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| 2000年6月30日 坂本選手の朝のロードワークを撮影する |
| 今朝は天気がよかったが、真夏のような暑さである。 その暑い九州・筑豊の筑豊緑地公園で坂本選手はトレーニングをしていた。 僕が現場に着いたのは朝8時40分だったが、坂本選手はすでに走り始めていた。 と言っても、普段はもっと早い時間(6時半頃)にロードワークをやっているということで、今朝は午後から英彦山湯〜遊共和国の創業10周年記念パーティーに出席することから、遅い時間になったのであった。 広い筑豊緑地を走り回って坂本選手を撮っていたら暑くてクラクラしてきたが、僕も午後は英彦山湯〜遊共和国に向かい、坂本選手王様をはじめ来賓者の写真ばかり撮っていた。 |
| 2000年6月29日 また、坂本選手に会う |
| この忙しさは人に伝えにくいと自分で思っているが、ところが、周囲の人は意に反してものすごく忙しいと思ってくれていて、とてもありがたい。 がしかし、何が何でそのように忙しいのかということは、ほとんどの人達が理解されていないようだ。 人の忙しさの詳細など誰も知りたくないといったらそれまでだが、今は、忙しいと理解されているだけでよいというのが僕の気持ちだ。 夕方は、筑豊ボクシングジムの井上会長から「坂本選手の練習」を本格的に写真を撮りたいということで、その段取りをしているから来ませんか」という電話でジムに出かけた。 坂本選手の練習も撮ったが、ジムの前でファンと交流する姿や、自動販売機で冷たい飲み物を買う様子も撮れた。 |
| 2000年6月28日 反響が出てきている |
| 今日の朝は、10時に野上プレジデントホテルでニュージーランド人のホワイトさんに会って、後はパソコンに向ってあれこれやっていた。 あれこれというのは、「筑豊一番」を立ち上げて以来、メルマガ、バナコン、筑豊ボクシングジムの開設などいっぺんに書ききれないほどやってきた仕事に、いろいろな反響が出ていることに対して応対することも含まれている。 以前にも書いたが、僕がマネージャー時代に凄まじい忙しさを体験したが、それに勝るとも劣らずといった忙しさで、反響の一つ一つに一喜一憂しているということである。 |
| 2000年6月27日 やたら忙しい |
| 忙しいのは悪くないが、「やたら」となるといけない。 細かい作業、営業、集金、資金繰り、取材、いろいろあって忙しい割に仕事ははかどらないことが多い。 おまけに、坂本選手が田川でトレーニングで、ちょうど「筑豊ボクシングジムオフィシャルサイト」開設、そしてメルマガ4号の発行が今日であった。 現在、6月27日午後23時15分だが、まだメルマガを出していない。 |
| 2000年6月26日 坂本博之選手が筑豊ボクシングジムへ |
| 今朝は飯塚観光協会と筑豊ボクシングジムのページを作りながら、午後はさっきまで外を飛び回っていた。 今日は何と言っても、坂本選手が畑山選手との世界タイトルマッチ(今秋)を向えるにあたって、筑豊ボクシングジムを拠点に本格的な練習を開始したことであり、井上会長に紹介されて初練習の模様を100枚ばかり写真に撮ったことだ。 また、筑豊ボクシングジムに顔を出すと、インターネット上で偶然「筑豊ボクシングジムオフィシャルサイト」を見つけたという、若い子供連れのご夫婦が見学にきていたことだった。 明日の朝写真を現像に出して、夜には筑豊発の坂本ニュース第1弾をアップするつもりである。 |
| 2000年6月25日 今日は総選挙 |
| インターネットを始めてから初めての総選挙で、ネット上の動きをいろいろ見てみたい気持ちもあるが、酒を飲みながらテレビを見ているほうが楽であり、今はとっとと日記を書いてしまおうと思っている。 今日は選挙に行ったついでに竹の子の「破竹」を採り、明日(6月26日)にはボクシングの坂本選手がいよいよ筑豊入りすることもあって、筑豊ボクシングジムのページづくりを急いだ。 明日、井上会長が福岡空港に坂本選手を迎えに行く前に我が家に寄ってくれることになっており、何とか明日中にオフィシャルサイトを完成させたい。 日記を書いたら、とりあえずテレビで総選挙・・・・・。 |
