育児日記

育児日記


一人息子「ゆう」との楽しい日常を綴ります。

2000年対策 1999.12.23

昨日、会社にお弁当を持っていこうと思ったけど。めんどくさいからカップラーメンにした。
今日、お昼を作ろうと思ったけど、めんどくさいから、ボンカレーにした。
さて、カレーにしようと思ったら、ごはんが足りなかったので、サトウのごはんにした。
慎重な主人が、2000年に備えてせっせと買いためたものを、私が順調に消費していく・・・


子どもを叩いたらだめですか。 1999.12.22

私は子どもに手をあげてもいいと思っている。
今日も、ゆうが何度も、家中のコンセントを抜いたり差したりするので、その都度
注意していたが、かわいく「(ご)めんなしゃい」と謝るものの、いっこうにやめない。
特に危険な行為に関しては、容赦しないと決めているので、
手を叩いてやった。
すると、ゆうの表情がくずれ、両目からみるみる大粒の涙がこぼれ落ちた。
(実は、この瞬間、ビデオにおさめたいくらい、かわいいんだけど)
もう、ゆうは分かっている、なぜしかられたか・・・
なので、あとは何も言わず、思い切りゆうを抱きしめた。
もちろんその後そんないたずらはしない。(学習効果は半日くらいかな〜)

以前に50近くのおじさんが、
「俺らの子どもの頃は、行儀が悪いと、口より先におふくろの手が飛んできた。」
って、懐かしそうに話したのを聞いたことがある。
これっていいなって思う。

ある日電車の中で、
「なんで、おなじ事するの!」「なんで、ママのいうことがきけないの!」
「なんで、そんなにしつこいの!」「だからあんたは嫌いや。」「もう連れてこうへんよ!」
などなど30分、子どもに言いつづけてる人がいた。
それより、一発パシンとやっちゃえば、って私なんか思う。
親の心ない言葉が、子どもを傷つけることだって、結構あるでしょ。
子どもに手をあげてもいいんです。
叩かれた本人より叩いた手の方が、よっぽど痛い。
その痛みを感じることさえ忘れなければ・・・


そして発熱・・・ 1999.12.21

やはり発熱してしまった。といっても7度5分だから、子どもにとって高い、ということもない。
けれど、夕食を食べられなかった。
熱のある時は、いちごとヨーグルトしか食べなくなるので、急いでコープに買いに走った。
こんな時、同居はありがたい。
私一人では、まさか熱のある子どもを連れて、外出できないものね。
そして、ぐずりだしたので、早々に寝かせる。
やっとゆうが寝た今、ちらかしっぱなしの台所はきれいに片付いて、
園から持って帰った洗濯ものは、かばんから洗濯かごへ・・・
なので、こうして日記を更新できるのです。
やっぱり同居ってありがたい!
なんか「嫁物語」でいってることと違うかな〜。


加湿器出動! 1999.12.20

ここ2〜3日の冷え込みはすごい。
これが本来の姿かもしれないけれど・・・
ゆうも昨日から咳をするようになり、今日病院で、あっさり風邪と診断された。
ワーキングマザーは先手必勝!
「様子をみて」なんて悠長なことはいってられない。
現にそれで、自力で回復したことは、過去に一度もなかった。
どうしても、抗生物質のお世話になるよりないのだ。
ウイルスの宝庫・保育園に毎日子どもを送り込むのだからしょうがないか・・・
今回は休日をはさむので、4日分の薬をゲットした。
これで何とか、ウイルスをやっつけて欲しい。
昨日までは、濡れバスタオルで湿度の調節をしてきたが、今日は極端に湿度が下がっている。
気温が下がることより、湿度が下がることのほうがこわい。
ゆうの声もかすれ始めている。
というわけで、加湿器の出動!
人事をつくして天命を待つ!
ウイルスのやろう、これるもんなら、きやがれってんだぁー!!
(なんで江戸っ子やねん・・・)


