| 2005年4月30日 ゴールデンウィーク2日目 |
今日も暑い。
ゴールデンウィーク中の月末だが同じことで、いろいろ支払いが目白押しだった。
午前中はT君、Mさん、Kさんなどに連絡を取り、午後はお気に入りの川島古墳公園に行って考えをまとめたりした後、パソコンに向かって製作・上映実行委員会の仕組みを考えた。
僕は単純明快な思考をすると同時に深く考える思考癖があり、人が嫌になるような思考を繰り返し、やがて実行に持っていこうとする。
結構、つらいよね・・・。 |
| 2005年4月29日 ゴールデンウィーク初日 |
今年のゴールデンウィークは長いがどこにも行けそうにない。
今日の午前中は製作協力券について考えをまとめ、午後はカミさんを誘って開業したばかりの「うすい物産館」に行ったり、近所の山間でワラビを採ったりした。
その間、東京の井之原プロデューサーと電話で話したり、飯塚JCシニアのBさんと打ち合わせをしたりしたが、全体的に連絡も少なく、やはりゴールデンウィークに入ったのだろう。
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| 2005年4月28日 真夏のような陽気 |
今日は朝6時半に起きて朝飯を食べ、7時半前に家を出て田川市へ向かい、風致八幡神社そばの店で仕込みをするK社長に会った。
その後、弓削田にあるN産業のN会長を訪ねたが出張のため留守で、いったん飯塚の事務所に戻って昼飯を食べ、娘の買い物に付き合い、川島古墳公園で考えをまとめてから再び田川方面に向かった。
添田町にある鑑月焼中元字窯に2時間あまりお邪魔して、頴田町の杜の舟に回り、日が暮れてから家に戻った。
今日は真夏のような陽気で、車のクーラーもつけっぱなしで、いつにも増して疲れた。
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| 2005年4月27日 飲みすぎて |
昨夜は飲みすぎて本音を書いてしまったが、たまにはこんなこともあろうというものです。
午前中は内野君がやってきて打ち合わせをし、必要な連絡事項を確認し、午後は田川方面に向かった。
田川市役所、添田町役場、鑑月焼、カイバラ工芸などに寄ってお気に入りの場所に行った。
最近は川島古墳公園の休憩所がお気に入りの場所となっており、ペットボトルのお茶を飲み、タバコを吸いながら考え事をするのによい。 |
| 2005年4月26日 しゃらくさい |
実を言いますと、最近腹が立っていることがあります。
僕の掲示板にいろいろもっともらし理屈をつけて書き込みをする輩があり、カミさんなんか削除してしまったほうがいいと言ったりしますが、僕はそのままにしていようと思っています。
しゃらくさいだけですから。
今日は朝10時に福岡県庁に行ってT課N課長と会い、親不孝通りにあるライブハウスのY社長に会い、飯塚に戻ってカミさんと打ち合わせをし、映画『すかぶら』製作・上映実行委員会の事務所となるM塾のTさんと会った。
また、腹が立ってきた。
偉そうなことを匿名で掲示板に書いて、巧みにメールを使い分け、ろくでもない田舎者・・・本当に勝負する気があるのなら、せめて実名で書いてこいよ・・・違う?
