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あつかましい(6月30日)

 自分で自分のことを、相当あつかましい人間だと思っている。
 でも、そう思って、自ら言っているだけに、それなりに謙虚だとも思っている。
 映画以外にも、イチローと松井、他にも石井、大家、新庄などプロ野球選手のほかに、中田や中村などのサッカー、K1、テニス、ゴルフ、室伏のハンマー投げなどに関心がある。
 また、スポーツ芸能以外にも民俗芸能やボランティア活動にも関心があり、日本と日本人がどう進んでいくのか気になっている。
 とりあえず、松井やイチローの一挙手一投足が気になっている。


雷魚(6月28・29日)

 僕はまだ雷魚を釣ったことがない。
 子供のころ、灌漑池を干して雷魚(台湾ドジョウといっていた)をとったことがあるが、釣ったことはない。
 撮影で雷魚を釣るシーンがあり、今年中にその場所を決めておきたいと思っている。
 ルアーをカエルにするかネズミにするか、あるいは他のルアーにするか、ストーリーとの兼ね合いも含めて、釣り場の情報が欲しい。


製作上映実行委員会(6月25・26・27日)

 映画『すかぶら』の製作母体となる製作上映委員会の立ち上げで、6月26日夜市内飲み屋に6人のメンバー(文野、田中、深町、野見山、組坂、松本)が集まり、「ざっくばらんな打ち合わせ」を行った。
 各地の製作上映委員会の立ち上げが先か、トータルな製作上映委員会が先なのかというのが主な議題だったが、7月11日から13日の間に開催する『映画シナリオ合宿』についての記者会見、スタッフルームをどこに置くのがいいのかなども話すことが出来た。
 

若いミュージシャン(6月24日)

 最近若いミュージシャンRさん(21歳)と2・3度メールのやり取りをして、8月に出来上がる予定の新譜の音源を送ってもらうことになった。
 とりあえず聞かせてもらうことになるが、楽しみである。

 
映画シナリオ合宿(6月23日)

 今日は一日中雨で、お通夜などいくつかの用事を済ませながら、天郷青年の家で行うホン直しのための案内文書を作った。
 7月11日から13日までの3日間の合宿で、できるだけ多くの人が参加できるようにするというのがプロデューサーとしての僕の役目で、A4の案内文書のキャッチコピーやレイアウトなどに頭を絞った。
 昨日も書いたが、プロデューサー・脚本家・監督を兼ねるのはなかなか大変なことで、おまけに配給の営業・宣伝も兼ねているから、雨の中を使いっぱしりがするような届け物をしているときなどは、あまりに大変で笑ってしまいそうになる。
 そして、つくづく自分には向いている仕事だなあと思った。


ホン直し(6月22日)

 7月11・12・13日に、赤池町上野にある天郷青年の家で映画『すかぶら』第1稿のホン直しをする予定だが、集中してホンに没頭するためにはそれなりの環境を整えておかなくてはならない。
 参考資料(書物)を収集し目を通し、企業組合設立のための書類作り、実行委員会を発足させるための準備、月末を迎えての資金繰りなど、映画プロデューサー・脚本・監督を兼任することはなかなか大変なのである。
 日曜日なのに、魚釣りにも行けない。


デービット・ベッカム(6月21日)

 今「ベッカムさま(様と書くこともある)」が来日中で、TBS系の「ブロードキャスター」のデービット・ベッカムの極めて短いインタビューを観ながら、この日記を書いている。
 「ベッカムさま」という言い方がとても嫌いだが、マスコミは好きらしい。
 この神経が、僕をマスコミ不信にさせる。
 現実には「ベッカム」で、マスコミ以外誰も「ベッカムさま」なんて言っていない。

天郷 青年の家(6月20日)

 今日、福智山の麓にある『天郷 青年の家』で7月11・12・13日にわたって、映画『すかぶら』シナリオ第1稿のホン直しをすることに決定し、いくつかの合宿場所の仮押さえをキャンセルした。
 天郷 青年の家は、田川市と赤池町が共同で経営する研修施設で、60人あまりが宿泊できて、古い建物だがなかなか趣のあるロケーションでもある。
 ここでの「ホン直し」は、ありえなかったことであり、だから刺激的であり、将来において画期的な評価を得ることになるかもしれない。


増水した遠賀川(6月19日)

