育児日記

育児日記


一人息子「ゆう」との楽しい日常を綴ります。

魔の2歳児? 2000.6.21

今さら気づくことでもないんだけど、疲れて帰ってきたとき、 子どもの笑顔を見ると、そんなものは一発で吹っ飛んでしまうけど、 逆に、そんなとき、訳のわからないわがままや、ギャーギャー泣き喚く声を聞くと、 どーっと疲れが押し寄せてくる。 昨日のゆうはなんだかおかしかった。 まずは夕食を食べたくないだの、おはしで食べる!だの、椅子に座りたくない!だの・・・ まあこんな日もあるでしょう、と夕食を無理強いするのをやめると 機嫌よくごっこ遊びなんてしていたけれど、 お風呂の時間になると、今度は、洋服を脱ぎたくない!と言い出して・・・ まあこんな日もあるでしょう、とシャツを着たままずぶぬれで遊び、湯船にもそのままサブーン!! さすがに、あがるときは脱がせようとしたけれど、これまた泣いて嫌がり・・・ けれどこれだけはゆずれないので、無理に脱がそうとすると、「じぶんで!」と叫び、 だけど自分では脱げないので、私が本人が気づかない範囲で、手を貸してやり、 やっとお風呂から上がって、絵本を読んでるときはとてもいい子だったが、 さていよいよ寝るときになって、「ごはん!」と言い出し、 ゆうの好きな鮭ごはんを、まるで離乳食の時のように、だっこしながら口に運び、 ゆうは目を閉じそうになりながら「もっと」と要求し・・・ そうこうしてるうちに、「おしっこ!」と言い出して、 寝るときは、オムツにしてるから、そのまましちゃえ!っていうわけにも行かず、 トイレに連れていき、 「まだ食べる!」というので、残りを食べさせ・・・ やっと天使の寝顔にありついたのだった。 ふー。 けれど、この寝顔さえあれば、親はどんな苦労だって出来るんだよね。 親になれてよかったなーなんて思いながら、 疲れた私は、即効で寝ちゃった。

「愛する」ことと「甘やかす」こと 2000.6.19

子どもの要求にもいくつかの段階があるように思う。
どんな場合にも、目線を合わせて願いをきいてあげるべきものもあれば、
単に親の反応を試してるだけのものもあるし、言ってるうちに本人も訳がわからなくなって
でもあとにはひけない状態になってる場合もある。
これらをきちんと見極めて、ふさわしい態度をとることが、このごろの
私の課題だろうか・・・

夜寝るのを嫌がるのも、これらの典型。
はじめは、1日の終わりに泣くこともないだろう、と思って、
なるべく泣かせないように、本人の納得のいく形で、眠るようにしていたけれど、
そうするとどんどん寝る時間が遅くなってしまう。
ビデオなどは「あと1回だけよ」と約束したって、まったく効果がない。
なので、ここ数日泣いてもこっちの意志を曲げないようにしてみた。
すると、このごろは、自分から「あと1回だけでしょ。」なんて
かわいいことを言ってくれて、それなりに覚悟を決めているようだ。
終わりに近づくと、「もう1回いい?」と聞いてきたりもするけど、
「だめよ。約束でしょ。」と答えると、納得してくれる。

そうして、部屋を暗くして、すぐには眠れなくても、
お唄をうたったり、適当な私流創作昔話に耳を傾けて、体をくっつけて、心をくっつけて、
自然に眠れるようになった。
とても幸せなひとときだ。

ただでさえ一緒にいてやれる時間が少ないからといって、
何でも要求に答えて「甘やかす」ことと、
子どもにとっての適切なしつけを、愛をもって行うことは
全く違うことだ、と改めて感じる今日この頃。

読書日記

「家族狩り」〜天童荒太著〜

読むに耐えない、無残な描写があるのに、何故が最後にはほっとするのが
この人の作品の特徴だな・・・
読み進むうちは、自分にも起こりうるもの。
明日にも、私が加害者であり、被害者であるかも知れない、と思うほど
作品に近づいていくのに、
事件が解決をみたとたん、全く作品から突きはなされた感じで、
自分には関係ない、起こりえないとホッとしてしまう。
けれども、もやもやしたものは残っているわけで、
それこそが、この作品を読んだ証かなーとも思う。
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「ビフォアラン」重松清著を読み始める。