私のやり方 1999.12.19

職場の人に、鳳蘭のディナーショーのチケットを頂いたので、母と行ってきた。
予想に違わず母は、おおはしゃぎで、朝から美容院に行き、気合が入っていた。
田舎者の母に、フルコースの食べ方をあれこれ質問され、
私も、それほど場数をふんでるわけでもないのに、丁寧に教え、バターを取り分けてあげたりした。
このところ、親孝行といえば、ゆうの元気な姿を見せることにつきていたが、
ゆう抜きで、初めて娘に戻って、母を喜ばせてる気がして、
意見の対立で、けんかばかりしていた日々を思い出し、ショーのオープニングでは泣けてしまった。

ショーは素晴らしいものだった。
中でも、最後の「マイウエイ」は心にしみた。
はるか昔の、彼女の離婚会見を思い出させた。
母としての生き方と、自分らしい生き方のジレンマに限界まで耐え、
結果、再びショービジネスの世界に戻ってきた、と記憶している。
「マイウエイ〜私のやり方〜」で、人生を謳歌し、母親業も、まっとうしている・・・というように私には聞こえた。
外出の際、ゆうに泣かれて、とても気がかりだったが、
「子どもが泣いた」という現象だけをとらえて、いたずらに自責の念にかられることはないんだ、と気づく。
これからも真実を見極めた上で、、有意義な「自分の時間」を大切にしていけばいい。
私のやり方で・・・


ごめんね、ジャッキー。 1999.12.18

パパはジャッキーチェーンのファンで、よくビデオを借りてきて見てるんだけど、
ゆうも、好きなようで、今日も2人で真剣に見ていた。
私は、アクションものに全く興味がないので、何もすることがなくて、
ぼんやりゆうのことを見つめていると、
カーチェイスが始まったようで、ゆうの目が輝いている。
「ママ、くるま!」「ママ、みて、つぶ(れ)た!」
ゆうは、興奮して伝えようとするが、私が気のない返事を繰り返すので、ついには
「ママ、あっち。みて。こっち、ちゃうよ。あっち、ぶーぶ!すごい。みて!!」
としかられた。
でもね、ゆうちゃん。
ママは、ジャッキーなんかより、ゆうちゃんのことをずーっと、見てたいんだも〜ん!!


○○して、くだしゃい。 1999.12.17

保育園の先生の口まねか、最近のゆうは「○○して、くだしゃい。」の連発だ。
「ママ、だっこ、して、くだしゃい。」
「ママ、ジュース、くだしゃい。」
「ママ、どいて、くだしゃい。」等など・・・
こんなかわいい口調で頼まれると、何でもほいほいきいてしまいそう。
そうだゆうちゃん。今度
「ママ、ダイエット、してくだしゃい。」って言ってみて!


忘年会 1999.12.16

今日は忘年会だった。
年に一度、部の忘年会だけは出席することにしている。
私は1年ぶりの宴会に、心踊る心境だったが、(元、自他ともに認める宴会の女王?)
ゆうの寝かし付けだけが気がかりだった。
きっとパパでは、大泣きするに違いない。
何とか、2次会のお誘いを断って9時半に家に着いた。
泣いてたら嫌だな〜と思っていたが、予想に反しておとなしく、完全にパパとねんねの体制に入っていた。
ついこの間までは、考えられなかったことだ。
子どもって成長するんだな・・・ちょっぴり寂しくもある。
パパに、「大丈夫やった?」と聞いても、決してイエスとは言わない。
なんだかんだと大変だったように答える。
では、具体的に、「何が大変やったん?」と聞き返すと、むにゃむにゃむにゃ・・・
パパの考えは分かっている。ここで「大丈夫」と答えてしまうと、これをいいことに
私がしょっちゅう飲みにいく、と思っているのだ。
私って、そんな女に思われてるのかしら・・・
結婚依頼、パパの勘が、ますますさえわたってるのが気になるところ。


