1999年 12月 11月 10月 9月 8月

今日の見聞禄
2003年2月28日 月末はあわただしい
 いつも月末はあわただしいが、今月は28日まででよりあわただしく、朝から車でうろちょろしていた。
 この間は「もう、そろそろ引退する年代で、地道な道を選んだ方がいいのではないか」とおじさんから言われたが、今日は「あんた、元気がいいバイ」とガス会社社長のAさんから言われた。
 どちらがどうではないが、リタイアできる身分ではないし、死ぬまで自分が思うことを実現して行こうと思っているが、自分でも本当に元気がいいと思う。
2003年2月27日 田川市へ
 今日の午前中は穂波町のおじさんのところに行って、午後は田川市方面へまわった。
 まず筑豊ボクシングジムの井上会長のお宅を訪ね、田川市長選挙に出馬表明している伊藤信勝さんの事務所に行った。
 今は統一選挙を控えているので、どこも選挙の前哨戦が始まっていてあわただしいが、県知事選・県議選・市長選・市議選のある田川市も喧しい。
 東京から戻って10年になり、気が付くと筑豊各地で友人・知人が選挙に深くかかわっていて、僕もやっと地域の人間になっているのかもしれないと思った。
 そして同時に、そこになじまないで、外に向かって行動する必要があると改めて思った。
 
2003年2月26日 21世紀のあすを語る
 今日は曇りがちの天気から雨が降ったりしたが、13時過ぎから遠賀川の川原でNHKの取材があった。
 番組は3月3日放送の「ニュースシャトル北九州 21世紀のあすを語る」(18時10分から)で、インタビューは30分テープ2本弱ぐらいだったが、これを6〜7分に編集して放送されるということだ。
 僕が東京から戻って10年間のあらましと、今年から来年にかけてやろうとしている映画のこともしゃべっているので、もし視聴可能な方は観てください。
2003年2月25日 散髪
 今朝起きて、新聞を読みながらNHKの「おはよう日本」を観ていたら、飯塚雛まつりの模様が全国中継されていた。
 全国ネットのいいニュースで、朝から気分がよかったが、仕事は大してはかどらなかった。
 朝10時にコンピュータウンが開店するのを待ってプリント用紙を買い、とりあえず80枚のシナリオ2部をプリントアウトし、1部を穂波町のおじさんの家に届けた。
 午後は、明日テレビの取材が入っているので、直方市へ4ヶ月ぶりの散髪に行き、その後、連合のHさんを訪ねてもう1部を渡した。
 このところは春のような陽気が続いている。
 
 
2003年2月24日 四六時中
 映画を作る人間としては当たり前のことだが、四六時中シナリオの内容を考えている。
 すでに物語の構成を決めているから、内容はストーリー展開ではなく、人間と人間が出会ってどのような新しい世界を生み出すかである。
 映画は総合芸術であるといわれるが、それは結構多額のお金を必要とするということであり、映画を作るということはきわめて世俗的な営為といえます。
 俗っぽいことをベースに、クリエイティブな能力を発揮出来るかどうかが問われ、気分はもう戦争です。
2003年2月23日 頼まれもしないのに
 いつも、人に頼まれもしないのに何かやっている。
 今に始まったことではないが、フリーランサーとしては何かやってないと家族を養っていけないし、このところはパソコンに向かってシナリオを書いている。
 人に頼まれていないから、ちっともお金にならず持ち出しばかりかさんでいるが、寝るとき意外は書き続けていて笑ってしまう。
 最近、ちょっと気になるのが、またアクセスうが増えていることである。
 
2003年2月22日 一日中家
 今日は土曜日で、いろいろ人に会うつもりだったが、誰とも連絡が取れなかった。
 雨も降っていたし、シナリオの書き直しもしたかったし、結局一日中家にいてパソコンに向かっていた。
 12時間ほど集中してシナリオの書き直しをしたから、ようやく印刷にまわしていい第1稿になっているかもしれない。
 明日の朝、通して読み直すことにする。
2003年2月21日 直方市へ
 16人の市会議員か市民かは知らないが、贈賄事件で逮捕された有吉市長の減刑嘆願運動が始まっているというニュースを聞き、とりあえず直方市に行ってみた。
 街の様子は普段と変わらなかったが、少し静かな気配が漂っていたように感じた。
 中村幸代後援会事務所に行ってみたが、戦うべき相手が勝手に足を滑らせて負けてしまい、闘志をどこにぶつけたらいいのか分からず、当惑している力士のような雰囲気があった。
2003年2月20日 山は雪
 今朝は寒く、午前中は霙模様の雪で、周辺の山々は白く積雪していた。
 直方市の市会議員16人が、逮捕されている有吉市長の続投を要望という記事が出ていたが、あきれた議員たちで恥ずかしい。
 こんな話も何処かで聞いた。
 「お金を貰う増収なら問題だが、市のためにお金を渡した収賄では、有吉さんがかわいそうだ」とか「ふが悪かった」とか。
 
