2004年1月


2004年1月25日(日)

先週は土日と仕事だったので久しぶりにお休み。特に予定は何もなしで部屋で休養と読書と音楽と。

Number594号「特集:不器用で悪いか!」は結構よかったな。やはりNumberはジャンル横断的に特集を組んだときの方が出来がよいと思うがよけいなおせっかいか。吉田義人の記事には泣けてきた。またも藤島節が冴える。逆に最悪だったのが、サッカーマガジン958号での杉山茂樹氏のコラム。「天皇杯決勝は、恐ろしいほど退屈な試合だった」そうです。その理由は「両チームが共に3−5−2のフォーメーションだったから」だそうです。この試合はスコアは1−0とはいえ、こちらのレポートにあるようになかなかに見所のある好ゲームだと思ったのですけどね。そんなに「攻撃的」が見たいならばハブとマングースの決闘でも見てればいいじゃないの!まあ、僕がここで言っても仕方がないかもしれませんが。BGMは、LIVING/LOVING/CARNATION(cutting edge)、want one/Rufus Wainwright(DREAMWORKS)など。直枝さんもルーファスくんもとても色気のある声。新しく買った本は、秋庭俊「帝都東京・隠された地下網の秘密2」(洋泉社)、ヴィクトルト・リプチンスキ「ねじとねじ回し −この千年で最高の発明をめぐる物語−」(早川書房)など。「帝都東京〜」は待望の続編で、かなり期待している。



2004年1月24日(土)

何日か前に触れたone noteさんのアルバムを何度も何度も聴いています。少し甘めの男性ボーカルのポップスなのですが、この感触は先行するどのバンドに近いかと言うと空気公団のことを思い出した。空気公団に関して言えば、僕は以下のようなことをよく思うのです。「彼らは、自分の暗さや社会がどうのこうのということなんか歌いたくないのだ。メロディと言葉が合わさったとき、いろんな楽器が奏でる完璧なフレーズが交わるときに生まれるマジックを作り続けたいのだ」以上は久保憲司氏がBell and Sebastianについて触れた文章の一部なのですが(MUSIC MAGAZINE社刊 「ギター・ポップ・ジャンボリー」というディスクガイドの本p167より)、空気公団のことを考えるときによくこの言葉を思い出す。one noteのアルバムを繰り返し聴くにつけ、同じくこの言葉を思い出した。例えば、「このまま世界が僕たちを取り残しても/明日の景色が綺麗なら構わない(one year より)「悲しいことしか思い出さないなんて/下らない事と思えるのなら/初夏の空の青さ、秋の森の赤さを/僕は深く考えてみる(オレンジ より)といった歌詞に表れているように、自らの五感によって得られる周囲の情景を描くことに徹しており、派手な自己表出であったり尊大なメッセージなどは全く見られない。こうした徹底的にストイックな姿勢が全編にわたって貫かれており、表象的には穏やかなポップスの風情であるが、その徹底振りにはある種の凄みを感じる。製作者はきっと、自らが作り出した音楽に強い誇りを持ち、その品質については妥協を許さぬ頑固さを持っているに違いない。ここには確かにポップスの魔法がある。さらにもう一つ付け加えるならばトータルタイムが短いのも良いところ。さてライブはどんな感じになるのでしょうか?



2004年1月12日(月)

2002年のベネズエラでのクーデター未遂事件についてのドキュメンタリー番組を見た。これがかなり衝撃的な内容でしばらくいろいろ考える。WEBで調べてみましたので、この記事などを読むと大体の概要がわかります。ドキュメンタリーの映像を見ながら強く感じたのはチャベス大統領をはじめとして登場する政治家や軍人のほとんどがきりっとしたいい顔をしていること。そして演説にしても会議での言葉にしても一つ一つの言葉がとても生き生きとしていて力強いことに感銘を受けた。それに対して、現在の我が国のことを思うに、総理大臣が外務大臣が防衛庁長官が青白い顔をして全く実感のこもっていないペラペラで薄っぺらい言葉を吐き出すのをニュース映像などで見ていると、悄然としてしまう。しかしそれは彼ら個人の資質に還元されるものではなく、現在のこの国の現況を彼らが代表していると考えるべきだろう。もちろん軍事クーデターなど起こって欲しいものではないが、平和な時代が続くということは人の顔つきを緩ませてしまうのである。



2004年1月11日(日)

また選挙である。来週日曜日が投票日の名古屋市議会議員名東区選挙区補欠選挙のために、先日行った名東区役所に再び行ってきました。なんだか法律が変わったとかで「不在者投票」ではなく「事前投票」と呼ぶそうです。それにしても投票所にいる人達は区役所職員が休日出勤しているのでしょうが、なんであんなに大勢いるのだろうか。もっと少ない人数でもやれそうだと、投票に行く度に思うのだけど。この補欠選挙は(→こういう経緯)で行われるのですが、全国的にはどうか知りませんが、この汚職事件は愛知県内では結構な騒ぎになって連日新聞をにぎわしていました。この逮捕された市議会議員は、この選挙区というだけでなく自宅が僕が住んでいるのと同じ町内にあるらしいと新聞記事で知った。まあどうでもいい話ではありますが。

