5月
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magmagとpubzine(5月31日) メールマガジンを出そうとしてシックハックしている。 マガジンのコンテンツを練ろうという頭と、事務的(難しい?)ともいえる発行手続きとがかみ合わず、ここのところそれが頭痛の種だった。 magmagは老舗からか手続きから発行までのプロセスがわかりにくく、それに比べてpubzineはとてもわかりやすかった。 2〜3日内には、はじめてのメールマガジン「筑豊一番」が持てそうだ。 筑豊ボクシングジム(5月30日) 筑豊ボクシングジムのオフィシャルサイトを手掛けている。 井上会長との話ではは、製作・監理・運営まで「筑豊一番」でやることになっている。 「筑豊一番」での導入のページと「公式ページ」を同時に進めながら、同サイトの目玉の一つである「殴り合い塾」の企画を実現化させようとしている。 面白くなりそうなのだが、明日には導入のページだけでも立ち上げるつもりだ。 ネット上の宣伝(5月29日) 余裕はまったくないが、6月1日から「筑豊一番」の宣伝にかかるつもりだ。 余裕がないというのは、サーチエンジンへの登録もまだ一つもやってないし、バナ−コンテストも始まる。 そして、懸賞・プレゼントを目玉にしているのに、まだそのページは白紙のままである。 でも、宣伝ははじめるつもりだ。 70年前のフィルムを見て(5月28日) 70年ほど前に撮影されたフィルムを見て思った。 まずは、筑豊の炭鉱とそこに住む人々を取ったフィルムだが、そこに住む人々の明るさと活気ある様子が印象的だった。 一つの大手炭鉱の日常の一部が描かれているだけとしても、日本でもっとも活気のあった地方がそこにはあった。 何が見えるものか(5月27日) 膨大な情報の中にあって、ただ一点だけを見ていて、何かが見えてきているなんて思うのは錯覚以外の何物でもないだろう。 と、今日思った。 時折土砂降りの雨が断続的に降りしきる戸外を見ることもなく、パソコンに向って「筑豊一番」ページを作りつづけているが、サイトの全体を見回すとまだまだ歯抜け状態であることに気付き愕然とするような始末だ。 夢の中で(5月26日) 数日前、夢の中で「東京」とやっと吹っ切れたと感じたことがあった。 だが、夢の中で完全に吹っ切れたという感覚はあったが、それを具体的に覚えていなくて書き表わすことができない。 だから、思い違いかもしれない。 しかし、パソコンとインターネットにこれだけどっぷりと浸かっていると、見えないものも見えてきているのかもしれない。 日記には書けないことの方が多い(5月25日) インターネット上に、下らない毎日を、それも二つの日記に毎日書きつづけているが、それでも僕の場合書けないことの方が多い。 筆力がなくて書けないことが大半だが、書いてはいけないと思うこともあり、これを書きとめる日記がいると時々思う。 インターネットですら「匿名」というのは嫌いだが、「匿名」だから言えるという慣習は否定してはいけないと思う。 まだ少しちんぷんかんぷん(5月24日) 昨夜一杯やりながら「もっとすごい〜」を読んだら、まだ多少ちんぷんかんぷんな所もあったが、本の通り作業をしていったらたいしたこともないように思えた。 先走りの身のほど知らずの性癖はなかなか治らないものらしい。 「もっとすごいホームページの作り方」という本(5月23日) 昨年の夏、はじめてパソコンを買ってマウスの握り方を理解してホームページを作成し始めた頃、「もっとすごいホームページの作り方「という本を買ってしまい、しまったと思ったことがあった。 思った以上にパソコンなるものが厄介で、パソコン初心者の僕にはその本を見てもちんぷんかんぷんでしかなく、先走りする身のほど知らずの自分が情けなかったことをよく覚えている。 今日、その本を書棚から取り出した。 筑豊の獅子舞(5月22日) 筑豊には獅子舞が多く残っている。 一説には100に及ぶ獅子舞があるともいわれ、僕が把握しているだけでも50ほどある。 