注:スカブラ・・・仕事や勉強をサボってブラブラ遊んでる人。ただし、スカッとしていること。

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映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』東京上映(2004年1月31日)

 昨年11月に東京事務所を出したことだし、今年は新作を製作するとともに、映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』東京上映をしなくてはならないと考えている。
 2月3日から8日間ほど東京事務所に行く予定で、新作『S』のシナリオを書きながら上映のことを進めるつもりだ。
 シナリオは一人で書けるが、東京上映は一人でやるのは至難の技で、協力者を得なければならない。
 前回は手探りだったが、今回は上映の協力者を得るための動きかもしれない。
 「あわてる乞食はもらいが少ない」という諺がある。
 決してあわてないで、時間をかけて広く協力者を得ながら、確実に次回につながるような人間関係を作っていくことだと思う。


山頭火(2004年1月11日)

 昨年暮れから、放浪の俳人山頭火について調べている。
 飯塚市立図書館が昨年の水害で利用できないので、直方、田川、糸田の図書館から関係書籍を借り、昨日は宗像市神湊にある隣船寺に山頭火句碑第1号を見に行った。
 これまでに神湊には何十回も行ったことがあるが、隣船寺の存在も山頭火句碑があることも何にも知らなかった。
 山頭火を調べていて、生前中に建立された句碑が隣船寺だけだということを知り、木村緑平なくては山頭火が存在しなかったということと共に、当時の住職・田代宗俊の先見性に驚き入った。
 山頭火という人物も凄いが、山頭火を支えた人々はもっと凄いのではないかというのが実感であり、また改めて、山頭火という人物の凄さを思い知るというものである。


バランス(2004年1月3日)

 若いときには考えることもなく、感じることすらなかったが、肉体と精神それにポケットの中のいくばくかの現金のバランスが取れていて、初めて仕事になると思わざるを得ない。
 どれが欠けていてもいけないと思う。
 それに、社会が自分を必要としているかどうかも重要である。
 なぜならば、それこそが頑張りの源であるからだ。
 もっと大事なこともある。
 愛だ。
 家族であれ、恋人であれ、誰であれ、自分が愛されている存在であると実感できるとき、そのときにはじめて良い仕事をしようとするのではないか、と思う。
 こんなことを考え、書くということは、そのバランスが取れていないということで、自分なりに魚釣りに熱中しながらも、とても神経質にバランスをとろうとしているのだろう。


呆れられている(2004年1月2日)

 一度都落ち(僕はそう思っていないが)して、55歳にもなって東京に事務所を出したことは、ある種の驚きとともに呆れてものが言えないということのようだ。
 今日、鳥取県倉吉市のカミさんの実家で親戚の寄り合いがあって昼間から酒を飲み、ただ黙って酒を飲んでいるだけというわけにもいかず、口を開くと東京事務所開設のことを話すことになる。
 ただ話をしても、その深い意味(そんなものないが)を聞かれるわけでもなく、批判的な雰囲気もなく、あえて言えば東京で映画を作っているときのような、違う世界から来た人といった雰囲気を感じた。
 九州でもそうだ。
 東京に事務所を出しただけで僕は筑豊の人間ではなくなり、何か珍しい生き物になったかのように思える。
 僕自身がそうである。
 接点がなくなったような感覚で、無関係な存在で、危うく、時々頭がくらくらするが、当然のことであり、自分自身で何とかするほかない。