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人は2000年前から炭を焼いてきた
2000年前の人もこの煙と同じ煙を見て炭を焼いた
西暦2000年代にも、山にこの煙はたなびき続けるだろうか

炭焼日誌「2000年の煙」2000/4〜6

1995-99ファイル
炭焼き人めざして
窯作り
炭焼きこぼれ話

山・山仕事を語る

6/30
image003.jpgimage004.jpg 左は伐採した木です。ついこの間まで、こういう写真は「自然破壊の現場」と紹介されていました。最近の里山保全のアピールの中で、木を適度に切ることも含めて人が山にかかわることこそが必要だということが少しずつですが、広がってきたようです。自然破壊は木を切ることではなくて、山を他の用途に転用することなんです。
右は、伐採地から見た未伐採の山。この山はコナラがうまく育って、林床がまだ相当明るい方。左の写真奥の山は、人の背丈の2倍以上の笹とツルでモコモコと暗い。伐採で光が当って、光を好む生き物たちが躍動します。
6/29
image005.jpg今日は無事、材を出せました。それにしても、久々に材を持つとその重さがこたえます。広葉樹特に、炭に適したナラ、クヌギ、カシは重いです。6/22に材は買い入れる炭焼きさんのことを話しましたが、これは高齢になられて身体がついていかなくなったということもありますね。私もいつまでこんな重いのが持てることやら。
6/20のクヌギの芽もだいぶ成長しました。





6/28
image006.jpgimage007.jpg雨も今は来ないし、とぼけたカエルにも出会えて、のんびり材出しをしようなんて、考えていたら、久々にやってしまいました。クローラー運搬車の前転です。満載して、バックで傾斜を登っていったら、傾斜の最後のところでエンジン側がうわっと浮き上がって、もうだめ。どんどん浮き上がって、そのまま丸木がころがるように前回りして、ひっくりかえった。これで、4回目かなぁ。起こすのがたいへんです。材を横から引き抜いて、ひっくりかえった山側を火事場のなんとか力で持ち上げて、うまく着地してくれた。比較的楽に起こせて今日は不幸中の幸いだった。写真のように、衝撃でエンジン側の柵がひん曲がってます。これが横転ならまだしも、前転するのってわかりにくいとは思うのですが、本当に簡単に前転します。材を載せるとどうしても前が重くなって、今日のように、山側がエンジンで軽く、しかも下が柔らかだと重い谷側の土にめり込んで、エンジン側が浮き上がって転がる。いつも山側を重くするように気をつけているのですが、今日の道は登りきったところで、急に下がるのでそこをより安全に行こうとしたらそこに行く前に前転となってしまいました。
このところの雨で土が思った以上に下が柔らかだった。それにしても、このクローラー、もう少しエンジンを後ろに付けるなりしてもらえないかなぁ。危なっかしくてしかたないです。

