育児日記

育児日記


まだまだ無邪気 2001.8.4

寝る前に、ゆうがおばあちゃんに買ってもらった ばかりのニセウルトラマンのフィギュアの頭 をかんでいた。
私は何度か注意をしたけれど、この頃、よく 赤ちゃんの真似とかしていて、
眠くなってきて、カミカミしたくなったのかなー なんて思って、ほっておいた。
そして、しばらくして、自分が噛んだところが はげて黒くなってるのに気づいて、 「ばばちー」と言って泣き出す。
あげくに、「今度、おばあちゃんに新しいの 買ってもらう」と泣いている。
私は、ここは叱りどころだと思った。
おもちゃを大事にするどころか、自分で傷つけて すぐに新しいのを買ってもらおうとするなんて・・・
私が「あかんよ」と言うと、「買ってもらう!」 と泣き叫んでいる。
「だって、こればばちーやんか!」とかいって。
私は、おもちゃは大事にしないといけないことと、 汚くしたのはゆう自身だ、ということを何度も 言ってきかせたが納得しない。
そこで少し目先を変えて、物語を話して聞かせた。
ゆうは、ヒクヒク言いながら、聞き入っている。
内容は、ゆうくんがかわいくなくなったので、 私が神様にお願いして、今のゆうを捨てて、 新しいゆうをもらおうとする話。
これで分かってもらえるかなーと思ったけど甘かった。
相変わらずゆうは、新しいニセウルトラマンを 買って!といってきかない。
実は物語の途中で、「ゆうくんを捨てる」なんて フレーズで、私は涙があふれでていたのだけど。。。
仕方がないので、分かってくれないなら、 といって、私は今のゆうを捨てることにした。
神様に新しいゆうをもらうために。
当然、ゆうは玄関で泣き叫ぶ。

それから寝室に戻って、 「だからねー。捨てられるのは嫌でしょう。 おもちゃだってそうだよ。みんなと一緒に 遊びたいんだよ。」と締めくくったけど、
ゆうの反応は、「新しいの買って!」
正直私はがっかりした。
ここまで物分りが悪かったか・・・
けれど一方で、不安にもなっていた。
もしかして、この論法は、まだこの年齢には むずかしかったのかも。
本人の能力を超えたことを親が求めてはいけない だろう。
最後に、またゆうが「じゃあ、お誕生日になったら 買ってね。」と言ったので、
私はさっきの不安もあったので、もう「買わない」 の一点張りはやめて、「いいよ」と答えた。
その時の、ゆうの表情が印象的だった。
本当ににっこりと、これで心から満足して 眠れる、といった顔。
そっか、そういうことか。
あるときから、買ってもらうかもらわないか はどうでもよくなっていて、
ただ、私が怖い顔で叱っているので、 それが嫌だったんだなー。
私は、適当に「また、いつか買ってあげる」 みたいに、物事をうやむやにするのが嫌だった けど、
もはやゆうのこだわってる点は、思ってたことと 違う方向にいってたみたいだ。
つまりは、まだそこのところの発達段階ってこと。
私が物語りを聞かせて、おもちゃとゆうを置き換えて、 自分だったらどんな気持ちがするか、
みたいに話しをもっていくってのは、まだ早すぎた ようだ。
その証拠に、しばらくしてゆうが「ママ〜」 って甘い声を出すので、もしかしてあやまるのかなー なんて思ったら、
「なんで、大人って辛いもの食べれるの?」 なんて聞いてきた。


花を贈った相手 2001.8.4

父の日にゆうと薬局で買い物をしたら、 レジのおじさんが「ボク、今日家にお父さんおるか?」
と聞いて、父の日用の花をサービスでくれた。
けれど、ゆうはそれを「清水先生にあげる!」と言うので、 「父の日」というシールをはがして持っていかせた。
夜も「お花、かばんに入れてくれた?」と何度も聞いていて、 朝も確認していた。
ゆうが初めて親以外にプレゼントした相手は、 ダンボ組の清水先生だった。