お寿司 1999.12.15

今日は魔がさしてしまった。
こんなことはそうそうあるものではないが、年に4〜5回はあるかもしれない。
これが多いか少ないかは、読んでる皆さんに判断してもらおう。
会社からの帰り道、1つ手前の駅までいつもの私だった。確かにそうだった。
けれど、電車の吊り広告で、週刊文春に、林真理子が雅子さまのご懐妊について
記事を載せているのをみて、なぜかお寿司を食べながらそれを読みたくなった。
それも今すぐに・・・
息子が寝るまで我慢できない。
駅についたのが6時30分。お迎えは7時までに行かなくてはいけない。
15分で食べれば、十分に間に合う。
そこで、駅前の書店で雑誌を買い、同じく駅前のコープのフードコートでお寿司を買って、
たった3ページの記事を読み終えないうちに、にぎりを10個食べた。
それでも物足りない私は、次にマクドナルドを捕らえ、
雑誌と空き箱を広げたまま、チーズバーガーセットをたいらげた。
やっと落ち着いて園にお迎えに行き、いつもの私に戻ってゆうを寝かしつけた。
今日の自分の行動について、反省というより、理解に苦しむな〜と思っていると、
パパがご機嫌で帰ってきた。
めったにない接待を受けて、私のために、お寿司をお土産に持たせてもらったらしい。
こんなことは、結婚以来初めてだ。なんと間の悪いことか・・・
もーう、あったまにきたぁー!!
今日は、食っちゃえ食っちゃえー!!
しばらくは体重計にのりたくない・・・


プライド 1999.12.14

ついこの間、まるいお月様をみながら、家に帰ったと思うのに、
今日のお月様はかなり欠けていた。
ゆうが、覚えてるかなと思って、「ゆうちゃん、あれなあに?」と聞くと、
すかざず「しゅ(す)いか!」との答え。とっさのことに
「すいかぁ〜!?」と素になって叫んでしまった。
すると、本人も間違いに気がついたのか、「しゅいか、ちがう!」と否定。
でも、考えてみると、「すいか」とはよくいったもんだ。
子どもの発想って素晴らしい・・・って思いなおし、
その後何度も「あれ、すいか?」って聞いてみたけれど、彼はその度「しゅいか、ちがう!」と怒っていた。
もしかして、プライド傷つけたかな。


優しい時間 1999.12.13

昨日は、息子が早く寝たといって、はしゃぎ気味の私だったが、
やはり、ゆうが寝るまでの時間はかけがえのない時間だ。
今日は、お風呂上がりにクリスマスのビデオを観てみた。
ゆうは、「ジングルベル」が大好きだから・・・
ビデオも終わり、ちょうどいい時間になったので、部屋を暗くして寝ようとしたら、
ゆうが「ぶーぶーちゃんも一緒に寝る!」といってきかない。
いつもは、オモチャなど気の散るものは一切しまって、ねんね体制にはいるんだけど、
今日はゆうと私とミニカーで、川の字になって寝ることにした。
なんてかわいいんだろう。この1コマ1コマをずっと忘れたくない・・・
ホームページを開設して、1ヶ月が経ってみて、ようやくこのページの本当の意味が分かった気がした。
これは、20年後、30年後の自分に向けたメッセージなんだ。
「ゆうが生まれて、あなたは、こんなに優しくて、かわいくて、あたたかい時を知ったのよ。
少しくらい思うようにならないからって、ぼやくのはおやめなさい!」
子どもは3歳までに既に、、一生分の親孝行をしている・・・
ふと、友達のお母さんの口癖を思い出した。


