2003年12月


2003年12月31日(水)

2002年サッカーワールドカップ日韓大会での日本代表チームを追ったドキュメンタリー「六月の勝利の歌を忘れない」(→amazon)をやっとのことで見終わった。大会自体は1年半前で、この作品が出たのも1年前になるので今更の感がありますけれど。ナレーションもなく映像と字幕だけで構成する編集は素材からいっても上手くいっているように思った。カメラが廻っていた総量からすればこれでも随分と圧縮したはずでしょうが、ひとつの映像作品と考えればちょっと長いかなとも感じた。

気になったシーンを思い出しつつ箇条書きに。
・ボールを慈しむようにリフティングをする柳沢選手。最も美しかったシーン。
・「市川はどうだろう、緊張してないだろうか」とトルシエ監督が戸田に尋ねる。
・ベルギー戦後のミーティングにて。トルシエ監督は全体ミーティングの後でミスをした選手だけを残して厳しく叱責をする。その後で、通訳にふと漏らす「どれだけ言ってしまっていいものかよくわからなくなる」と。
・岡野会長の激励の言葉がものすごく短い。さすがに元代表監督なので長い話は迷惑とよくわかっている?
・ロッカールームで真っ先に口を開くのは中田英寿と森岡隆三。この二人がチームリーダーであるのが実によくわかる。
・年長者である中山と秋田のチーム内での存在感。サッカーチームは基本的には技能職能集団であるけれども、長期の合宿生活ではグループ内の年齢構成は(特に日本人にとっては)重要なのだと再認識した。

あのワールドカップ日韓大会からすでに一年半が経っており、代表チームのメンバーも大幅に入れ替わっている。時が経つのは早くそしてフットボールは今日も続いていく。

夕方に部屋を出発して新幹線で横浜の実家に帰る。さすがにこの時間ではすでに人は少なかった。一応気になっていたので、曙がノックアウトされるシーンは見ました。そんな感じでまったりと年は暮れていきました。



2003年12月30日(火)

僕の部屋で忘年会をやりました。取引先の方からお歳暮でビールもらったので、それをみんなで飲もうかと考えて、鍋をやることにした。お昼のうちにスーパーマーケットに買い出しに行く。来てくれた人は、後藤店長に古橋将軍と西川篤子さんで、モモジくんは体調不良とのことで欠席となった。このメンバーでは代わり映えしないなと考えて、今回はかっつんさんにも来てもらいました。かっつんさんと将軍の絡みは何というかまあ見物でした。自分の部屋でやるのはいいですね。酔っぱらったままそのまま寝れてしまうので。食器などもいつの間にか洗ってありまして(古橋さん西川さんありがとう!)無事に終ることができました。


2003年12月28日(日)

この日は瑞穂ラグビー場に大学ラグビーを見に行きました。なんとカノーヴァンの新見さんといっしょにです。本日のカードはグループリーグの第2節で、法政大*京都産業大、明治大*同志社大の好カードが組まれました。2試合も見れてしまいお得です。新見さんは同志社を応援しているとのことですが、僕は「ひいきの大学チームはないけれども強いて言えば法政かな」と言うと「それじゃ、2試合目はどちらを応援しますか?」と問われ「うーむ、明治かな」と答えると「それでは、2試合とも敵同士ですね」と。まあ僕は一応関東出身でありますし。

まず1試合目ですが、京産大のウイングが立て続けにキック処理を誤り落球!あまりに何回も落とす物だから、バックスタンドの僕らの近くでは失笑も漏れていました。そんなわけですから、あっという間に点差がついてしまい、ふと気がつくと前半30分までに京産大の両ウイングは交代していました(笑)負傷交代ではなくおそらく戦術的(?)交代だったのでしょう。大差がついた試合でしたが、法政が良かったというよりも、京産大のDFがザルだったように思います。法政ではプレースキッカーを努めた金澤選手のスーパーブーツぶりに驚嘆。タッチライン際からのコンヴァージョンでもど真ん中に軽々と蹴り込んでいました。

さて2試合目です。同志社への声援がものすごく大きい。名古屋は関西なのか?おそらく同志社ラグビーを追いかけて来たのだろうおじさん達は声援もヤジも内容が細かい。CTBの平くんと、WTBの「ケンちゃん」こと正面くんが特に人気が有る模様。試合の方はノーガードで豪快に撃ち合い同志社が寄り切り勝ち(と書いてみたのですが、普通に考えると撃ち合ったのなら決まり手は「突き出し」か「押し出し」で、がっぷり四つに組んだのなら「寄り切り」となるのですが、当日の感触を忠実に表現すると「撃ち合い」の末に「寄り切り」となります……なんだかよくわからなくなってきたが)。バックスに関しては明らかに同志社の方が素材が上で、単純な抜き合いでは負けないだろうから、ボールを動かして走りきる戦いぶりは自分の土俵に上げての勝負だったと言える。でも僕は試合内容には大いに不満。継続することが自己目的化してしまって、緩急のメリハリのないゲームメイクは好きではない。それを具体的なプレーであげれば、ルーズボールが転がっている場面でセービングに入らずに足にかけるプレーを選択する、あるいはタックルされた後で自陣側に確実にダウンボールをせずにパスする選手を探しているうちに敵方選手にボールに絡まれてしまったり、といった場面。次の次を読んだプレーと言えなくもないが、そうしたプレーの集積が試合を落ち着かないものにする。同志社の快勝に沸くバックスタンドで僕は醒めた目でそんなことを考えていた。

