| 2002年9月30日 遊び疲れ |
休み明けは遊び疲れが顕著である。
普通なら、土日が休みで休養を取り元気を取り戻すところだろうが、僕はと言えば、海に向かって思いメタルジグを力いっぱい投げては急いで巻き上げる繰り返しで、月曜日は遊び疲れから回復するのに汲々としている。
今日は一日中飯塚市で、飯塚観光協会と飯塚市役所を訪ね、NホテルでT君とお茶を飲み、筑前茜染めの石場さんに付き合い、夕方には家に戻って企画ノートを広げる。、 |
| 2002年9月29日 ソルトルアーフィッシング |
今日は朝からカミさんを伴って海に行った。
遠賀川河口、汐入川、鐘崎港、福間海岸をはしごしながら、一日中ジグやらミノーやらワームを海に向かって投げ続けた。
ソルトルアーフィッシングは難しい。
一日中投げ続けて一度も当たりがなく、450円のメタルジグを3個失い、それと共に1個150円のローリングスイベルと補助針も海の底で、心身ともにくたびれ果てる感じである。
しかし、福間海岸の魚売り場で生きのよい大きなカワハギを2匹買って帰り、肝和えの刺身と鍋にして食べたら得したような気になり元気が出た。 |
| 2002年9月28日 ハタケシメジ |
今日は朝10時過ぎに家を出て英彦山に行き、今年初めてのハタケシメジを採り、そのまま津屋崎海岸に向かい、28グラムのメタルジグで鰆を2匹釣り上げた。
福岡県の端から端まで行き来するようなことになり、結構な強行軍だったが、山のものと海のものをとるためには仕様がないところである。
夕食は鰆の刺身とハタケシメジのすき焼きで、気持ちよく満腹。 |
| 2002年9月27日 夏バテ |
今頃になって夏バテが出ているのかもしれない。
涼しくなって発汗が少なくなり、大して飲んでないのに毎朝酒が残った感覚があり、昨日なんかは夕方にやたら唾液が出て気分が優れなかった。
4日連続して釣りをしたときも、最終日は反吐が出そうだった。
今日は行橋市に行き、昼はラーメンを食べたが全部食べ切れなかった。
あまり美味しくないということもあったが、体調が微妙によくないようだ。
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| 2002年9月26日 月末 |
毎月のことだが、月末はいつも大変である。
仕事上の支払いに加え、僕が持っているクレジットカードなどの決済が大体27日で、それをクリアーするためにおおわらわとなることがあり、今月もそうだった。
集金は少なく、支払いは多く、ほとんど毎月てんてこ舞いをしている。
今日はまず福岡市のYさんを訪ね、実家に回り、筑豊ボクシングジムの井上会長と自宅で会い、それでもスカブラで飯塚市役所に行って無駄話をした。
夜は、酒を飲みながらソルトルアーの研究。 |
| 2002年9月25日 娘と会話 |
カミさんとも娘と一緒にいることは多いけど、何かないかぎり中学生の娘と正面きって話すことは少ない。
今夜はカミさんも加えて、久しぶりに正面切った。
こういうときは楽しく、わくわくするものがあり、PM20時から22時近くまで楽しい時間が持てた。
昨夜はジャイアンツが優勝したが、その前に日記を書いており、その話題に触れることが出来なかったので、今夜書いておきます。
試合途中でヤクルトが負けてジャイアンツの優勝が決まったが、勝って監督胴上げをしたいジャイアンツと阻止したいタイガースがまともにぶつかり、結果的に阪神が前田の暴投でサヨナラ勝ちをした。
絶妙の試合終了で、阪神応援団の六甲おろしが球場全体に響き渡り、原監督の胴上げには1塁側3塁側から歓声が上がり、近来まれにみるとてもいい試合で面白かった。
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| 2002年9月24日 冷え込んだ |
昨夜から冷え込みそうだったので秋用のパジャマに着がえていたが、タオルケットを体の下にして毛布だけをかぶって寝たから少し寒く、朝トイレに起きてそのまま眠ることが出来ず結果的に寝不足状態の1日だった。
朝1番に、10月27日に開催される「飯塚どんたく宿場祭り」にゲスト出演する高樹澪さんの事務所の社長と連絡をとり、飯塚市役所の商工観光課を訪ね、上映会の後始末のために宗像市役所に行った。