| 2000年6月24日 福岡県環境教育学会 |
| 今日、近畿大学九州工学部の坂本教授の呼びかけで、福岡県環境教育学会の第4回(筑豊で開催)総会の準備のための実行委員会の会合に出た。 近畿大学の構内にあるログハウスで、実行委員会の会合は行われた。 僕は民間人で、地域住民で、坂本先生から直接電話があったので出かけたが、集まりはよくなかった。 環境教育学会が、何をしようとしているのかわからないというのが、今日出席してあらためてわかった。 環境教育学会は、何のために何をしようとしているのか、一般の人が誰にでもわかるようにする必要がある。 でないと,僕ですら何の事やらわからないでいる。 |
| 2000年6月23日 飯塚市の永昌会 |
| 飯塚市商店街の永昌会は、暮れの12月1日から5日までで毎年開催されているが、その歴史は100年以上になるとのことである。 今日、本末商店街の事務所に言って古い写真を見せてもらって気付いたのは、商店街の人通りの多さもさることながら、永昌会やどんたくの時の垂れ幕や看板などのデザインがとてもよく、商店街の雰囲気がいい絵になっていることだった。 当時と「予算が違う」ということである。 伝統ある永昌会の宣伝費は、二十年も前に800万円ぐらいあったのに、物価が上がったこの時代に150万円ほどしか予算がなく、当然、昔のほうが絵になったということだそうだ。 |
| 2000年6月22日 K・Mさん |
| K・Mさんが「千鳥屋」さん提供の第1回バナーコンテストに、2個目の応募をしてきてくれた。 KENT古本屋の石田さんに直接指導を受けたとはいえ、まだパソコンを買って10日にもならないというのにすごい成長である。 バナコンの応募者紹介のページを見てもらったらわかるが、jpg保存の静止画像だったのがgif保存に変わり、青いベースに千鳥が飛翔し見事に動いているのがわかります。 優勝者は千鳥屋さんに決めてもらうのがいいと今では思っています。 |
| 2000年6月21日 第2回バナ−コンテスト |
| 今日は午前中福岡に行った。 午後は飯塚山笠の写真を求めて、飯塚観光協会、本町通り商店街、フラワーケン、赤いくつ、ミスタードンなどを訪ねたが、稲築町の藤井病院の井上院長とも会った。 井上院長には、かつて「筑豊原色図鑑」を大量に買ってもらったことがありいつもよくしてもらっているが、今回も「筑豊一番」に賛同していただき「第2回バナーコンテスト」のオフィシャルスポンサーになってもらうことになった。 近々、第2回バナ−コンテストの発表をする予定です。 |
| 2000年6月20日 メールマガジンの発行が10分ほど遅れてしまった |
| 僕はルーズなように見えて、案外几帳面なところもあります。 特に、時間に対しては厳しいです。 自分が待たされるのがたまらなく嫌だから、時間は守ります。 お金には? やはりそうです。しかしながら、人間にとって等しく分配された時間と違って、お金はヒトそれぞれによって異なるから多少別な次元のことになります。 メールマガジンの発行は毎週火曜日ということになっています。言うなれば、火曜日中に発行すればいいということでもあります。 でも、僕はインターネットの世界では、火曜日になった瞬間に発行するというのが基本だと感じています。 10分遅れて、水曜日の発行になったことは、とても言い訳が出来ることではないと思っています。 |
| 2000年6月19日 冷やしうどん |