早く寝ました 1999.12.12

今のゆうは、ある意味、犬と同じだ。
休みの日も、9時半くらいになると、「おそと!おそと!」と叫び出し、コープが開く10時を待って
とにかくお散歩に出かける。
ぱぱは、そこで遅めの朝飯として、ぱんかなんかをかじり、ゆうはジュースを飲む。
それから、2階の本屋さんで、絵本を見たりする。
この書店は、絵本コーナーの前にベンチが置いてあって、とても良心的。
最後にラムネかなんかのお菓子を買って、家に戻る。
お昼を食べて、少しすると、また騒ぎ出す。もちろん「おそと!おそと!」
気候が良い時期は、いくらでも公園に行くが、今はとにかく風邪をひかせたくないので
どうしてもびびってしまう。
それで、ゆうの大好きな、ぱぱのブーブでドライブに行くことにした。
ところが、お腹も満たされて、心地良い揺れに、ゆうは熟睡・・・
このままお昼ねしてくれたらラッキーだな〜、と祈るような気持ちで家についた頃、
おめめぱっちり!パワー全開!!
またまた1時間後、ドライブがてらビデオ屋にいくことになる。
・・・・・とまあ、これは昨日の過ごし方だった。しかし、今日はぱぱも居ないし、どう過ごそうと
考えた私は、結局、車で30分の実家で過ごすことにした。
お昼寝もせず、夢中で遊んだので、帰りの車の中で寝てしまい、そのまま起きなかった。
子どもが7時には寝てくれると、全然世界が変わるな〜。
以前、浜ちゃんの奥さんが、「うちは7時には、子どもを寝かせます。そうすると夫婦の時間も
生まれ、いつまでも恋人気分なのよ。」と言っていたのを思い出した。
まあ、恋人気分うんぬんはどうでも良いが、自分達の時間が持てることは嬉しい気がする。
それに、日曜の夜にしっかり寝て疲れをとっておけば、ゆうも来週を元気に過ごせるしね。
息子が早く寝たことに、異常に喜んでる自分を、後ろめたく思う母親は、こうしめくくるのであった。


めんなしゃい・・・ 1999.12.11

ゆうとお風呂に入って、手荒く頭を洗ったため、目にシャンプーが入ってしまった。
ゆうが泣いているので、あわててタオルで拭いてやる。
「ゆーちゃん、ごねんね。」と言うと、ゆうも「(ご)めんなしゃい。」と言った。
あれ?????
そうか、私が「ごめんなさいは?」と言ったと思ったんだ〜。
ってことは、ゆうの「めんなしゃい。」は単なる場景反射だったんだ。
このところ、きちんと「ごめんなさい」できるようになったなーと喜んでいたのに・・・


幸せということ 1999.12.10

今日、保育園のお迎えの時、先生達の内緒話が耳に入ってきた。
他のクラスの先生「今日、ゆうちゃんが、じこ(じゅんこ)せんせ、って呼んでたからびっくりしたわ。」
じゅんこ先生(ゆうの担任)「そうでしょー!もう、ラブリーゆーちゃんなのよぉ〜。」
ゆうが、先生を慕い、先生がそれを他の先生にちょっぴり自慢してる感じが、とても嬉しかった。
それから、ゆうが、なかなか帰ろうとせず時間ばかりが経って困ってたところ、
上のクラスのお兄ちゃんが、ゆうを抱えて門まで連れて行ってくれた。
それから、遅くなったので、家で待ちきれなくなったおじいちゃんが1つめの信号のところで
手を振ったので、ゆうが一目散に駆けていった。
いろんな人に愛されて、ゆうがすくすく成長していく・・・
これが幸せってものなんだー。
真っ暗になった冬の帰り道、おじいちゃんと手をつないで、ずいぶん先を歩く息子の後ろ姿を見ながら、
ふと、そんなふうに思った。


子どもを信じられますか? 1999.12.9

ゆうのトイレトレーニングも順調、そろそろ仕上げにかかりたいところ。
家では、朝7時半、夕食後8時、入浴前9時の3回でオッケーだ。
でも、今日はなぜか入浴前のトイレを嫌がって「しっこ、ない!」と
泣き叫んだ。保育園の先生も、「ない、っていうときは本当にないんですよ。」
と言ってたことだし、この訴える目は、嘘をついてる目ではない、って
思った私は息子を信じることにしてお風呂に入ることにした。
そして脱衣場でずぼんを脱いだとたん、
ジャー・・・・
「しっこ、したよー。」の明るい声。
あなたは、子どもを信じられますか。(笑)


