注:スカブラ・・・仕事や勉強をサボってブラブラ遊んでる人。ただし、スカッとしていること。


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メッセージ(2月28日)

 昨日おじさんから、「自分は明確なメッセージが伝わってくる作品が好きだ」と言われたが、僕はこれまでの作品で明確なメッセージを発してこなかった。
 今度の作品は、出来うる限りメッセージを発した方がいいと思っているが、そんなメッセージがあるのかどうかを今考えているところだ。
 でも、このメッセージを伝えようとして、映画を作るつもりはない。
 作った映画に、結果的にメッセージがあったとしたら、それはそれで嬉しいことだと思うが・・・。


川筋気質(2月27日)

 「江戸っ子気質」と「川筋気質」はまったく同じといっていいくらいよく似ている。
 『筑豊原色図鑑』を作るときに、「川筋気質」の成り立ちは自分なりに納得がいく考えを持つにいたったが、「江戸っ子気質」というものをもう一度調べなおしてみる必要があるかもしれない。
 僕は川筋気質という言葉をそのまま受け取ることが出来ない。
 川筋男と川筋女という言葉を並列で並べると、僕は以前から川筋女の方が段違いに魅力的に思えると言ってきた。
 恥ずかしながら、僕は東京で映画プロデューサーとして肩で風を気って歩いていたこともあったと思うが、何のコネクションもない僕を支えていたのは、「俺は川筋の男」だという強い思いだった。
 


カナリア2(2月26日)

 かつて、筑豊ではメジロを飼う人が多く見られた。
 メジロを捕獲してきて、自分で作った竹籠で飼い、人に求められると気前よく籠ごとあげるような人がいた。
 炭鉱がある時代、ガス災害を未然に察知するために炭鉱の坑内にカナリアが持ち込まれていたというが、もしかしたらカナリアの代わりにメジロが持ち込まれていたのではないかと、気になっている。
 というのは、当時カナリアは外国産の高価な鳥であったはずで、メジロはこのあたりですぐ捕まえられるタダの小鳥で、鳴き声も美しく、カナリアもメジロも坑内のガスに敏感に反応するかどうか優劣はないのではないかと思ったからだ。


川筋女(2月25日)

 昨日に続けて書くと、今度の映画のシナリオは、炭坑の坑内に持ち込まれたカナリアのようなはかない旅人、川筋気質の性根を持った男を対比させながら、さまざまな川筋女を描き分けることが肝要なのかもしれない。
 カナリアのようなはかない運命の旅人をどう表現するのか、これがポイントかもしれないが、それは魅力的な川筋女にかかっている。



カナリア(2月24日)


 昔、炭坑の坑内には、カナリアが持ち込まれていたということです。
 坑内のガスが発生したとき、いち早く危険を人間に(鳴き声あるいはその死によって)知らせるためで、カナリアによって多くの炭鉱夫の命が救われたとも言われています。
 カナリア・スカブラ・川筋気質が今回の映画のキーワードになるのではないかと思っています。
 川筋気質の性根を持ったスカブラとカナリアの組み合わせで、どんな人物像を描き出すことが出来るのか、面白いといえばメチャメチャ面白いといえる。


スカブラの定義(2月23日)

 映画『すかぶら』のシナリオを書きながら、スカブラの定義を考えてきた。
 今日現在の定義は、「スカッとしていること」「人を笑わすことが出来ること」「一匹狼であること」「身近な自然に深く通じていること」「いつも命がけであること」などである。 
 他に、「世事・家事に長けていること」「狡知攻略に富んでいること」なども加えたいと思っているが、もう一つシンプルではない。
 「ギャンブルなど賭才がある」とか「女性にもてる」なんてことはあり得ない。


モチベーション(2月22日)

 映画プロデューサーはいつも冷静であろうとする。
 だから、僕はシナリオライターのときでも監督のときでも冷静であろうとする傾向が強く、モチベーションを上げることが苦手である。
 映画プロデューサーとしてはいつもモチベーションが高いのだが、モチベーションの質が異なる立場をうまく機能させることが出来ない。
 これが上手にコントロールできるようになると、すべてうまくいくと思うのだが・・・。


九州発映画(2月21日)

 東京からも戻ったころ、九州は10%経済だと何度か聞かされ、人口もほぼ同様の割合であるし僕なりに理解していたが、その本質を知ったときは心から驚かされた。
 例えば、日本中で100本映画が作られているとしたら、10%経済であれば10本は作られているはずだと思う。
 だが、10%経済の本質は、1本1億円かかる映画を1000万円で作らなければならないというものだった。
 10年たった今も、いい大人が10%経済を真顔で語るのには驚かされるが、そんな経済はまさに手先経済というものでしかないことに気づいて欲しいものだ。


2日間まとめて(2月19・20日)