| 今日は朝からあたふたとしていていて、パソコンに向う時間は少なかった。 野見山酒造、飯塚観光境界、飯塚青年会議所、江藤組、幸袋タクシーなどを回り、最後はうどん道場わかめやさんに寄った。 わかめやさんで、「冷やしうどん」の話になった。 僕はほとんどの麺類を好んでいるが、夏の暑い季節になると冷たい麺類のことが気になる。 ひやむぎ、冷やし中華、冷やしうどん、ざるそば、皆大好物です。 わかめやさんが、こうして冷やしうどんを食べるとおいしいという話をしてくれて、僕もそう思うからすぐにでも食べたくなった。 でも、冷やしうどんは7月になってからはじめるとのことであった。 |
| 2000年6月18日 もうすぐ夏キノコ |
| 飯塚市郊外に笠置ダムがある。 このダムの周辺に6がつまつから7月上旬にかけて、ヤマドリタケモドキをはじめイグチ属(ひだがスポンジ状)のキノコが大量に発生する。 何処の公園や神社や学校にも発生するが、特にかさぎダム周辺は夥しい発生量で、あまり人に知られていない。 だから、ほとんど全ての夏キノコ類は朽ちるにまかせたままで、よほどのことがない限り人の口に入ることはない。 昨年は、パソコンをはじめて持ったことから夏中パソコン漬けで、夏キノコを食べていないばかりか採りに行ってもいない。 |
| 2000年6月17日 ハコフグの蒸し焼き |
| 夏が近くなって海の中が恋しくなると、ハコフグの蒸し焼きのことを思い出す。 特に、今日のように1日中雨で涼しい時に思い出して、今年の夏はあの海で大きなハコフグを取ってやろうなどと想像する。 あんまり暑いと、目の前の暑さばかりが気になってハコフグのことなんて思い出さない。 高級料亭でも庶民的な料理屋でもまずお目にかかれないし、ハコフグを食べたことがある人は100人に一人もいないと思うが、味は絶品である。 あまりご飯のおかずにはならないと思うが、25センチぐらいのものを蒸し焼きにして食べると、ボリュームもあり至福の時を感じる。 去年は、パソコンばかりでハコフグを食べていない。 余裕がないと、ハコフグが生息する海にも潜れない。 |
| 2000年6月16日 やっぱり忙しい |
| 相変わらず、出たり入ったりしながらパソコンに向っている。 今日は午前中に碓井町に行き、午後には上野焼の窯元があるあがの茶屋に本を届け、後はパソコンに向っているが今日のようなスケジュールの組み方は悪くない。 家を出たらすぐ自然があるという環境は、パソコン三昧の生活者にはとてもよい。 しかし、忙しい。 だが、消耗しているというのではない。 毎日毎日の作業や、作業の進展の具合によって、今まで使ってなかった頭の回路を発見するような、肉体的には消耗しながら頭脳はリフレッシュしているような感触だ。 |
| 2000年6月15日 KENTジャパン |
| KENT古本屋のサイトの中に、「KENTジャパン」という格闘技のリンクページがある。 ここは一日に500アクセスある強力なページで、今回の故ジャイアント馬場の「全日本プロレス」問題が起きているが、現在一日当たり700を超えるアクセス数になっているということだ。 我がサイトでは、昨年西日本新聞夕刊ので一面で紹介(カラー写真付)されたとき、瞬間的に一日あたり1000近いアクセスがあったが、みるみるうちにカウンターが上がっていくのを見てぞくぞくしたことを覚えている。 映画がヒットした時、じっとしててもお客がドンドン劇場に詰め掛けてくれるということにそっくりである。 |
| 2000年6月14日 雪舟街道 |
| 田川から川崎町を通って添田町から英彦山にいたる道を雪舟街道と呼んでいる。 まだ、地図や観光マップなどににも載ってないが、インターネット上で「雪舟街道宣言」をはじめている。 いわゆる雪舟街道とは遠賀川水系の中元寺川沿いにある道路で、国指定の名勝になっている魚楽園はじめ、大瀬子の里、英彦山に雪舟ゆかりの庭が散在することから、周辺住民自らが雪舟街道を名乗っている。 周辺住民とは、英彦山湯〜遊共和国、ラピュタファーム、大瀬子の里などの住民である。 そこで、雪舟街道とその周辺が一目でわかる地図を作って、インターネット上に公開しようという話が進んでいる。 誰か、地図を作ってくれる人はありませんか? |