お菓子の取り合い 1999.12.8

今日、部屋に主人が飛行機の中でもらった、おつまみの小袋があったので
何も考えずに開けてしまった。(習慣っておそろしい・・・)
案の定、ゆうが寄ってきたが、彼の食べられそうなものはなく、あきらめさせようとしたが、
丸くて中にピーナッツの入ってるのが気に入って、しつこく欲しがった。
これなら食べられるかな、と思っていったんはあげたが、
喉につまったら大変と思い直して、口から出そうとし、ゆうは激しく抵抗した。
当然よね。一度は食べようとしたんだもの。
「ゆーちゃん、たべるの!」の一点張りだったが、私も後悔先にたたず・・・必死になって口に
手をつっこんで、取り出した。
そして、ゆうは発狂した。
袋の中から、さっきのと同じのを探そうとするので、私とお菓子の取り合いになり、
仕方ないので、私は、残りのお菓子を一気に口に流しいれた。
あの時のゆうの、悔しくて悲しくて怒りに満ち溢れた顔・・・
子どもでもすごい顔するな〜。
なんだか、子どもの頃、兄とお菓子の取り合いになって
一気に残りを口に流しいれ、家族中から「いやしい子」とののしられた遠い昔を思い出してしまった。


嬉しいこと 1999.12.7

ゆうは、小さく産まれて(2656グラム)すくすく育っている。
が、もともと小食でミルクも極端に飲む量が少なく、いつも頭を悩ませていた。
保育園に通うようになってからは、毎日「全部食べました」と連絡帳に書いてあるので
安心はしてるものの、やっぱり自分の作ったものを残さず食べて欲しい。
この頃はようやく食欲が安定してきて、夕食もよく食べてくれるようになった。
特に魚には目がない。(さんま、塩サバなんて狂喜乱舞せんばかりだ。)
今日は、お味噌汁の大根とにんじんと、つくねをたくさん食べた。
のりごはんもおかわりをした。
ご褒美のいちごは、もちろんぱくぱく食べた。
小食の子どもを持つ母親にとって、こんなに嬉しいことはない。
この気持ちパパには分かるかな〜。


おかあさんごっこ 1999.12.6

食後、いつものようにゆうと遊んでいると、ロボットにお布団をかけて、しきりに「ねんね」「ねんね」
と言っていた。そして、ロボットに「ねんね、してねー」と言うと、5〜6歩あるき、
Uターンして、「たいま(ただいま)!」
「ゆーちゃん、かいしゃ、かえったよ。」
どうやらパパの真似をしてるらしく、ここにきて、これはおかあさんごっこなんだ、
と気づいた私は、一度も主人に言ったことのない言葉を口にしてみる。
「お風呂にします?お食事にします?」
ゆうは、「まんま、たべる」と答えて、食べるふりをした。
それから今度は、ロボットに「おっきしてー」と言って起こし、
そのロボットをガブッ!
「ままも、どーぞ。」と頭の部分を勧めてくれたが、さすがに遠慮した。
このへんがまだ2歳。
支離滅裂なんだよね〜。


週末の過ごし方 1999.12.5

週末はどんな風に過ごしてますか。
私は息子が、自家中毒になるまでは、彼をつれまわしていたように思う。
普段一緒にいてあげられない分、週末はめいっぱい遊ばないといけない、と思ってたからね。
今思えば、一種の脅迫観念みたいなもの・・・
電車を乗りついだり、バスに乗ったり、時にはマイカーで、どこにでも連れていった。
そしてゆうの笑顔を思い出すにつけ、「今日の私は、満点」なんて思いながら布団に入る・・・
だから、かかりつけのドクターに、週末の様子を話して「それは4歳から5歳の子の遊び方だ」
と指摘されたときは、まさに目からウロコ。
「月曜から金曜まで保育園に行く子は、そのプログラムをこなすだけで、週末には心身の疲れが
ピークに達している。それを、普段いてやれないからといって
親が必死でつれまわすのは、親の身勝手」と言われた。
「親と同じように、週末は休息にあてなさい。」
・・・と、ここまで言われると気が楽になる。
なーんだ、無理してあちこち連れていかなくても、近所の公園程度でいいんだ・・・
でも、やっぱり休みの日に家で過ごすと、落ち着かない。
もっと子どもと、もっと、もっと・・・
得体の知れない焦燥感にかられる。
これって、働いている母親はみな同じかな〜。

