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2002年6・7月
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乞食が好き(7月31日) 僕が乞食を好きなのは、きっと僕が乞食になれないからだろう。 あるいは乞食になれないから、実際の乞食に対して文句のひとつもつけてみたいのであろう。 乞食となって渓流釣りに没頭する男の企画を考え出して10数年が経つが、まだ具体化しきっていない。 「こんな好き勝手をして生きる男には、悲劇的な結末しかない」というのが僕の結論だったが、これが企画を膨らませない原因でではないかと、今日車を走らせながら考えてみた。 「存在しない男」と想定しても面白いかもしれない。 存在しなければ、悲劇的な結末もありえないから。 すかぶら映画プロデューサーの一日(7月30日) 起床は朝8時前、コーヒーを飲みながら新聞を3誌読んで朝食。 今朝の朝食のメニューは、茶碗に3分の2ほど入ったご飯、かぼちゃとたまねぎに青唐辛子が入った味噌汁、なすときゅうりのぬかづけ、塩昆布、塩鯨、梅干で、15分ほど時間をかけて食べ終える。 パソコンでホーページへのアクセス状況、掲示板、メールなどを確認しながら、便意が高まってきたところでトイレへ。 トイレから出ると洗面所へ行き、歯を磨き、ひげをそり、調髪をして、着替える。 着替えると再び事務所に行き、今日のスケジュールを組み立て直した後、携帯電話を充電器から取り出し、黄色いバッグを肩にかけて出かける。 スケジュールを組み立てていても、駐車場で車のエンジンをかけ、クーラーが冷気を放ち始めて、アクセルを踏んだ途端、スケジュールが突然変わることがある。 今日はボーっとしていて、中間市に行くのに直方バイパスに出てしまい、出足から遠回りをしてしまった。 でもたいした距離ではなく、中間市、水巻町、芦屋町、遠賀町、岡垣町を回り、次回上映会の宗像市に行ってから、鞍手乳児院によって家に戻った。 その途中、笠置ダムと近くの溜池で、40分ほどブラックバスを狙ってみた。 遠賀川の絵地図(7月29日) 鞍手乳児院に行ったついでに、絵が上手な職員の女性に「絵地図」を書いてみませんかと相談を持ちかけた。 遠賀川流域の絵地図で、書き手のセンスで出来が決まると思われる。 かつて「筑豊原色図鑑」を作ったとき、付録で作る予定だった絵地図で、自分ではまだ作りたいらしい。 玄界灘の海岸の絵地図も作りたい。 海底絵地図もあったらいい。 自分が欲しいからである。 日焼け(7月28日) 海に行ってたいしたことをしなくても、海風に当たり、暑い日差しを浴び、海水に浸ったりすると適度な疲れがあり、この疲れが精神をリフレッシュしてくれる。 そこでも新しい企画を考えているがこれというアイディアは生まれない。 いや、言い訳のようなものである。 そして、この言い訳から新しいアイディアが生まれることもある。 弁護士、裁判官、検事など法律にかかわる人がそれぞれいるが、現代日本では、それらをすべて兼任している人は少ない。 だが、数は少ないが、兼任しているような人はいる。 スーパーヒーローでもなく、とりわけ特別な人でもなく、時には痛快な活躍もするが、人が集まるところには何処にでも存在する、いわば必要悪な人物である。 今日、行橋辺りに魚釣りに行ってセイゴを狙っていると、このような存在を主役にしたらというアイディアが、海辺で日焼けを楽しんでいる自分に、言い訳のように頭に浮かんだ。 企画を考える(7月27日) 上映会を開催しながら、魚釣りをしながらも、頭は新しい企画を考えている。 そんなときに考える企画はたいていがすぐに忘れ去られることになるが、たまには記憶のそこに残るものもある。 今日は芦屋から岡垣の海岸をうろうろしながら、さまざまな企画を実現させるための企画というものが頭の中にひらめき、いやひらめきというほどのもではないが、何とか状況を打破しようと遊びたがる頭脳がじたばたする。 「プロジェクト2」という企画だ。 東京から戻って10年が経過し、次の10年にかかわるプロジェクトのことだと思うが、竿先に当たりがあった途端に、企画のアイディアはどこかにすっ飛んでしまっている。 この日記を書き始めたら、また思い出してしまった。 