【物理・化学的な炊飯プロセス】
生の米は固くて消化しにくいβデンプンの固まりであり、炊飯とはβデンプンをαデンプン化することである。その調理は、
吸水 → 煮る → 蒸す → 蒸らす
からなる。(参考:http://www.kyouwa.owari.or.jp/)
この過程でβデンプンがαデンプン化され、場合によってはおコゲがつき“ご飯”となるのである。
炊飯プロセスにおける鍋内の状態変化の概要を説明する。
鍋に米を入れて、適量の水を入れる。この過程で米は水を吸収する。このプロセスが“吸水”である。
十分に吸収したところで加熱する。水温が上昇してゆくが、この過程でも米は温度に応じて水を吸収する。
水が沸騰すると米粒自体は煮られる状態となる。またデンプンは加熱によりα化する。α化したデンプンは水溶性のために水中に溶け出す。αデンプンは粘度が高いため泡が保持され、水と気泡により体積が急激に増大する。放置すると容器から泡とともに溢れ出す。
これが“ふきこぼれる”状態である。またこのプロセスが“煮る”である。この過程で水は急激に蒸発する。
泡を保持するのに十分な水が無くなったとき、次のプロセスである“蒸す”に移る。
“蒸す”プロセスにより米粒の周りの水が蒸発すると、水が米粒内部に含まれるだけとなる。
この状態から、さらに余分な水分を飛ばすために加熱をやめ保熱する。米粒の周囲の粘液から水分が失われ、我々が食卓で見るご飯の状態となる。この保熱するプロセスが“蒸らす”である。
以上、炊飯プロセスと鍋の内部の状態についての概要説明を終える。
【口伝の考察】
炊飯プロセスの概要から「はじめチョロチョロ、中パッパッ、赤子泣いても蓋とるな」の口伝と対比させ、口伝について考察する。
1.はじめチョロチョロについて
はじめチョロチョロにおける「はじめ」とは吸水後の加熱開始から“煮る”にいたるプロセスに対応していると思われる。
”最初は弱火で沸騰させる”と解釈できるが、これは誤りである。加熱開始〜沸騰までの時間は短いほうが良い。それはα化したデンプンの水中への溶出を抑えるためである。(参照:http://www.kyouwa.owari.or.jp/から”正しいご飯の炊き方って知ってる?”の中の”3.加熱”)したがって炊飯の初期は強い火勢ですばやく沸騰させるのが良いと考えられる。
つまりはじめチョロチョロはおいしいご飯を炊く上では適切でない。
2.中パッパッについて
中パッパッにおける、「中」とは、“煮る”〜“蒸す”のプロセスに対応していると考えられる。
“煮る”プロセスでは沸騰を続けることが重要であるが、ふきこぼれると水中に溶出したαデンプンおよび水を失うので、沸騰しつつふきこぼれないという微妙な火勢制御を必要とする。
この微妙さを“パッパッ”という言葉で表現したと思われる。
3.赤子泣いても蓋とるなについて
これは“蒸らし”のプロセスに対応していると考えられる。
“蒸らし”のプロセスでは高熱で米粒を脱水するのが目的であるので、蓋をとらないことは、保温のために重要なことなのである。
以上、口伝で示されている炊飯技術について考察した。
口伝に示されている炊飯技術には吸水プロセスが表現されていない、また、加熱開始〜“煮る”プロセスにおける不適切と思われる内容、また、パッパッという言葉の不備などがあり、実際に炊飯する際の技術的参考としてははなはだ心ともないことに気づかれたと思う。
しかし、口伝に述べられたことはあながち間違いではない。それについては後述する。
【炊飯技術としての炊飯プロセス】
実際に炊飯する際の手順と注意点を以下にまとめた。
1.吸水
お米のとぎかたについては参考資料を参照のこと。(参照:http://www.kyouwa.owari.or.jp/)
吸水時間の重要性についても前述の参考資料を参照のこと。ちなみに吸水時間は30分から1時間をかけ、米に充分に吸水させること。“煮る”プロセスにおいてふきこぼれしにくい。
水加減についてはなるべく正確なことが望ましい(米の状態にもよるが体積で約1.2倍)
2.加熱開始(点火〜沸騰)
強火でいっきに沸騰させる。ふきこぼれないように注意する事。沸騰したかどうかは鍋の様子を見る、または、聞くで把握できる。
強火のままで沸騰させるとふきこぼれるので火を弱める。次の項へ。
野外におけるたき火で炊飯する場合は、弱火で沸騰させる事をお勧めする。火勢を強くするのは簡単だが、弱くするのは難しいためである。はじめチョロチョロは、薪を用いた炊飯時に有意義なノウハウであると筆者は考えている。
※たき火の火勢制御技術は本稿の趣旨とは外れるので触れていない。
3.煮る(沸騰〜沸騰が収まるまで)
ふきこぼれそうでふきこぼれない火勢にする。都市ガスのガスレンジの場合は弱火で十分である。どんなに弱くしてもふきこぼれてしまう場合は、米の量に対して容器が小さいと考えられる。