というより、日本でも有数の獅子の里とでもいうべき筑豊で、その狭い筑豊で、正確な獅子舞の総数や実態がはっきりしていないのは問題であると僕は考えた。 だから,「筑豊一番」のホームページ上で,筑豊の獅子舞を全て取り上げることにした。 筑豊のメタセコイアの木(5月21日) 最近車を走らせていて,思わぬところにメタセコイアの木があることに気付いている。 いや,その多くが公園や学校やゴルフ場など半ば公共的な場所にあるが,結構普通の民家の庭先などにも見受けられて楽しい。 落葉で雨どいを詰まらせるから切ったという木も見たし,畑の中に植えてある木も見つけた。 パソコンは難しい(5月20日) 昨日は映画プロデューサーならではのスポーツサイトを作りたいとみえを切ったのはいいが、今日はワードを使ってパンフレットを作ろうとして、思うにならず大きな試練を迎えている。 ホームページビルダーなら背景などちょこちょことできるのに、ワードではどうにもならないでシックハックしている。 筑豊ボクシングジムのホームページを作ることにした(5月19日) 今日、再度筑豊ボクシングジムの井上会長と会って、同ジムのホームページを作ることにした。 数日前から、全国のボクシングジム及びファンサイトを軒並み調べ上げているが、映画プロデューサーならではのスポーツサイト(ボクシングサイト)を作りたいと思っている。 乞う、ご期待! インターネットで考える(5月18日) 「インターネットのことはインターネットで考える」という言いかたがある。 僕も、昨年夏の7月にパソコンを買って以来言い続けてきたことだが、最近ではインターネットのことはインターネットで考えるということを超えて、何でもかんでもインターネットではどうだと考え実行してきたようだ。 すると、いろいろなことが見えてくる。 昨日拝見したフィルム(5月17日) 昨日拝見したフィルムは昭和10年に撮影されたもので、穂波町の楽市小学校(?)の運動会の様子が映っており、長さは7〜8分たらずであったがとても興味深いものであった。 僕の記憶にも残っている(僕の記憶は戦後のものだが)炭鉱町の人々の様子が、それも勢いのある炭鉱全盛期の明るくて自信に満ち溢れた活気のある様子が、映っている人々の表情に読み取れた。 古いフィルムを見た(5月16日) 福岡市箱崎のKさん宅で、昭和10年ごろの筑豊を撮影したフィルムの一部を拝見した。 10巻ほどのフィルムが納められた丸い金属製のカンカンの一部は錆びついて容易に開かないものもあったが、フィルムはぷんと現像書の匂いがして新品同様に保存されているようだった。 今日は、一本だけ見た。 16ミリプロジェクターも相当の年代もので、取扱に細心の注意を払った。 50〜60年前の16ミリフィルム(5月15日) 明日は、50〜60年前に撮影されたという16ミリフィルムを見ることになっている。 フィルムの保存状態を見た上で、10時間以上に及ぶ未公開フィルムを拝見する予定だ。 福岡市や筑豊地方を中心に撮影されているというフィルムで、今からわくわくしてくる。 全国上映日記(5月14日) このページの日記「全国上映日記」を、「筑豊一番」の「編集後記」としても使おうかと思っている。 一日に、三つの日記を書くのはとても骨が折れそうであるし、才能が足りないこともあるし、兼ねることで日記の内容が深まることもあるかもしれないと考えて・・・。 とにかく、出来るだけ楽して、大きな利益を得ることが出来れば言うことはない。 ソースを開いてコピーする(5月13日) この所、ネット上でこれといったページをみつけたら、ソースを開いて必要な個所をコピーして貼りつける作業をしている。 問題は、そのまま使うのであればそう問題はないのだが、自分が考えるデザインや内容にしたいと思っているものだから、その変更に煩雑な作業を必要としやたら時間がかかる。 本当に、泣きが入りそうな毎日だ。 地図づくりで苦しんでいる(5月12日) まもなく出来あがるはずだった「筑豊一番」だが、ゴール間際になって地図づくりで苦労している。 どこかに適当な地図があればそれを借りて使うのにやぶさかではないが、気に入った地図がない上に、自分で作る地図はもっと好みではないのである。 作っては捨て、作っては捨てている。 