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6/26
 川田さんと一緒に伐採。川田さんははじめてなのに筋がいいです。伐採を教えるのも難しいものですけど、前もって教科書(林材業労災防止協会「伐木作業者安全衛生必携−大径木等伐木作業用」)に目を通してもらっていたのは正解でした。チェーンソーが自分の身体の一部のようにまでなれば本物です。私もまだまだですけど。
6/25
雨が続きます。山仕事はもちろんも炭を切るのも屋外ですから、まいります。でも、雨も炭焼きにとっても恵みでもあります。まず、乾燥状態が続くときの炭焼きはやっぱり怖いです。口燃しの焚き火の火の粉が山に引火するかも。それに、煙の温度が高温になると木材の着火温度をゆうに超えますから、煙突口に何かの拍子で枝などが落ちてくるとそれが燃えて山に引火なんてこともあるかもしれません。
炭焼き作業そのものにも、水は不可欠です。よく水場の近くに窯を築けと言われるのは、このためです。私の黒炭でも、土を練るのに毎回バケツに3杯以上の土を使います。白炭でも、炭焼きの最後にかける消し粉は、灰と水を混ぜたものです。私の窯場は、水場がなく水道もないので、火が出た場合の消火用もふくめて、いつもタンクに300リットルから400リットルの水を用意していなくてはなりません。たいていは雨水を受けて、貯めています。それもなくなると近くの水路に降りて、水を汲んできます。
6/23
ホタルの舞う季節ですね。空を飛べるのはたった10日ほどの彼ら、彼女らの最後のいのちをふりしぼった求愛の光は、せつなく幻想的です。そのこともあって、オイルをなんとかしたいと思いました。チェーンソーのチェーンを回すと飛散するオイルはかなりの量です。普段はズボンがベタベタになるくらいでそんなにわかりませんが今のように沢に仕事をすると水に浮かび、汚しているのがはっきりわかります。この沢は田んぼへと流れて行きまし、二つほど尾根を越えるとホタルの舞が見られます。
今使っているオイルがなくなったら、植物性の分解の早いエコオイルに切り替えます。リンクでも紹介しているniftyのFAGRI(農と食のフォーラム)でいろいろ教えてもらって、仲間といっしょに買い入れました。いまのところ一番安いもので、18リットルで6500円。鉱物性の5000円弱と比べると少し高いですが、これで彼ら、彼女らと共存できるのなら、安いものです。ズボンの汚れも洗濯で落ちるそうです。ヨーロッパでは義務化の国が多く、三重県でも制度化されたそうです。
6/22
炭焼きと山仕事って切っても切れません。でも、山仕事をしない人もいるそうです。大量生産地の岩手では、炭焼きさんはただ焼くだけの人も多いそう。大きな窯で、レールまで敷いて、炭材を入れて、炭を出すそうです。材は切る専門の人から、買うそうです。紀州でもこのパターンはありそうです。紀州では窯を作る専門の人がいるそうですから。
これじゃぁ私はつまらないです。山仕事をして、生き物たちの仲間にしてもらって、山のなかにいると感じられる、そんな時を大事にしたいです。ただ、ここでは材を買おうと思っても、材切りの仕事をしている人はいませんから、無理なんですけど。
6/21曇り
 コナラを何本か倒しました。木を仰ぎ見て、どっちに倒れるかを予想します。倒したい方向に向いていてくれればラッキー。倒してはいけない方向に向いている木は、チリホールという機械でワイヤーを使って引っ張ります。以外と難しいのは、幹はほぼまっすぐ均等に枝を張っている木です。案外、予想外の方向に倒れたりします。その時はひたすら逃げるしかありません。逃げる時間を確保するためにゆっくり倒すこと、周りを刈り払って逃げ場を確保することがこちらの命を守ります。
いよいよチェーンソーを入れて、ゆっくりと倒れていく瞬間、またしっかり芽を出してくれよと願います。そして、十数年のいのちの集積が、ドサッっと音を立てて倒れます。
6/20
image008.jpgやっと山に行きました。しっかり芽は出てきてくれているかなぁ。
写真は今年始めに切ったクヌギです。こんなふうに4、5本出ているものもありました。でも中には1本だけのもの、そして少し出かかったけどすぐに枯れてしまったものもありました。
やっぱり少し歳をとり過ぎていたかなぁ。出ているものも、勢いがいまいちなので、これはこまめな下刈りなど結構面倒をみてやらなくてはならないようです。今切っている山は、伐採後の再生、また元のような山に戻すために面倒をみることも含めて、立ち木を譲ってもらっています。



6/17
 このページが登録されたかどうかで、大手の検索エンジンで、炭や炭焼きで検索をよくかけていますけど、どうも仕事で炭を焼く者(会社などは除く)自身が運営するページというのはここだけのようです。それをもっとアピールしてもいいかなと思うと同時に、もっと炭焼き人自身のページが出てきて欲しいなとも思います。
農業ではあたりまえですよね。他の人を介さずに、生き物に直接手を触れ、物を作り出している当人が発信する。その当人しか語れないこと、伝えられないこと、また語りたいこと、伝えたいことってあると思うんです。
私の場合、焼いている炭はすべて直売です。直接、北海道から九州まで宅配で送るか、料理屋の場合はたいてい配達までします。炭を焼いて、売ることまで一人でやっていると第一次産業の辛さを思います。特に炭の場合、通常の燃料炭で生産者に入るお金の3倍から4倍が市価となってます。茶道炭などはなんと8倍から10倍です。この国の炭焼きが瀕死の状態なのは、輸入炭が値を下げているからだと言われます。でも、輸入炭とは燃やした場合の臭いの違いなど質的に違う物を作る技術はこの国にまだあります。それよりも私は、生産者を食い物にする流通業界の横暴を感じます。農、漁など他の第一次産業を超える虐げられ方を昔からされてきたのが炭焼きなのではないかと。
これを少しでも変えるためには、炭焼き人本人が発信し、声を上げる以外にないと思っています。