 飲みすぎて日記を書けないことは間々あるが、書き忘れることは珍しい。
 昨日はそんな日で、今日は夕方家に戻って、大した動きがないことをいいことに、2日間をまとめて書いている。
 ホンの直しがしたいのだが、ネットのお客さんのサーバーを確保したり、飯塚周辺をうろちょろしていた。


自信があるが、自信がない(2月18日)

 人のことはよく見えるが、自分のことはよく見えないものだと思う。
 今、映画「すかぶら」のシナリオ第1稿を書き上げてまったくそんな状態であり、自信と自信がない状態が数時間ごとに訪れる。
 そして、「知ったことか!」と嘯いて、前に進むことしかない自分を認識する。
 面白いといえば面白いし、大変ですねといわれれば大変だし、無理ですよという人はいないけど顔に書いてあり、僕はとても燃えている。


第1稿(2月17日)

 今日、お昼過ぎまでかかって、映画「すかぶら」のシナリオ第1稿を書き上げた。
 後は印刷にまわして、きっとぎりぎりまでじたばたと直しを入れると思うが、もう時間の問題である。
 オリジナル作品であるだけに、そして自らが監督するつもりであるだけに、なかなかこれでいいと思うことが出来ない。
 自信はあるのだが、まったく自信がないとも言える。


直方市長逮捕(2月16日)

 昨年暮れに僕の友達の中村幸代さんが直方市長選挙に出馬声明し、2月11日に事務所開きをしたばかりで、昨夜、1週間もしないうちに現職の有吉威直方市長が逮捕されてしまった。
 激しい選挙戦が期待されていたが、勝手連的な立場の僕は青天の霹靂といった状況になっている。
 一方、僕にとって、もうこの選挙戦は終わったということでもある。
 中村さん、これからも頑張って市長になり、直方市民のために尽くしてください・・・。


よく分からない(2月15日)

 「すかぶら」という本を書いていて、プリントアウトした第1稿を数人の人に読ませたが、反応はよく分からない。
 「基本的に、シナリオを読む能力がない」「遠慮して、面白くないといえない」「人それぞれに、面白さが異なる」「自分も分からないけど、みんな分からないと思う」とかいろいろな意見があって、結局、自分が書いたシナリオが面白いのか面白くないのか分からない。
 ただ、なんとなく感じるものはある。


最終的な第一稿(2月14日)

 さっき、最終的な第1稿を書き上げて、この日記を書いている。
 少なくとも3ヶ月、半年ほど時間を置いたら、もっと面白いものに仕上がると思っている。
 こんな経験は今までにない。
 この初めての経験を、最後まで楽しむことができたら、映画作りは最高だと思う。

シナリオ(2月13日)

 「すかぶら」のシナリオを、カミさん、T君、お袋、I会長、Nさんに読んでもらっているが、これまでにNさんを除く4人の意見を聞くことが出来た。
 僕は一応歴戦の映画プロデューサーであるから、自分でシナリオを書くとき、お金も貰ってないからだが、ぎりぎりに仕上げることを避ける。
 現在の時点で完成度なんか気にもしていないから、普通のシナリオライターと違って大雑把なものにしてしまう。
 戦略の一つだが、それが「箸にも棒にもならない」と感じられたら、一巻の終わりだという緊張感は誰にも増してあった。
 悪くない感触だと思って、大いに自信を得た一日だった。


睡眠不足(2月12日)

 昨夜遅くまでパソコンに向かって企画書を書いていたのに、朝六時半に眼が覚めてしまった。
 すでに起きていたカミさんは、「あなたの鼾がうるさくて5時半に起きてしまった」とのことで、多少機嫌が悪そうだ。
 シナリオ、企画書、スケジュール表、製作委員会の案内書作りなど、作業は多岐にわたる。
 

疲れ果てて(2月11日)

 才能があるかどうかではなく、表現者は命を削って何かを言い表そうとする。
 僕は今朝まで、くだらない日記を書きながら、命を削っていた。
 今日もいろいろあって、シナリオを書くだけでなくプロデューサーだったり、監督だったり、シナリオライターだったり、製作委員会企画者だったりして、とにかくひどく疲れている。
 だが、どんなに疲れ果てていようが、明日からはもっと走りはじめなくてはならない。


ライターの生態(2月10日)
 今日あるところで、「業者はどうしても手抜きする・・・だから」という会話を聞いた。
 そう言っている本人が今は発注者であるが、これまではその業者だったから、とてもリアリティーがあった。
 シナリオを書くときは、そんなリアリティーが欲しいといつも思っている。
 参考にさせてもらおう。


原稿を書いていると(2月9日)

