| 2002年8月31日 丸10年 |
10年前の今日の夕方、東京駅から寝台特急(当時、ブルートレインと言っていた)に乗って九州に向かった。
最初は飛行機で戻る予定だったが、カミさんと娘に九州までの距離感を味わってもらおうと思い、ブルートレインに乗って故郷に戻ったのだった。
20年間に及ぶ東京生活(生活というものではなかったが)におさらばして、なんのあてもなく、戻りたくもない故郷に戻ったのだった。
娘を自然の中で育てたいという思いだけで、結局どこかの島や山ではなく、結果的に戻ってはいけないところに戻ったということだろう。 |
| 2002年8月30日 台風15号 |
朝から福間・津屋崎方面に出かけて上映会の準備をしていたが、台風15号が九州の西方向を北上しており、午後から風が強くなり、時折強い雨が降りつけた。
それでも、夕方まで宗像方面へも回りチケットの配券をして、最後は福間海岸にルアーフィッシング見物に行った。
台風の風と雨でどうかと思ったが、一般の釣り人もルアーフィッシャーも誰も姿が見えなかった。
帰りがけに中間市の歯医者さんHさんから連絡があり、募金箱15個を届けた。 |
| 2002年8月29日 ルアーフィッシング3 |
宗像上映会の準備も最終局面に入り、宗像市役所、商工会、Kさん宅、古賀市役所、H仏壇店などを訪ねた。
夕方6時過ぎに仕事を終えて、福間海岸についたのは6時半になっていて、陽が沈む直前だった。
今日はルアーフィッシャーの姿はまったく見えず、海面を見渡したがナブラも無く、煙草を1本吸って家路に着いた。 |
| 2002年8月28日 ルアーフィッシング2 |
今日も福間海岸に行った。
昨日は7・8人いたルアーフィッシャーも今日は少なく、僕が帰る寸前まで一人だけだった。
話を聞いてみると、昨日当たりがなかったから「今日はみんな来ない」ということらしい。
ブラックバス仕掛けしか持ってないから、昨日・今日と釣り見物をしているが、短い時間にいろいろ勉強している。
ブラックバス仕掛けで釣りたいが、じっと我慢の昨日・今日である。 |
| 2002年8月27日 ルアーフィッシング1 |
釣りは子供の頃からやっていたが、ルアーフィッシングをはじめてやったのは10年前に故郷に戻ってからのことである。
仕事をサボりながらやる釣りはルアー釣りがいい。
餌の臭いもなく、さまざまな仕掛けも要らず、身軽に時間をつぶすことができる。
そういうことで、東京から帰ってきて1年余りが経過したとき、ルアーフィッシング1式(ブラックバス対応の釣竿・リール・ルアー)を買い求め、初日は近所の庄司ダムに行った。
誰もいない早朝を狙い、安っぽいが気に入ったスプーン(100円)を付けて朝もやが残る穏やかな水面めがけて投げ込み、着底するかしないかの時にリールを巻き上げると、信じられないことに第1投目に当たりがあった。
しかし1投目は、鋭いあわせができず鰓洗いでジャンップをされてばらしてしまったが、3投目に再びヒットし、見事なバスを釣り上げてしまった。
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| 2002年8月26日 釣り見物 |
午後から宗像方面へ出かけ、上映会の準備(チケット販売)に掛かろうとしたが、相手を見つけることができなかった。
今日は暑く、自然と玄海灘方面に行きたくなり、鐘崎、神湊、津屋崎あたりの海岸をうろうろし、釣り見物をすることになった。
福間海岸にいたったところで「これはいかん」と思い、津屋崎、福間、玄海町の商工会を訪ね、「映画のチケットはいいから、募金の協力をお願いします」と言って、鞍手乳児院建て替え支援募金箱を置いてもらった。
これでは慈善活動だ。 |
| 2002年8月25日 投げ釣り |
今日は日曜日で午前中はサンデープロジェクトなどテレビを観て、午後からT君を誘って玄界灘に釣りに行った。
玄界灘といっても波津の近くの小さな川の河口で、青イソメを餌にしたキス釣り仕掛けの投げ釣りで、何台もの水上バイク(?)が激しく行きかう海での釣りだった。
二人の釣果はキス3匹、掌大のヒラメ1匹、ふぐ数匹、蟹1匹だった。
日差しは暑く、気温も高いと思われたが、僕には海風が吹いて快適な一日だった。 |
| 2002年8月24日 鞍手乳児院ふれあい祭 |
朝起きた頃は曇り空だったが、そのうちに小雨が降り始め、鞍手乳児院のふれあい祭りに出かける頃になると猛烈な土砂降りになった。
ところが、宮田町から鞍手町へ抜ける小さな峠を越えると、空が明るくなって雨は小降りになった。