 映画『すかぶら』の撮影を、来年の4月中旬から7月上旬の間の40日間ぐらいだと考えているが、増水した遠賀川を撮りたくて台風6号がやってきた今日、遠賀川流域をぐるぐる回った。
 だが、雨も風も大したことはなく、ぐるぐる回ることもなかった。
 で、夕方から玄界灘の港に行って、嵐で自分を失った魚を掬いに行こうと思ったが、あまりの“すかぶら”振りではないかとそれもやめた。
 中途半端な一日だった。


石原裕次郎17回忌(6月17・18日)

 テレビ朝日系の番組『石原裕次郎最期の真実』を日記を書きながら観た。
 僕は京都のクラブで裕次郎さんと喧嘩になろうとしたことがあった。
 日活の悪役スターだった深江章喜さんがマネージャーだった僕を連れて、裕次郎さんと故・勝新太郎さんが飲んでいるところに行ったときのことだ。
 僕が映画プロデューサーになるといったら、「あんなふけだらけの社長のところで働いているようじゃお前もたいしたことないな」と言われ、口論となったのだった。
 僕は天下の裕次郎と喧嘩になったらなったでいいと思い、激しく自分を主張したが、勝さんと深江さんが間に入って取り直してくれた。
 この夜から2・3日後、僕は勝さんから呼ばれて、六本木にあった勝さんの事務所を訪ねた。 勝さんは当事テレビの新番組『警視K』の企画を進めており、その第1回目のゲスト主役に故・安部徹さんを貸してくれといった。
 勝さん自身が監督するパイロット版で、どれくらいスケジュールがかかるかわからないという出演交渉であり、僕はその場でOKし安部徹さんを出演させた。
 裕次郎さんとは仕事をしたことがない。


差出人名(6月16日)

 企画書は大体確定したが、シナリオ1稿購入お願い書の差出人名が確定せず、動くに動けない状況が続いている。
 組織にアプローチする以上、外部環境が整うのを待つしかない。
 それと、アシスタント、スタッフルームなど、内部環境も平行して整えなくてはならない。


大リーグ(6月15日)

 大リーグのイチローと松井が気になっていたが、最近どちらも調子を上げているのかイチローは3割3分代上位に位置し、松井も2割8分以上を打っており、大リーグ情報が待ち遠しい。
 そして、今日は筑豊ボクシングジム所属の丸山大輔選手が、デビュー以来13戦連続KO勝利を飾り、これからの丸山選手の戦いぶりが重要であると思った。
 映画はここまで期待される企画は少ないが、このような人々の期待を獲得していかなくてはならないと、この日記を書きながら強く思った。
 
毎週ということ(6月14日)

 毎週土曜日にボランティア活動をしている人たちを二組知っている。
 田川市の成道寺公園を掃除している『明日の田川を拓く20日会』と、宗像市の釣川を掃除している松井さんたちのグループ『ポイ捨て壊滅活動隊(正確ではない)』は、もう数年間にわたって毎週土曜日に活動している。
 数十人の大人が毎週活動していると、公園や川は見る見るうちにきれいになる。
 なかなか凄いことで、一ヶ月に一度ではこうはいかない。


映画製作会社「企業組合 筑豊観光開発研究所」(6月13日)

 「企業組合 筑豊観光開発研究所」は、僕が設立しようとしている映画製作・配給を行う組織である。
 企業組合は、株式会社や有限会社と同じように、定款で定められた仕事が出来る。
 きわめて地域性に富み長い名前の組織だが、利益追求が最終目的の株式会社などが古臭く、つまらない組織に思えるほどで、僕はとても気に入っている。
 7月上旬に福岡県から認可される予定で、これから企業組合ならではのオリジナルな仕事をして行こうと思っている。

 
企画書など(6月11・12日)

 くたびれて、つい転寝をして、日記を書くのがおろそかになる。
 特に昨日は企画書や協力依頼書を一日中書いていたから、ちょっと酒を飲んだだけで風呂もはいらずに転寝をしてしまい、眼が覚めたら明け方だったという始末。
 文章が書けて、明るく人と接し、きちんと喋ることができて、パソコンに堪能な、車の運転が出来るアシスタントが欲しい。
 「この辺に、そんな人いないわよ」と言われ、ちょっとめげている。
 
スタッフ募集(6月9・10日)

 実を言いますと、今僕のアシスタントを探しています。
 アシスタントプロデューサーになる前のアシスタントですが、とりあえず『遠賀川流域に住む人』ということで、僕に関係するホームページの掲示板を使って募集を始めています。
 スタッフはまず一人ですが、早い時期に二人は欲しいと思っています。
 