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| 2005年4月25日 朝6時20分に起きて |
今日はカミさんと娘が鳥取から帰ってくる日だったが、高速バスが天神バスセンターに朝7時20分到着予定で、起きれたら迎えに行くということになっていた。
酒飲みの僕はとても起きれないと思っていて、目覚まし時計もセットしていなかったが6時20分に目が覚めて、顔も洗わず、服を着替えて、数分後には福岡市に向かった。
朝が早いので僕はらくらく天神に着くと思っていたが、福岡への道路はトラックなど予想外に込んでおり、特にロングボディーのトラックがカーブをゆっくり回って抜くことも出来ず、昼間より時間がかかってしまった。
それでも何とか時間通りに天神に到着し、カミさんと娘を拾って朝8時半には飯塚に戻り、普段の仕事モードに入った。
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| 2005年4月24日 日曜日だが |
今日は日曜日で天気もよく絶好の行楽日和だが、カミさんと娘が鳥取に行っていて留守で、一人でどこかに行こうという状況でも気分でもなく、昨日同様近くをうろうろしていた。
八木山、渓流公園、力丸ダム、千石、庄司ダムなどを回り、自衛隊近くのポイントでワラビを採り、直方の妹の家に持って行ってお昼をご馳走になり、川島古墳公園の休憩所で少し書き物をしたり、夕方からT君とお茶を飲んだりした。
どうしようもない日曜日だった。
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| 2005年4月23日 ウロウロと |
今日は土曜日で、肌寒い朝だったが、天気はよくて次第に暖かくなった。
朝起きて昨夜作ったゆで卵とバナナを食べながらコーヒーを飲み、昼前には筑豊緑地に行ってセブンイレブンの弁当を食べ、昼からは行く当てもなく添田町にある鑑月焼窯元を訪ねたり、夕食用の惣菜を買いにジャスコに行ったり、庄司ダムに行って蕨を摘んだりした。
ウロウロしながら、筑豊緑地、庄司ダム、遠賀川河川敷などで車を止め、考えをノートにまとめたり、今日も気が抜けない一日だった。
明日は日曜日で、どんな一日になるのだろうか?
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| 2005年4月22日 朝飯抜きで |
一昨日の夕方からカミさんと娘が鳥取に行っているので、日常生活に大きな差しさわりが出ているが、今朝は朝食をとることが出来なかった。
起きたのは午前6時半、新聞を読みながらコーヒーをマグカップ2杯以上飲み、朝飯も食べないのにトイレに行って大を排泄し、歯を磨いて顔を洗い、前日の日記を差しさわりなく書き、企画書を数部プリントアウトしてガソリンを入れ行き、K歯科技工学校のK事務局長に会いに行った。
午前11時半にC町の中央公民館でT県議と落ち合い、片島のリンガーハットでちゃんぽんを食べ、阿部事務局長も加わって飯塚市役所市長応接室を訪ねた。
その後、T県議と阿部事務局長と穂波町にあるF亭でコーヒーを飲み、Nホテルに回って断続的に打ち合わせが続いたが、その間、県庁のNさんやSさんと携帯電話で打ち合わせをしたり、相変わらずWEB上の日記には書けないことの連続が続く。
でも、書けないということは、とても重要なことが進んでいるのではないでしょうか? |
| 2005年4月21日 今日も福岡へ |
昨夜からカミさんと娘が鳥取に行って一人暮らし(東京ではいつも一人暮らしだが、いくつも部屋のある飯塚での一人暮らしには慣れていない)で、とりあえず朝起きてコーヒーを入れ新聞を読んだが朝食を作る気にはならず、バイパス沿いにあるJというファーストフードの店に行って399円のモーニングを食べる。
その後何をしたらいいか決めきれず、鹿児島にいるはずの井之原プロデューサーに携帯で電話などして、「引きこもっている場合ではないので、顔つなぎも大事ですから」という助言にうなずきながら、福岡県庁のNさんに会いに行った。
県庁舎9階にあるT課でNさんと会い、お忙しい中2時間ほど日記に書けないことなど大事な話しをして、博多駅前の大手ハウスメーカーに勤めるO君のところに寄り、多少無駄話をしてから飯塚に戻った。