沸騰のピークではご飯の炊けるいい匂いがするが、炊き上がりの匂いとは違う。
蒸気が吹き出す蓋の隙間を注意深く見ていると、当初は粘度を帯びた泡をともなう蒸気が出ていたのが、単なる水の蒸気が出るように変化するのがわかるだろう。また、沸騰の終了時は、鍋の内部の沸騰の音がしなくなる。匂いも炊き上がりの匂いにより近くなる。
こうなるとふきこぼれる心配はない。蒸すために火加減を強くする。
炊飯プロセスにおいて“煮る”の終了である。鍋の内部はあらかた水が消え、びしょびしょのご飯粒が並んでいる状態である。
4.蒸す(沸騰終了〜湯気が出なくなるまで)
余分な水分を除く。“蒸す”プロセスは、余分な水分の除去のために行うものであるから、蓋の隙間から湯気が出なくなるまで行う。速やかに行うために火力を上げる。火の勢いが強すぎると内部の水分が蒸発するより早く容器に触れている部分が焦げてしまう。米の量にもよるが3合程度なら都市ガスのガスレンジでは中火で充分である。最初のうち鍋の内部からはぱちぱちという音が聞こえてくる。これは煮つまって粘度が高くなった状態で蒸気の泡がはじける音と推察される。この音はやがて止むが、それは水分が飛んで米と米のあいだにすき間が生じ、泡がはじけなくとも蒸気が逃げられられるようになるためと考えられる。このときは乾いた熱い匂いでする。このプロセスを充分な火力で完了すると炊きあがりの飯の表面にぽつぽつと穴が見られる。
焦げるのではないか?という心配があるばあいは、鍋の上で匂いをかいでみること。焦げ臭くなければまだいける。
湯気が出なくなったら、もしくは、わずかに出るだけになったら、米粒のまわりから水は除かれた状態なので、火を止めて次のプロセスに入る。
5.蒸らす
火を止めてほっとく。これは10分〜15分である。
これらのプロセスにおいて注意点は
・充分に吸水させること
・水加減に注意する事
・鍋の様子の変化を注意深く観察する事(蒸気の質と量、音、匂い)
である。特にプロセスから次のプロセスに移る判断は鍋の観察にかかっている。プロセスをきちんと遂行しても水加減が間違っていると硬いご飯や柔らかいご飯ができてしまう。
余談であるが、ご飯を炊く量が少ない場合(一人分〜二人分)の場合は、電子炊飯器よりも鍋で炊いたほうがおいしいとされる。
【まとめ】
炊飯とは炊飯プロセスによりお米をβデンプンからαデンプンに変化させることである。それは吸水、煮る、蒸す、蒸らすの4大プロセスから成り、炊飯技術はこれらのプロセスを進めるための技術である。
一般に膾炙している口伝は不備と誤りがあり、実際の炊飯にもちいることはできない。
重要なのは、米と水の量の割合を正確にする事、充分に吸水させる事、米の状態を見定めて次の状態への変化のために火力調節を適切に行う事、である。
【おわりに】
炊飯は思われているほど難しくない。自動炊飯器に奪われた炊飯技術を再び我々日本人の手に取り戻す事を筆者は願ってやまない。
本稿を書くにあたりWWWを“炊飯””火加減“で検索し、農協、炊飯器メーカー、アウトドアのサイトから多くの資料を得た。筆者の調べたかぎりでは、米の流通や加工にかかわる会社のサイトでは吸水の重要性を説き、沸騰までの時間を短くすることを勧めている。対してアウトドア系のサイトでは「初めチョロチョロ」を遵守する傾向がみられた。今回は調べられなかったが、もし存在するのであれば、料亭や鮨屋のサイトでどのような炊飯技術のノウハウが公開されているのか興味深いところである。
最後に、筆者がたまたま両親の家に電話をかけていて、雑談の合間に「火を止めるタイミングがわからないんだよね」という質問を発したところ「そうねえ、電子ジャーとか見てると湯気が出なくなってから止まるみたいだねえ」という重要な示唆を与えてくれた故郷の母に感謝とともに本稿を奉げたい。
【補足 平成13年10月】
当稿は平成10年に書かれたものであり筆者の炊飯技術も拙いものであった。
現在に置いてはインターネット技術の普及により当時に比べて炊飯技術の情報が充実している。当稿において使用したURLは現在は残念ながら使用されていない。これにかわる新たなURLを用意することも考えられたが、インターネット時代である現在は検索エンジンを使用して最新の情報を収集するほうがより適切な手段と考え、修正を行わないこととした。
検索する際は、炊飯に加え火加減をキーワードとすることで自動炊飯に関するヒットを減らすことができるので試みられたい。
筆者は鍋、および、飯ごうを用いて炊飯していたが、現在では釜(厚アルミ製)を使用している。釜を用いることにより炊飯の失敗が少なくなる、および炊きあがりがおいしい、などの利点があり専用に作られ日本の長い歴史の中で培われた用具に深く感動した次第である。もし、炊飯を日常的に行うのであれば釜を使うことをお勧めする。決して後悔することはないだろう。
【補足 平成16年9月】
炊飯プロセスにおける火加減について追加を行った。