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| ある日の風景 | 作:脱落天使 |
| 私が振り返って「あっ」と声をあげたのも、それ相応に合点のゆく理由がその場に存在していたからである。 時は雨の降り続く或る日の午後1時40分。その授業はぬるま湯につかっているようでもあり、またなんだか肌あたたかいふくよかさに包まれているようでもあった。 黒板の前で申し訳なさそうに講義する森田殿の目には、もうどうにもならないといったあきらめの色が浮かんでいるかとも思えたが、意外にも彼の目はらんらんと輝き、明らかに自分の講義に陶酔していたのだった。 私はその何とも静かとしか言いようのない雰囲気に抱かれたまま、夢の世界へはいろうか、はいるまいかとまぶたの上あたりで葛藤を続けていた。最前列に席をぶんどってしまった私としては、こんな時に自分が今からやろうとしていることに実に不利であることを後悔していた。しかし、もはやそんなことをしている暇(いとま)はないのである。私は睡魔に食われてしまう運命にあったのである。仕方なく私は両の頬杖をついてふねをこぐのを防いだ。私は経験からして、ふねをこぐということは外見上まことに冴えないものであるということを信じて疑わなかったのである。さらに、いつの間にやら自分がふねをこいでいてガクンという衝撃とともに我に返る自分に気づいた時の恥ずかしさといったら、これは私だけかもしれないのだろうが・・・・・・全く、顔がほてってしまうほどなのである。要するに私は頬杖をついて、安らかな眠りにつこうとしていた。 |
| 私の脳細胞はいまだに葛藤を続けていた。そのためなのか、私はまともな眠りにつくことができなかった。目を閉じると、見知らぬ深いところにある世界へでも行きそうなほどに強い力でひきずり込まれそうになるのを感じることはできたのだが、耳もとでぶっきらぼうに語りつづける森田殿の、意図みえみえの声がけっして遠のいていこうとはしなかった。さらに不幸なことには、この森田殿、授業中にしばしばこの私の方を向いて喋るというけしからぬ癖があった。従って、こういう安らかな気分に陥りそうな時、何故かそのいささかとぼけたちっこい目が思い出されてきて、私はうかつに深入り出来なかったのである。 覚醒と睡魔との戦いで幾分睡魔に軍配があがりかけた。しかしそのとき無惨にも私の肘が机のかどをすべり、例のガクンというショックとともに頬杖がはずれ、私は我に戻されてしまったのである。あああ何たる不幸なりや。私は人目を非常に気にした。今のショックを見られてはいないかと思う心から、2,3回わざと机のかどで肘をすべらせてみた。しかし、よく考えてみればそんなことは杞憂にすぎなかったのである。何故なら、私以外のだれしも目をこすりこすり、あるいは時折我が身を快楽の世界にひきずりおろしながら茫然と聞き、またあるいはずうーっとやすらかな眠りに沈んでいたはずだからであった。私は結局、馬鹿なことしかやってなかったのである。さらに間の悪いことには、なんとその私の恥ずかしき行為に森田殿が気づいてしまったではないか。あああ、何たるバッドラック!これは「運命だから・・・・・・」ですまされる問題ではないのである。私は絶大なる過失をしてしまったのだった。 私の眠気はいっこうに去る気配がなかった。なにしろ窓が開いていないので通風が悪い。すなわち、このなまったるい空気こそが消え失せてくれないのである。そうなればもう早く終業のベルが鳴ることを祈るしかないのであった。とは言っても時の流れる速さを変えられるわけがない。これは万国共通の真理なのである。ニュートンにもそれはできなかったし、かのカントでさえも散歩の時刻に遅れてしまったほどである。ましてや、このせまいせまい日本のそのまた狭い田舎町のちっぽけな凡人である私に出来るはずはないのである。それがわかっていながら、なおも私は時の流れを変えようと必死になって祈ったのである。しかし人間とは不思議なもので、何か祈ろうとする時にはまずたいていの場合、目を閉じるものである。この時の私も異端者ではなかった。私はまたいつのまにか、かすかな寝息をたてはじめていたのだった。鉛筆が手から離れおち、祈りのため鼻先に合わせていた手は知らず知らずのうちにまたしても頬杖をついていた。しかし、これもまたほんのわずかな時間にすぎなかったのである。今度私を目覚めさせたものは、私と同じように催眠の状態にあった隣人の手からすり抜けたボールペンが床にぶちあたった音だったのである。あああ何たる不運なるぞ。私にとって、これは悪夢としか言いようがなかった。森田殿をはじめとして皆が皆、私をねむらせまいとしているのではないかと疑ってもみるのだった。いくら私の日本史の成績が良くないからといって睡眠の自由を奪うとは基本的人権の侵害もいいところだあ・・・・・・。ひとりでいきがってみてもどうにもならなかった。ああ、何たる特操なき心ぞ! |