本来は中間市に行くべきだが(7月26日) 中間上映会まで1週間を切り、役所などが稼動している最後の金曜日だったが、どうしても足が向かなかった。 何をしに行くのか? 「チケットは売れていますか?」と聞きに行くわけにも行かず、集金に来てという連絡もなく、物欲しそうな顔でなんとなく行く気にはならない。 そんなとき、飯塚市役所を今年度で退職するKさんから電話があり、昼飯を一緒に食べることにし、その後T君と3時間ばかりお茶を飲んで、夕方5時ごろ釣り道具をそろえるためにP店に行った。 KさんとT君と話したことは、これまでに何度も話したことだが「今は一人だけど、新聞社、出版社、テレビ局、映画会社を持っている。これから面白くなる」ということで、それなりに面白かった。 「要請」と「お願い」(7月25日) 昨日も「全国上映日記」を書いたが、今日から再び毎日更新することにした。 あることがわかったからだ。 国語辞典を引くまでもなく、「要請」と「お願い」では意味が大分違う。 僕はこれまでに映画「スーパー・ハイスクール・ギャング」鞍手乳児院チャリティー上映会を開催する際、協力依頼書というものを元に「お願いします」といいながら、実は「要請」してきたのではないかと思う。 全国上映日記の更新が滞るのは、「協力の要請あるいはお願い」に行って、そこであったことを書くことがはばかられることが多いからだろう。 そこで協力を断られるにしろ、快諾されるにしろ面白いことが多いのに、相手の立場を慮って書けない。 今、それを何とか書こうと思っている。 面白くなるかどうかは保証できない。 相手の社会的立場を危うくしたり、職場を首になったりするようなことはできない。 また、ひどく傷つけるようなこともできない。 イニシャルだらけの文章ではなく、下手するとフィクションのような形になるかもしれないが、できるだ面白く書いていこうと思っている。 気分は悪くない(7月24日) 本ページ全国上映日記の更新が滞っている。 もうひとつの日記『すかぶら見聞録』が全国上映日記のようになっていて、このページは要らないのではないかというような按配である。 でもまだ止めるつもりはない。 人が見ている様子がないから書けることもある。 隠すつもりはないが、大々的に書き記すものではなく、人知れず、あるいは自分が死んでから読んでもらえればいいようなこともある。 もちろん、死が間近いと思っているわけでもない。 きっと、少なくとも僕のインターネットにおける日記は、誰かに呼んでもらいたくて書いているわけでない。 後で、自分が読み返して、そのどうでもいいような文章の裏に、忘れないように、自分の本音を隠しておこうというような魂胆かも。 まるで工作員みたいな気分(6月29日) 中間市での上映会は8月1日にすることにした。 「映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』鞍手乳児院チャリティー中間上映会」というのが正式な上映会の名前で、『なかまハーモニーホール』というところで開催する。 連合福岡・遠賀川地域協議会の紹介で、自治労北九州総支部に属する中間市及び遠賀郡(水巻町、遠賀町、岡垣町、芦屋町)の各労働組合を訪ねたり、教育委員会に後援を貰いに行ったりから、上映会の準備が始まる。 ポスター、パンフレット、チラシ、趣意書、募金箱、筑豊原色図鑑などを抱えて、映画製作のいきさつ、鞍手乳児院を知ったきっかけなど、同じようなことを何度も繰り返し話しながら協力支援を求めていく。 あるいは、飛び込みで商工会議所や青年会議所を訪ね、まるで営業マンのように協力を求めるが、まるで工作員みたいな気分になることもある。 初めての町ではないにしろ、これまでに中間市に親しい間柄の人は存在せず、新鮮な気分と不安が交錯し、それは工作員そのものではないかと思うこともある。 7月に中間市で上映会開催予定(6月1日) 今日はチケット販売に行かず、ホームページの更新、あるいは依頼されたページ作りなどをする日だったが、これからの上映先に関するホームページ状況を見ていたら、それで疲れてしまい中途半端な一日になってしまった。 6月12日の飯塚上映が終わったら、次は中間市で上映会を開催するつもりである。 できるだけインターネットを活用したいと思っているが、反響の薄かった筑豊と違いすべての市町村にホームページがある中間市周辺での上映は、ブロードバンド環境が進んでいることもあり大いに楽しみでもある。 |