11月

転送に成功する(11月30日)

 単純ミスが判明し、今日のお昼前にファイルの転送に成功する。
 この3日間は長かった。自分のミスと無知がもとで、大事なお客様をミスミス逃している店主のような気持ちだった。映画の全国上映の命運をインターネットにかけている僕にとって、たった1日の滞りでも致命傷になるという意識がある。更新こそ命なのである。
 そんなわけでやっと更新できるようになって僕は再び元気を取り戻し、午後からは近畿大学工学部にお邪魔して映画の宣伝をし、チケットの販売に精を出し、就職課でお茶とコーヒーをご馳走になりながら先生方と三時間も過ごしてしまった。
 大学はいい。いっぱい喋っても許されるような気分だし、先生方もご自身の考え方をきちんと言われるから、やり取りをしていると明らかに自分の脳が活性化されていくのがわかる。
 近畿大学工学部の皆さん、今日は本当に有難うございました。

 FTPできない(11月28・29日)

 HPの転送ができなくなっているから、毎日映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』のチケットを販売し続けている。
 日曜日は鑑月焼の藤本さんを訪ねたり、英彦山の観光センターに『筑豊原色図鑑』の集金にいったりして、ついでにハタケシメジを採ったりした。
 また、この日英彦山の山頂付近は雪景色で、雲の合間から美しい銀世界が見えたりして書くことは多いのだが、何しろ転送がうまくいかず書く気になれない。
 

小竹町の夢工房(11月27日)

 ある全国紙の取材を受けている最中に、小竹町の益子焼の夢工房の横倉さんから電話があった。
 電話の内容は、映画−スーパー・ハイスクール・ギャング』のチケット(40枚預けていた)が売り切れてしまったから、もう40枚か50枚ほど持ってきてくれないかというものだった。
 厳密に言うと、売りきれたのではなく、売ってしまった上でもっと売ってあげるという電話である。
 嬉しいではないですか。僕にはこういう友人がいるのです。筑豊には、義理とか、しがらみを超えて、自分の意志で動く横倉さんのような人がいます。
 横倉さんは、今日の午後7時から窯に火を入れて明日の朝10時までは窯に貼りついているから、その間に来てくれるといいと電話で言っていました。
 明日夢工房をお邪魔して、釜開きの日時を聞いて、我がサイトで紹介します。もしよかったら、小竹町にある夢工房を覗いてください。

筑豊ゼミナールの忘年会に出る(11月26日)

 東京で生活している時、11月に忘年会があるから出ないかといわれたとき、僕は出なかっただろうと思う。
 というより、僕が所属していた芸能界や映画界で、11月の忘年会など聞いたことがなかった。聞くところによると、忙しいさまざまな業界では11月に忘年会を開くところもあったと聞くが、僕は幸か不幸か11月の忘年界の誘いもなかったから出席することもなかった。
 筑豊や周辺〔福岡市や北九州市〕では、忘年会が10月から始まるというう。これには、さすがの僕も驚いた。僕の感覚では、3月に新年会をするに等しい。
 どうでしょうか?僕は、ちっとも忘年会気分でないのに、必要があって出てしまいました。
 このようなことから、今日11月26日に行われた筑豊ゼミナールの忘年会は我が忘年会出席の歴史上もっとも早いもで、自分を失いそうでした。いや、失っているといってもいいかもしれません。
 バブルに時期の、悪しき後遺症が残っていると思いませんか。忘年会なんて、年が押し詰まって掛け持ちでやるような時が旬であって、10月とか11月にやるべきものではないと思っている僕には、ふわふわした気持ちが残るだけです。皆さんいかがでしょうか?