バイバイ 2000.6.15

朝のバイバイは、すんなりいくこともあれば、なかなかうまくいかないこともある。
ゆうは、「だっこ」だの「ちゅきちゅき♪」だの「おはなし、みようよ」だの
あの手この手で、私の愛情を試すかのように、さまざまな要求を示してくる。
私はその要求にすべて答えながら、あいまに「会社にいく」ということをにおわせる。

決めていることは、彼が自分から「バイバイ」と言わない限り、家を出ないということ。
時計の針を気にしながら、「今日もタクシーかなー」なんて懐具合を気にしながら、
目の前には「ママ大好き♪」の息子の笑顔がある。

それから「ママのかわりにおじいちゃんが・・・」というのが、最も彼を怒らせ哀しくさせるので
これは絶対にしない。たとえおじいちゃんが、しゃしゃりでてきても・・・(笑)

まだまだ小さい手をしっかり開かないままに、
困ったなーというような表情で、やっと小さな声で「バイバイ」できたなら、
ようやく私の1日が始まる。


やめちゃうんだ・・・ 2000.6.14

朝久しぶりに、育休復帰仲間に会った。
自転車で会社の近くの保育園に子どもを預けてからの、出勤。
これから梅雨は大変だろうなーと思って、様子を聞いてみると
どうやら2人目が出来たらしく、会社を辞めてしまうらしい。
ちょっとショックだった。
彼女には復帰直後から、さまざまな問題が持ち上がり、
その都度「がんばろう」って励ましあってきたのだけれど・・・
女性が働くのって大変なんだなぁ・・・って
なんで私はまったく人ごとなんだろう?
全然大変じゃないんだけどなー。
やっぱりおじいちゃんの協力が大きいんだね。
改めて大いに感謝しよう!

ってこともないけど、
そこそこに感謝しながら、頑張っていこう。

読書日記

「赤毛のアン」が訳者を変えて、大人の読み物として生まれ変わったらしい。
そうか・・・翻訳本にはこういう楽しみ方もあるんだな・・・
検索してみると、色んな人が翻訳してることに気づく。
きっと全く違うものかってくらい、味わいが変わってくるんだろう。
早速、発注。


あっ!忘れてたぁー!! 2000.6.13

最近の私とゆうのお気に入りは「あっ!!忘れてたぁー!!」だ。
私が急に「あっ!忘れてたぁー!今日まだゆうちゃんとちゅきちゅきしてない!」って
慌てると、ゆうも「あっ!」って顔をして
慌てて私のところに飛んできて、お互いに頬ずりしながら「ちゅきちゅき♪」をする。
「あー良かった。間に合った。(*^^*)」ってほっと胸をなでおろす2人だが、 何に間に合ったということもない。(笑)
それに、こんなことを1日に10回くらいやっている。はははっ。

読書日記

〜「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス著〜

32歳にして幼児の知能を持つチャーリーが、選ばれて脳の手術を受け、
超知能を手に入れる話。
あれほどまでに、望んでいたものを得ることで、
何を失うのか・・・

幼児虐待や多重人格など、このところ実話を読むのが多かったせいか、
物語を読み終えて、99%は、この内容を読んで持つにふさわしい感想を持ったが、
残りの1%がどうも釈然としなかった。
「憤り」という表現が最も近かったと思う。
作者は何を伝えたかったのか?
何を私たちに伝えるために、チャーリーにこんな過酷な経験をさせたのか?
99%の感動のために、残りの1%でチャーリーをこんなに痛めつける権利が
一体誰にあるのか?
どうにも眠れなくなって、本の最初に作者からのメッセージがあったのを
思い出し、もう一度読んでみる。
そうだ。これはフィクションなんだ。
少なくともチャーリーのような経験は現実にはあり得ないことなんだ。
だから、それを材料にして、今の世の中を考えたり、参考にしたりしていいんだ。
そこで、やっと私は納得した。
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「家族狩り」を読み始める。