2003年2月19日 日記を書くのを忘れていた
 日記を書いたつもりだったが書いてなくて、20日の夜になって書いている。
 きっとこの日もホンを持って、飯塚あたりをうろちょろしていたに違いない。
2003年2月18日 プリントアップしたホンを持ってうろちょろ
 昨日はセイゴの第1稿を印刷して販売すると書いたが、まだ性根が座らず、「そんなことをして、良いのだろうか?」と聞いて回った。
 情けない。
 でも、何人かの人に会いながら、「そげなんことして良いとな?」とか「協力するよ」とか言われて、少しずつ性根も座ってきたかなと思う今日この頃である。
 だが、自分にしか出来ない動きであり、自分ではたまらなく面白くて、毎日が楽しい。
2003年2月17日 ホン
 シナリオのことを「ホン」という。
 ホンは本ではなく、撮影を前提としたホンは準備段階で、「第1稿」とか「準備稿」とか「決定稿」とか名前を変えながら、最終的な撮影を迎えることになる。
 スズキという魚にたとえるなら、セイゴ・フッコ・スズキと成長するが、第1稿はセイゴである。
 セイゴは魚屋で売り買いされているが、第1稿は売り買いされていない。
 僕は、第1稿を販売するつもりである。
2003年2月16日 全国版
 今日は日曜日で、本当は私用で朝からばたばたしていたのだが、直方市長逮捕の二ユースにはかなわない。
 西日本新聞は一面トップで、朝日新聞の朝刊も一面の左肩に直方市長逮捕の記事が掲載されており、一夜にして全国的なニュースになった。
 情けないといえば情けないが、一寸先は闇という政治の予想もつかない展開で、田舎の映画人としては悪い状況ではない。
 良きにつけ悪しきにつけ、全国版を飾ることは難しいからだ。
2003年2月15日 直方市長逮捕
 今日は余裕のない一日で、朝からうろうろしていたが、直方市長逮捕が今日の一日を決めた。
 たまたま夜9時ごろ、NHKの「テレビ放送50周年記念ドラマ」をBGMのように観ていたら、贈収賄で直方市長逮捕がテロップで流れびっくりした。
 話し合いで市長になり、2期目も無投票で市長であり続ける人に疑問を持っていた僕は、昨年暮れに市長選に立候補宣言した中村幸代さんに肩入れしていたので、NHKのテロップにとても驚いた。
 その後、11時15分のNHK全国ニュースではトップ扱いとなり、ほかのことを書くつもりだったが、直方市長逮捕ニュースの前ではかすんでしまった。
2003年2月14日 じっくり
 今日は朝から福岡へ行って、友人のO君と会って一緒に昼飯を食べてから、そのまま飯塚へ戻った。
 天気がよく、春のような陽気で、パソコンのやりすぎで眼が痛く、車を停めて昼寝がしたいような気分だったが、一日中車でうろちょろしていた。
 「じっくり本を書いたらいいんじゃないの」
 「イエス・・・でも、干上がってしまう」というのが本音で、飯塚近郊をうろちょろする。
2003年2月13日 結構面白い
 僕が作った「筑豊原色図鑑」という本を評価していただいているお二人が会いたいということで、今日は朝から宗像市へ行った。
 「地域を描いた本ではぬきんでていて、もっと他地域の人も見た(読んだ)ほうがいい」とのことで、とりあえず20冊ほど預けてきた。
 嬉しいし、元気が出る一日でした。
 そして、「すかぶら」のシナリオを読んだ別の二人の人が、結構面白くなるんじゃないかといってくれたから、今日は人生のターニングポイントになるのじゃないかとまで思った。
2003年2月12日 余裕がないから
 友人のT君に『すかぶら』を読んでもらったが、余裕がなくて書いたシナリオになっているみたいだ。
 カミさんとT君の反応はよく似ているようで、顔にに面白くないと書いてあった。
 一方僕は、これから面白くできるという読みがあり、少し時間を置いて考えてみることにした。
 余裕がないから、ほんの少しの時間だが・・・。
 
2003年2月11日 朝までかかって
 昨夜から今朝まで途中何時間か眠ったけど、誰からも頼まれていないのに、ずっとシナリオを書いていた。
 年が明けてから毎日がこんな風で、ストレスは最高にたまっているが、どこにも誰にもはけ口がない。
 とにかく、シナリオに没頭していて疲れ果てている。
 今日はこれまで・・・。
2003年2月10日 福岡へ
 今日は朝9時過ぎに福岡へ向かってHさんに会い、その後O君と昼飯でも食べようかと思ったが携帯に連絡がつかず、そのまま飯塚に戻った。
 途中、八木山高原の日吉庵によってザル蕎麦を食べ、庵主のN君と2時間ほど談笑した。
 N君は、夕方から山口県の川尻岬にメバルを釣りに行くとのことで、楽しそうだった。
 夕方からは直方に行こうかと思ったが、ハウスメーカーのT君のオフィスに行った。
 あてどなく、右往左往している一日だった。
2003年2月9日 田川へ
 今日は田川市長選挙に出馬する伊藤信勝さんの事務所開きがあったので、朝10時前には家を出て田川市に向かった。
 約1時間半ほどセレモニーがあり、ずっと立ちっぱなしで腰が痛くなったが、3月下旬から4月にかけての陽気で、1000人以上の参加者は暖かさに救われた。
 帰ってからは、夜までパソコンに向かって、シナリオを書き直した。
 途中テレビをつけっぱなしで、東京国際マラソン、ラグビー日本選手権などを断片的に見ながら、10時間ほど集中することが出来た。
 
