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猟(2003年9月26・27・28日) 畑を耕して種をまき、芽が出て、間引きしたりしながら苗が育ち、イメージ通り作物が生長するのを見るのも楽しいが、予想がつかない中で猟をする楽しみはまったく別なものである。 猟は農耕とは決定的に違う。 猟は運不運に左右されることが多くなかなか計算できないが、計算できない範疇に出現する事々が猟の楽しみであり、何物にも変えがたい喜びでもある。 僕には、ある日芽を出した作物を見たときの喜びと、車を流していて山菜を偶然見つけた時の歓びは、とてもよく似ていると思える。 今僕は飯塚市に住んでいるが、ハタケシメジを採りに英彦山に行くのに30キロ以上があり、魚釣りに行くのに瑛彦山と反対方向に30キロ以上の距離があり、その両方をものにしようとすれば移動に4時間近くを要し、一日100キロ以上も車を走らせなくてはならない。 狩猟民としては、農耕の楽しみは我慢せざるを得ない。 10年前と比べて(2003年9月23・24・25日) 今日、フラッシュのソフトについて調べた。 インターネット上で使用される動画ソフトといってもよいのだが、僕はそのソフトも持ってないし当然のように使用することも出来ない。 10年前に飯塚市に戻ってきたときと今を比べてみると、失ったものと得たものがあることが分かる。 失ったもの・・・周辺の才能、業界人としての信用と既得権益、移動に時間とお金がかかるために希薄になった友人関係など。 得たもの・・・オリジナルなものの考え方や行動規範、さらなるやる気、パソコン、インターネット、デジタルビデオカメラ、映画以外の著作物、企業組合筑豊観光開発研究所など。 失ったものより得たものの方が多いと思っているが、まだ結果は出ていない。 これから重要なことは、遠隔地の才能と新たなる業界の取得あるいは構築であり、最も重要なことは濃密な友人関係を気付けるかどうかであると思う。 それが、今模索しているフラッシュであるかもしれない。 企業組合筑豊観光開発研究所(2003年9月19・20・21・22日) 9月1日付で、福岡県の認可を貰って、企業組合筑豊観光開発研究所を立ち上げた。 何をするかというと、筑豊地域のイメージアップを図り、集客を促進し、地域にお金が落ちるようにすることである。 どのようにするかというと、インターネットを駆使しながらメディアミックスを構成できるような状況を作り、実行していこうというもので、その中核をなすのが映画『すかぶら』である。 映画を娯楽であり、社会的な文化財として捉えながら、きわめて有効な道具にしていきたいのです。 映画をブルドーザーのように利用できないかということを研究し、実行に移していこうとするのが同研究所の役割なのではないかと考えています。 デジタル関連(2003年9月14・15・16・17・18日) パソコン、デジタルカメラ、アプリケーション、ハードウェアーなどデジタル関連機器のトラブルは多い。 自分、知人友人、顧客などデジタル環境は広く、何時もどこかでトラブルが発生していて、それも一挙に発生することが多い。 パソコンが立ち上がらない、遅い、今までアクセスできていたハードウェアーが認識できない、カメラの音声が聞こえない、インストールがうまくいかないなど様々であり、それらがいっぺんに表立ってくる。 この数日間がそうで、資金繰りなども絡み合って時間を避けなかったが、お金も取れないようなつまらないトラブルも含めて何とか一つ一つ解決した。 嘉穂劇場復興支援イベント撮影(2003年9月12・13日) 9月12・13日は先の水害で壊滅的な被害を受けた嘉穂劇場復興支援のイベントがあり、中継も含めたテレビや新聞など30クルーが取材に来ていて、一人で丸2日間VX2000を回し続けた。 報道規制もあり、自分の考えるカメラポジションに入れなくて、多少惰性的な気分で撮影していたが、ちゃんと編集するとそれなりに撮れていると思っている。 ただ、撮影は今日がスタートで、映画「巣かぶら」との辛味もあり、嘉穂劇場が復興するまでを自分の眼で撮り続け、編集は来年夏過ぎになるだろう。 軽いVX2000とはいえワイドレンズを着けると結構重く、三脚と小物バッグを抱えて一日中撮影すると結構くたびれる。 企業組合筑豊観光開発研究所も立ち上げたことだし、本気でやる気のあるアシスタントを捜さなくてはいけなくなったようだ。 ビデオ(2003年9月8・9・10・11日) 僕はビデオがあんまり好きではない。 というより、映画ばかりやってきた人間だから、手軽なビデオをどこかでバカにしているところがある。 カミさんは、ビデオもフィルムもどちらも変わりがないと思っているから、僕のこだわりなんかへでもないと思っているが、長年の付き合いでそこのところはそれなりに理解しているとも言える。 僕は映画のプロデューサーであり、監督であり、シナリオライターであって、ビデオカメラを持っていても、一人でカメラを回して、編集し、音をいじくるという作業の技術を習得する能力がなく、スタッフを雇う力がないからビデオが好きではないのである。 明日から、先の水害によって壊滅的な被害を受けた嘉穂劇場の復興へのイベントが本格化する中で、とりあえずビデオカメラをまわすことにした。 何にも考えず、カメラを持って現場に行き、撮りたいもの撮ってみようかと思っている。 その意味では、ビデオはいい。 アイディア(2003年9月5・6・7日) 水害で被災した嘉穂劇場の復興がいつになるか気になるところである。 来年5月に撮影を予定しているが、情勢を見ていると、ちょうどその頃が本格的な工事が行われそうなのである。 となると、大事である。 撮影時期の変更、ホンの構成を変えるなどして事態を乗り切る必要があるが、どちらも大変難しい作業である。 いいアイディアが浮かばない。 転調する時期(2003年9月2・3・4日) 映画『すかぶら』の企画を考え始めてから約1年が経過した。 昨年9月ごろ、鞍手乳児院宗像上映会の準備をしているとき、時間つぶしに福間海岸や鐘崎港の釣りを見物しながら思い立った。 福間海岸で沖に向かってひたすらジグを投げ続けるルアーマンたちを見物していたが一向に魚が釣れず、10日間ほど経過したある日のこと堤防が血走っていて、海面を見るとサワラのナブラが立っていた。 ルアーマンたちはサワラを釣り上げると首と尾ひれをはさみで切り落とし、クーラーボックスに放り込んでおり、文字通り堤防は血走っていた。 それから5ヵ月後に第1稿を書き始め、4月末に印刷が上がり、7月11・12・13日でシナリオ合宿を開催し、翌週飯塚市を大水害が襲った。 それから40日が経過し、転調する時期が来ている。 足並みそろえて(2003年9月1日) 「足並みそろえて協力」とかいうのはいただけないことが多い。 協力せざるを得ない状況があるときなど、足並みそろえて協力しようということになるが、足並みそろえて協力の度合いが減っていき、下手をすると非協力になってしまうことすらある。 大方の場合、足並みそろえては行政の言葉である。 分かってはいるが、一度その協力に乗ってしまうと引き返すことも出来ず、結果、何にも得るところがないまま終わってしまうかもしれない。 今日は「企業組合 筑豊観光開発研究所」の登記もしてきたことだし、これからはもっと「乗り」を重視した方法論で事を進めていこうと考えた。 |