テレタビーズ 2001.8.4

レンタルビデオ屋さんに行ったら、 珍しくゆうが、テレタビーズを借りて、 昨夜久しぶりにみた。
テレビ放映してたことは、夢中になって みていたけど、まだまだ赤ちゃんで、
いつもおじいちゃんの膝の上でにこにこ見ていた。
このごろは、ヒーロー者ばかりで、時には えぐいなーなんて思うシーンもあったんだけど、
テレタビーズでケラケラ笑ってるゆうの姿を みて、なんだか嬉しくなってしまった。


砂の袋 2001.6.16

お迎えの帰りに、リュックを持ってみると 何かいつもより重いなーと思った。
食後、開けてみてびっくり!
いきなりビニール袋いっぱいに詰め込んだ 砂があった。
まるで、甲子園球児みたい。(笑)
わけを聞くと、 「ゆうくんな、砂を持って帰ろうかなー と思って。」 なんて答えている。
どうやら、園庭に落ちていた袋に、 せっせと詰め込んで、 先生にも見つからず、そのままリュックに しのばせたようだ。
一連のゆうの動きを想像して笑ってしまった。
うまい具合に、上の部分がジッパーになっていて こぼれないので、ゆうは逆さにして
「ほら、こぼれへんやろ。」なんていって 部屋に置いている。
面白いな〜
楽しいな〜

そういえば、家に帰りつく直前に、 いつも下に落ちてるつつじの花びらを 拾って、おうちに持って帰って、
水をはったおもちゃのじょうろの中に浮かべている。
昨日は、はなみさん。
今日は、はなこさん。
明日は、はなくそさん。
と唄うように言ったら、ゆうは大喜び。
毎日同じことを繰り返している。
面白いな〜
楽しいな〜



読書日記

「王様の耳はロバの耳」〜渡辺 一枝 著〜

(心のメモ)

いつでも子供に何もかも種あかしする必要はない。
著者は、夫(作家)がホテルでカンヅメになってる
ときに、5歳の姪っ子に「おじさんは、ホテルに
カンヅメになってるんだよ。」と教える。
姪っ子は驚いて「え?」って顔をするけれど、
そのまま大人が普通の顔をして話すので、
「そういうこともあるのかなー」と思う。
いつか、その真相を知ったとき、自分が5歳だった
頃のことを鮮明に思い出すのだろう。
このエピソードで、私も息子に何か「あれ」
って思うようなことを、そのままにしておこう と思った。

ガラス細工の置物を姪っ子がとても気に入っていて、
「欲しい」というのだけれど、一枝さんも大切な
人からもらったものなのであげられないと説明 する。
それでもあまりに、いつでもうっとりと姪っ子が
眺めているので、いつか似たようなものをプレゼント
しようかなーと思うけれど、とどまった。
いつでもそこに行けば会える素敵なものがある、
ということは、それをもっていることに負けない
くらい、素敵な出来事だから。

「はるさきのへび」〜椎名 誠 著〜

「男がいてもいなくても」〜久田 恵 著〜


悔しい思い 2001.6.16

保育園にお迎えに行くと、担任の先生が困った 顔で「おかあさーん・・・」と近づいてきた。
何か言いにくそうだったし、大きな問題でも 起きたのかと思って、私も身構えてしまう。
話を聞いてみると、今日も戦いごっこでパンチ されて、顔が赤くなってる、とのこと。
なーんだ、そんなことか。
私は先生に、「もう、びっくりするやん。」と 言うと、先生は申し訳なさそうに、「本当に すいません。」と謝る。
私が「やられた方でしょ。やった方と違うんやったら いいねん。」と答えると、
「それがいつもやられるばっかりやから・・・」 と先生が言った。
私は戦いごっこは、正常な成長の一過程だと 思っている。
それで、いつもやられていても構わないと思っている。
いつか仕返しが出来る日がくるかもしれないし。
悔しい思いをたくさんしてもいいと思う。
哀しい思いすら、時には必要だと思う。
ただ、その哀しい気持ちが、毎日消化されずに 積み重なって、どうやっても溶けないほど、
大きな塊になってしまうのを怖いと思う。
ゆうの笑顔や、園でのお話や、食欲や睡眠、 毎日同じように暮らして、毎日見過ごしたくないシーン がある。
同じように長い時間かかわっている先生にも、 見過ごして欲しくないシーンがある。