毎年恒例のふれあい祭には300人ほどの人が集まり、途中から雨は完全に止み、和やかなうちに終わった。
土曜日でもあるので、途中、大山の堤でブラックバスを狙ったが食いが悪く、小さなバスが巻き上げる寸前のワームに喰らいついただけだった。
夜は、遠賀川の河川敷で、飯塚川づきあい交流会の焼肉パーティーに出て、12時近くまで河原で飲む。 |
| 2002年8月23日 曇り時々雨 |
昨日あたりからまた蒸し暑いが、今日は蒸し暑く曇りで、時々雨が降って動きを制約する。
というのは逃げ口上で、動きの目安がついていないということだろう。
一方で、新しい企画『パンツの穴 筑豊編』は、動けないということを言い訳のようにして、ぐじぐじ考えながら着々と進んでいる。
「東京から筑豊に転勤する家族」が主人公というアイディアがカミさんから出て、ぐじぐじからわくわくするような展開を得ることになり、内容は一層バージョンアップしそうだ。
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| 2002年8月22日 Mさんから朗報 |
宗像上映会を準備しているが、なかなか思うところに到達することができず、朝から昼間にかけて苦戦を強いられていた。
だが、今日の夕方になって宗像市商工会の協力が正式に決まり、夜になってMさんから携帯電話になかなかうれしくなるような朗報があったり、よく健闘しているといえようか。
「パンツの穴 筑豊編」の企画書を作っていたら、いつの間にか転寝をしてしまっていた。 |
| 2002年8月21日 快適な陽気の割には営業が |
今日は昨日に比べて少し蒸し暑い気がしたが、一時期の35度前後に上がった気温が続いた毎日とは違って、営業マンの僕にとって快適な陽気だった。
昨日に続いてあちこちを回ったが特に営業成績は上がらず落ち込むところだが、明日いい話しになりそうな気がして気分が悪くないのは、快適な陽気のせいだと思う。
今日は名刺入れをなくしたが、それも陽気と明日のいい話しがショックを和らげている。
名刺入れを拾った人がいたら連絡をください。
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| 2002年8月20日 宗像から古賀へ |
涼しく快適な気候の中、朝から家を出て宗像市に向かった。
自治会館内にある記者クラブに資料を置き、宗像ユリックスにチケットを預ける手続きをし、一度古河市役所を訪ねたが場所がわからず宗像市に戻った。
宗像市では、中央公民館、子育て支援センターなどに「こんにちは」と言って挨拶に行き、もう一度古河市役所に行って再度宗像市に戻って連合の宗像地区連絡会の会合に出る。
率が悪い動きのように見えるが、昼食時間を移動に当てたりして、それなりに考えた動きなのであった。
夜は、マサジアートの焼肉パーティーに参加する。 |
| 2002年8月19日 涼しい |
関東の南を通過している台風13号の影響で、九州も急に涼しい日々になり、車のクーラーもよく効く。
今日は朝10時ごろ家を出発して、福岡市赤坂の連合福岡の事務所に行き、宗像上映会のポスターやチケットの打ち合わせをして、一度飯塚に戻ってから宗像市へ向かった。
カミさんはチケットのプリントアウトで忙しい。
宗像から帰りがけに、庄司ダムによって1時間ばかりバスを狙ってみる。
ダムの水が減り、食いも悪いようで、いろいろ試していたら1匹が喰らいついてきた。
ワームを水平移動から上下移動に変化を与えたとき、グーっと引きずり込むような感触があった。 |
| 2002年8月18日 台風の影響 |
思ったより台風の影響があり、玄界灘は吹き飛ばされそうな強風が吹き続けていた。
午前中はT君とお茶を飲み、箱河豚を突いて食べたいばかりに、午後から家族そろって水着持参で玄界灘に向かったが、激しく吹く風で海は時化ていたというわけだ。
潜る段ではなく、釣りにもならず、あえなく退散で、直方のびっくり市に車を回し、煮物に適した生鯨と刺身用のたこの足、それにキス5匹を1000円で買い、得したような気分で家に帰った。
途中パソコンで作るマルチチケットカードがないことに気づき、一度家に戻ってから宗像のベスト電器に行った。 |
| 2002年8月17日 パソコントラブル |
パソコンにもインターネットにもトラブルは多い。
もっとも大きなトラブルは、僕が多少パソコンやインターネットに詳しいからということで、一銭にもならない問題解決を僕に依頼されることである。
僕は電気屋でもパソコン販売人でもないのに、時々そのレベルの問題が持ち込まれる。
それをどうやってお金を取ればいいのか?