飯塚市役所少し盛り上がる(11月25日)

 今日、飯塚市役所及び関連で70枚あまりチケットを売ってくれるようになった。これまで、50枚ほど預けているから計120枚ということになる。飯塚市役所に300枚の予定をしていたから、3分の一以上を達成したことになる。盛り上がるのはこれからだろう。
 とは言っても、オーディションから製作現場への熱気を取り戻すのは大変なことで、12月22日当日をピークに持っていくほかない。そして、俳優K・Sの事件に始まり、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件が起きて、いよいよ福岡での先行ロードショーへいたる時の心もとない実感のなさに比べたら、筑豊の飯塚という小さな街からの再スタートである今回の方が、格段に手応えを感じているということを白状しておきます。
 そして今、僕はとてもいい全国上映のスタートが切れるという確信を持ち始めています。

飯塚市役所から盛り上がるかもしれない(11月24日)

 今日の午前中はカミさんとスケジュールの打ち合わせをする。
 1999年12月22日の飯塚上映から、2000年6月の東京上映、及び2001年3月石炭6方失効までの大まかなスケジュールの考え方がテーマであった。
 この考え方を間違えると、フリーランスのすかぶら映画プロデューサーは、家族を路頭に迷わせることになるから真剣であり、たびたび打ち合わせをして方向が間違ってないか確認する。
 午後からはチケットの販売に出かける。庄内のカイバラ工芸の貝原君(小学校からの同級生)、木乃丸院窯の松山さん(愛用のビールグラスを焼いてもらった)を続けて訪ね、夕方には本丸の飯塚市役所に出向いた。
 もしかしたら、飯塚市役所の中から盛り上がるかもしれない。明日、十時に再び市役所を訪ねることになった。
 続きは明日。

『怪談 平山のばばあ』のキーワード(11月23日)

 コールマイン田川の50メートルの鉄塔、窯元、キノコ、美容室、獅子舞、赤外線などが、平山のばばあの直接のエピソード以外にも次々と面白いアイディアが出てき始めた。
 すかぶら=菌類=ホモ・ルーデンスというこじ付けをキーワードにして考えている。
 アイディアを盗られたら困るという姑息な考えもないではないが、しばらくの間このような感じで『怪談 平山のばばあ』の企画に関しては進めながら、『実践企画塾』と合体させて本格的に始動するつもりです。
 誰か、物好きな参加者はいませんか。いたら、掲示板でも、メールでも、連絡を下さい。


益子焼の夢工房(11月22日)

 益子焼の夢工房は小竹町にあり、窯元の横倉さんはすらりとした長身で味のある顔だが、相当の出たがり(映画やテレビに)なのでもある。
 横倉さんは益子焼の窯元の家に生まれ、8年ほど前に奥さんの里である福岡県は小竹の地に窯を開いたが、6年前に製作した映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』のオーディションを知っていたら参加していたのにと悔しがる。
 今日久しぶりに訪ねたら、工房の前にちょっと傘が開いたキノコのコガネタケ(食べられる)が置いてあった。聞いてみると、横倉さんはキノコ採りが大好きだという。「よくわからないキノコなので捨てようかと思っていた」といって、もう1種類のキノコも見せてくれた。
 この辺で言うガンタケ、立派なヒラタケ(美味)であったが、少し悪くなりかけていた。
 

コズミックの森永さん(11月21日)

 北九州市の広告代理店コズミック社長森永さんは、僕の大事な友人であり、恩人でもあります。
 僕が映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』を製作した時も、『筑豊原色図鑑』という本を作った時も、『マルチメディアで大筑豊展』を開催した時も、いつも森永さんは大きな協力をしてくれている。
 その森永さんが今日、11月19日の『怪談 平山のばばあ』を読んで、恐怖映画『プレア・ウィッチ・プロジェクト』のパンフレットを持って飯塚に来てくれた。
 森永さんが飯塚に来た甲斐があったと感じてもらうようなことを言いたいと思ったが、二日酔いで頭をクラクラさせながらの会話で、飯塚上映会の心配をしてもらったような按配だった。