やらせてみよう 2001.6.4

私が洗濯ものを干している間に、 ゆうがベランダで遊ぶことが多くなった。
おじいちゃんがいた頃は、そういう時は リビングでおじいちゃんと遊んでいたのだけれど。

昨日は、「お花に水をやる!」といって、じょうろに 水をくんで、プランターに水をあげていた。
水をくむために、洗面台まで行ったり来たりするので、 水がこぼれだら嫌だなーと一瞬思ったけど、
すぐにこぼれたら、一緒に拭けばいいか、と思った。
私は雨のせいで膨大にたまった洗濯ものを ひたすら干しながら、ゆうの様子をチラチラと見る。
どうやら、どろんこ遊びが始まって、手がドロドロ になっていた。
こんな時、何も言わずに、子供の様子を目の端 で捉えるにとどめるのって、いいなーと思った。
手が汚れたらどうするか、自分で考えるだろう。
しばらくすると、ゆうはチラっとこちらを見て、 私が気づいてないことを確認してから、 洗面所に向かった。
この時も、ドアを開けるときとか、周りが泥だらけに なったら嫌だなーと思ったけど、
すぐに、汚れたらその時一緒に拭こう、と思い直した。
戻ってきたときは、ゆうの両手はピカピカだった。
けれど、タオルがリビングに投げっぱなし。
私は「片付けなさい」といおうとしたけど、面白い 思いつきが浮かんで、方向を変えた。

私「ねー見て!タオルさんって、自分でここまで 歩いてきたん?」
ゆ「そうやで。ゆうくんが手をつないで 連れてきてあげてんで。」
私「じゃあ、タオルさんって、自分で元の場所に 戻れるん?」
ゆ「そうやで。」
私「タオルさん!元の場所に戻って!」
私(きつめに)「タオルさん。自分で歩けるんでしょ。 戻りなさい!」
いたたまれなくなったゆうは、「ちょっと待ってくださーい」 と言って、慌ててタオルを戻しに走った。
それから「タオルさん、ちゃんとハンガーにかかってた?」
と聞くと、ゆうははじめは「うん」と答えたが、
私があっさり信じて、「やっぱりねー。タオルさんって 偉いね」と感心したので、やばいと思ったのか、
またまた「ちょっと待ってくださ〜い!」と言って、 洗面所に走り去った。

どんなことをしたら親が怒るのか、を習得させたい 訳ではない。
何がいいことで、悪いことか。
自分で考えて結論を導きだすための、材料を今の、
乾いた砂が水を吸い込むがごとき吸収期に、
出来るだけ多く彼に与えたい。


自由になろう 2001.5.30

やっと霧が晴れ渡ったという感じ。
なんて、梅雨を直前にして何をいってるんだって 感じだが、私の心模様のことだ。
2年ぶりくらいに、職場の人間関係で嫌な思いを して、もんもんと暮らしていた。
といっても3日くらいのことだが・・・
ちょうどその時読んでた本で、なるほどと思った のが、ある事柄(人)に対する感情は、 上書きされているということ。
いつも最新のが優先されるので、つい錯覚しがち だが、ひょんなことでそれらがはがれたとき、
過去の感情が生々しくよみがえってくる。
けれどそんなものからも、開放されました。
削除してしまえばいいだけの話。
もうひとつその時読んでた本で、ヒットした言葉。
「執着からの自由」こそが、真の自由だ。
私はそれを手に入れたい。
かなりいい線まできてると思う。