映画プロデューサーとしての僕に依頼したとなると目の玉が飛び出るほどの額になるし、ホームページ作成者としてなら何十分の一にもなるだろうし、電気屋ならどうなるのであろうと言うのがIT時代である。
やっぱり、人間関係なのかもしれない。 |
| 2002年8月16日 簡単なことだが |
人のことをあれこれ言う資格もないが、資格があると思っている人の、非常識にはあれこれ言いたくなる。
と書いて、何にも言えなくなる。
本質的に、根深く、大きな深刻な問題で、ちゃらちゃらとインターネット上の日記になんか書けない。
何故書けないかすら書けない。
「誰が協力してくれた」は書けても、「誰はまったく協力してくれなかった」とは書けない。
ましてや、その理由は何であるかと考えても、それはもっと書けないことである。
それが、物事を進めないし、若い芽を摘み、停滞させる。
何故協力しないかを書くことができると、大いに進む。
まるで、大人なのに赤子のような精神状態なのに、そのことを当人は気づいていない。
よく、3度目の急性胆嚢炎にならないものだ。 |
| 2002年8月15日 2つの日記 |
僕はインターネット上に、「すかぶら見聞録」と「全国上映日記」という2つの日記を三年間にわたって書き続けている。
前者が一日の記録となる日記(本当のことは書いてないが)で後者が見聞録風になっていたのを、数日前から微妙に変えてきている。
ホームページ開設3周年を期し、全国上映日記を本来の日記とし、すかぶら見聞録を自分の意見を披露するメインペーにするつもりだ。
当初はそのつもりだったのですが。 |
| 2002年8月14日 つくつくぼうし |
今朝、自宅の庭でつくつくぼうしが鳴いていた。
冷房をつけるのはもったいないと思いながら事務所の窓を開いているとき、この夏になって初めて聞いた鳴き声だった。
「パンツの穴」という映画を作ったとき、仕上げのダビングスタジオで突然ひらめき、つくつくぼうしの鳴き声を入れようと思ったが、その声がなくて断念したことがある。
シナリオで書いておかなければならないつくつくぼうしの鳴き声で、今も心残りであり、つくつくぼうしの鳴き声を聞くと、女子更衣室のシーンを思い出す。 |
| 2002年8月13日 関門花火大会 |
午後から、魚釣りをしながら花火大会を楽しむつもりで門司港に行った。
門司港レトロに近い埠頭を穴場だと踏んでいったが、とんでもない。
関門海峡を挟んだ文字と下関をパノラマ状に観ることができる埠頭には、おびただしい数の車と青いビニールシートが敷き詰められており、筑豊地区の小学校の運動会の場所取り状態だった。
花火は観ることができる場所は確保したが釣りができないので、新たな場所を和布刈に求め、なかなかいい場所を見つけたが、その後が大変だった。。
関門海峡の最も狭いところで海流は早く、海底は根掛りする場所で、小鯛と小メジナがすぐに餌をつついた。
花火大会がはじまる頃には大勢の人が集まり、辺りは車の洪水になっていて、大渋滞を予想して30分ほど花火を見てからそこを退散したのだが、普通なら10分で行ける距離を2時間半も掛かってしまった。
家に帰りついたのは午前1時前だった。
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| 2002年8月12日 バナコン |
インターネット上にバナーはあふれている。
ドメインが領土でバナーが国旗であるというような意味を知り、根が単純だから「これはビジネスになる」と思って、賞金付きバナーコンテストを始めてからまもなく2年になる。
当初、「バナコン」をやりませんかと営業して回り、そのうちネット上でも依頼があるようになったが、それらは限られていてビジネスには程遠く半年以上開店休業状態だった。
そんな状態のときに、大阪にある「関西商品取引所」からメールで連絡があり、8月3日から久しぶりにバナコンを開催している。
これを契機に、もう一度バナコンにち力を入れてみることにした。
皆さん、下手でもいいからバナコンに応募してみてください。