帰りの駅までの道すがら、新見さんに対しても上記のようなことをダラダラとぼやいていたのですが、同志社を応援していた新見さんにとっては「せっかく勝ったのにケチをつけられている」ように感じていたかもしれないですね。部屋に戻ってきてから少し反省しました。

途中で新見さんとは一旦別れて、松坂屋によりカノーヴァンへ持っていく忘年会用の食材を探す。年末の食品売り場はものすごい人混みであった。

夜はカノーヴァンでの忘年会に行きました。ウノミッフィーさんと始めて話す。たまたま隣に座ったので、お互い自己紹介すると「え、あなたが森末さんですか!」「君がウノミッフィーかい、噂は聞いております」となった。彼はこのメッシナ商会のことを知っていたそうです。お酒が入ったウノミッフィーはたくさんしゃべってくれた。僕は彼の話をずっと聞いていたような気がする。壁の大きなスクリーンでファミコンをやっていた。最近の高性能機ではなく初代のマシンだ。僕はTVゲームにほとんど興味ないまま来てしまったのだけど、この頃のゲームについてはかすかに記憶がある。ファミスタ(野球ゲームね)なんて懐かしい。誰か演奏をした人がいたけれどもあまりよく覚えていない。



2003年12月27日(土)

サッカー天皇杯準決勝2試合を録画中継でTV観戦。途中で時計が早く進むために、延長戦に入ってしまうのがわかるのが難でしたね。部屋の時計を見ながら「もうすぐ決勝点か」と思ったところでC大阪の大久保のスーパーミドルシュートが決まった。



2003年12月14日(日)

都心の夕暮れ (さてこれはどこでしょう?)



2003年12月12日(金)

初冬の木漏れ日




2003年12月7日(日)

この日は、ラグビートップリーグのヤマハ*サントリー@ヤマハスタジアムか、トップウェストのトヨタ自動車*豊田自動織機@豊田運動公園陸上競技場のどちらかを見に行こうかと考えていたが、朝起きたら10時を過ぎていたのでその案はあっさり却下として、TVで見ることにした。もう12月で結構寒いし。そんなわけで、ヤマハ*サントリーのゲームをTV観戦した。磐田のヤマハスタジアムでのトップリーグの試合は初めてであったが画面で見た感じ特に違和感はなかった。結構たくさんお客さんも入っていてよい雰囲気に見えた。ゲームの方はお互いにDFが堅くロースコアの展開になった。接点での攻防に迫力がありどちらも連続攻撃がなかなか続かない。しびれるような時間が続き、ヤマハが残り10分でトライをあげて突き放し、終了間際にサントリーが何とか1トライを返したが、17−10でヤマハが競り勝った。とても質の高いゲームであったように思う。ヤマハのゲームをきちんと見るのは始めてだが、予想以上によく鍛えられたチームのようだ。タックルで確実に止めて、接点では当たり負けせず、なおかつしつこく行くことが徹底されていた。縦に行く場面と、大きく振る場面とのメリハリもあり、終盤リードしてからのキックの使い方などのゲームプランにも迷いがなかった。華麗なというよりもゴツイところがあるが、僕は好印象を持った。選手としては、ヘッドコーチ兼任のCTBマットソンが充実した仕事振り。FWは特に誰というわけではないが、ユニットとしてよく鍛えられ統制がとれていた。一方のサントリーは、前節に続いての連敗となったがチームとしての状態が下降気味であるのだろう。サントリーは注目を集めた開幕戦にピークをまずもっていったのだろうし、代表メンバーはまだ本調子には遠そうだ。特に大久保は体が重たそうだった。前日はワールドがNECを撃破しており、トップリーグは混戦の様相を呈してきた。11月に東京で見たときも書いたが、明らかに競った試合が例年よりも増えておりトップリーグに改組したのは、試合の質を高める意味では成功ではないだろうか。後はもっとお客さんが入ってくれればいいのだが。

これの裏でやっていた明治*早稲田@国立の試合は見てません。

サッカー東アジア選手権、日本*香港@埼玉の試合をぼんやりと見ていた。あれですね、選手交代がよくわかりませんでしたな。せっかくの初キャップだったのに、山田卓也が入ったら中盤のバランスが崩れてピンチの連続に。どういう意図だったのか。終盤に本気で追加点を取りに行くつもりならば、大久保を下げて放り込みをしてみてもよかったのでは?まあ、次の韓国戦でどんな内容であろうと勝てば全てOKとなるのかもしれませんが。



2003年12月6日(土)

音楽雑誌を立ち読みしていたら、エコー&バニーメンのライブレポの記事が載っていた。エコバニである。どうやら結成25年だそうです。78年結成とはゴービトと同期か。日本に来ていたとは知らなかった。むかし、高校生の頃とかよく聴いた覚えがある。エコバニといえば、セットでキュアーのことを思い出した。まだ、やっているのだろうか。ロバート・スミスはまた太ったのだろうか?(検索してみたらWEBサイトがありました)
Echo and the Bunnymen the official website
www.thecure.com - THE OFFICIAL WEBSITE



2003年12月1日(月)

TVで皇室を紹介した番組を見た。皇太子の娘さんは、どうやら父親似のようですな……。お母さんは結構美人なのにね。まあよその家のことなので別にどうでもいいといえばどうでもいいのですけど。



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