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6/16 晴れ
窯場の倉庫の上に太陽光パネルを設置してもらいました。これで、容量は少量ながら電源を確保できました。これまでは発電機しかなかったんです。
小川町は、有機農業の里として知られていますが、最近は自然エネルギーの里としても注目されています。バイオマスプラントや太陽光発電などのトップランナーと有機農業家の方たちが、小川町自然エネルギー研究会を作って、自然エネルギー学校を開いています。全国から受講希望者が殺到しているそうです。私も昨年暮れ、里山と炭焼きのテーマの時に、講師役をやらしてもらいました。炭焼きは伝統的で、電気などに変換しにくく、燃料として使うしかありませんが、それでも立派な再生可能な自然エネルギーです。炭焼きもここでももっと広がるかもしれません。
6/15 晴れ
山に行って、山仕事をしたいのですが、炭の出荷に追われてまだ行けません。春までに伐採した木の萌芽を確かめるのも楽しみです。30数年のクヌギだったので、ちゃんと芽が出てくれているかどうか。あまり歳を取ると芽も出にくいんです。このヒコバエについて、おもしろい話を先日聞きました。チェーンソーで切った場合とノコなど手道具で切った場合とナラ、クヌギなど萌芽更新する樹種で芽の出方が違うんだそうです。チェーンソーで切るとその激しい振動が根に伝わって、根がびっくりして、20本前後の芽が出ます。私はこれしか知らないのですが、手道具で切ると根に振動がかからず、ゆったりと萌芽するので、せいぜい2〜3本くらいで、その後成長してもしっかりとしたいい木になるということです。当然、出るきのこにしても、炭に焼くにしても、炭を焼く時に採る木酢液にしても、手道具で切った木の方がいいそうです。
 ナラやクヌギの根の寿命は、伐採を繰り返したトータルで、ドングリから自生して約100年と聞きましたが、手道具で切ってやった場合と、チェーンソーではそのトータルの寿命も変わってくる可能性大です。
 それにしても、根がびっくりするとは、木の根も敏感な生き物なんですね。
私もそのうち余裕ができたら、チェーンソーと手道具で切った場合の比較をやってみたいと思ってます。
6/12 曇り
山に行って、ナラの伐採する前の下準備の刈り払い(下刈り=木の周りの笹などを刈る)をしようと思ったら、軽トラで入る道が草と笹が繁茂していて、ここの刈り払いをして、山まで行けず。
去年の暮れに、この山を始めた時は、大人の背丈の倍もある笹で覆われて、幼児がやっと通れる、トトロに出てくるトンネルそのものでした。刈り払い機で軽トラが入れるようにしたのですが、やっぱ春を過ぎると自然の力の大きさを感じます。軽トラはなんとか入れるのだけど、あちこちに笹や草がバチバチと当る。
ここは、県の施設、金勝山少年の家に通じる道で、子供たちも時々通るんですが、それでこの状態です。人がもっと入らない山は……推して知るべしです。
6/9 雨のち晴れ
立てた竹は、縦割れが多数入っている。丸まま入れたものは、この縦の割れでとても花器どころではない。やっぱりクヌギ、それも太さ10cmのものと一緒に焼くと竹にとっては高温になり過ぎてしまうようだ。立て木のすぐ上にのせた竹は結構堅く焼けている。
6/8 晴れ
先日開けた窯の中ほどを出す。精錬計で見ると前の部分よりも焼けている。いつもなら前になるほどよく焼けているのだが、今回はその逆になっている。湿気が多かったせいで、前に溜まった水が抜けきれなかったのだろう。ちなみに私の窯は前下りにしている。通常、黒炭窯は後ろ下りにするが、当初排水構造を作らなかったため、前下りにして、障壁を作るたびに水抜き穴を作っている。
6/6 晴れ
炭出し。あまり良くないです。いい時と比べると、立て木の足元の方の焼け具合がいまひとつ。臭いの仕方など燃焼テストが必要のようです。やっぱり窯が冷えた時の炭焼きは難しいもんです。
6/4