コールマイン田川〔11月20日〕

 映画の人間は出鱈目なところがあります。
 僕は、今日田川のヤングワーク福岡で開催されたコールマイン田川に参加して、『怪談 平山のばばあ』と『コールマイン田川』とを結びつけようとしています。
 一昨日、作曲家のSさんなんかと昼食をとりながら、「平山のばばあはきにとまる」とか「いや、電柱のてっぺんに立っている」とか「火のみやぐらの上に立っているのがいい」とか、皆が口々に自分のアイディアを披露していたのを思い出し、それを受けて、僕は「コールマイン田川の50メートルの鉄塔の上に立つ平山のばばあの姿を思い描いたということです。
 
今日も、怪談 平山のばばあ(11月19日)

 今日は、作曲家のSさんに連れられて、一日中映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』のチケットの販売をした。飯塚市を中心に、餃子やさん、ガソリンスタンド、昔懐かしい雑貨屋さん、病院などをSさんは精力的に連れまわってくれた。
 途中、Sさんの弟さん〔元オートレーサー〕やお弟子さんと一緒に食事をしたが、『怪談 平山のばばあ』の話で盛り上がった。弟さんやお弟子さんは、『平山のばばあ』の話をよく知っていて、げらげら笑うような恐怖映画の話に、本気で乗っているように思えた。
 家に帰って夕刊を見ると、全米興行収入二位、数百万で製作されたアメリカの恐怖映画『プレア・ウィッチ・プロジェクト』がいよいよ日本でも上映されるという記事が目にとまった。
 とても、偶然とは思われない。ちょっとこの映画のことを調べなくてはならない。


怪談 平山のばばあ(11月18日)
  
 「怪談 平山のばばあ」の企画をいじり始める。まだ内容を詰める段階ではない。いくつかの面白いエピソードを出しながら、怪談とは?ホラーとは?スプラッターとは?と考えを進めていく。何故、日本映画に「お化け映画」がなくなったのか?まったく、無責任で楽しい時だ。
 また、S社のデジタルビデオカメラで撮影すれば、150人や200人で鑑賞するには十分の拡大上映できるというが本当か?誰もが持っているパソコンで、どの程度のCG画像が作成できるのか?やはりS社製のパソコンでデジタル映像の編集が出来るというがクオリティは?ダビングはどこで?など、勉強することもあるがこれもまた楽しい。
 
娘が日記を読んでいた〔11月17日〕
 インターネット上に公開する日記は当然のように秘密ではないが、小学6年生の娘が読んでいる事を知って多少動揺した。
 「50過ぎの男の日記なんか、若い人の関心の外にある」と思っていた。当然、小学校六年生の娘なんか読者の対象外であったから(読むはずもないと思っていた)が、意に反して読まれていた。
 そして、「お父さんの日記、結構面白いバイ」とカミさんに言っているのを聞いて考えた。
 勿論、我がカミさんは毎日読んでいる。そのカミさんに向って、カミさんが読んでないのではないかという想定で、読むことのすすめを行っているような按配である。
 娘に直接に言わないこと〔隠しているわけではない〕、例えば髪が薄くなっていることを気にしているとか、男のヘアークリームを雨が降ったから使わなかったことなどたわいない事を書いているが、それが結構面白いバイということらしい。
 だから、それが本当に面白いことかというと違って、結構面白いというう事であって、その辺に面白さの秘密があるような気がします。
 今日は、某全国紙の記者と三時間余り話をしていて、僕もいいたいことが言えて、聞いてもらって、とてもいい時間が持てたが、今はここでそれを書くことはできないのが残念だ。



同時並行で行動する(11月16日)