2003年2月8日 雨
 今年の冬は雪が降ったり寒い日があるが、結局暖冬だと思う。
 今日は朝から曇りで、お昼前にはしのつくような雨になり、うっとうしい土曜日だった。
 今日は、そんなに冷たくない雨を見ながら、「すかぶら」という作品のスケジュールを組んだり、お金の算段をしたり、内容を考えるという異なる作業を同時並行で考えた。
 途中、高校時代の友人のN君を訪ねたり、ほかの人の意見を聞きながら自分のスケジュールを組もうとするが、まだこれからのことである。
2003年2月7日 「すかぶら」というタイトル
 今年になって書き始めたシナリオのタイトルを、カミさんの助言で「すかぶら」とすることにした。
 「すかぶら」という言葉は、筑豊地方特有のある人物像を言い表していて、スカッとしてブラブラ遊んでる人という意味である。
 僕が歴史学者のヨハン・ホイジンガーの「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」や暗黒舞踏家の土方巽を持ち出して、世界に通じるように普遍化したい人物像である。
 出来るかどうかが勝負である。
2003年2月6日 特別書くことも無いが
 今日は特別書くことも無いと書いてはいても、本当は大事なことがいっぱいあるのだが、なかなか本当のことは書けない。
 となると、手短に、当たり障りのないことを書くしかない。
 今日は朝起きたら、5センチぐらい雪が積もっていて、車を出すのに手間取ったが、僕にも地域にも、特別大きな支障があったわけではなさそうだ。
 では、また明日・・・。
2003年2月5日 生みの苦しみが始まった
 生みの苦しみはきついが、そこから生まれる新しいものの出現は大きな喜びがあり、その辺のところでめげたり興奮したりしている。
 今日、東京スタッフの井ノ原君と電話で話していて、電話代がかさむと思い僕がこちらから電話しようかと言ったら、YAHOO!の何とかという電話に入っているから、何時間話そうと電話料金は気にしないでくださいと言われた。
 ということでいっぱい話したが、NTTは何で必要以上にお金を取るのだろうか。
 生みの苦しみが始まるとき、東京にしょっちゅう電話をしないといけないとき、長距離電話料金を取られないという通信システムはありがたい。
 
2003年2月4日 福岡市へ
 今日は曇り空で、時折小雨が降る天気が一日中続いた。
 午前中は家の事務所で資料整理をして、その資料を持って、午後からは福岡市へ向かった。
 何しに行ったかはまだ書けないが、映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』のテレビ放映権について、某テレビ局を訪ねていろいろ相談した。
 2時間ほど、自分の考え方とこれからのビジョンを話し、テレビ放映についていくつかのアイディアを提案し、夕方には飯塚に戻った。
 ということは相談なんかしていないということで、自分の思っていることを披瀝しただけだった。
2003年2月3日 動きがなさそうだが
 今日は、大体一日中家に居た。
 ただ、午後になって筑豊ボクシングジム井上会長がお見えになり、夕方には飯塚市役所のTさんを訪ね、僕の映画作りと街づくりについて2時間ほど喋った。
 たいした動きではなさそうだが、井上会長との会話から明日RKBに行くことになったし、飯塚市のTさんには僕が考え実行している映画作りの基本を伝えることが出来た。
 面白くはずむか、映画の人間が勝手に動いているのか、近々はっきりするかもしれない。
2003年2月2日 いっぱい寝た
 昨夜は11時半頃寝たが、起きたら朝8時半を過ぎていて、9時間あまり眠ったことになる。
 特に前日睡眠不足だったわけでもなく、久しぶりに9時間も寝てしまったが、やはり疲れているのだろうか。
 起きたら、カミさんがテレビを観ていて「スペースシャトルが空中爆発した」と言った。
 カミさんによると、昨夜遅くニュースで報道されていたということで、相当遅れてこの事故を知ったことになる。
 気がついたことは、事件が重大なことでも、ちょっと遅れるとうそっぽい事柄に見える。
 ベトナム戦争が終わったことをしばらく時間がたって知った僕は、今でもうそっぽい戦争だったような気がしている。
2003年2月1日 人に言えないことばかり
 本当は何でも人に言えるのだが、仕事によっては人に言ったことが分かると、秘密でも大したことでもないのに、オミットされることがある。
 東京ではそうだった。
 企画を複数の相手に持っていくことは出来ず、1社に持っていって断られたりすると、絶対他社には持っていけない。
 再来週あたり、東京に企画を持っていくつもりだが、今はどうなっているだろう。
 あんまり期待していないのでなんということはないが、そんなつまらない社会を続けるのはよくない。