ジェイスポーツでラグビートップリーグの東芝府中*神戸製鋼@秩父宮ラグビー場をTV観戦する。レベルの高い白熱したゲームにどんどん引き込まれてしまった。素晴らしいゲームでした。両者ともに見られた特徴としてはモールをうまく使っていたこと。展開継続ラグビーと称して、なんだか落ち着きなくボールを動かすのだが、ボールを動かすことが目的になってしまってゴールラインがどんどん遠くなるチームが時折見受けられるが、この両チームはモールを上手く使ってメリハリの効いた効果的なゲームメイクを行っていた。一進一退の攻防から最後に東芝が逃げ切った。今日の試合を見た人は、きっとラグビーの魅力を存分に味わうことができてまたスタジアムに足を運びたくなったのではないだろうか。

All Day Music/one note(sucre)を聴いています。夕方にパルコのタワーレコードに行って買ってきました。素晴らしいポップアルバムに仕上がっていますので、ぜひ聴いてみてください。ちなみにone noteこと林くんとは2回ほど話をしたことがありますが、とても礼儀正しい好青年であります。きっと女の子にももてるのだろうなと勝手に想像してみたり。ところで、one noteさんからは「デモの段階ですが」と断った上で、半年ほど前に3曲入りCDRをもらっていてそれも結構な回数聴きました。そのデモ音源と今回の仕上がったアルバムを聴き比べてみると、音楽を語る言葉が貧しいのでうまく説明が出来ないのですが、なるほどこうなるのかと感心した。もっと詳しい情報は↓でどうぞ。
one note official web site



2004年1月8日(木)

夕方に名古屋に戻ってくる用事があったので、名東区役所によって住民票の写しをとってきた。17時に閉庁だと思っていたので、腕時計で時間を確認しつつ東名高速をとばして何とか16時58分に名東区役所に到着してみたところ、17時15分までやっていた。やれやれ。


2004年1月6日(火)

とある資格試験に合格したので登録申請手続きをしてくださいとの連絡が来た。その中で住民票の写しを同封することとあり、どのようにすれば最も簡単に住民票の写しをとれるのかと思案した。現在のところ仕事で愛知県東栄町に行っているので、居住地である区役所にはすぐに行けないのだ。名古屋市のWEBサイトでの案内によると(→こちら)とある。住民基本台帳ネットワークが整備されたために、住民票の写しは全国どの市町村でもとれるらしい。これを使わない手はないと思って、東栄町の役場に電話して訊いてみると、本人確認のために運転免許証を掲示してもらえばよいとのこと。ただし、戸籍の記載はなされませんと、再度念押しされた。そこで、今度は提出先の方へ電話をして、「住民票には本籍の記載が必要なのかどうか」を訊くと、「本籍が入っていた方がよいのですが・・・」と言われた。これで近くの役場に取りに行く案はボツとなってしまった。「住民基本台帳ネットワーク」使えません。

疑問@:なぜ住所地以外の市区町村で交付される住民票の写しは、戸籍の表示ができないのか?
疑問A:登録申請時になぜ本籍記載の住民票の写しを提出しなければならないのか?これはそこに住んでいることの証明が必要なのか、それとも本人確認の証明が必要なのか?

戸籍とは何なのだろうか?住民票があるということはその場所に住んでいることの登録であり、住民税をその市町村で払い、選挙権はその市町村がある選挙区で行使することができる。それでは「戸籍がある場所=本籍地」とは何なのだろうか?僕の場合の本籍地は父親の実家がある埼玉県浦和市にある(おっと、今はさいたま市か)のだが、毎年正月になれば訪れるとはいえ一度も住んだことがない土地だ。おそらくこれは明治時代に一体どこにどれだけの数の人間がいるかを把握するために作られた制度だろう(調べてないので違ったらごめんなさい)が、これだけ居住場所が流動的になっている現在の日本では全く持って本籍「地」とは書類上の形式的なものにしか思えない。おそらく、そう遠くない将来に戸籍の制度は消滅するに違いない。それは「住民基本台帳ネットワーク」と「納税者番号制度」をリンクさせて、ネットワーク上で国民を一元管理するものになるはずで、この規定路線は変わらないし、僕はこの変化は必然であり致し方ないものなのだと思っている。と書くとすぐに「プライバシーの保護が云々・・・」と言った意見が出るだろう。僕だって個人情報が完全にガードされるとは思っていないが、ネットワーク上で個人情報をやり取りできることによる行政事務の効率化による便益の方がはるかに大きなものではないだろうか。大体すでに金融システムはほとんどネットワーク上で決済されているのに、住民登録がそうならないのはおかしいじゃないか。それでも「個人情報の漏洩が心配で・・・」と言う人には、「それじゃ、この国から出て行けば」と言いたい。税金も払うだろうが、様々な公的サービスだって受け取っているのだから、この国に住まうならばそれくらいしてもいいのでは。とまあ、今回はここまで。



2004年1月3日(土)