読書日記

「木立の中に引越しました。」〜高木 美保 著〜

「産みたい」〜斉藤 慶子 著〜

「ディア イングランド」〜王 由由 著〜


楽しいこと 2001.5.30

昨日は待ちに待った遠足だった。
これで3回目になるが、ゆうは今回もフォークダンスには 参加しなかった。
周りに小川のせせらぎがあって、そちらに興味が あったようだ。
私も炎天下200人以上の幼児が集められて、 なんでひとつの輪になって、踊らなければいけないのか よく分からないので、
ゆうが輪からはずれてもいつも注意せず、 私一人で好き勝手に踊ったりしている。
今年は、モー娘と「明日があるさ」だったので、 ノリノリだった。(気持ちの中では)
中には、参加しない孫に「踊らないんだったら、 何しにあんたは来たのぉ!!」と怒ってる おばあちゃんがいた。
踊らないんだったら何しに来た!?って。。。。

ゆうは、その後も私にまとわりつくこともなく、 むしろ私からどんどん離れて、冒険の旅に出た。
一度は、周りのお母さんまでドキっとするような ヒヤっとする場面もあった。

それから、1歳のお友達の手をひいて、 「赤ちゃんは、あっちに行ったりこっちに行ったり するから、ずーっと手つないどかなあかんねん。」
なんて、お兄ちゃんぶっていた。(笑)

家に帰って、10分ほどして、さて休むとするか、 と思った矢先に、
「お母さん!何か楽しいことしよっ。」と言われて びっくりした。
楽しいことって。。。たった今、遠足に行って来た ばかりじゃ・・・


口答え 2001.5.30

ゆうの最近の口答えはすごい。
昨日も、食事の最中にスプーンを振り回して遊んでいて、 ジュースをこぼしたので、 私が叱ったら、
「ゆうくんは、わざとしたんと違うから怒ったらあかん。
ゆうくんは、スプーンはどんな形かなーって思って みてただけや。」とか言う。
これには、笑ってしまった。
あと、「『そんなんしたらあかんよぉ〜』って 優しくゆって。」なんて言ってくる。
私もリクエストとおり、優しい口調で注意した。


祖父の死 2001.5.15

3歳半の子供が、祖父の死をどう捉えているかは 分からない。
父が亡くなって1ヶ月が過ぎたが、 夕食のとき、急にゆうが「ゆうくんのじいちゃん、死んで、 火つけて、かわいそうやなぁ」と言った。
私は胸がドキンとした。
そして、「死んだ人は、火つけても痛くないし、 それで煙に変身して、お空で遊べるからいいねんよ。」 と答えた。
ゆうは、お空にはおもちゃもあるか、とか公園もあるか、とか
何故かお荷物いれるロッカーはあるかとか(
このごろは園で 自分のリュックと自分にロッカーに入れているからだろう) 気にしている。
私は、 すべて「あるよ。」と答える。
こういうやりとりをしていると、 なんだか、切なくなってきてしまう。。。

それにこの頃、何かにつけ、「前、じいちゃんとゆうくんで行った」とよく言 う。
ゆうによると、じいちゃんが車の運転をしたらしいが、 父は免許を持っていなかったので、そんなことは有りえない。
「そのとき、お母さんはどうしてたの?」と聞くと、
「お母さんは、ピクニックに行ったって、じいちゃんが いってたよ。」と答える。


参観日 2001.5.14

金曜日は五七日法要で遅くなって、 外食をしようということになって、出かけました。
帰ってきて、1週間の疲れが出たのか、 皆、ぐったりと眠りこけてしまいました。
土曜の朝になって、新聞で「明日が母の日」と知り、 ゆうのかばんを開けてみるけれど、プレゼントらしきものが 見当たりません。
毎年母の日には何か製作をしていて、金曜日に持ち帰って くるのです。
ゆうに聞くと、「プレゼントは保育園にあるんや。」との返事。
じゃあ、忘れてきたんだねーと思って、早速保育園に 取りに行きました。
すると、土曜日なのに、結構登園する子が多く、 それも父親に連れられてる子が多いので、
「世のお母さんは、土曜日も働いてるんだー」なんて思ってました。
玄関につくと、先生がいて
「母の日のプレゼントを忘れたみたいなんで、取りに来ました。」と言うと、な んだか変な顔してます。
そして、ためらいがちに、「お母さん、今日、保育参観って ご存知ですよね・・・」