今日、街角でクリスマスツリーを見つけ、ゆうとジングルベルを唄った。
何度もリクエストするので、何度も唄った。
実は、こんな時期はあっという間に過ぎていく。
そのことが分かっているので、私は焦ってしまうのかも知れない。


子どものけが 1999.12.4

今日の音楽会で、はじめの挨拶の時、園長先生からこどものけがについてのお話があった。
内容は、
・こどものけがには、充分注意しているが、時に起こってしまうことを申し訳なく思っている。
・今までは、けがをさせた方の親には、何も伝えなかったが、最近、けがをさせられた方の親から、
先方にもきちんと伝えてほしい、という要望があった。
・職員会議の結果、させられた方の親の要望があれば、させた方の親にも担任を通して、事の成り行き
を伝えるように、方針を変更した。
というものであった。
私は、子ども同士のけんかや、それによるけがは仕方ないと思っている。
けんかやけがもせず、大人になる方が恐いからだ。
だが、もちろん仕方がない、の前には「ある程度」という言葉がつく。
どこの親も同じだろう。
この「ある程度」とやらが、一番難しい。親によって、まちまちだからだ。
私の場合は、一生に残るような傷でなければ・・・というくらい大胆な設定をしている。
というのも、私も幼稚園のとき、大けがをして、おでこを3ハリ縫っているからだ。
あの時私は、一人で宇宙儀のてっぺんに登り、得意満面だった。
それを見た3人の男の子達が、私を恐がらそうと、宇宙儀を回しはじめ、
初めは強がっていたものの、だんだん恐くなってきた私は、手を離してしまって、下に落ちた。
その時、底面がみるみる自分の血で染まっていったのを、今でもはっきりと覚えている。
母は会社から病院に駆けつけ、保母さんは次の日も泣いて、家に謝りにきたらしいが、
責めたりはしなかった、と本人は言っている。
兄は、その日のことを、後に文集で、
「妹がおでこにけがをした。近所のおばさんに、せっかくの美人がだいなしやね、と言われた。
僕は、悲しいのと嬉しいのが半分づつだった。悲しいのは妹がけがをしたこと。
嬉しいのは、妹が美人だといわれたことだ。」
なんーんて、かわいいことを書いている。
話しがそれたが、私はもし息子が保育園でけがをして、
子ども同士のけんかが原因だった場合、その相手よりも、その時の状況を一番に気にするだろう。
荒れた環境と保育の中では、けがは起こる。
普段から、保育者がどういった姿勢をもち、実践していたか、
これが問題だ。
逆に言えば、ここに問題を感じたときは、子どもを預かってもらえる身であれ、容赦はしない。
今日の、園長先生の、「私たちは常日頃、どんなにいい保育をしてもけがをさせたらすべて台無しだ、と
言いきかせています。」という言葉を私は信じられると確信でき、
いい保育園に預けることが出来て良かった・・・と実感した。


大器晩成 1999.12.3

明日はゆうの保育園の、音楽会だ。
運動会や生活発表会の時もそうだったが、
ゆうは、練習の段階では、かなり目立つらしく、リーダー的存在らしい。
走れば、一番。舞台に上がれば、皆の注目のまと。(先生いわく)
だが当日は、全くそんなことはない。
観客に驚き、きょろきょろして、自分の出番になってもぼーっとつったっているだけ。
ことごとく親の期待を裏切ってくれる。
だけど、私はそんなゆうが大好きだ。
私は小さい頃、とにかく目立ち、
音楽会でも、友達と一緒にタンバリンやってるのに、
先生に引っ張りだされて、小太鼓をやらされ、中央でピンスポットを浴びてたりしていた。
兄もしかり・・・
なので、小さい頃目立ってる人間は、のちのち、
その他大勢になる、っていうことを良くしっている。
皆の注目を浴びるよりも、舞台の端で、人と違う踊りを
めいいっぱい踊ってたりする子が好きだ。
「ママは見てるよ〜!」って応援したくなる。
だから、子供の配役の事で親が文句をいう、っていうのが信じられない。
木の役でも、石の役でも
その子が機嫌よく舞台に上がっていれば、いいんだよ。
ちなみに私は小6の頃、キャンプファイヤーで女神をやっている。
はたしてその後、華やかな人生を送ったか?????(OH!NO!!)
やっぱ子供の頃は、目立たない方がいいんだよ。


