魏の洛陽遷都」 | 松下憲一 | 『史朋』第32号 | 1999年 |
| 「元代華北のモンゴル軍団長の家系」 | 堤 一昭 | 『史林』第75巻第3号 | 1992年 |
| 「モンゴル帝国の継承国家について」 | 佐口 透 | 『月刊シルクロード』5巻8号 | 1979年 |
| 「モンゴル帝国とその継承国家」 | 岡田英弘 | 『地域文化研究』第2号 | 1997年 |
| 「モンゴル帝国とその後―キプチャク草原世界―」 | 川口琢司 | 『中央アジアを知るための60章』(明石書店) | 2003年 |
| 「ティムール帝国―栄光と崩壊―」 | 川口琢司 | 『中央アジアを知るための60章』(明石書店) | 2003年 |
| 「英雄叙事詩に見る歴史とフィクション―カルマクとの戦いと「ノガイ大系」―」 | 坂井弘紀 | 『中央アジアを知るための60章』(明石書店) | 2003年 |
| 「チンギス・カンの子孫とムハンマドの子孫―「名家」の系譜―」 | 赤坂恒明 | 『中央アジアを知るための60章』(明石書店) | 2003年 |
| 「カザフ・ハン国―ロシアと清朝のはざまで―」 | 野田仁 | 『中央アジアを知るための60章』(明石書店) | 2003年 |
| 「中国ムスリム大反乱とコーカンド・ハン国―ヤークーブ・ベグの時代―」 | 新免康 | 『中央アジアを知るための60章』(明石書店) | 2003年 |
| 「トカ=テムル裔の系譜情報の復元」 | 赤坂恒明 | 『中央ユーラシアにおける民族文化と歴史像』(東北大学東北アジア研究センター) | 2003年 |
| 「チャガタイ・ハン家の末裔と清朝」 | 佐口透 | 『東西文化交流史』(雄山閣出版) | 1975年 |
| 「カシュガル=ホージャ家の後裔」 | 佐口透 | 『東洋学報』第42巻第4号 | 1960年 |
| 「ダヤン・ハガンの年代(上)」 | 岡田英弘 | 『東洋学報』第48巻第3号 | 1965年 |
| 「ダヤン・ハガンの年代(下)」 | 岡田英弘 | 『東洋学報』第48巻第4号 | 1966年 |
| 「ハルハ・トゥメンとその成立について」 | 森川哲雄 | 『東洋学報』第55巻2号 | 1972年 |
| 「チャハル・八オトクとその分封について」 | 森川哲雄 | 『東洋学報』第58巻第1・2号 | 1976年 |
| 「十七世紀清朝帰属時のハルハ・モンゴル」 | 宮脇淳子 | 『東洋学報』第61巻第1・2号 | 1979年 |
| 「チャハルのブルニ親王の乱をめぐって」 | 森川哲雄 | 『東洋学報』第64巻第1・2号 | 1983年 |
| 「十五世紀初頭のモグーリスターン―ヴァイス汗の時代―」 | 間野英二 | 『東洋史研究』第23巻第1号 | 1964年 |
| 「オルドス・十二オトク考」 | 森川哲雄 | 『東洋史研究』第32巻第3号 | 1973年 |
| 「アミール・ティムール・キュレゲン―ティムール家の系譜とティムールの立場―」 | 間野英二 | 『東洋史研究』第34巻第4号 | 1976年 |
| 「「金帳汗国」史の解体―ジュチ裔諸政権史の再構成のために―」 | 赤坂恒明 | 『内陸アジア史研究』第19号 | 2004年 |
| 「明初の東チャガタイ=ハン国」 | 松村 潤 | 『日本大学史学会研究彙報』第7輯 | 1964年 |
| 「13世紀後半のキプチャク汗国とロシア―汗国史へのエチュード(1)―」 | 加藤一郎 | 『文教大学教育学部紀要』第19号 | 1985年 |
| 「トフタムイシ汗とキプチャク汗国の解体―汗国史へのエチュード(4)―」 | 加藤一郎 | 『文教大学教育学部紀要』第26号 | 1992年 |
| 「カシュガル・ハーン家とベグ達」 | 澤田 稔 | 『待兼山論叢』史学編第15号 | 1981年 |
| 「清の太祖奴児哈赤と東部蒙古」 | 田中克己 | 『蒙古』12号(通号94号) | 1940年 |