 他人ことはよくわかっても、自分のことはよくわからないことがある。
 僕にとっては時間だった。すかぶら見聞禄でも書いたが、僕は今日から時間に関する考えかたを変えることにした。二年ほど前、飯塚にある若いベンチャー企業のオフィスのテーブルの上においてあった文書に「更新」という字を見て取ったとき、僕は軽いショックのようなものを感じたことがある。
 「やりなおしはない。すべて更新する」というような文章で、僕は「撮り直し」を恐れる映画プロデューとして、「更新」という言葉に新鮮なものを感じていた。映画の世界で、「更新」という言葉は聞いたことがなかった。
 限られた短い時間で何かを行おうとすると限られたことだけにかかりきりになるが、、時間をルーズにするとほかのことも同時にできることになるという単純なことに気が付いたのです。
 だから、これからいくつかの事を同時並行でやっていこうと思っています。


朝日新聞の反響が出始めた(11月15日)

 朝日新聞の記事が出て、「チケットを買いたい」という電話などいくつかの反響が出始めているが、しばらく様子を見ていることにしています。
 中には、自分の予想もしてない問い合わせなどあって今でもこのページで照会したいのだが、確定する前に発表するのはよくないという考えからです。
 昨日の続きになりますが、理想(空想)と現実をシンクロさせることが肝要です。インターネットにホームページを開設して3ヶ月で何が言えるかとも思いますが、おそらく自分の行動や考えの記録となるHP全体が公表されていることで、、それがより高いレベルへの挑戦につながり、結果的に新しい価値を生み出すような気がします。
 
ホームページ開設から3ヶ月(11月14日)

 ホームページを開設して以来、手探り状態で3ヶ月が経過しようとしている。
 それはまさに手探り状態で、マウスを動かし、キーボードをたたいてきた。検索エンジンに登録したり、ネットサーフィンをしながらこれという掲示板に書き込みをしたり、返事をしたり、毎日更新をしてきたがまだメールを上手に使うところまでは到達していない。
 そして今、『実践企画塾』という新しいページの増設をためらっている。僕には、つい大きくはじめたがる傾向があって、『実践企画塾』というネームを『実践映画塾』あるいは『実践シナリオ塾』というように専門化したほうがいいのではないかなど、まったくの手探り状態といえるのです。
 映画の上映も同じようにて探り状態で進んでいますが、これは僕が現実的に動いたり、支持・応援する人が増えたり、新聞で扱われたりするから、確実に何かが動いているのがわかります。

朝日新聞社会面トップを飾る(11月13日)

 今日の朝日新聞西部本社版の社会面のトップに、九州発映画「スーパー・ハイスクールギャング」全国上映スタートを報じる大きな記事が掲載された。
 劇中写真入のA4サイズの記事は『「九州映画」全国へ』という大見出しで、「地方発 再挑戦」『「人も金も」集め95年完成 公開、震災などでとん座』など大きな活字が読む人の目を引く。
 今日は、すかぶら見聞禄でも書いたが、出来るだけ大きくその記事を載せます。もし、よかったら多少時間はかかりますが見てください。
 
                 朝日新聞の記事


しばらくはチケット販売(11月12日)

 しばらくは四の五の言わずに、飯塚上映会のチケット販売に徹するほかない。とは言ってもこの映画日記、多少映画の雰囲気をかもし出さないと単なる販売日記になってしまう。なかなか、兼ね合いが難しい。
 午前中にNTT飯塚に勤める下の妹と連絡をとってチケットの手配をした後、T君と九州工業大学の前にある秋桜というレストランで昼食(600円の日替り定食)をとる。会話は飯塚上映会のことが中心だったが、インターネットで発見したこと、お金を使う以外に行き場所の無い地域社会の実状、責任ある大人として何ができるかなど4時間に及び(5・6時間になることもざらである)、一見とりとめがないが僕にとって大事な時間であることに変わりはない。
 その後、碓井琴平文化館の若い組坂さんを訪ね、ここでも二時間ばかりおしゃべりをする。ここでも単なるおしゃべりでなく、彼が作ろうとしている碓井町のホームページのゲラから面白いヒントを得た。今日のすかぶら見聞禄で、その話に少し触れている。
 

飲み過ぎでフラフラしながら(11月11日)