まもなくゴール(第一関門かもしれないが)だ(5月11日) 今日、A新聞社のM記者から「筑豊一番」の取材を受けた。 久しぶりに僕のホームページを覗いて新サイトの存在を見つけたということで、早速の取材だった。 自分では、どこにもないサイトを作っているという自負はあるが、他人から評価されることは本当にうれしいことだ。 賞金10000円(5月10日) バナ−コンテストかバナーコンクールがいいかもまだ決めていないが、バナコンの賞金は10000円ということにしている。 KENT古本屋こと石田さんは「WEEKLY]と思っていたらしいが、発行予定のメールマガジンと連動したいのでこれもまだ未定であり、僕の希望としては隔週ぐらいの予定ではじめたいと思っている。る。 バナコン(5月9日) 「筑豊一番」という新サイトは、一見地域限定のホームページのように思われるかもしれないが(実際そうだが)、実は密かに映画プロデューサーならではのさまざまな伏線をうっているつもりだ。 とは言っても、自分でそのことを明かしてはいかにも芸がない。 そんな中、「バナーコンテスト」(通称バナコン)は、もっとも期待しているコーナーである。 精神的には開放されている(5月8日) 精神的にもっとも開放されなかったのは「筑豊原色図鑑」を作っているときだった。 それに比べると、「筑豊一番」を作るのは同じように疲れるが、精神的には何倍も開放されていると思う。 「使命感とか義務感」の度合いということもあるが、一方は一切お金をもらわずにただひたすら1年半を耐え忍び、もう一方は某かのお金をもらいながら毎日のように公表しながら、自分のイメージを具体化出来ているという違いが大きい。 ひたすら筑豊一番のページづくり(5月7日) 映画を作るときも、本を作るときもそうだったが、筑豊一番を立ち上げようとしている今も、もう一人僕がほしい。 ただ、今回はケント古本屋こと石田さんとカミさんがいるのでずいぶんと助かっている。 それにしても、もう一人専従のスタッフが欲しい。 筑豊一番を立ち上げる(5月6日) 遅くなったが、新サイト筑豊一番を正式に立ち上げることにした。 まずは、我がサイト「sukabura」のトップページに掲載し、コンテンツを徐々に充実させていきながら宣伝にかかるつもりだ。 明日か明後日には、「すかぶら見聞録」でも取り上げる予定。 まずは、密かに。 ページレイアウト(5月5日) 今朝も早起きをして、「筑豊一番」の作業をした。 「健康施療院」のページを作りながら、とても簡単なことだが、一つ便利なページレイアウトの基本となる方法を発見した。 これまでも気付いてなくてやってきたことでもあるが、意図的に使うと仕事がはかどる。 どういうことか知りたい人は、筑豊一番の「健康施療院」のページを見て下さい。 メタセコイアの木(5月4日) 今、メタセコイアの木について調べ始めている。 調べるといっても、図書館に行って図鑑やそれらしき本を借りてきて読んでいるだけなのだが、僕の推理を裏付けることが書いてあってとても楽しい。 メールマガジンの内容(5月3日) 思いついたアイディアを並べると、下記のようになります。 1、筑豊一番最新情報 2、総力特集(メタセコイアの謎、獅子舞、炭鉱の痕跡、川筋気質&江戸っ子気質にいう気質とは?) 3、バナーコンクール 4、懸賞・プレゼント 5、インターネット・オーディション メールマガジンの内容に没頭(5月2日) 自分で「好きだなあ」と思うこともあるが、僕は何につけ内容を考えることが大好きだ。 特に集中して、アイディアを搾り出す時、それも搾り出せた時の気分は最高だ。 そして、自分で搾り出せないで苦しんでいる時、周囲の誰かが出したアイディアがすばらしい時は、もっと気分が良くなる。 なんだか、面白そうなアイディアが次々と生まれてきそうな予感がしている。 メールマガジン「筑豊一番」発行(5月1日) 今、新しいメールマガジンを発行しようとしている。 新サイトと同じ名前で、週一回程度の発行でスタートさせようと考えている。 「筑豊一番」というタイトルだが、地域限定のように思われるかもしれないが、僕はグローバルな展開を試みるつもりです。 |