| 2000年6月13日 パソコンは素人 |
| 時々言っておかなくてはならない。 「僕はパソコンを扱うのは素人です」と。 逃げ向上で言っているのではなく、僕は自分が考えていることを表現するためにだけしか、パソコンと向き合っていません。 もちろん、情報を集めたり、調べ物をしたりもしますから、インターネットについて多少知っているつもりですが、パソコンに関してはまったくの素人といっていいと思います。 だから、「筑豊一番」のような商用サイトを作ったところで、パソコンの技術なんて皆無なのです。 |
| 2000年6月12日 ラピュタファーム |
| 田川郡川崎町の大ケ原というところにラピュタファームがある。 稲作文化の先進地で田んぼが多い筑豊は、遠賀川流域に発達した言わば田園地帯で台地らしい地形のところが少ないが、ここは台地らしい台地で畑や果樹園がある。 僕は台地が好きである。 僕が台地を好きになったのは、英語の教科書や小説なんかによく出てくる台地が筑豊にはなく、大学受験のとき三重県の英虞湾当たりの台地を見て以来である。 阿蘇山や十勝岳などにあるカール状の地形も、筑豊にはないから好きである。 今日、「筑豊一番」にその筑豊で唯一といってもいい台地にあるラピュタファームのページをアップした。 |
| 2000年6月11日 時間の感覚がない |
| 最近、近所の奥さんと路上で挨拶をかわしたとき「日が長くなりましたねえ」といわれて、「いやあ、日は短くなっているのですけどねえ」と言ったことがあったが忘れていた。 昨日石田さんがきて、彼を送っていくとき(午後19時半頃)「いやあ、日が長くなりましたねえ」といわれて妙な気になって、近くの奥さんと交わした言葉を思い出した。 僕は、もうずいぶんと日が短くなっている季節だと思っていたのだった。 よく考えるとそうだが、僕はインターネットにはまりすぎて(と言われるように)、季節や時間の感覚から鈍感になっている。 |
| 2000年6月10日 急にアクセス数が上がって |
| 昨日あたりからアクセス数が上がって、「筑豊一番」との連動かとも思っていたが、どうも様子がおかしいので調べてみた。 調べるといっても、「筑豊一番」のように解析しているわけでもないのでわからない。 しかし、「感」は当っていた。 りさっちと名乗る女性が我がサイトを訪れて以来アクセス数に変化があったと思っていたが、昨夜も彼女の書き込みがあって、今朝になって彼女のサイトに書き込みにいって全てがわかった。 投稿が終わると掲示板に「幼稚園 2」という数字が現れた。 彼女の掲示板をつぶさに読んでみると、「170とか480とか500」を超える数字のお客さんたちが沢山いたのだった。 |
| 2000年6月9日 楽な方法を実行に移した |
| 一つの発想が別の新しい発想を呼ぶ。 昨日の見聞禄に書いたが、筑豊一番の「Webコミュニティー」のページに「スカブラ見聞禄」と「全国上映日記」にリンクを貼った。 「ちょっといっぷく」から「Webコミュニティー」に格上げされた形なのだが、もしよかったら一度覗いてもらうのが早いのですが。 ここで書いてることが、筑豊一番でも見られと言う訳で、一石二鳥以上に効率がよい。 しかしそれよりも、ほかの人の日記にもリンクを貼って、日記で読む『筑豊』という面白いページができる可能性があるということが重要なのです。 |
| 2000年6月8日 ちょっといっぷく |
| 僕は、こうしなければならいという気持ちが強いだけに、できるだけ楽をしたいという気持ちも強い。 楽をして、いい仕事がしたいのであろう。 そんなこと出来るわけないと思っていても、つい楽をする道を探そうとする性癖があり、いつまでたってもいい仕事が出来ないでいる。 今日、また楽な方法を思いついた。 「ちょっといっぷく」というページで、さっそく明日から「筑豊一番」で実行に移そうと思っている。 |