「えーーー!うそぉ〜!!」

やってしまいました。
すっかりそんなこと忘れていたのです。
どうせ土曜日だしーと思って、その時私は、平日はパジャマとして、
休みの 日は起きた瞬間から、部屋着(外出も可)に 変身する、なんとも便利な(ずぼらな)装いをしていたのです。
先生にも「普段といでたちが・・・」と笑われてしまいました。
それから、私は家に戻り、化粧をして服を着替えて、 保育参観に参加したのです。



読書日記

「定本岳物語」〜椎名 誠 著〜

「寺暮らし」〜森 まゆみ 著〜

お寺の中での暮らしっていいなーと思った。
読んでるだけでも、静かで心が落ち着く気がした。

「薔薇のある暮らし」〜王 由由 著〜

この人の本はいいなー。
いつ読んでも、とてもいい♪

「さまよえるイギリス人」〜岩野 礼子 著〜
イギリスって女の子より、男の子の方が厳しくしつけられる みたい。
英国紳士たるもの・・・ってな感じで。
これって少し前「大和なでしこたるもの・・・」って
育てられて日本の女性と似てるなーと思った。
なので、イギリスでは女性が奔放で、
男性が忍耐強いみたいだ。
そういえば、一緒に仕事をしていたイギリス人夫妻も
そんな感じだったなー。

「眺めのいい部屋」〜渡辺 一枝 著〜
もう定番です。
一枝さんのエッセイを読んでいると、幸せな気分に包まれて
心が落ち着きます。

「バーバパパの赤ちゃん日記」〜三田 寛子 著〜
懐かしいですぅ、育児って響き。
またまた一から赤ん坊を育てることが出来るなんて嬉しい!!
って思っちゃ います。

「サーカス村裏通り」〜久田 恵 著〜

4歳になる息子をすれて、
母子でサーカス村に住み込みを
始めた筆者の体験談。 読むうちに、どんどん引き込まれていって、
ちょうど木下サーカスを見に行 ったところだったので、
より楽しく読めた。
今の時代になくなりかけているものって、もしかして
まだサーカス村には残ってるかもしれない・・・と思った。

「秘宝耳」〜ナンシー 関 著〜

文句なく面白いでしょう。笑えるでしょう。鋭いでしょう。深いでしょう・・・


しきたり 2001.5.3

父が亡くなって、法要や手続きやらで 慌しくしていたが、ようやくそれらの目処もたち、
幸いゴールデンウィークでゆっくりと出来るので、 故郷に父を連れていってあげよう、という話になった。
父は田舎を飛び出して、以来ずっと神戸に住み続けていた。
こんないい季節に、北海道の自然に抱かれて、 何をするでもなく、父の思い出の地をただ、訪れたい と思った。
ゆうにも見せてあげたいし、私も見たい。
そう思い立ったとたん、旅行好きの主人は手配に走り、 心なしかいきいきしてるように見えたので、
私は嬉しく思っていた。
けれど、実家の母は「四九日までに家をあけないほう がいい」と言う。
初めは私の案に賛成だったのに、 田舎のおばさんたちに何か言われたみたいだ。
母は10人兄弟姉妹で、母以外はみんな田舎で固まって くらしており、「しきたり」についてもなかなかうるさい。
結婚のときも、あれこれ言われて、もめたんだった。

神戸は古くから外国人が多かったせいか、形式にとらわれず、物事の本質に目を むける、
ある意味合理的な文化 が定着している。
近所の人がどう思うか、見栄えはどうか・・・
そんなことに重きをおく、田舎文化は私には合わない。
今回の件も、私は父と一緒に行くつもりでいるのに、 どうして仏さんが寂しい思いをすると捉えられるんだろう。