 二日酔いの頭で、フラフラしながら『筑豊原色図鑑』の集金を兼ねて直方に行った。
もち吉エージェンシーの穴井さんに会って12月22日の飯塚上映会で映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』を観てもらうようにいい、下境に嫁いでいる妹の家を訪ねてチケットを預ける。
 その足で、方城町のうどんやさん弁天の加来さんの所にポスターを貼ってもらい(勿論チケットも預け)、飯塚に戻り、小学校からの友人乗田君がいる江藤組を訪ね、その後ミスタードンに行く。
 「昨晩は遅くまでお邪魔して、すいませんでした。カミさんから謝りに行けと言われて・・・」
 でまた、長居してしまった。

面白くなりそうな気配がある(11月10日)

 今日は、ミスタードンに一日中いた。ミスタードンは飯塚市の昭和通商店街にある美容室で、小学校からの友達の梶原君が経営しているが、友達とはいえ6時間もお邪魔してしまったのは営業妨害に等しい。
 奥さん、どうもすみません。と言っておきながら、その夜午前3時過ぎまで自宅にお邪魔して飲んで、今この日記を書いているが、本当に申し訳ないことになってしまって謝りようもない。
 ミスタードンで、大塚不動産の社長大塚さん、日田の豆田にギャラリーを開設する吉永さんなどと会って世間話をしながらタバコをぶかぶかすって迷惑をかけたが、飯塚の潜在的なエネルギーが確認できてとても有意義だった。
 今日は、もう午前4時で酒を飲みすぎているから、改めて今日の事を書くつもりだ。面白くなりそうな気配でいい。

幸袋の人たちが協力(11月9日)

 今日は、まず飯塚商工会議所内にある飯塚観光協会に行く。
 「幸袋の人に協力してもらったらどうですか。皆さんよく知っていますが、皆いい人たちですよ。地元の中の地元が幸袋ですから」と事務局長の佐々木さん。
 映画づくりをはじめて以来、何度これまで、「しあわせのふくろと書いて幸袋です」と説明してきたことだろう。仕事柄、筑豊以外の人との付き合いが多く、訪れるほとんどすべての人に対してそう説明し、大概の人が、「いい名前ですね」と応えてくれた。
 すぐに、町内会長である幸袋タクシーの志岐さんを訪ねた。電話もせず、突然の来訪であったにもかかわらず、志岐さんは仕事の手を休めて話しを聞いてくれた。話を聞き終わると、仕事をそのままにして、幸袋公民館に僕を伴って野見山館長に紹介し、僕が話をしている間にもう携帯電話で幸袋青年商工会の大村さんに連絡をとってくれていた。
 夕方、チケットを印刷してもらったダイワ印刷のメール友Y・Wさんを訪ねてチケットを買ってもらう。

チケットを売り始める(11月8日)

 何時、このページの副題「全国行脚以前」から「全国行脚」に変わるのかわからないが、やっとチケットを販売する気になってきた。
 今日は、飯塚市役所、飯塚文化連盟、稲築の藤井病院、稲築町教育委員会、筑豊教育事務所を訪ねる。筑豊教育事務所で、2時間半ばかり長話をしてしまった。仕事の邪魔をしてどうもすみませんでした。
 机上の空論から(インターネットも含めて)、企画を現実に移すときがきたというわけです。1500人収容の飯塚コスモスコモン大ホールを満杯にするには、2000枚のチケットをさばいていなければならない(義理で買ってくれて、当日は来ない人がいるから。勿論急用ができて行けなかったり、忘れたりする人もいる)ということで、ポスター、チラシ、パンフレット、上映趣意書、チケットを車に積んで、本格的な映画営業活動が始まったというわけです。
 初日の成果
 実売:10枚(大人券)、販売委託:50枚(大人券30・子供券20) 招待:14枚 合計:74枚

ダイエーの優勝パレードをテレビで見る(11月7日)