所沢の狭山丘陵の一角にある公園「いきものふれあいの里センター」にて、いきものふれあいのセンター炭焼きの会(ふれ炭会)の総会に行きました。正確には、総会には間に合わず、総会終了後の懇親会でしたけど。
私が3年前に講師をさせてもらった同センターでの炭焼き講習会をきっかけにできた会で、会員は当初の20名程から80名近くになって、テレビなどで数度紹介され、各地でドラム缶での炭焼き講習などをやって、「山を守る炭焼き」をもうぐんぐん広げています。50〜60才世代の方が中心ですが、そのエネルギーにはたじたじです。
炭焼きって、たくさんの方に支えられてこそできる仕事です。ふれ炭会の皆さんには昨年秋、私の窯の天井作り直しの時に大勢来てもらったり、クヌギの材が出たとなればわざわざ運んでもらったり、お客さんを紹介してもらったりと本当に助かっています。私の心強い援軍です。
6/3
少し前ですが、5/15付け朝日新聞の「くらし-ごみ・環境」のページで、樹木枝の堆肥化や細かいチップに加工して暖房の熱源にするなどが紹介されて、「樹木リサイクル」で意見を募っていました。以下、私がメールで送ったものです。
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「伝統的な樹木利用」
埼玉県小川町で、周囲の山から木を切らせてもらって炭焼きをしています。
 小川町のような東京から近いところでも、人が山に入ることがなくなって、山は荒れ放題です。ツルが木を締め付けて木が枯れ始めたり、伐採後、人が入らないために、ツルや背丈の倍以上の笹で山中が覆われて、木が生きていけない暗い山となってしまったりしている山がなんと多いことか。
 コナラ、クヌギを中心とする落葉広葉樹の雑木林=里山は、縄文以来、放っておけば常緑樹の森になるところを、人が山の再生力の範囲内で、木、枝、落ち葉などをいただいて手を加えて遷移を止めてきたために、維持されてきました。
落葉の堆肥への利用とともに、薪炭として使うために、人は山に入りました。薪炭に適しているコナラ、クヌギなどは伐採すると切り株から萌芽し、また10数年後には立派な木に成長します。部分的に皆伐することで、陽が入り、山が元気になり、生き物も多様化します。
 植物性エネルギーは、記事中でも言われていたとおり、再生可能な自然エネルギーで、山がそのまま残って木が成長すれば燃料として燃やして出た分のCO2を吸収してくれるので、CO2の収支はゼロです。燃料としてのことを言うなら、何も新しいものばかりでなく、古来から使われてきた薪炭にもっとこの面からも陽が当てられていいのではと思っています。特に、炭は、室内で使える炭を目指して、技術が蓄積され、この国は世界一の水準にあると言われています。臭いの少ない、跳ねることがない、火持ちがする炭です。しかし、それも燃料として室内で使う人が、少なくなればなる程、炭に要求されなくなり、その技術も消滅しかねません。
 缶やペットボトルや紙などのいわゆるリサイクルは、100%再生されず、何割かはごみとなってしまいますし、新たなエネルギーを使います。これに対して、伝統的な里山の利用は、山が守られれば100%が再生されますし、新たにエネルギーを使う必要も環境への負荷もありません。ですので、リサイクルという呼び方は誤解を生むと思います。生態系の循環サイクルに私たちも加わることで、活発化させようということだと思います。
0.0pt; mso-bidi-font-size:9.0pt;font-family:"MS ゴシック";color:windowtext'>  山が活気を取り戻せば、樹木の活動は活発になり、CO2の吸収力も大きくなるでしょう。樹木を使い、山に目が行き、山に多くの人が入ことで、美しく、いのちの躍動する山となり、そのことで私たちのいのちも元気をもらえるというわけです。まさに、私たちが加わることで、私たちも含めたいのちのサイクルが回り始めます。