午後に西新宿へ。久しぶりにレコード屋でいろいろ見る。今日の収穫は METAL AND SHELLS/The Go-Betweens、DOG LEAP STARS/Kathryn Williamsなど。前者はアメリカのみで発売された編集盤。後者は1stアルバムが限定でのアナログで再発とのこと。

うまねんWEBの村田君と合流して居酒屋にて会談。じっくり話すのは久しぶりだった。ラグビーフットボールの話題、トップリーグのこと、ワールドカップのこと、代表チームのこと、岩淵健輔のことなど。自然と話題はサッカーの方へ流れていき、天皇杯決勝のこと、FC東京のこと、ジュビロ磐田のこと、Numberで村田君が書いた記事のこと、セレッソの大久保のこと、ジーコの代表チームのことなど。もうフットボールの話題で十分な分量ではあったのだが、以前二人でメールを使ってディスカッションをした「日本の財政問題」については少しさわりだけ話したところで時間切れになってしまった。この話題は次回にとっておこう、と言っておいてその次回が来る前に「財政が破綻」してたりして・・・・・・、などと縁起でもないことは言わない方がいいかな?

品川から新幹線に乗り、名古屋へ戻ってきた。帰省客とは反対向きなので新幹線は混んではいなかった。23時半に名古屋の部屋に戻ってきた。



2004年1月2日(金)

今日は母親の方の実家である溝の口へ行く。従兄弟の二人の子供(4歳男の子と2歳女の子)がとてもかわいらしい。ごちそうを食べすぎ。お酒を飲みすぎ。ワインも日本酒も上等なものが出てきて口あたりよく飲めるので、ちょっと飲みすぎてしまった。そんな新年二日目でした。





2004年1月1日(木)

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

朝は横浜の実家に家族で集まって新年の挨拶。実家の方も多少はハイテク化が進み、ケーブルTVが導入されていた。また父親がデジカメでの撮影に熱心なので庭で写真を撮られたりした。

国立競技場にてサッカー天皇杯決勝、セレッソ大阪*ジュビロ磐田を観戦した。用心して厚着をしていったが、思ったよりも暖かくほどよい気候だった。試合の方は、1−0でジュビロ磐田が勝利!ボールがよく動く、見ごたえのあるいいゲームだった。この試合のマン・オブ・ザ・マッチにはGKの洋平さんをあげたい。何度も決定機を防ぐ活躍ぶりだった。柳下監督の選手交代もうまくはまり、中山をいれたときに誰を下げるのかなと見ていたら、左サイドの成岡を下げた。服部を左サイドに回して森島のマークにあたらせて、名波と前田を一列さげる。交代後すぐの決勝点は、右サイドを突破した中山から前田へ、そしてゴール前のグラウへと渡る見事な得点だった。やっぱり、決勝戦はいいですね。ロイヤルボックスへあがっていっての表彰式と選手のウイニングランまで見てしまいました。




浦和の父の実家の方へ移動する。TVでちょうど天皇杯決勝の録画中継をやっていてまた見てしまう。何人かの人といっしょに見ていたが、さすが浦和の人なのでみんなサッカーに詳しい。レッズファン一色かというとそうでもなくて、伯父さんの一人が日産に勤めていたので、かつての日産の選手のうち何人かは知っているそうだしちょっとマリノスも気になるとのこと。またこの伯父さんはオランダ駐在経験があり「オランダにいたときは、日産がユトレヒトのスポンサーだった関係で、ユトレヒトのゲームをよく見に行ったのだよ」とか、「元日本代表監督だった二宮さんは知っている?あの人は三菱自動車の人だけど、ビジネスの関係でヨーロッパで何度か会ったことがあるよ」(→関連記事)とかさらっとすごいこと言う。全くヤマハ発動機なんぞを応援している場合ではないような気がしてきた(笑)。ちなみにサッカーにあまり詳しくない人向けに補足説明すると、三菱自動車−浦和レッズ、日産自動車−横浜マリノス、ヤマハ発動機−ジュビロ磐田、ヤンマー−セレッソ大阪となります。

横浜の自宅に戻ってTVをザッピングしていたら、JSPORTSでちょうどラグビーワールドカップ決勝の再放送がやっていた。ちょうどいいのでそのまま最後まで見た。試合経過と結果は知っていたのでそれほど感動はしなかったが、やはりかなりのいい試合。最後にDGを決めたウィルキンソンはたいしたものだが、献身的に働くイングランドFWにしびれる。後半そして延長とだんだん疲労がたまってはいただろうが、両チームとも集中力を切らさずにタックルをし、そしてモールを押す。藤島大氏がコラムに書いていたが(→これの第17回)、このゲームには「いまここで」の美学が凝縮されていた。自分の前の敵に迷わずタックルに入り、目の前のルーズボールにすばやくセービングに入る。そうしたプレーの集積がゲームを引き締まったものにする。素晴らしいゲームを見せてくれた両チームに感謝を。そして全てのラグビープレーヤーが、この決勝戦から「いまここで」の精神を読み取って今後のプレーに反映させてくれることを期待します。



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