 我がサイトでは、ダイエー優勝についてあまり書いてない。
 その理由は、ネット上でも自分の周囲にダイエー優勝(リーグ優勝から)の情報が溢れていたからだ。それでも書くといってたし、書くつもりだったが、とんとん拍子に勝ち進み、周囲が有頂天になりすぎているようで書く気にならなかっただけである。
 少し書いたのは、信用ならない福岡の大人たちのことである。そしたら、工藤のFA宣言が出た。案の定と思った。そして、異例とも思われる中内功オーナーのお詫びが出て、今日の晴れやかな優勝祝賀パレードとなった。
 大勢の人と紙ふぶきが舞う中を、パレードの列は福岡市内の目抜き通りをゆっくりと進み、オープンカーに、王監督、中内功オーナーとともに、工藤の姿があったのは救いであった。
 華やかなパレードから物語は始まる。大勢の人がパレードに心を奪われているとき、密かに本当の物語が始まっていくというのはセオリーに近い。
 僕はそのような気持ちでパレードを観戦したが、絶好の秋晴れの中で繰り広げられるセレモニーを利用することもなく、ただ指をくわえて見ているスカブラ映画プロデューサーでしかなかったともいえた。
 

日本サッカーがシドニーオリンピック行き決定(11月6日)

 今日勝つか引き分ければシドニー行きが決定するという状況で、日本サーカーチームは大方の予想に反して前半に1点を先取された。
 僕はこれで試合が面白くなったと思い、焼酎のロックを片手にコタツに座り込んだ。これまで先取点をとって勝ち進んできた日本にとって、本当の実力が試されるときがきたということである。ここで逆転して勝てば、トルシェ日本の力がわかるというものだ。これまでは、期待も虚しく加点されて、「出場できるかどうか」というだけの低次元の勝負に持ち込まれることが多かった。
 今夜は、どのように逆転してオリンピック出場を決めるかという楽しみに次元を上げることができた。結果は、僕の期待に応える理想的な展開で、ドラマのセオリー通りともいえる勝利をものにした。
 中田が予想にたがわぬ強いプレーを披露し、平瀬が何度も惜しいプレーを繰り返しながら結局2ゴール、いかにも日本人らしい中村が美しいフリーキックでゴールを奪ってMVPをゲットした。
 最近になく、うまく計算されたような面白い試合だったが、あまり興奮することはなかったのが不思議な気がする。

映画の宣伝(11月5日)

 日本全国津々浦々の人に、作った映画の存在を知ってもらうためには莫大な宣伝費を必要とする。
 多くの場合、宣伝費の大方はテレビスポットと新聞広告に費やされる。だから、宣伝予算表を見ると、テレビ局と新聞社とそれをつなぐ広告代理店を儲けさせるために映画を作っているような気になった。
 撮影現場ではただひたすら予算を切り詰めながら、いざ公開となると湯水のように宣伝費が使われる。時には、熱くなった鉄火場のような状態で、テレビスポットを買いまくることもあった。
 それで、思うように客足が伸びなかったら、本当に映画は新聞社やテレビ局のためにあることになる。
 かつて日本の映画会社はテレビ草創期に、「電気紙芝居」などといってテレビを馬鹿にしたことがあった。そして、趣味やレジャーの多様化の時代がきて映画そのものの存在感が希薄になり、多額の宣伝費をつぎ込むあまり無け無しの金を巻き上げられることにになり、今では映画会社は貸館業になってテレビ局に製作まで取り上げられた。今も相変わらずその状態から抜け出せないで、映画館すらが外資に席巻されることになった。


湯布院シナリオ塾(11月4日)