薄暗くなってから飯塚に戻り、どこか気のきいた店にでも行って一杯やりたかったが、カミさんも娘もいない自宅で冷蔵庫の中のものを取り出してビールを飲んだ。
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| 2005年4月20日 大きな余震 |
今日は朝6時過ぎに大きな余震があり、思わず飛び起きて箪笥が倒れてこないように押さえたり、その後も何度か揺れがあったりしたが、福岡を2往復することになった。
午前中は阿部事務局長と内野君が事務所にやってきて打ち合わせをし、昼には家を出て、別府から戻ってきたN社長と会うために天神に向かった。
N社長が最終便の飛行機で東京に帰る予定になっているため、ソラリアで打ち合わせを終えるとその足で筑豊を案内し、姪の結婚式に高速バスで鳥取に向かうカミさんと娘を拾い、途中みんなで「ごぼう天うどん」を食べて(娘はカレーうどん)から福岡空港、天神バスセンターへと回った。
9時過ぎに家に戻って、一人でビールを飲み、風呂に入り、そして焼酎を飲んだ。 |
| 2005年4月19日 福岡へ |
今日は鹿児島入りしていた井之原プロデューサー、今日別府入りするNマネージャー・社長と天神で会うために、朝8時少し前に家を出て福岡市に向かった。
朝9時に天神ソラリア付近で落ち合い、マリゾナに行ったがまだ店は開いてなくて、シーホークに行って打ち合わせをした。
その後、親富(不)孝通りに行ってちゃんぽんを食べ、E・Bというライブハウスを経営するYさんに会い、Nマネージャーはバスで別府に向かい、井之原プロデューサーは九電に行き、僕は福岡県庁から須崎埠頭に行った。
須崎埠頭に釣り人の姿はなく、埠頭付近には何ヶ所か亀裂が見受けられたが、先の地震の影響と思われる。
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| 2005年4月18日 石田さん |
今日は久しぶりにWEB製作者の石田さんと会った。
石田さんとは2000年ごろ知り合い、筑豊一番などのWEBページ製作で大きな支援をしていただき、筑豊地域振興の立役者であるのだが誰もそれを知らない。
2000年ごろはしょうもないホームページがあるだけで恥ずかしい限りの筑豊地域だったが、石田さんの支援で筑豊一番と言うサイトを開設したらいくつもの筑豊地域ポータルサイトが開設されて、現在ではなかなかのインターネット環境が出来ている。
今日の午前中は恩師M先生を訪ね、午後は友人のT君と会い、石田さんとは午後3時ごろ飯塚市役所そばの野上プレジデントホテルで会って、映画『すかぶら』製作協力券販売グッズの打ち合わせをした。
書けない日々が続く・・・。 |
| 2005年4月17日 言えないことばかり |
今日は日曜日で陽気もすばらしく絶好の行楽日和だが、八木山のディスカウントショップに行ったり、約束をせずに田川方面に行って引き返したり、まったく率の悪い一日だった。
いや、日曜日でみんな休んでいる日だから率がいいとか悪いとかでなくて、きっと僕が類を見ない貧乏性を証明しているだけであって、本当は山に蕨を採りに行ったり、海に魚釣りに行ったりしていればいいのだろう。
でも、夕方前にカミさんを誘ってドライブに出て、鞍手町のポイントでタラの芽を摘んだり、自衛隊近くのポイントで蕨を採ったり、多少一般人のような休日を楽しんだ。
仕事に関していえば、まったく言えないことばかりの連続で、まいってしまっている。 |
| 2005年4月16日 やるせない土曜日 |
天気がよい行楽日和の土曜日で、海にでも行って魚釣りでもしたいところだが、映画『すかぶら』のクランクインが迫っていてやるべきことが山積みでもあり、休日でもあるので会いたい人とも会えずやるせない土曜日だった。
今朝の西日本新聞、朝日新聞、毎日新聞の筑豊版にオーディションで選んだ湊谷光廣君と中村美咲佐紀君の記事が掲載され、いくつかの興味ある反響があったりしたが、朝8時半からT県議に会うなど資金調達に明け暮れた。
明日もそうだ。
いや、これからずっと資金調達で駆けずり回る毎日が続きそうで、いつになったら監督業に専念できるか、僕の本当の底力が問われるところだ。