| 時の経つのが遅かった。私はもう3時間と5分ばかりもたったろうかと思っていたのに、時計は非情にも1時50分をさししめしているのだった。あああまだあと20分もあるのか・・・・・・とますますむなしい思いに沈んでゆくのだった。そうしているうちにも森田殿は、地価がこの地域は低いだの何だのと相も変わらず喋りまくっている。そして私が忘れた頃になってじろっと私の方をにらむのである。私は森田殿の声が右の耳から左の耳へ馳せてゆくのを不快に感じながら森田殿に同情の念さえ思い浮かべていた。考えてみれば、いくら自己陶酔しているとはいえ、幾つもあるクラスへせっせと通って同じ話をして、よくも飽きずに続けられるものだな、と半ば感心していた。私たちの寂然としたあま〜い催眠的雰囲気の中でよくもまあ50分間も喋るものだと敬意さえ表していた。しかし、そういえば、森田殿もあくびが出そうになるのを必死でこらえているにちがいなかった。ほら、そう、あの森田殿が教卓の上の教科書を見るときに左手を口のあたりに持っていく動作、あれこそあくびをかみころしているのである。そして、黒板の字が嫌に乱れているではないか、あのときこそ、目をしばつかせているのである。だから、森田殿にしてみれば、私たちに注意を配るよりも、自分の口ぶりがシドロモドロにならぬ方に用心しなければならないのである。それ故、誰が自分の似顔絵をかいたのかもわからないし、授業中、写真をとられても気づかないのは無理もないことであろうと思われる。 それにしても、私の悪夢はまだまだ止む気配すらなかった。心なしか森田殿の声も威勢が遠のいてきた。「ウン!この分なら眠れるぞ!」と私は森田殿の左手が前よりもまして何回となく口もとへ出張するのを見とどけて、みたび頬杖をついたのである。私は考えるとはなしに考えたのだが、どうやらこの眠気は、私のまわりにまとわりついているというよりはむしろ、後方から押し寄せてくる波のような代物のせいだということがはっきりしてきた。その得体の知れない波は、重く私の後ろ頭にうち寄せ、脳髄を麻痺させていたのである。私はふと、その波の正体を知りたくなった。幸い森田殿は自分の話に夢中になっている。「よし今だ!」と後ろをふり返った私は「あっ」と声をあげたのである私がふりかえった方向に少なくとも30人の人間が着席していたハズだったのである。ところが私はクルッとふりかえった時、一瞬恐怖感にかられた。わずか12、3人ばかりの顔しか見いだせなかったのである。しかもその顔の見えない席が縦に横にズラーッとつづいているではないか。いや、それだけではなかった。見える顔見える顔その一つひとつがみんな一様に同じ雰囲気を漂わせているではないか。まさしくそれは睡魔の顔だったのである。私は背中に氷を落とし込まれたようだった。私は反対側をふりかえった。驚きはやはり同じだった。三番目の机から後ろは顔がまるっきり見えないのである。まともに目を開けているのが数えるほどしかいなかったのである。 |
| 私はようやく合点がいったのであった。と同時に、おそろしい睡魔から解放された喜びでいっぱいだった。けれども私の恐怖がこの体から飛び去ってしまったわけではなかったのである。左手を顔にあてて頬杖をついているのは私だけではなかったのである。否!それどころか頬杖をついていない人が珍しく思えた。この場面こそは「おそれという感情」を持たずにはいられなかったのである。 時刻は2時5分。「あと5分で終業のベルが鳴るのだ。」と、思いかけた頃。森田殿の長時間にわたる演説は終了を直前にして熱気と威力とを盛り返してきた。その時である。バタンという大きな音が教卓から聞こえた。明らかにそれは生徒思い(?)な森田殿の超美技(ファインプレー)だったのである。そのけたたましい響きは、たち込めていた重苦しい空気を見事払いのけることに成功した。はらいのけられたところの人々は、やっと我に返ったようだった。まことに危急存亡の秋なるに、この馬鹿でかい本の音は、その何人ともなく救い得たのであった。 かくて私の、ある種の戦いはおさまったのであった。そして森田殿にとっては非情の、私たちにとっては天の助けともいえる、あの終業ベルが鳴ったのであった。 森田殿の眠そうにうつろなちっこい瞳が実に印象的であった。(完) |
−−−−−−−あとがき:このエッセイに出てくる教師の名前は架空のものでありますが、物語は、現実に起こったものを筆者が率直な感想と独特の偏見で書き上げたものです。(爆)