読書日記 2000.6.12


読書日記

〜「11月の扉」高楼方子(たかどの ほうこ)著〜

読了。好きだなー良かったなー♪
かつて、アンと陸奥A子さんに多大な影響を受けた少女が
大喜びしちゃったよ。(*^^*)
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「アルジャーノンに花束を」を読み始める。


ウサギおいしい? 2000.6.7

今週レンタルしてるビデオ(「カーレンジャー」)の中で、「ふるさと」を唄うシーンがあって
ゆうも一緒になって唄っている。
♪うさぎ追いしーかのやまぁ〜♪
なんか意味もわからず、子どもがこんな渋い唄をうたうのってかわいい。(*^^*)

ところで、私は、わりとつい最近まで、この唄を
♪うさぎおいしい、かのやまー♪と唄っていた。
てっきり、ある地方では、ウサギを食べる習慣があるんだと思ってたのよ。(笑)

読書日記

〜「11月の扉」高楼方子(たかどの ほうこ)著〜

とっても愉快だ。嬉しい。楽しい♪あと少しだけど、読み終わるのがもったいないなー。
主人公の爽子(中学生)は、2ヶ月だけ「11月荘」というアパートに住むことになるんだけど、
そこでの住人をモチーフにした森のお話をかくことにした。
そしてお話の世界と現実とか妙にシンクロするのを体験するんだけど・・・
これって私もあったなーって思い出した。
もちろんお話なんて作れないんだけど、
夢にみたんだよねー。身の回りの人達が出てきて、
奇妙にマッチしたりしてたので、とても面白かったの。
夢って、起きてしばらくすると忘れちゃうんだけど、
一度自分の言葉にすると、それはお話となって存在できるので、
学校までの道、ぶつぶつとそのあらましを口にして、
自分の宝物にしようとしたことがあったなー。
とにかく、面白くて素敵な夢をよく見たんだ。
そういう年頃だったのかな・・・
(心のメモ)
・自分を侮辱した人間と一緒に笑っちゃうときがある。
そうしないと、もっと惨めになるから・・・
そうやってるうちに、何が大切か本当かも分からなくなって、
心の痛みに鈍感になる。
そして、人の気持ちのわからない傲慢な人間になってしまう。

・大人と子どもは違う。
大人みたいな子どもが気持ち悪いように、子どもみたいな大人は情けない・・・
理解することと、同じになることは違うんだよ。
大人はもっと凛としていたいもの。


歯磨き 2000.6.6

ゆうは歯ブラシで磨くというより、噛んでしまうことの方が多いので、
歯ブラシはどんどん新しくしなければならない。
(衛生士の人の話では、少しでも先が開いてしまったら、磨いても意味がないとのこと。)
先日も、歯ブラシを買いたそうと売り場に行くと、
歯磨き粉の方に興味を持ってしまい、買うことにした。
まだ早いかなとも思ったけれど、結構上手に磨いているし、うがいもちゃんとしている。
(時々ゴックンしてるけど・・・(笑))
何より、いちご味なので、歯磨きが楽しみになったらしく、
昨日なんて、1日に4回も磨いたんだ。
私の仕上げ磨きも嫌がらずにじーっとしてくれてるので、とても助かっている。(*^^*)

読書日記

〜「木曜組曲」恩田 陸著〜

2泊3日、物書き5人による推理合戦。
どんでん返しにつぐ、どんでん返し・・・
真実と妄想の境界線が、何がなんだかわからなくってく感じ。
好きな作家がまた増えました。面白かった。
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「11月の扉」を読み始める。すでに、いい感じ♪


読書日記 2000.6.5


読書日記

〜「ハリー・ポッターと賢者の石」J.K.ローリング著・静山荘〜

ファンタジーを読むのは初めてだったせいか、最初は、「なに?」「これがハリポタ旋風?」
「私が歳をとりすぎてるの?」と首をかしげることだらけだったが、
気づくとすっかりのめりこんでいた。ラストでは手に汗握るに近い感じを味わった。
いつの日か息子と布団にもぐりこんで、毎夜ハラハラドキドキしながら、読みたいな〜
愛と勇気と、夢と冒険!!
息子にはこのような本をたくさん読んで、
その時の感じたことをお土産に、大人のゲートをくぐって欲しい・・・