明日も日曜日で、休日のやるせない一日になるかもしれないが、目的を持って走り続けよう。 |
| 2005年4月15日 書けない日々 |
今日も天気がよくすごしやすい陽気だったが、昨日に比べると少し肌寒く、誇りっぽく、多少乾燥していたようだ。
今日の午前中はじっくりと考えながら戦略を練り、途中鹿児島の井之原プロデューサーから電話があったり、午後からはKさんや内野君がやってきたり、夕方には飯塚市役所記者クラブでオーディションで選ばれたMくんとNさんをお披露目したりしたが、比較的大人しい内省する一日だった。
戦略の内容、井之原プロデューサーの電話の内容、Kさんや内野君との話の内容などすべて書くことが出来ないもので、最後の記者クラブでのことも記事が出てからしか書けない。
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| 2005年4月14日 湿度も程よく暖かい |
春は誇りっぽく乾燥している日が多いが、今日は風も弱く湿度も適当にあって暖かくすごしやすい陽気だった。
仕事のほうはかみ合わず、午前中は鹿児島入りした井之原プロデューサーと電話で打ち合わせをしたり、野暮用で母親に会ったり、午後は直方の妹を訪ねてつまらない相談をしたり、夕方には肝心のT県議に会うことは出来なかったが、友人のT君、阿部事務局長、頴田のUさんなどに会った。
ここしばらくは日記に書けないことが多いかもしれない。 |
| 2005年4月13日 天気はいいが肌寒い |
今日は天気がいいが肌寒い一日だった。
午前中はT商工リサーチ社の調査員Nさんが10時にお見えになっていろいろ聞かれ、お昼前には直方市にある結婚式場に行って飯塚JCシニアのTさんに会い、一度事務所に戻って遅い昼食をとった。
近々、大きな決断をしなくてはならない。
午前中から東京の井之原プロデューサーや今井キャスティングプロデューサーと携帯で連絡を取りながら、映画『すかぶら』の進捗状況を報告しあっているが、近々大きな決断を迫られることになりそうだ。
文化庁の助成を受けるようになっても、機動力に欠ける田舎の弱小プロの現実は厳しい。 |
| 2005年4月12日 文化庁助成が内定 |
今日は昨日よりも肌寒く、冬服を収納して夏服に替えているから押入れから再度出して着替える気にもならず、エアコンを暖房にしてすごした。
と言っても、午前中はN新聞社のM記者が見えたから事務所にいたが、午後からは田川方面を駆けずり回ってとても寒い思いをした。
今日の出来事で言うと、今朝の読売、毎日新聞(どちらも筑豊版)で映画『すかぶら』文化庁助成内定の記事が出て、それはそれなりに対応が必要で、とても神経を使う一日だった。
文化庁から内定文書が届いたのは4月4日で、インターネットで発表していいものかどうかわからずB庁などと表現していたが、今日新聞に公表されたからこの日記に書いている次第です。
今、映画『すかぶら』文化庁助成内定を弾みにし、この企画を現実化するという使命に燃えざるを得ない。 |
| 2005年4月11日 駆けずり回る |
今日は多少肌寒く(これが普通の陽気か?)、朝から暗くなるまで飯塚市周辺を駆けずり回った。
朝9時にT県議事務所、10時にK歯科技工専門学校、昼前に飯塚市役所記者クラブ、その後毎日新聞筑豊支局、飯塚文化連盟、15時ごろ遅いラーメンの昼食を食べ、嘉穂劇場、飯塚商工会議所を回った。
5月7日クランクインと待ったなしの状況で、大きな資金調達と比較的小さな資金調達で駆けずり回るつもりだったが、B庁の助成内定を知らせること(それもしないといけないことではあるが)となった。
これは、資金調達、スタッフィング、キャスティングが余裕のある同時進行から、同時重複進行になったということであり、同時混濁進行とならないようにしたいものだ。 |
| 2005年4月10日 第2次・最終オーディション |
今日は映画『すかぶら』の第2次・最終オーディションの日で、午前中は資金調達の件でT君とお茶を飲み、12時にはアシスタントの内野君、カミさん、娘とともに飯塚アイタウンに向かった。
先々週に子供たちのオーディションをやっていて、今日は配役をその場で決めるつもりで大人のオーディションを開催した。
