「シリーズ交代寄合」第3回は松平(竹谷)家です。

●松平信光
―――+―●守家――――――――●守親―――――●親善―――――+
 二郎三郎    |  源二郎 左京亮    左京亮     与二郎    |
 右京亮 和泉守|  竹谷松平祖              玄蕃允    |
 松平家第三世 +―親忠     +―――――――――――――――――――+
        |  右京亮   |
        |  松平家第四世+―●清善―――――+―●清宗―――――+
        +―昌龍        玄蕃允 備後守|  玄蕃允 備後守|
        |  安穏寺住職    妻松平家広女 |  妻松平好景女 |
        +―与副               +―       |
        |  或与嗣 右兵衛尉        |  今川義元が許に|
        |  佐渡守             |  質となり、氏真|
        |  形原松平祖           |  の時に害せらる|
        +―光重               +―       |
        |  紀伊守                石川家成室  |
        |  大草松平祖  +――――――――――――――――――+
        +―光英      |
        |  八郎右衛門  +―家清――――――――――――――+
        |  宮石松平祖? |  玄蕃頭             |
        +―忠景      |  東照宮の諱字を賜る       |
        |  初元芳 大炊助|  三河竹谷を領す         |
        |  五井松平祖  |  武蔵八幡山一万石        |
        +―光親      |  三河吉田三万石         |
        |  次郎右衛門  |  室久松俊勝女(東照宮異父妹)   |
        |  能見松平祖  +―                |
        +―家勝      |  久野与次郎某妻         |
        |  美作守    +―                |
        |  丸根松平祖  |  鳥居康忠室           |
        +―親正      +―                |
        |  修理進    |  岡部長盛室           |
        |  牧内松平祖  +―清定               |
        +―親光         内記              |
           鴦鴨松平祖?    子孫幕臣千二百石        |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+―●忠清        +―清雄―――――――+―清長
|  民部大輔 玄蕃頭  |  民部      |  玄蕃 叔父清直養子
|  将軍秀忠の諱字を賜る|  病により嗣たらず+―
|  慶長十七年無嗣除封 |          |  清直養女
|  室亀井茲矩女    |          +―清若
+―          |             外記
|  本多康紀室     +―清勝―――――――+―勝清
+―          |  郷左衛門    |  代右衛門
|  成田泰高室     |  故有て家を継がず+―清当
+―          |  本多伊勢守忠利が|  帯刀 清直養子
|  浅野長重室     |  許に寓居す   +―義尭
+―●清昌――――――――+―女           主水 清当養子
   初清成 庄次郎   |  松平清行妻
   玄蕃頭       +―●清直―――――――+=清長
   兄忠清が領地を収めら|  初清方 帯刀   |  主税助 玄蕃
   るるにより、三河西郡|  四千五百石を知行す|  実清雄長男
   に於て五千石を賜う |  妻大久保教隆女  |  父に先立ちて死す
             |  後妻黒田筑前守家臣+=●清当=======+
             |    能勢頼資女  |  初清盈 清章 帯刀‖
             +―清吉        |  実清勝二男    ‖
             |  与五右衛門    |  妻岩城重隆女   ‖
             |  書院番 稟米三百俵+=         ‖
             |  三河宝飯郡五百石   実清雄女      ‖
             |  無嗣絶家       平野長直妻     ‖
             +―長賢                    ‖
             |  初長澄 兵部 内記            ‖
             |  浅野長直養子               ‖
             +― 一学                  ‖
+====================================+

+=●義尭―――――――――+―守信―――――――――
   初清倫 守羨 守郷  |  庄次郎 清助     尼となる
   求馬 主水 実清勝三男|  病に依て家督を辞す  信濃善光寺住職
   妻市橋政信養女    |  妻松平直丘女
   後妻朽木稙昌女    +=
              |  実松平乗紀女
              +―●義著――――――――――――――――――+
              |  初義見 五郎助 主水          |
              |  妻木下俊量女              |
              +―守元                   |
              |  初孝虎 郷左衛門            |
              +―尭直                   |
              |  初尭辰 清左衛門            |
              +―親房                   |
              |  伊織 松平親賢養子           |
              +―                    |
              |  久留嶋通実妻              |
              +―吉強                   |
              |  五郎吉 家臣庄司氏が名跡を継ぐ     |
              +―義恭                   |
              |  初成喬 八十吉             |
              +―清行                   |
              |  初清盈 藤次 弥右衛門         |
              |  松平茂清養子              |
              +―義珍                   |
              |  久蔵                  |
              +―                    |
                 松平親房養女              |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+=●義峯――――――+―
|  兵部      |  岩蔵 早世
|  実奥平昌成六男 +=●守惇――――――――――●守誠――――――――+
|  妻義著女       初乗賀 義貫 守諒    哲吉 主水     |
+―           安平 哲吉 弾正 主水  妻松平乗完女    |
|  義峯妻        実松平乗佑八男      妻本多彦三郎伯母  |
+―           妻本多助盈女                 |
|                                    |
+―                                  |
                                     |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+―●善長―――――●清良======●清倫=====●敬信
   潤之助 義長  与次郎 主水   主水      与次郎
   妻相馬樹胤妹  玄蕃       実松平大炊男  実松平玄蕃男
           妻亀井茲尚養妹  妻本多助賢女  妻板倉勝静養女

 この竹谷松平家はいわゆる十八松平のうち竹谷松平の嫡流に当たりますが、菅沼家・松平(久松)家と同じく大名から滑り落ちてしまった家です。しかも家清・忠清と将軍家の諱の一字を賜ったり、家清が家康の異父妹を娶ったりと、将軍家との縁も深い家です。(前回の久松松平家も、康元・忠良と、将軍家の諱字を賜ってますが)
 ですが、忠清が慶長十七年(1613)に無嗣のまま死去したため、弟・清昌が五千石を与えられ、その後は譜代中大名とともに拝謁が許されるなどの厚遇を受けていますが、これも竹谷松平の嫡流という家柄の賜でしょう。
 もし、無嗣除封にならなければ譜代大名の中でも重きをなした家柄となったかもしれませんね。。