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| 2002年8月11日 パソコン三昧 |
今日は夏休みの日曜日というのに、朝からパソコン三昧の一日だった。
ただ、一日中雨模様の天気だったのが、パソコンの前に座らせ続けた最大の要因だった。
気持ちはアウトドアで、ホームページビルダーで依頼されているHPを作りながら、一日中車のトランクの釣り道具が気になっていた。
パソコンの前に座って何をしていたかというと、カイバラ工芸のHPリニューアルの作業で、20ページ以上の分量でもあり、身体はくたくたである。
いくら請求していいのか、今回も気になる。
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| 2002年8月10日 土砂降りの雨 |
今日は朝から福岡に行った。
八木山峠に差し掛かった頃から黒い雲が垂れ込め始めたが、なかなか雨は降らない。
福岡のY三択で話しをしている頃から土砂降りの雨になり、お昼過ぎに飯塚に向かうときも断続的に激しい雨が降ったが、不安になるような降りではなかった。
宗像市に回ろうかと思ったが、カイバラ工芸のホームページリニューアルをお盆前に仕上げる必要があり、土砂降りの雨の中を飯塚市に戻った。
夜は、いっぱいやりながらパソコンの前に座っていたが、12時になる頃になって疲れが出て、眠くもあり、この日記を書いている。 |
| 2002年8月9日 ブラックバス |
昨夜遅くまでテレビ(「海・青き大自然」NHK)を観ていたので、起きたのは8時半を過ぎていた。
勤めに出ているわけでなく、自由業の身としてはそんなに遅い時間ではないと思うが、すでに暑くなっており、朝の多少涼しいひと時を逃して残念な気がした。
豊かでない自由業だから、お盆や正月を越えるのは毎年それなりに大変で、今年の夏もあわただしく駆けずり回る。
夕方になって、K君を誘ってちょっとすかぶらをした。
稲築の池で、ルアーでブラックバスを狙って、夕方6時から7時過ぎまで1時間程竿を振った。
僕がワーム仕掛けで2匹ヒットさせ、K君の仕掛けを僕のと同じものにすると、K君の竿にもブラックバスがヒットした。
僕が釣った2匹は上あごに理想的な形で針が掛かっていたが、K君が釣った1匹目はスレで、2匹目は針が口の中にあったが喉の奥まで飲み込まれていた。 |
| 2002年8月8日 ホームページのリニューアル |
数日前から、お盆前にホームページのリニューアルをしたいという、カイバラ工芸のトップページ製作に追われている。
だから、午前中はパソコンの前に座ってホームページビルダーをいじり、午後は上映会の後始末で中間市方面に出かけ、夕方には家に戻って再びパソコンに向かう。
大して難しい作業ではないのだが、すべてのページを作り直さなければならない作業量と、トップページデザインに要する集中力で、結構くたびれることになる。
それに、クライアントに対する気疲れが加わる。 |
| 2002年8月7日 デスクワーク |
暑いさなか、ダボハゼのような営業マンよろしく駆けずり回るだけでなく、たまには冷静な頭のデスクワークも必要である。
というのも、ホームページのリニューアルと新規製作を依頼されていて、ひとつはお盆前に仕上げなければならないから、1日あるいは2日は集中的パソコンの前に座らなくてはならなかった。 フォーマットを決めたら、カミさんに預けられる。
そして今回は、娘のセンスも取り入れページ作りをするつもりでいるから、夕方からは3人でパソコンの前に座った。
途中、女優の高樹澪さんの事務所に連絡をして、「飯塚どんたく宿場まつり」への出演交渉などをする。
社長の成田さんと10年ぶりに電話で話し、快諾を得る。 |
| 2002年8月6日 今日も暑いが |
今日も暑いが、特別打ち合わせもないし、9月11日の宗像上映会のことが気になり、スケジュールも何も決めないまま朝から出かけた。
宗像市、中間市、遠賀郡の芦屋町、鞍手郡の若宮町と回り、最後は嘉穂郡の庄内町に行った。
中間上映会のお礼、宗像上映会の協力要請、ホームページの打ち合わせなどで、多少取り留めのない一日だった。