| 「モンゴルの中原撤退―弱体化する帝国―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「シナにおける漢の復権―元朝の滅亡とモンゴルのシナ喪失―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「元朝復活のこころみ―分裂と統一の時代―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「アルタン・ハーンとフフホトの起源―漢とモンゴルの接点―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「リグデンと内蒙古の成立―最後の大ハーン―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「ハルハの形成―現代モンゴルの17部族の筆頭―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「ハルハの清朝帰属―外蒙古の成立―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「清代モンゴル人の民族意識―清の同盟者か被征服民か―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「ハルハ・モンゴルの独立―清朝の動揺にいち早く反応―」 | 金岡秀郎 | 『モンゴルを知るための60章』(明石書店) | 2000年 |
| 「コーカンド汗国の勃興と東方貿易―フェルガナ,パミール,カシュガル辺境史の展開(1760〜1860)T―」 | 佐口 透 | 『ユーラシア学会研究報告 遊牧民族の研究 自然と文化別編U』 | 1955年 |
| 「『五族譜』モンゴル分支と『集史』の関係」 | 赤坂恒明 | 『早稲田大学大学院文学研究科紀要』第41号 | 1995年 |
| 西 洋 史 | |||
| 「後期ビザンツ地方行政と専制公、尊厳公、副帝称号」 | 平野智洋 | 『オリエント』第44巻第1号 | 2001年 |
| 「コムネノス家―十一世紀ビザンツ軍事貴族家門の相貌―」 | 根津由喜夫 | 『金沢大学文学部論集 史学・考古学・地理学篇』 | 2000年 |
| 「カペー家ブルゴーニュ領邦創設をめぐる一考察―1015年1月25日付フランス王ロベール2世の文書を手がかりに―」 | 松田高史 | 『九州共立大学経済学部紀要』 | 2003年 |
| 「ビザンツ法小史―ビザンチン帝国におけるローマ法―」 | 戸倉広 | 『国士舘法学』第7号 | 1975年 |
| 「10世紀ビザンツ皇帝の帝国統治と古典活動―中世ローマ帝国の世界秩序理念について」 | 大月康弘 | 『古典学の再構築第4回公開シンポジウム』基調講演4 | 2000年 |
| 「シャルル6世治世におけるブルボン公ルイ2世の動向―国王と諸侯との紐帯に関する一考察―」 | 上田耕造 | 『史泉』第102号 | 2005年 |
| 「コムネノス朝の成立―11世紀ビザンツ帝国の政治体制―」 | 井上浩一 | 『史林』第57巻第2号 | 1974年 |
| 「アンドロニコス一世とビザンツ貴族」 | 井上浩一 | 『史林』第62巻第4号 | 1979年 |
| 「アンドロニコス一世とコンスタンティノープル市民闘争」 | 井上浩一 | 『人文研究』第30巻第9分冊 | 1978年 |
| 「十一世紀ビザンツ帝国におけるイエの成長と国家構造の転換―皇帝・宦官の苗字使用を手がかりに―」 | 井上浩一 | 『人文研究』第53冊第2分冊 | 2001年 |
| 春期連続講演会「地中海における文明の交流と衝突」講演要旨 「イスラームとビザンツ帝国」 |
太田敬子 | 『地中海学会月報』272号 | 2004年 |
| 「後期ビザンツ帝国における「皇族」」 | 平野智洋 | 『東海史学』第35号 | 2000年 |
| 「後期ビザンツ帝国における「皇族」(2)―パレオロゴス家男系傍流の問題―」 | 平野智洋 | 『東海史学』第37号 | 2002年 |
| 「アンヌ・ド・ブルターニュ:二度フランス王妃になったブルターニュの女公爵」 | 山内 淳 | 『日本大学芸術学部紀要』第38号 | 2003年 |
| 「アンヌ・ド・ブルターニュ:ブルターニュ公国再興のために」 | 山内 淳 | 『日本大学芸術学部紀要』第41号 | 2005年 |
| 「アンヌ・ド・ブルターニュ:フランス王国と共に」 | 山内 淳 | 『日本大学芸術学部紀要』第42号 | 2005年 |
| 「九世紀におけるブルターニュ支配者の称号の変化について」 | 大原俊輔 | 『文化史学』第60号 | 2004年 |
| 「イスタンブルにおけるビザンツ歴史遺産―教会・修道院を中心に―」 | 井上浩一 | 『COE Aチーム ミニ・シンポジウム「歴史遺産と都市文化創造―世界から大阪へ―」報告書』 | 2003年 |
| 「トラスタマラ内戦とカスティーリャ王権 ―ペドロ1世の〈暴君〉像の形成とエンリケ2世の即位の正当化をめぐって―」 | 大内 一 | 『Estudios Hispanicos』第20号 | 1995年 |