風がなく、なぎ状態の海を思い浮かべたが、要件を済ませるとそのまま飯塚に戻った。
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| 2002年9月23日 門司港 |
飯塚市役所のルアーマンTさんが「門司港13号岸壁」いいと言っていたので、カミさんと娘を誘ってお昼前に出かけた。
13号岸壁の端(ここがポイントだと思うが)には投げ釣りの親子が入っており、大きな船が係留してあり、おまけに今日も風が強くて海面は波立ち、大潮なので潮は川のように流れ、釣る前から釣れなさそうな予感がした。
予感通りで、何の当たりもなく、ただメタルジグを投げ込んでは巻き上げた。
途中から関門橋の下辺りに移動したが、ナブラも鰆が飛び跳ねることもなく、一度も当たりがなかった。 |
| 2002年9月22日 釣川・鐘崎港・波津港 |
娘は福岡ドームに友人たちと出かけ(友人のお父さんの運転で)、僕は朝からカミさんを誘って玄海灘方面に向かった。
天気はいいのだが玄界灘は北東の風が強くて釣り辛く、ナブラも接岸せず、小さなエソが40グラムのメタルジグに食いついてきただけだった。
夜は、MさんとAさんと共に、田川市のU邸にお邪魔した。 |
| 2002年9月21日 福間・津屋崎海岸 |
僕が現在住んでいる飯塚市幸袋から福間・津屋崎海岸までは約30キロちょっとで、車で45分ぐらいのところにあり、ちょっと仕事をサボって魚釣りが楽しめる。
でも今日は土曜日で、堂々と気晴らしをかねてカミさんと一緒に釣りに行った。
でもこんな状況はあまり好きではない。
早朝出発して、朝から暗くなるまで海岸にいたいタイプなのである。
今日の釣果は、僕が福間海岸で28グラムジグで鰆1匹、カミさんが津屋崎漁港でソフトルアーでカサゴ1匹というものだった。
キス狙いの青イソメも買っていたが、風が強く、釣り人も多く、ルアーと投げ釣りは出来なかった。
ロストルアーは40グラムジグ2、28グラムジグ2、ソフトルアー及び仕掛け数個で、関連の小物を入れるとなかなかルアー釣りも大変だ。 |
| 2002年9月20日 津屋崎港 |
朝11時に若宮町のMさんとスこーれ若宮の喫茶店で合い、一度自宅に戻って昨夜のカレーライスを食べてから宗像市役所に行った。
宗像市役所に向かいながらも海のことが気になり、魚が水面で跳ねる様子が頭に浮かぶのを振り払いながら、玄海灘方面へ車は走る。
仕事を終えて、津屋崎港に着いたのは午後5時ごろだった。
防波堤を偵察すると、ポイントにこませを撒いた「メイタ狙い」の釣り師が二人いて釣り辛く、ちょっと歩くが反対側にある赤灯に向かうことにした。
ナブラも鳴く海は穏やかだったが、潮目に一瞬小さなライズが見えたので、すかさず28グラムのメタルジグを投げてみた。
着底してリールを巻き上げるがあたりはなく、途中でもう一度着底させて巻き上げに掛かったとき、魚の当たりらしい重みが伝わってきたので大きくあわせると、ぐるぐるという抵抗があったので鰆と確信した。
引き抜くと50センチぐらいの鰆で、クーラーを持っていなかったのでリリースした。
その後は大きなエソが来ただけで、海は穏やかだった。 |
| 2002年9月19日 福間海岸2 |
昨夜はこの日記を書いたあと、本を見ながら「ダブルラインの作り方」を練習した。
そして今日は、今日はお昼過ぎまでに仕事を済まして、福間海岸に鰆を釣りに行くつもりだった。
飯塚市役所で鰆の話しをしていたら、KさんとTさんが早引けをして、一緒に行くということになった。
カミさんは、「どうせあんたが面白おかしく話したんでしょ」と言う。
福間海岸には午後3時過ぎに着いたが、すでに鰆の回遊は終わろうとしていた。
「今日は昼から鰆が回遊して来て3時には終わったね」というのが、先に来ていたルアーマンの言葉であった。
それでも、ルアー歴20年以上のTさんは2匹の鰆を釣り上げ、Kさんはエソ1匹、僕は当たり2回という結果だった。
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| 2002年9月18日 福間海岸 |
朝から家を出て古賀市役所に行った。