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6/2
ナラの茶道炭を切る。コナラですが、皮が薄い分、指で押すと皮が取れてしまうものが多くてたいへんです。クヌギに比べると火持ちが落ちるため、どうしてもクヌギがいいとおっしゃる茶道の先生が多いので、ナラはそれほど出ないのですが、質が落ちる分、値段は割安なのに、茶道炭になる歩留まりは悪いので参ります。ただ、材は手に入り安いというのはあります。コナラは自生しているので、植えた物がほとんどのクヌギと比べて、ナラの山は多いです。
5/31
窯止めしてから、中4日。窯の天井を素手で障ると冷たくなってきました。ただ、中はまだかなり熱い。最盛期にはこのくらいで、開けることもありましたが、今はもう少し置きます。このくらいだと冷えるのが不十分で、開けることで空気に触れて、ボオーと火がおきることがあるので、怖いです。
5/26
早朝、煙の温度、316度。ねらし開始。煙はほぼない。臭いも少ないが、煙突に置いたレンガの色はまだ黒い。煙突と通風口を除々に開いていく。開き始めると煙は少し出るが左の写真のように、チョロチョロ程度。
ねらしを始めて、3時間半後に窯入り口に作った障壁を壊す。中を見るが少し明るさが足りない。前回の炭焼きから間を置き過ぎたのと最近の雨での窯の湿気のせいで、イマイチ温度の上がりが鈍い。この時点でも窯底からの排水パイプから水がチロチロと出ている。
ねらし開始後、4時間半後の煙突は、中の写真のように青白い色になっている。ここで、臭いも確認して窯止め。
今回、臭いは少ないので、臭いの少ない炭にはなっているだろうけど、窯底近くは温度がいつもより低めかも。
image009.jpgimage010.jpgimage011.jpg
ねらし開始時の煙最後の煙突口土で塞いだ窯止め直後の窯