 四年ほど前に、一年間の間一ヶ月に一度「湯布院シナリオ塾」で講師をしたことがある。
 そこで、僕は「実践シナリオ塾」と名づけて、なれない講師をした。今僕が「実践企画塾」と名づけたページを作ろうとしていることは、そこでやろうとしたことの延長線上にあることは間違いない。トップページに、「映画」「映像」「音楽」「地域」「企画募集」「参加の方法」などを書きこみ、「インターネット・カルチャー・ビジネスを展開」と書いてとまっている。
 欲張りすぎて、焦点がボケるのではないかと思う。また、映画だけに限ると皆の手におえないのではないかなどと悩む。誰もが気楽に参加できて、面白く、将来性のあるページにしたい。そうあるためには、何をどうしていったらいいのか。結局、やりながら見つけていくしかないだろうというところに落ち着く。
 湯布院シナリオ塾は一ヶ月に一度開かれたが、インターネット上の「実践企画塾」だと1年365日24時間つながっている。湯布院でできなかったことができるかもしれない。
 

日本に「男」がいなくなった(11月3日)

 今日、『デポジット制度の導入を求める県民の集い・福岡』に参加して、その後、有意義な時間が持てた。
 男は理念で生きるもの。その理念を日本の男たちは喪失した。そのときから男たちは、男でなくなった。そして、日本に男がいなくなった。ゆゆしきことである。と、そんな話をすることができた。
 僕は「男」とは何か?という単純な問いから、すべてが始まると思っている。次回作は、タイトルは『スカブラorすかぶら』で決めているが、きっと「大人の男」とは何かというテーマを、げらげら笑わせながら探っていくものとなるのではないかと思う。
 CGで全盛期の筑豊炭田を再現し、ヤマの男たちの心意気を描こうと考えている。早く、『全国上映』のページと対になる『実践企画塾』を立ち上げねばならない。

 

やっと「全国上映」のページを転送する(11月2日)

 「全国上映」のページは、映画「スーパー・ハイスクール・ギャング」のプロパガンダページであり、映画上映及び映画ビジネスの仕組みを紹介するページでもあり、映画の楽しみを倍化させるページでもあり、僕にとって極めて重要なページです。
 近々立ち上げる予定の「実践企画塾」のページと対になるもので、映画プロデューサーならではのページに発展していくと思います。映画の配給・興行の仕組み、ビデオなどの二次使用の実際、テレビ放映権の譲渡がどう行われているかなどを紹介していくつもりです。
 多少専門的なことなどもありますから、できるだけ分かりやすく紹介していこうと考えており、随時増ページをしていく箇所もあります。

プロバイダー・ニフティの機能停止(11月1日)

 と言っても、ニフティのホームページは稼動している。300万人とも言われる会員のメンバーのホームページが10月31日の午後4時から11月1日の午後八時ごろまで、約28時間に渡ってアクセス不能になったのだ。
 アクセスしてもページが無い多くのページがネット上に存在するが、そのページになってしまったのだった。いい加減で、信用の置けない、インターネットのホームページという印象を助長するもので、また、それが新聞記事一つならないような数百万の存在であることを露呈したと言ったら言い過ぎだろうか。
 かつて電気の停電が日常的だった数十年前の状況と、今日のインターネットは同じような状況なのだろうか。ニフティは、すばやくそうなった理由を説明すべきだと思う。それも、メンバーだけでなく、インターネットを利用しているできるだけ多くの人に理解してもらえるように。
 とりあえず、昨日転送できなかった10月31日分も併載しておきます。
 

俳優さんのことは、気が向いたら書きます。

今後の連載予定(不定期、黒以外の色は掲載済み)

 高倉健深江章喜水谷豊、渡辺篤史、石原裕次郎、勝新太郎、浜木綿子、菊池桃子、裕木奈江、仲代達矢、風間杜夫、志保美悦子、桑田圭祐、江藤潤、松方弘樹、谷隼人、風間トオル、大滝秀治、渥美清、梅宮辰夫、坂口良子、高橋洋子、石黒賢、氾文雀、渡瀬恒彦、小林念持、池上季美子さんなど思いつくままに、映画上映日記が膠着状態になったら書いていく予定です。