映画は雑駁なところから始まる(6月8日)

 あまり神経質な人には、映画づくりは向いていないのではないかと思う。
 几帳面で、きれい好きで、自分の好きな世界を信じすぎている人には、映画づくりはできないと思う。
 そういう人は理想が高いだけに、様々な人間がかかわる、雑駁な俗っぽい映画づくりには向いていない。
 映画づくりは、大雑把で、いい加減で、荒っぽい作業の連続なのである。

 
地方発の映画(6月7日)

 今日、下関にある山口映画センターの藤井さんに会って、全国の地方発映画の情報を少し知ることが出来た。
 地方発映画といっても、ほとんどが東京の資本による地方ロケ映画だが、明らかに地方に題材をとった映画が増えている。
 すでに、すさまじい勢いといえるかもしれない。


企画書作り(6月6日)

 今日は映画『すかぶら』の企画書作りに時間を使った。
 江頭飯塚市長とお会いしたとき、「キチンとした趣意書を作らないといけないね」といわれたからで、企画書は趣意書の文書の元になる。
 そして、趣意書をしかるべきところに出すわけだが、僕が代表である製作準備委員会のうちは問題がないが、発信者の名前が重要になる。
 


とても疲れるが楽しい(6月5日)

 継続した映画づくりが出来る土台作りをしているつもりだから、手間隙かけて様々な人にあったり、遠賀川流域の市町村を訪ねて協力のお願いをしているが、毎日100キロ以上の距離を走りながらのお願いはとても疲れる。
 一方、自分のイメージする実行計画を達成させていくのはとても楽しい。
 疲れは、車を走らせて多くの人にあってお願いすることによる肉体的疲れもだが、様々な立場と異なる考え方を持った人たちとの交渉による精神的疲れがヘビーである。
 前者の疲れは酒を飲んで眠れば解消するが、後者の疲れは魚釣りにでも行かなければ解消できない。


映画づくりの進め方(6月4日)

 多少手探りの感もあるが、直感を大事にしながら映画づくりをすすめている。
 1本の映画『すかぶら』をつくるというより、継続した映画づくりが出来る土台作りからはじめているつもりだ。
 だから、手間隙をかけている。

 
しかるべき人(6月3日)

 上の表を見ると、僕は1999年8月からこの日記を書いているから、足掛け5年も書き続けていることになる。
 この日記も誰が読んでいるかわからない。
 いつもアクセス数の変化を見ながら、誰が見てくれているのかなあと思っている。
 今日、直方市教育長船越さんにお会いしたら、「いつもホームページを見ていますよ」と言われた、
 一瞬「恥ずかしい」と思い、「ありがたいなあ」とも思い、もっと本当のことを書かなくてはいけないのではないかと考えた。
 僕はちっとも本当のことを書いてはいない。
 しかるべき人に向けた本当のことを書く必要があるのではないかと、船越直方教育長にお会いして思った。


躁鬱(6月2日)

 自分では躁鬱体質はとりわけあるとは思っていないが、やっていることがやっていることだから、1時間ごとに天国から地獄へと変動するような経験がしょっちゅうある。
 ということで、僕は躁鬱症患者みたいなところがあると思っている。
 最も迷惑するのがカミさんで、とても耐えられないと思うこともあろうと僕は思っている。
 今日、新しい田川市長になった伊藤さんに市長室であったが、これからとてもいい仕事をされるのではないかと思った。


すでに5ヶ月が経過(6月1日)

 今年1月8日から映画『すかぶら』のシナリオを書き始め、2月末に第1稿を書き上げた。
 3月には、こともあろうに第1稿の映画化権を2,000,000万円と勝手に決め、40口(一口50,000円)で38人の人と覚書を交わした。
 そして、ちょっと遅れたが4月30日に第1稿の印刷製本が上がり、特別協力価格3,000円で1,000冊を販売し始めた。
 遠賀川流域内の30市町村を回り、「町の幹部の人、議員の方、商工会の主な人、町や村の図書館、小・中学校の図書館に配布して欲しい。そして、映画が出来たあかつきには町の自主事業として上映会の開催をお願いしたい」とあつかましくも言いながら、町長会でとりまとめまでお願いしてきた。
 明日からは、飯塚市、田川市、直方市、中間市、山田市および北九州市を重点的に回るつもりだ。