とにかく、今年7回目、通算74回目の炭焼きが無事終わってほっとした。

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5/25
昼頃、煙の温度、260度。煙は青く量は少ない。鼻に突く臭いはそれほどきつくはないが、まぁまぁする。
5/24
昼頃、煙の温度、193度。おそらく窯止めは明日夜か、明後日朝か。
5/23
image012.jpg昼頃、煙の温度、118度。木酢採取装置をはずす。写真はステンレス製自作の木酢採取装置







5/22晴れ
昼頃、煙の温度、87度。ちょっと炭化の進みが早いかなとも思うけど、まぁ順調。木酢液をタンクに入れるところで一度濾しているのだが、濾し布を替えなかったせいで、ここでかなりこぼれてしまった。もったいない。
5/16に書いた柿の陰を作っていた、コナラ2本と桜を切る。いい炭にしますからと念じつつ。
5/20 雨
口燃し。雨の中、仕事はしたくないのだけど、窯に火を入れた以上、仕事を伸ばすわけにもいきません。
焚き火前、煙温度50度ほど。3時間くらい燃やすと煙はもくもくと木酢臭も結構して、いつもなら「着く」(着火ともいい、自然炭化に達することをこう言う)寸前という感じなのだが、煙の温度は55度からちっとも上がらない。窯の湿気を思いっきり吐き出しているのだろう。しかし、この後、温度は上がり出して、1時間半ほどで75度になる。上がり出すと早かった。予備燃し2日が効いたかなぁ。木酢液採取装置を設置して、窯口に薪を詰めて、通風口を最小にする。
5/19曇り
 2日目の予備燃し。今回、前回の炭焼きから、1月以上も経ってしまい、窯も材もこのところの雨ですっかり湿気ていますので、念のため呼び燃しを丸2日近くすることにしました。1時間くらい燃すと、煙に手をかざすと少し暖かいので、煙突にわらをかけて、窯口に薪を詰めて、通風口を最小に。
5/18 雨
出荷と材の立てこみ。最後は、頭に注意しながら、からだをくねらせるようにして、上げ木をいれます。これが黒炭窯の面倒なところ。白炭だとこれがない。白は、普通、窯の外から材を入れて、外からかき出します。小川に来る前、栃木で白炭を焼いている方に、何度も立てこみと炭出しを見せていただいたのですが、いゃあ、簡単そうに見えるけど、コツをつかむまでは大変だと思います。それに、炭出しがすごく熱い。
予備燃し開始。雨で湿気ているので、なかなか焚き火が着かない。1時間くらい燃して、煙突にわらをかけて、窯口に薪を詰めて、通風口を最小にしました。
5/16 晴れ
今年始めに、窯場の山に植えた柿とみかんの苗に新芽が出始めました。京都の果実苗農家の方と炭を物々交換したものです。水やりもせずに、よく根付いてくれました。柿が二本あるんですが、一本が日当たりがあまりよくなく元気がない。陰を作っている木をきってやらなければ。
出荷と材の立てこみ。材が足らないかと思って、奥のほうに、割もしない竹の根元を入れました。堅く焼けて、花器なんかにならないかなぁと。その後は太めのクヌギを入れていくと予想に反して太さ10cmくらいまでの茶道炭になる可能性のあるいい材料が余ってしまいそうです。材の量の目測を間違ってしまったわけです。まだまだこういうことがしょっちゅうあります。
5/12晴れ
 やっぱり立て木切り。伐採後、どうして4月も経ってしまったか。今年は、年始めに、伐採業者さんからクヌギが出たということなので、いい材なので買ったんです。これがどかっと4窯分くらいありました。一度の炭焼きサイクルは約2週間かかるので、急いでやると言ってもこれ以上は急げません。炭の質を落とせば別ですが。それで、こんなに時間が経ってしまったというわけです。すごく若く、元気がいいクヌギでとてもいい炭が焼けたのに、とてももったいないのですが、仕方ありません。
自分で切れる山を確保して、炭焼きのペースに合わせて少しずつ、伐採していくというのが理想的です。そして、何よりその山が、姿を替えさせられるのではなく、山としてあり続けてくれること、そうすればまた何年か後には、炭焼きの材としてまた使かわしてもらうことができます。
5/11 曇り
 立て木をチェーンソーで切りました。窯場に持って来てあるものを3尺、91cmに切り詰めます。昔は2尺6寸、約79cmだったと言います。炭になった時、半分に切ると炭俵の寸法になったからだそうです。これだと、窯の天井も低くたいへんなので、私は師匠と同じく3尺にしています。窯の一番高い所はなんとか立てるくらいですし、運搬車の幅からしても、ちょうどいいんです。3尺の炭は、炭になると78cmくらいに縮みます。
 木は伐採後、一ヶ月から2ヶ月、倒したままで、乾燥させて、焼く直前に切り詰めるのがベスト。今日の木は、4ヶ月も経ってしまったし、長さも3尺の二倍と少しのものが多いのでほとんど茶道炭にはならないのですが、それでも一応、最も乾燥の激しい両端をなるべく切り落とします。乾燥が激しいほど、炭になった時、皮がはがれてしまうからです。仕事は手間取りますが、今日のチェーンソーは刃を替えたので、快調でした。最初に戻る