 一日中原稿を書いていると、日記に書くことはあまりない。
 書いた原稿の内容や、採用しなかったアイディアや、アイディアを表現することにいかに苦労したかとかを書けば、数十ページも書くことはあるが、それらは書くことが出来ない。
 今日は、そんな日だった。
 また、明日・・・。


乞食の釣師(2月8日)

 僕」には、乞食をしながら好きな釣をするような奴には、幸せな結末などあるはずがないと思えるが、僕の友人たちは違うようだ。
 「人にはそれぞれの生き方があり、乞食をしながら釣りをしている男は決して自分の行き方に不満足であるわけではなく、みんなが思っている以上に幸せな人生を送っているのではないか」と言う。
 この言葉を聴いて、僕はある種の危機感を感じた。
 日本人は、想像以上に自信を失っていると。
 僕は、「好きな釣をするために、乞食をしているような奴に、幸せな未来はない。そんな奴には、ふさわしい悲惨な死が待っているだけだ」と思っていたが、そうではないようだ。
 


田舎から見た東京(2月7日)

 昨年3月に東京へ行ったとき、新宿駅西口地下広場と神田神保町およびJR山手線内で見かけた、あまりに病的な光景に心底驚いたことがある。
 今度東京に行くときはデジタルビデオカメラを持って行って、僕が言っていることが嘘ではないことを証明しようと考えている。
 特に今年は例年以上にスギ花粉が多く、東京はカラスマスクを装着したゾンビのような人々が闊歩する末期的な街の様相を呈することが予想され、気色が悪いながらも今からわくわくする。


田舎にいると(2月6日)

 僕のように田舎に住んでいると情報が少なく、時々中央の新しい、生々しい生きた情報を知りたくなる。
 でもそれは、無いものねだりであると思う。
 しこうして僕は、田舎に住んでいることを最大限に生かして、新しい世界を創造しようとしているが、それも不毛な独りよがりに思えることがある。
 今日はちょっとした短い時間に、不毛な独りよがりを感じたが、今日、カミさんの一声でクリアーできた。
 来週か再来週あたり、東京に行ってみよう。

 
最近、アクセス数が増えている(2月5日)


 ホームページを開設したころは、自分のページへのアクセス数をひどく気にしていた。
 最近はちっとも気にしていなかったが、ここの所ちょっとアップ気味で、何故だろうかなどと思いながら少し気にしている。
 何故だろう?
 アクセス数が増えると、筑豊原色図鑑の注文があったりし、あらためてインターネットの威力を実感する。


フィルムコミッション(2月4日)

 北九州市や福岡市が、僕が10年前に言っていたフィルムコミッションを、最近になって実行に移している。
 僕は情けないと思っている。
 フィルムコミッションは、「ぜひ、うちの街に来て撮影してください」ということで、100万都市のやることではない。
 100万都市のやることは、自ら映画を作ることではないでしょうか?
 実に、情けない。


デジタル放送(2月3日)

 想像力がないやつらだと思っていると、えらい失敗をする。
 デジタル放送により、現在のテレビ受像機が平成11年には使えなくなるということを一般の人が知っているかどうかは知らないが、地方局はどうするのか人ごとながら心配をしていた。
 ところが、文化庁で映画を文化財として扱い、地方での映画作りを支援する方向であるということを知って、国の認可で営業しているテレビ局を救う方向で動いている。
 国の抜け目の無さに驚く。
 おそらく、国が現在のキー局と地方局の未来を知っていて、適切な(?)手を打っているのだと思う。
 こんなことは、東京の連中はずっと以前から知っている。


文化庁がスポンサー(2月2日)

 今日、TVQで「日本映画復活への道!」という番組をたまたま観た。
 新聞のラテ欄には「宮崎アニメがメロドラマに挑戦▽感涙たそがれ清兵衛ロケ」とあり、まったく観るつもりが無かったが、たまたまチャンネルがTVQになっていて、原稿を書いていたらラテ欄の内容とはかけ離れた番組が始まって、最後まで観てしまった。
 1時間15分枠で、スポンサーは文化庁だった。
 文化庁が、映画を文化財として扱い、映画作りを支援していくということをコンセプトに、いくつかの映画作りやフィルムコミッションなどを紹介する番組だった。
 それが、新聞のラテ欄では読み取ることが出来なかった。


笑いの原点は怒りである(2月1日)

 2・3日前の新聞で、笑いの原点は怒りか、喜劇の原点は怒りかは忘れたが、本質的な怒りが喜劇を作り出すというようなコラムがあった。
 そんなことばかり考えながら、年が明けて以来シナリオを書いていてきたから、とても気になると同時に言葉の弱さのようなものを感じた。
 そのコラムが、ページを埋めるために書いているのではないかと思ったからではなく、新聞の夕刊ということもあって、ほとんどの人が読んでないと思ったからだ。
 笑いの原点は怒りであると、僕も思う。