パパも寝かしつけ、できますか? 1999.12.1

よその家って、パパも寝かしつけできるのかな〜。
うちは絶対だめだ。
というか、試したことはないんだけど。
まだ、哺乳びんでジュース飲みながら寝てた頃は、2回ほど頼んだことあるけど。(昨年の忘年会の時)
今は、私の姿が消えると、家中探し回る。
ゆうにとって、ママはいつも家にいる存在ではないからね〜。
パパに練習してもらおうかっって思ってるけど、
どうせママは居るって、分かってるから、きっと無理だろうな。
第一泣き声が聞こえるのに、別の部屋でじっとしてられないよ。
みなさんのおうちでは、どうですか。


ラーメン、ねんね、するの? 1999.11.30

今日は寝かしつけに時間がかかった。
いつもなら10分なのに・・・
「ばなな、たべるの!」と言っていたが、これは私を寝かさないための常套手段だと
無視していた。
が、どうもしつこい。
夕飯はしっかり食べたはずなのに・・・
仕方なく、ばななをあげると、1本ぺろり。それからジュースをごくごく。
「ジュース飲んだら、ねんねよ。」の約束通り、
布団に入ってくれた。これでお腹もいっぱいになっったことだし、すんなり寝るだろう。
と思いきや、どうしたことか、今度はご機嫌にしゃべり続けている。
無視もかわいそうだし、相づちをうった。(日本昔ばなしの市原悦子を意識して)
「じいちゃん、ねんねするの?」「じいちゃん、ねんねしたよ。」
「おにたんの、さっかぼーる、ねんねするの?」「お兄ちゃんのサッカーボール、ねんねしたよ。」
「アンパンマン、ねんねするの?」「アンパンマン、ねんねしたよ。」
「とますくん、ねんねするの?」「トーマスくん、ねんねしたよ。」
「じこせんせ、ねんねするの?」「順子先生、ねんねしたよ。」
「らめん、ねんねするの?」「ラーメン、ねんねしたよ。」
えっ?????????????????
いくら早く寝かしたいからって、こんな無茶苦茶、許されるのでしょうか・・・