30名弱の第2次オーディション参加者を一堂に集めて、13時から17時ごろまで、一度の休憩も入れずにオーディションを行った。
警察署長と捜査課長、獅子舞のメンバー、新聞記者の一部、テレビ局の部長とスタッフ、元暴走族のリーダーなどを中心に役を決めていった。
いくつかの役を決めることが出来なかったが、ほとんどの役を決定することが出来て、なかなかいいオーディションだったと思う。
オーディションの後、N新聞社のIさんと日本の国家戦略である一連の法律について語り合ったり、助監督を予定している本田さんとスタッフィングについて打ち合わせをしたり、なかなか充実した一日でした。
皆さん、お疲れ様でした。 |
| 2005年4月9日 暑くて汗が出る |
桜は満開で、気温は28度を超えたようで暑くて汗が出るほどで、冬服から一気に夏服に替えた。
今日は土曜日で確たる動きをすることも出来ず、午前中は穂波町のH叔父、庄内のN君を訪ね、午後は阿部事務局長、内野君、Kさんに事務所に集まってもらい、現在の進捗状況を報告したり明日のオーディションの準備をした。
映画製作を準備するにあたっていろいろなことが起きるが、今回の映画『すかぶら』では飯塚大水害、福岡沖地震、英彦山奉幣殿がけ崩れと神幸祭問題など、致命的事件も含めて実に様々なことが起きる。
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| 2005年4月8日 福岡へ |
今日は東京最終日で、午前中は六本木にあるS社のIさんを訪ね、午後は井之原プロデューサーが来るまでホン直しをし、夕方17時には事務所を出て羽田空港に向かった。
多少実りの少ない1週間だったがそれなりにやるべきことが明確になり、淡い期待感を持つこともなくなり、無駄口たたく時間もない毎日だった。
羽田空港には出発1時間前に到着して、まず通路側の席を確保し、喫煙所で夕刊フジを見ながらタバコを2本ばかり吸い、手荷物検査を済まして待合室で生ビールを飲み、喫煙所で3本ばかりタバコを吸って機内に入った。
機内では缶ビールを飲みながら、シナリオを細かく直した。 |
| 2005年4月7日 桜が満開 |
今日も暖かく、目黒川沿いの桜並木は満開になっていてお花見気分だが、朝から晩まで仕事をしていた。
午前中は新宿富久町にあるH社のUさんとKさんに会い、午後は井之原プロデューサーと合流して衆議院会館にA代議士秘書のNさんを訪ねてお礼を言い、五反田に戻ってI社のTさん、Oさん、技術スタッフの人たちに会い(紹介された)、夜は今井・白井キャスティングプロデューサーも加わって打ち合わせ。
キャスティングは微妙である。
その人がいいのだが、その人は僕と多少異なるものを求め、微妙にかみ合わない。
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| 2005年4月6日 ホン直し |
今日は資金調達のためのスケジュールが入ってなく、午前中は事務所でホン直しをし、午後からは井之原プロデューサーとともに女優のM・Mさんのお宅にお邪魔した。
14時から19時まで約5時間、みっちりホンの打ち合わせをしたが、僕としてはいい経験をしたと思っている。
今日は暖かく夏のような陽気で、半そでの人と冬着の人が同居した光景が見られ、僕は冬着の人だった。
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| 2005年4月5日 スタッフに考えさせたらいい |
今日の午前中は電話で連絡を取りながらシナリオの直しをしたり、お昼前に録音技師のHさんと会って昼飯を食べたり、夕方からは井之原プロデューサーと一緒に神田にあるN社のS会長を訪ねて資金調達の打ち合わせをしたり、夜は近所の飲み屋に出ることなく一人で飲んだ。
日本映画界を代表する録音技師のHさんとは30年近い付き合いで、映画製作上において最終段階となるダビング現場を何度もご一緒して、映画のいろはを色々教えてもらった。
Hさんとの付き合いの中で、「スタッフに考えさせたらいい」というHさんの言葉の意味は重要で、とてもクリエイティブであり基本的であり、僕は今もそうしようと思っている。 |