image013.jpg5/10 曇り
 炭出し。炭を出しました。立てた木の下の方まで、良く焼けてまぁまぁの炭です。精錬計という電気抵抗を測る機械(テスターとほぼ同じ)で、窯中程に立てた直径8cmくらいの木の足元の裏側(入り口と反対側)でも、電気を通すことを確かめました。窯の入り口に近いほど、窯の天井に高いほど、また木は細い程、温度は高くなります。同じ木でも、表と裏で抵抗値はかなり違うんです。窯中ほどの8cmの木で大丈夫ということは、それより奥は順に細い木を詰めてありますから、その奥も大丈夫なんです。
木の皮が付いた、茶道炭になりそうなものも結構あります。茶道炭は、クヌギがベスト、次がナラです。
 折れないようにていねいに一本、一本出します。出している途中に、どうしても、折れてしまうものあり。しっかり焼けているとそれもほとんどないので、今回は、80点くらいというところでしょうか。 小屋から見上げるとすっかり葉が全開しています。まだ、縮み上がっていた4/29、そして葉が出始めた4/20と比べるとその違いがわかります。いのちの力を感じます。
5/8 曇り
炭切り。丸ノコに親指の先を当ててしまい、またかと思いましたが、皮だけで止まって血は出ず。良かった。丸ノコって刃がむきだしなので、かなり危ない機械なんですが、茶道炭を切るのは結構、細かい仕事で、これ以外にいい機械は見当たりません。これまで、3度も指を切って、いつも救急で病院にお世話になってます。チェーンソーで足の甲をやったこともあったです。
 ケガの保障など一切ない一人仕事なんで、ケガは怖いです。
5/1
  image014.jpg山に入って山仕事。新緑のシャワーの中を仕事ができる幸せを感じます。春は冬と違って、芽吹きはもちろん、いろんな鳥たちの声も聞けて、足元では可憐な花が咲き、ニョロニョロ、ゴソゴソと動いてもいるし、一人で仕事をしていても、他のいのちをいっぱい感じることができて、寂しくないし、楽しいです。
薪ストーブ用の薪にしたいという方の依頼で、材出しです。切ったのは今年1月。幅3メートル深さ2メートル程の小川に掛かってしまったので、そのままにしておいたのを、川の両側を行ったりきたりして、木の先にワイヤーを付けて、チリホールと言われる木を引っ張る機械で、川のこちら側に引っ張ろうとしたのですが、うまく行かず落っことして、川に降りて細かく切って、手で持ち上げたりで、なにせ根元で太さ30cm以上ありますから、たいへんでした。
4/30
 今日は炭焼きを始めて、茶道炭を焼くようになった当初から、お世話になっている茶道の先生が来られました。炭を買いに来てくださったのですが、昼の食事まで持ってきていただいて、それが今朝作った懐石料理の一部ということで、上品な上に彩り良く、実はこの2日間、風邪のためまったく食事ができず、久しぶりに食べるものとして、本当に幸せでした。食後には、手作りのおはぎ風の草もちまでいただいて。
 茶道というのは、年に何度か催す茶事のために練習をする話、そこで、生け花、懐石料理作り、焼き物や骨董を見る目などなどが必要になるそうです。総合芸術と言われる意味が少しわかった気がします。茶道とは何も難しいことではなくて、お客を心底、ていねいにもてなす心にありとも感じました。そのひとつに炭の良さが求められる、いい炭でないとちょうどいい時間にお湯が沸いてくれないとのこと。炭を焼く者としも、そのもてなしの気持ちを裏切らないいい炭を焼くようこれからも精進せねばと思い入りました。
4/29
image015.jpg今日は一日、炭を切ってました。丸ノコで切ってます。髪の毛一本一本まで真っ黒。これが一番汚れます。5/1から茶道では、風炉に変わって、炭も風炉用の炭が使われます。11月から4月までの炉用と違って、細く短い炭なので、同じ量を切ると時間が倍もかかって大変です。
4/20と同じ木です。一週間ちょっとでこんなに開くんです。このGW、ここ比企丘陵では新緑が最高に美しいです。
4/20
image016.jpgimage017.jpg今月は、4月4日の夜に窯止めして、それ以降は家の用事でなかなか本格的に仕事にかかれません。この写真は3日前の窯の裏山のコナラです。芽吹きが始まって、春かすみの中、山が淡い色で覆われる、私が一番好きな山の色合いの季節となります。
今月は、伐採した山の片付けを済まさなくてはなりません。きれいに整理して、切り株からの芽生え、ひこばえとも言われますが、それをすんなりと促さなくてはならないのです。
こんな花も咲いてます。なんの花かな? (オカスミレでしょう〜8/17)

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