なんで働いてるんだろう。 1999.11.29

今日、お迎えのときに先生とお話しをした。
ゆうの反抗期は始まっているらしい。とにかく、なんでも最初は「いや」と答える、とか。
家では、以前の「いや」という言葉を覚えて多発していた頃(1週間くらい続いた)に比べれば、全然そんなことはなく
むしろ2歳になって、やりやすくなったなーって思ってたんだけど・・・
ただ、「ママの」に対する執着は強くなった。
これは、ゆうがまだ赤ちゃんのときに私が着ていた洋服で、たまたまある時、それを抱きしめて
すんなり寝てくれたので、これ幸いとばかりに、ゆうの安眠ペットにしたものだ。
友達から、「ガーゼさえつかんでれば、どこでも寝る。」というのを聞いて、ゆうにもそういう物が
あればいいな、と思っていたから。
眠い時や、夜中の雄たけびの時など重宝した。何しろ、それを顔のあたりに置くと、すぐ泣き止むんだもの。
最近ではそれがないと眠れないどころか、時々園にもそれをもって行く。
おじいちゃんと登園するときは必ずといっていいほど・・・
そして、今日は、「一度は納得してロッカーに閉まったけれど、昼から思い出して自分で
取り出して、離そうとしないんです。」と言われた。
優しい先生なので、気を使っているが、きっとこれは、持ってくるなということだと思って
尋ねてみると、「そうですね。なければ、忘れてますから」という返事。
明日からは持っていかないようにする。
でも、もし、「ママの」がゆうにとってママの代わりとなって、安心できるものだとしたら・・・
それを取り上げて、無理にママを忘れさせることになりはしないか。
そんな風にしてまで、私が働く意味があるのかって、ふと考えてしまった。
私は、もう少ししてゆうが、「ママ、どうして会社に行くの?」と聞いたら
なんて答えるのだろう。
社会貢献?
とんでもない。教師や看護婦ならまだしも、メーカーのOLなんてはいて捨てるほどいる。
この不況下、私が辞めるといえば、会社は喜んで派遣を補充するだろう。
そして、1週間もあれば引き継ぎなんて出来てしまう。
では、何で働くの?
私「ゆうの物を買うためよ。」ゆう「なら、ゆう、何もいらない。」
私「ゆうやぱぱと、海外旅行に行くためよ。」ゆう「海外なんて嫌いだよ。」
私「ママは働くのが、好きだからよ。」ゆう「じゃあ、ゆうのことは好きじゃないの?」
????????????????????????????????????????
親は、いつも子どものために良いことだけを、選択しているのだろうか。
育児などで一度リタイヤした女性は、もう社会は同じ条件では迎えてくれない。(もちろん例外もあるが)
企業が高い給料払う価値がなければ、当然か・・・
それでは、いつまでたっても女性は、子どもを持ったら社会進出できないのか。
働くことは、子どもに対して、後ろめたいことなんだろうか・・・
女性はどう生きるべきなんだろう。
育児でリタイアして、また子どもの手が離れたら、何かを始めたらいいのか。
母も、義姉も働いている。仕事は、何のためらいもなく、続けることにした。
制度があるのに、それを使わないのはおかしいと思っていた。
でも、ゆうはそう思うだろうか。
甥っ子は2年生になるが、児童館の友達より、近所の友達の方が好きで一緒に帰りたいらしく、
義姉に「いつになったら、会社辞めてくれるの?」と聞くらしい。
私も、そんな日が来るだろう。その時私は、なんて答えればいいんだろう・・・・


バグズライフ 1999.11.28

「バグズライフ」っていうビデオが発売されたでしょう。
宣伝の段階から、ゆうも興味を示していて、私も見たかったので買いました。
以後、このビデオを我が家では「むし」って呼んでます。
内容は、働きありの、愛と勇気と知恵と冒険!といったすばらしいもの。
さすが、ディズニーです。目の変化だけで、あんなに幾通りもの表情がだせるのか、と感心します。

ところで、実は私は子どもの頃、ありが大嫌いだったんです。
ある日、溝ですずめが死んでいるのを見つけて、せめて土に埋めようと思った心優しき、(いいすぎ)
美少女(もっと、いいすぎ!)ようこちゃんは、香取せんこうの空き箱にれんげを敷き詰めて、
すずめをそこに眠らせ、土の中に埋めたんです。
それから、3〜4日経って、様子が気になって、(死んでるのに、様子もなにもないが)
掘り起こしてびっくり、何とありがびっしりで、真っ黒になってるではないですか。
その時、「ありは、相手が大きく、かなわないと思ったときは、へーこらして、相手が死んだとたんに
よってたかって食い物にする。卑怯な動物だ。」と思ったんです。
さらに、何年か後、そんなことをすっかり忘れて、ありに砂糖をあげようとしたときも、
奴らって、砂糖の山を避けて歩くんですよ。
そのくせ、部屋でポテトチップスのかけらをちょっと落としただけで、行列をつくってやってくる。
なんて馬鹿なやつだ、と再び嫌いになりました。

そんなことを思い出しながら、今は息子と勇敢なあり達に感動しています。
ホッパーっていうバッタ(悪者)が登場すると、
「ママ、こわいよ〜」(ブリッ子)ってゆうにしがみつくんだけど、
そんな時彼は、「よしよし」って言って頭をなでてくれます。母親の醍醐味だぜぃ!

ちなみに、今でも私が、きりぎりす的な生き方を好んでしまうのは、幼少期にありを嫌っていたのが原因かな・・・



お便りお待ちしてます。


Home