連合福岡・遠賀川地域協議会、自治労北九州総支部の皆さんには本当にお世話になった。
舞台は今、中間温雅から宗像市郡に移ろうとしている。
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| 2002年8月5日 お礼回り |
午前中はカミさんと打ち合わせをして、午後からは中間上映会のお礼回りに出かけた。
中間市、水巻町、芦屋町、岡垣町、遠賀町と回り、主に労働組合関係にお礼を言ってきたが、連日の猛暑で車のクーラーもききにくく、約5時間あまりの本当に暑いお礼回りだった。
帰りに、笠置ダムによってワームを引いたが、まったくあたりはなかった。
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| 2002年8月4日 門司港岸壁 |
朝はサンデープロジェクトを見て、昼からカミさんと娘を伴って北九州方面に向かった。
高速を使わず、河内ダム径由で八幡東に出て、ラーメン屋を探しながら小倉・門司・門司港と足を伸ばすことになり、ついには関門トンネルを越えてしまった。
結局、美味しそうなラーメン屋が見つからず、下関の唐戸市場でなんでもないバッテラを食べ、火の山に上がってから門司港に戻った。
夕方から門司港岸壁で投げ釣りをしたら、小鯛が入れ食いで釣りにならない。
近くの釣り人に大きなエイがヒットしたらしく、僕らが帰るまで1時間あまりもやり取りしていたが、なかなか海面に姿を現さなかった。
見物人も集まり、大いに期待したが、1時間以上経っても釣りあがらないので、、見物人たちもさすがに飽きて、釣り人を残して帰っていった。 |
| 2002年8月3日 桂川町へ |
今日は土曜日でこれといった予定はなく、ホームページを作りたいという桂川町町会議員のSさんに会いにいった。
Sさんを引き合わせたのは中学校時代の友人H君とK君で、桂川町土師にあるH君の事務所で会った。
3時から6時ごろまでホームページの打ち合わせをして、後はH・K君と近所の飲み屋で一杯やり、帰りは初めて代行タクシーを利用した。
H君!ご馳走様でした。 |
| 2002年8月2日 今度は宗像ユリックスで |
昨夜が上映会だったこともあり、今朝は少し遅い朝となったが、昼には中間市役所に行った。
今日も真夏の天気だが昨日よりもすごしやすい暑さで、車のクーラーも楽にきき、中間市役所で昨日のお礼を行ってからそのまま宗像市に向かった。
平日でもバスフィッシャーたちが目立つ遠賀川を渡り、特産物のぶどう(きょほう)が最盛期を迎える鞍手町を通り、小さな峠を越えると宗像市へはそんなに遠くない。
9月11日(水曜日)夜、鞍手乳児院チャリティー宗像上映会を開催するべく、宗像ユリックスのハーモニーホールを押さえた。
今日はちょっと疲れ気味で夕方には飯塚に戻りT君とお茶を飲み、夜は飯塚納涼花火大会に行くという娘を会場まで送った。
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| 2002年8月1日 映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』鞍手乳児院チャリティー中間上映会 |
今日は鞍手乳児院チャリティー中間上映会に尽きる。
午前中は中間上映会の最終準備と、月代わりのためのインターネット関連の作業で、寝巻きのままデスクワークで家にいる。
これまで、上映会の反響がまったくない。
新聞各紙で取り上げられ、NHKにも出演して鞍手乳児院チャリティー上映会のことをアピールしたが、カミさんによるとこれまでに一度の問い合わせもないという。
午後14時過ぎに家を出て、中間市で遅い昼食となるラーメンを食べ、なかまハーモニーホールには15時30分に着いた。
山口映画センターのスタッフも同時刻に着き、映写機などの搬入を手伝ったりして、上映会を迎えることになった。
会場に、勢いがない。
入場者は200人足らずで、少しさみしい上映会となった。
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