以前から約束の、鞍手乳児院建て替え支援募金箱20個を、市職労のMさんに渡した。
映画上映会は11月になってから会議にかけるとのことで、初めて募金活動が先行する。
その後は「すかぶら」で、どこかルアーがやれそうなところはないかと、強風の志賀の島を2周した後、風の具合がよさそうな福間海岸に向かった。
海岸はこれまでになく活気に満ち溢れていた。
このところ姿を見せなかったおなじみのルアーマンたちが集まり、多少殺気立った様子で、40グラムのジグを海に向かって投げていた。
海面は適当に荒れ、鰆の群れが通りかかっており、数分に1匹という頻度で50〜60センチの鰆がジグにヒットした。
しばらく見物して、鰆の群れが去った頃になって車に戻り、この間手に入れたロッドを抱えて釣り場に向かった。
ラインのクラッシュに悩まされながら、日没までの間1時間半ほどピンク系の40グラムジグを海に向かって投げたら、50センチほどの大きさのえそがヒットした。
太陽が水平線に沈んだ後、もうだめかなと思ったときいい当たりがあったが、惜しくもばらしてしまった。
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| 2002年9月17日 日朝首脳会談 |
今日は日朝首脳会談に尽きると思うが、朝からずっとテレビの前に座っているわけにもいかず(テレビも一日中中継しているわけではなかったが)、T君と会ったり、こまごまとした仕事をした。
それでも多くの時間を使ってテレビを観ながら自分なりに首脳会談を観ていたが、外交上画期的なことであると同時に、拉致問題(拉致された人のうち生存者が4人、死亡者6人)の結果に世論がどう反応するかについて明確な意見を言う識者がおらず、悪い意味でニュースのワイドショー化がますます進んでいると感じた。
また、テレビを観ながら、多分に外交上のできレースだったのではないかと感じた。
感じたというのは、考えるほどの材料を持ち合わせていないからだ。
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| 2002年9月16日 大雨警報 |
今日は雨模様の中、昼前に家を出て中間市のAMCに向かったが、市内に入る頃から凄まじい雨になった。
映画『ピンポン』を観たいという娘をAMCで降ろし、カミさんと二人で遠賀川河口に車を走らせた。
河口付近に着いたときは空も白く、雨は大して降っていなかったが、釣りの仕掛けを作り始めると降り出し、そのうちに激しい雨になっていった。
映画を観終わった娘を迎えに行って、再び釣り場に戻る予定だったが、激しい雨はますますひどくなる一方で、やむなく飯塚に戻った。
家に帰ってテレビをつけると、福岡県全域に大雨洪水警報が出されていた。 |
| 2002年9月15日 日曜日 |
大体遠出をするときを除いて、日曜日は「報道2001」に始まり「サンデープロジェクト」「日曜討論」「サンデープロジェクト」などテレビ観戦なのだが、今日は電話で起こされ朝から出かけた。
午後からは海に出かける予定だったが、すべて予定が狂ってしまい、特別何をするまでもなく、日曜日が終わった。
直方市のNさん、筑前茜染めのIさん、Aさんと連続して会い、その後カミさんの買い物に付き合い、釣り道具屋に行って海のルアー竿を手に入れた。 |
| 2002年9月14日 企業組合 |
このところ企業組合について勉強していたが、昨日飯塚市で開催された中小企業団体九州大会の中小企業団体中央会が、仕切っている団体だった。
このことでわかったのは、社会の仕組みを本当に知らない自分がいるということだ。
勉強と言ったって、インターネットのサーチエンジンを使って調べるだけのことだが、ほとんどのことはネット上に載っていて、改めてIT社会であることを実感する。
企業組合は面白い。
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| 2002年9月13日 第46回中小企業団体九州大会 |
今日飯塚市に九州・沖縄一円から2000人あまりの人が集まった。