○○してから・・・ 2000.6.1

近頃、「○○してから」というのが少しは通用するようになった。
それまでは、どこの子もそうだと思うが、「したい」と思うと、夜だろうが朝だろうが
どうしても「その時」したくなり、思うようにいかないと泣き叫んでいた。
「ごはん食べてから」「お風呂入ってから」「お昼寝してから」
何度これらの言葉を言っただろう。
時間という概念がないので、どうにも説明ができない。

ところが、今朝、起きてしばらく頭がぼーっとしてたようで、
ゆうが「かくれんぼ、しよ。」というので、5分刻みで時間を気にしつつ、
一緒に布団に隠れて、「もーいーかい?」「まーだだよ。」を繰り返していた。
心の中では、「今日もタクシーだな〜」とあきらめながら・・・

けれど、だめもとだ!と開き直り、「続きは帰ってからにしない?」とこわごわ聞いてみると、
(ここで機嫌を損ねると、尾をひく・・・朝は機嫌よくスタートしたい私)
「せんせーとこいって、ママがおむかえして、かえってきてから、また、しよな。」
なーんて、まるで、だだをこねる私を説き伏せるような口調のゆう。
「いつもだだこねてるのは、あんただよ。」
とはもちろん言わないで、
「は〜い、分かりました。」といい子になった私だった。

読書日記

〜「タイガーと呼ばれた子」トリイ・ヘイデン著・早川書房〜

読了。最後シーラから母親へ向けた手紙に泣けてしまった。
どこまでいってもどこまでいっても、苦しかったけど、
ようやく最後に、希望の光がさした気がした。
トリイの作品はこうでなければ、実話だけに、身がもたない。
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「ハリーポッタと賢者の石」が届く。
本屋のオッチャン、ナイス♪
ちょうど気分を変えたかったところ・・・
ファンタジーの世界に浸りたいわ〜。


読書日記 2000.5.31


読書日記

「シーラという子」の続編である「タイガーと呼ばれた子」を読んでいる。
あと少しというところまできたが、前回より数段重くのしかかる内容だ。

あれから7年が経ち、シーラは思春期真っ只中で、トリイと再開する。
事態は幾分ましになり、そして・・・
物事は何も解決していなかった。

シーラと過ごした日々、地獄の底から輝く幸せを教えた日々、
それは今後生きてく上で有意義なものだった、と解釈するのは教師の思い上がりだろうか?
教師は家族ではない。いつまでもその子のそばにいる訳ではない。
そのことを、シーラは「自分を捨てた」と考えていた。
かつて、高速道路の車の中から、自分を捨てた母親のように・・・

辛く哀しいことを考えるのは平気。「なにさ、ふん」って思うだけ、
けれど、幸せだった日々は思い出したくない。その哀しみに耐えることは出来ない。
だから、幸せだった日々のことはすべて忘れてしまう。本当に忘れることが出来る。
シーラは、そんな術を覚えただけの、ティーンエイジャーになっていた。

駅に着いたので本を閉じ、職場へと向かう途中で、
原付の足を置くところに、4〜5歳の子どもを乗せて走っている女性をみた。
両足ではしっかりと子どもを挟みこみ、速度にも充分注意しているのだろう。
けれど、
ひとたび車と接触したら、その子は死んでしまうんだよ・・・
その時、あなたの足は何の役にもたたないんだよ・・・

ふと、そんなことを考えた。


待ちわびて・・・ 2000.5.30

ゆうは、どちらかというと腸が強い方なのかもしれない。
今まで、「おなかにくる風邪」っていうのをやったことないし、
ゆるいウンチっていうのを、もうずいぶんとお目にかかっていない。
それより便秘の傾向があって、困っているくらいだ。
今も便秘が続いていて、週末勇気を振りしぼって浣腸をしたが、たいして効果はなかった。