けれど私が考えを変えられないように、母もそれを変えられな いんだろうなー。 昨日用事があって電話すると、母も言い方に気をつけながら 私に言った。
「おばさんに聞いたけど、仏さんってあんまりにも寂しいと、
誰か引っ張っていくらしいよ。○○の おじいちゃんがなくなったあと、おばあちゃんがなくなったし、
○○のおじちゃんがなくなったとき、遠縁の○○さんが なくなったし。
あんまり出歩かずに、用心した方がいいよ。」
私は、「おばさんに聞いたけど・・・」で始まったとき、 「またかー」と思ったけど、聞いてるうちに胸があつくなった。
母も言い方に気を遣ってるのが分かったからだ。
途中で、「これは迷信にすぎないけど」とか「こんな話、 嫌なことだけど」とかって言葉をはさんでいる。
こうやってくれると、私も正直に親の意見も聞けるのだ。
頭ごなしに、「どこにも行くな。悪いことが起こるぞ。」なんて 言われてたら、
また私は母とけんかしていたかもしれない。

今回の件で、母も私たちの身を案じるあまり・・・なんだなーと しみじみ思う。
そして、時に「うるさいなー」と思うことがあったとして、
いずれにしてもそんな親もい、つかはいなく なってしまうんだなーと。。。


おじいちゃん、いるんだー。 2001.5.3

朝、化粧をしていると、ゆうがなにやらごそごそ触っていて、
口紅のふたがソファの下に入ってしまった、と騒いでいる。
私は時間がなかったので、帰ってから探すことにして、 玄関へと急いだ。
おじいちゃんがいた頃も、こういうことはよくあった。
ゆうが、小さなオモチャの部品なんかを、ソファやテレビの下にやってしまうの だ。
その度、「じいちゃんが探しとったる。」と言ってくれて、 私とゆうは保育園へと急いだものだ。
そうして帰ってくると、テーブルの上に、ポツンをとれが置かれていて、「ゆう ちゃん、あったよ。」とおじいちゃんが 教えてくれる。
もうそんなことなないので、帰ってから自分で探さないと いけないんだけど、
昨日は、もぐりこんでたはずの口紅に蓋が、 部屋の真中にポツンと落ちていた。
あっ、おじいちゃんだ。
とっさにそう思った。
おじいちゃん、いるんだー。

49日までは、仏さんは家の周りをうろうろしている、という。
私たちの暮らし振りをみて、安心して、それから ようやく本格的に旅に出るのかなー。
そういえば、私が毎朝6時に起きて、リビングとおじいちゃんの部屋を掃除機か けたりして、
夫に驚かれているが、これって おじいちゃんが乗り移ってるのだけなのかも・・・

死者を身近に感じてなかったころは、こんな話はただただ 気持ち悪く、怖かっただけだけど、
今は死者は気持ち悪くも、怖くもないし、 今の私の『掃除魔』ぶりを考えると、すんなり「有り得るかも」、 と思う。
ってことは・・・
49日以降は、また元のだらしない私に 戻ってしまうのだろうか・・・


ほっといてっ! 2001.5.3

ゆうが目覚まし時計の針をさわって、
>音がするのを楽しんでいる。
>何度も何度もやっている・・・

>私「もう、触らんといて。時間がわからなくなるやん。」
>ゆ「なんでー?」
>私「だって、もう壊れてしまうやん。」
>ゆ「なんでー?」
相変わらず、ぐちゃぐちゃと触ってるゆう・・・
> > >私「もうー。その時計はほっといて!」
>すると突然ゆうが時計を放り投げた。
>私「何してるんよっ!(怒)」 >ゆ「だって、『ほって』って、ゆうたやん。」

>こんな言葉の行き違い・・・って楽しいね(*^^*)。
> >



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