第46回中小企業団体九州大会が飯塚市で開催され、主要開場の飯塚コスモスコモンの駐車場には関係県のナンバーをつけた車でいっぱいで、僕が宗像市から駆けつけたのは午後13時50分頃になっていたが、4階上の駐車スペースしか空いてなかった。
また、飯塚コスモスコモンは関係者でいっぱいだったが、一般の人の姿は僕だけで、せっかく県内外から多くの人が飯塚市に来てくれているのだから、もう少し歓迎の方法があるのではないかと思ってしまった。 |
| 2002年9月12日 笑い |
深刻な事態でも笑いに変えてしまおうとする僕がよく出たのが映画『パンツの穴』だと思っている。
つかこうへい氏の『熱海殺人事件』を映画化したのも、そのような僕ならではのものだと思っている。
映画『スーパー・ハイスクールギャング』は、そんな僕からすると少し笑いがない映画である。
今、自分にとって笑いがどういうものかを再び考えながら、新しい企画を考えている。 |
| 2002年9月11日 宗像上映会終了 |
朝からカミさんは今日の宗像上映会に必要なこまごました準備をしていたので、特別やることのない僕は飯塚市役所に行った。
中小企業団体九州大会が、明後日(9月13日)に飯塚市で開催されることを新聞で知ったからだ。
2000人あまりの人が集まるということで、わが『筑豊原色図鑑』役に立つ(お土産として)のではないかと思った。
車を出してから、明後日のことを今頃と苦笑しながらも出かけて行って、別の話しをしてきた。
15時ごろには宗像ユリックスに行き、いつもの上映の設定をした後、不安な気持ちでお客さんを待った。
今日は9月11日で新聞もテレビもニューヨークのテロ事件の特集ばかりで、とんでもない日を上映会に選んでしまったと悔やまれる。
ユリックスの事務所で開いている日を調べていたらこの日が開いていて、その日が世界が変わった日とは気が付かないで決めたのだった。
でも、何のトラブルもなく上映会が終了できて、とりあえずはよかったである。 |
| 2002年9月10日 上映前日 |
どんな上映会でも、全国一斉公開のときでも、前日になるとじたばたしてもどうしようもないものである。
明日は宗像上映会の日で、最後の挨拶回りというか、お願いというか、悪あがきというか、午後から宗像方面へ向かった。
宗像市役所、宗像市商工会に行き、宗像青年会議所のMさんとは連絡がつかず、福間海岸に行って釣り見物をした。
釣り見物だけでは飽き足らず、生後を狙って河口でルアーを投げた。
河口は浅く、コノシロが遡上しているだけで当たりはなかったが、一度だけセイゴト思われる魚影がフローティングミノーを追ってきた。 |
| 2002年9月9日 梅酒 |
昨夜、焼酎が切れてしまっていくつかある梅酒の中から1本のビンに入った甘い梅酒をグラスに2杯ほど飲んだら、朝から頭がはっきりせず、いつまでも眠いような状態が一日中続いた。
だからと言うわけではないが、新しい企画の物語がちっとも動かず、大学ノートの前でうつらうつらすることになった。
今もそうで、やけに眠たく、新しい酒を注入しているのに、昨夜の梅酒の味が口中で蘇っている始末だ。 |
| 2002年9月8日 家族で福間海岸に |
朝はサンデープロジェクトなどニュースを観て、昼からは家族そろって福間海岸へ魚釣りに行った。
天気はよく風が少し強かったが海は穏やかで、釣り公園には大勢の釣り客が着ていた。
2本の投げ竿を用意し、青イソメの餌で釣り始めると、1投目に海岸に近いほうの竿に大きな当たりがあり、すぐに合わせると形のよいキスが掛かった。 夕方19時までの釣果は、形のよいキス3匹、小鯛2匹、23センチほどの舌ヒラメ1匹、50センチほどのエイに似たサメ(エイかもしれないが、肌がざらざらしていた)で、久しぶりの楽しい釣りだった。
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| 2002年9月7日 変更から変更 |
企画はめまぐるしく変わる。
こういうことはあまり感心できないが、よくあることで、しょうがないことでもある。
T君と会って企画の話しをしたら、大きなヒントがあった。
主人公の一人を小学生にするというアイディアで、一挙に問題が解決すると同時に、俄然物語が面白くなりそうな気がしてきた。
夕方から夜中まで、大学ノートに向かう。 |