| 2000年6月7日 バナ−コンテスト(通称バナコン) |
| 今ごろは英彦山の野イチゴも熟れているだろうに、終日パソコンに向っている。 バナ−コンテストに早くも応募があって、バナコンのページを完成させなくてはならないからだ。 そのページを完成させて、今、転送を終わったばかりで見聞禄を書いている。 もしよかったら、バナコンのページを見て下さい。 それから、懸賞・プレゼントのページも見てくれませんか。今のところ、あたる確率は高いです。 |
| 2000年6月6日 メルマガ『筑豊一番』創刊号 |
| 今、メールマガジン「筑豊一番」を発送した。 購読者数10人からのスタートである。 新しいページづくりに追われて、メルマガを出すことすら誰にも伝えていない。 映画を公開するときに、いつも大量宣伝、戦略・戦術を考えるだけ考え実行してきたが、今回はわずか10人からのスタートである。 だから面白いと実感できている。 これからが楽しみだ。 |
| 2000年6月5日 川づきあい交流会 |
| 今日から明日は、メールマガジン「筑豊一番」の発行と、それに関係する懸賞・プレゼントなどのページづくりでむちゃくちゃに忙しい。 でも、休憩を兼ねて遠賀川川づきあい交流会には出た。 交流会の後、夢工房の横倉さんが食事に誘ってくれたが、そう言う訳で行けなかった。 |
| 2000年6月4日 飯塚新人音楽コンクール |
| 今日は日曜日で、このところ1年間ほど世間でいう日曜日らしい日曜日を過ごしてきてないかもしれないが、テレビの「サンデープロジェクト」も見ないで朝からパソコンの前に座っていた。 午後は、パソコンで「バナ−コンテスト」のページを作りながら、「飯塚新人音楽コンクール」の写真を撮りに行った。 実質的な関係者にも言っていないが、近々「飯塚新人音楽コンクール」のホームページを作るつもりでいる。 |
| 2000年6月3日 千鳥屋飯塚総本店 |
| 筑豊一番の目玉の一つ「バナコン」のページをアップした。 「千鳥饅頭」や「チロリアン」で全国的に知られている千鳥屋さんが第1回バナ−コンテストのお客様で、開店間もない新サイトにとって最高の舞台設定ができたと思う。 賞金は1万円で、〆切は今月いっぱいにした。 インターネット上で1ヶ月間というのは時間がかかりすぎだとも言えるかもしれないが、じっくりバナ−コンテストの宣伝をしていきたいと考えている。 |
| 2000年6月2日 野見山本家酒造 |
| 午前中はカミさんとの打合せで大半が過ぎた. パソコンをやっているとわかるが、いつもファイルやフォルダの整理整頓をしていないと、何がなんだかわからくなってしまう。 僕のようなやり方で仕事をしていると、いつも整理整頓をしていないといけない。 午後は野見山本家酒造に出向いた。ここは天文七年創業という造り酒屋であり、天文七年といえば戦国時代あたりで、日本でも指折りの古い伝統を持っている。 ページを作る上でも絵になる。白壁の土蔵づくりの建物や家まわりは趣があり、インターネット時代にはぴったりだと思う。 |
| 2000年6月1日 サーチエンジンへの登録 |
| 今日は天気が良かったので、午前中は近くの幸袋タクシーに出向いて写真を撮り、午後からは「筑豊一番」を主なサーチエンジンに登録した。 サーチエンジンへの登録は思ったより大したことはなかった。昨年夏に我がサイトをはじめて立ち上げて登録するときはくたびれ果てたが、それからするとあっけないようなものであった。 ただちょっと大変だったのは、「一発太郎」だった。これを使って一気に登録しようと思ったのが間違いで、「一発太郎」にあれやこれやと散々書かされた挙句よく見ると、サーバーがどうのこうので一発登録は休止中と出ていた。 これはもう使えない。 |
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