| 2005年4月4日 空中戦へ |
福岡での熾烈な地上戦は続いているが、東京での空中戦をどのように有利に戦うかが問題であり、僕は自分が監督できる状況を作るために頭脳を研ぎ澄ましている。
午前中にN社のS社長と電話で話し、お昼ごろ渋谷の日本映画監督協会を訪ね、小竹町出身のMさんと一緒に青山1丁目にあるソニー系のBOM社のK部長に会い、夕方からは井之原プロデューサーとともにI社のTさんと打ち合わせをした。
夜はホン直しといきたいところだが、待ったなしの状況を迎えているモード全開の田舎プロデューサーとしては心を静めるために一杯飲む必要があり、近くの焼き鳥屋に行って1時間ほど飲んだ。
事務所に戻って風呂に入り、この日記を書いている今の時間は22時40分ぐらいで、まだそう遅くはない時間だが疲れ果てていてホン直しをやる気になれず、出来るだけ早く寝て力を蓄えようというところか・・・。 |
| 2005年4月3日 東京の日曜日 |
天気予報では今日は雨だったように記憶しているが、一日中春の日差しがあり、気温は暖かく、目黒川沿いの桜も咲き始め絶好の行楽日和の日曜日だった。
でも僕は、昨日お会いした女優M・Mさんと話したことに沿ってシナリオを手直しする必要があり、五反田周辺にある2軒の喫茶店をはしごしながら、一日中パソコンに向かっていた。
映画監督、シナリオライター、プロデューサー、代表理事など僕はいくつかの顔を持っているが、その顔がすべてきわだっておらずときに融合するようなことがあり、なす術がない子供のように不安な気持ちになることもあり、そうならないために頭をいつも整理整頓しなくてはならない。
今日はどこからも誰からも電話がなく、「コーヒーとホットドッグ」「コーヒーミディアム」「ハイライト3個」以外一言も喋っていないが、いくつかの顔が融合することもなく安定した精神だった。
明日からはどうだろう? |
| 2005年4月2日 女優 |
テレビ・ラジオ・新聞は強い者のメディアであり、弱い者には何の役にも立たず、インターネットは弱い者が戦える唯一のメディアであると思う。
ライブドアがニッポン放送やフジテレビを買収したいのは、強い者と弱い者のメディアを持ってすべてを支配したいことの表れでよく理解できるのだが、コンテンツ製作者としては免許制度に乗っかって傲慢不遜になった流通業者と、弱い新興流通業者の浅ましい小競り合いのように見える。
今日は午後から女優のM・Mさんに会う予定があり、五反田駅近くの喫茶店で映画『すかぶら』の決定稿を脱稿以来4ヶ月ぶりに読み直し、午後2時前に白金台にある都ホテルに向かった。
僕と井之原プロデューサー、今井・白井キャスティングプロデューサー、M・MさんとHマネージャー総勢6人がホテルロビーに集まり、コーヒーを飲みながら約3時間ほどの時間が過ぎた。
僕はこれまでプロデューサーとして少なからぬ女優さんと会って来たが、実績のある女優さんと監督として対面したことは少なく、M・Mさんとの対面は男が試されているような不安感とやる気が交錯し、うぶな少年のような気分を味わせてもらった。
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| 2005年4月1日 東京へ |
今日は東京行きの日で、朝から添田町役場を訪ねてS助役と会い、そのまま田川市に向かって母里さんと落ち合い、新しく出来たギャラリーを訪ねておいしいコーヒーをご馳走になった。
4月になっていよいよ待ったなしの状況だが、先月末に大きな朗報(まだ発表できない)もあり、プロデューサーとしてやりがいのある日々が続いている。
一度事務所に戻り、発表できない朗報を数十人の人に電話で伝え、16時前に家を出て福岡空港へ向かった。
20時半には五反田の事務所について、隣のセブンイレブンでビール、焼酎、牛乳、野菜ジュース、お茶などを買い、部屋で一杯やろうかと思ったがさみしくもあり、豚レバー焼を食べたくもあり、五反田駅の近くにある焼きトン酒場に行った。
店は満員状態で、仕事を終えた4人の営業マンたちの席に同席させられて、営業のテクニックや事例を挙げて営業の本質について語りあう熱い会話を聞きながら、久しぶりにホッピーを飲んだ。 |