| 2002年9月6日 企画書作り |
今日は朝から企画書作りをした。
本来なら宗像方面に出かけて最後までチケット販売をしないといけないところだろうが、販売先がなく昨日・1昨日と無駄な動きをしたから、ここは落ち着いて新しい企画書作りに精を出したというわけだ。
夕方になって行き詰まり、煙草を買うついでに笠置ダムに行ってワームを放り込んだ。
1投目に幸先よくいい形のバスがきたが、それ以降は一度も明確な当たりがなかった。 |
| 2002年9月5日 すかぶら |
今日も暑かったが、10時前には古賀市へ向かった。
チャリティー古賀上映会の日取りを決めるためだが、組合の執行部の改選が9月10月にかけてあるため、上映会は11月以降ということになった。
途中、稲築町のNさんから携帯に電話があり、稲築町での上映会の打ち合わせをしたが、まだ詰めの話が残っており後しばらくかかりそうだ。
古賀市役所の後、宗像市役所に回りKさんと会ったが、後はすることが見つからず、鐘崎港、神湊、福間の海岸で釣りを見物した。 |
| 2002年9月4日 暑い日が続く |
9時半頃家を出て宗像方面に向かった。
車はガス欠状態で、まず燃料を入れないといけない状態だったから、宗像から65円の軽油を求めて岡垣町のセルフGSに向かい、久しぶりにMTVに寄ることになった。
お昼近くまでMTVにお邪魔し、ココナツジュースをご馳走になったりして、宗像市に向かったが、チケット売りはままならない。
コンビニで牛乳とサンドイッチを買い、暑いので車のクーラーをきかせながら昼食をとり思案していたが、訪ねなければならなかった津屋崎小学校を思い出し、東郷から山越えで津屋崎町に向かった。
一時期は涼しい夏になっていたのだがこのところ暑い日が続き、一日中くらくらしながら、チケット販売で玄界灘の海岸線を走りまわった。 |
| 2002年9月3日 毎日注文がある |
最近、毎日のように、僕が5年前に作った『筑豊原色図鑑』(インターネット価格2500円、送料無料)という本の注文がある。
とても嬉しいことなんですが、インターネットで特別セールなんかしていないのに、口コミがあったみたいに集中する。
数ヶ月も注文がないのに、突然、脈絡もなく、各地から注文のメールがあるのはどういうことかわからない。
インターネット価格1冊2500円(定価2940円)の本が毎日売れると、ハッタリかましてはいますけど、地方を拠点とするフリーの映画プロデューサーとしてはとても助かります。
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| 2002年9月2日 大学ノート |
大判の大学ノートが好きで、新しい企画を考えたり、シナリオを書くときに使用する。
午後からは若宮町のMさんやJA福岡中央会の会長などに会う予定があったが、午前中はこれといった動きもできず、『パンツの穴 筑豊編』の企画書作りをした。
大判の大学ノートを開き、箇条書きに事柄を並べたり、エピソードを書き留めたり、人物相関図を作ったり、キャラクターを決めたり、そのキャラクターに台詞を言わせたり、決して消しゴムで消すことなく新しいページに書きつづっていく。
その積み重ねと、さまざまなアイディアが相互作用して、新しいものを導き出そうと思っているが、今のところ静かなものである。 |
| 2002年9月1日 11年目を迎え |
今日で、東京から戻って11年目を迎えることになった。
ギアチェンジをしなくてはならないが、今日は日曜日でもあり、午後から福間海岸に行って釣りをした。
台風15号の余波が残っており、海岸は風が強く、大きな波が岸壁に打ち寄せ、時折波しぶきが降りかかってきた。
常連のルアーフィッシャーたちの姿は見えなかったが、親子連れなどサンデーアングラーたちが思い思いの釣りを楽しんでいた。
青イソメを餌に、大波が打ち寄せる海に向かって、キス釣り仕掛けを投げ込んだが、海底で潮が渦巻いており、仕掛けが絡んで釣りにならなかった。
場所を津屋崎海岸に移し、風裏の海岸から遠投したが当たりは少なく、小鯛が1匹釣れただけだった。
夕方7時ごろまで海岸にいて、カミさんにカサゴの穴釣りなんかをさせて、留守番をしている娘が待つ家に戻る。 |