(それにしても、1歳の頃坐薬を入れることが多かったせいか、ゆうはおしりに薬を
入れるのが好きなんだ。時にはおしりを私に突き出して、「くすり、いれて!」って懇願するので
便秘気味だしってことで、仕方なく綿棒でつつくこともあるくらいなの。
うーん。かなりあぶない・・・)

本人は機嫌がいいし、食欲も極端に落ちてないからいいんだろうけど、
私は何を恐れてるかって・・・「吐く」のが怖い。
今までに3回ほど、そういうことがあった。
病院にいっても「腸にくるタイプの風邪の、初期症状かも」と言われるが、
それらしき症状が見当たらないまま、自然に治ってしまうので、
疲労とストレスってことで落ち着くんだけど、
その「吐く」症状が表れる前に、いつも便秘しているような気がするんだ。

今日も駅から園へ祈りながら向かうだろう。
「今日こそウンチが出てますように・・・」


保育参観 2000.5.29

土曜日は保育参観だった。かつて2回連続ゆうの風邪で、参加できなかったので、
今回はとても楽しみにしていた。
9時前に教室に入ると、まずはおやつの時間。
みんなきちんと席に座って、おやつと牛乳を飲み、終わったら自分で食器を片付けて、
自分のタオルで手をふく。
それから、順次トイレに誘われ、用をたすと自分でパンツとすぼんを履き、
椅子に座って絵本を読む。
もちろん遊びながらだが、この一連の流れを、ゆうもしっかりこなしていた。
中でも、家では全く飲まない牛乳を一気に飲み干した姿には、ただただびっくり!!
それから、お友達と手をつないでホールに行き、園児全員で「アンパンマン体操」をし、
再び教室に戻ってきたら、紙芝居やお唄の時間。
ゆうは「ウルトラマン」をリクエストして、ポーズをとりながら熱唱していた。
その後、保護者も参加して、粘土遊びをして終わり。

もちろん参観用プログラムだからだとは思うが、かなりハイペースな気がした。
普段はもっとおふざけの時間があるはずだ。
ゆうの絶え間ない生傷が、その証拠・・・
今度は、そんななんてことない1日も、見てみたいんだけどなぁー。

そして、子ども達が昼食を食べている間に、先生と保護者の懇談会をしたが、
これがまた有意義だった。
若い先生だったが、詳しくしっかりと普段の様子をお話してくださった。
保護者の方々話も、これまた興味深い。
どこの家庭でも言えることは、「園では出来てるのに、家では出来ない」ってこと。
偏食しかり、睡眠しかり・・・
みんな「園では寝つきはいいですか」「園では残さず食べてますか」と質問するけれど、
先生はあっけなく「園では出来てますよ。」と答えを返してくる。

ここで、「園ってすごいなー。」「先生ってすごいなー。」「集団生活ってすごいなー。」
とだけ思ってはいけない。
園で出来ることが、家でできないってことは、家では甘えてるってこと。
けれどそれは、それだけ園では思うようにならず、彼らは小さいうちからストレスを強いられる環境に
あるってことを、忘れてはならないと思う。

本人は機嫌がよく、活動的で楽しんでいるのに、ある日突然吐いたりする。
2〜3ヶ月に1回こんなことがあって、その度落ち込む私だったが、
もう落ち込むことはないって思った。
集団生活の性質をきちんと見極め、その子その子にあったフォロー(精神面・体力面)を家庭
で出来ていれば、もうびくびくすることはない。

園に行かせて働いていることが悪いんじゃない。
園での生活をしっかり把握せずに、
罪滅ぼしとばかりに週末に、あちこち連れまわして穴埋めしようとする
自分勝手な親(それは私です・・・)に問題があると改めて肝に銘じた。

読書日記

〜「多重人格者として生きる」キャメロン・ウエスト著〜

多重人格とういう病気について、かなり誤解してた部分があっったが、そのシステムの
大まかなことは理解できた。ここでも幼児虐待の罪の深さを知った。





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