2002年10月

2002年10月31日(木)

11月2日(土)は高校ラグビーの愛知県大会を見に行こうと思っている。その会場となる、豊橋岩田球技場はどんなところだろうと思い、検索をしてみるとこんなwebサイト→日本蹴球場写真館を見つけた。東海地方中心だが、小さなグラウンドまで写真で紹介されており、管理人さんの熱心さに感心します。僕が高校生だった10年前はまだ高校ラグビーは公式戦でも芝生のグラウンドでの試合は少なく、高校のグラウンドで行われることが多かった。今でもよく覚えているのは僕が2年生時の県大会準決勝が高校グラウンド、それも対戦相手の高校のグラウンドで行われ、試合には負け結局その対戦相手が全国大会出場を果たした。その年は決勝のみが瑞穂ラグビー場で行われたが、その他の試合はすべて高校のグラウンドで行われたのでした。それが今年の場合だとベスト16にあたる県大会からはすべて公営の芝生のグラウンドで行われている。いい時代になったものだと感慨深い。



2002年10月30日(水)

プロ野球日本シリーズは巨人が4連勝であっさり決着。特にどちらかの熱心なファンではない僕としては、7戦までもつれ込むような激闘を期待していただけに、実に残念である。
あまりTVでも見れなかったのだが、この日は6時半から8時頃はオフィスのTVを横目でチラチラ眺めながら見ていた。おっ、松坂が投げているぞと思ったところでクルマに乗ったので、それ以降はクルマでラジオを聞いていた。6回から登板した松坂が斎藤に勝ち越しタイムリーを打たれた時点でこの試合のそしてシリーズの大勢は決してしまったといっていいだろう。この後もラジオを聞きながらクルマを運転していたはずだが、ほとんど試合展開は覚えていない。この試合で6回から第1戦でノックアウトされている松坂を出したことについて、采配を疑問視する意見が多い。例えば、NHKラジオのゲストで来ていたロッテの小林は「なぜ松坂を投げさせるのかわからない」と繰り返して述べて、特に先発、中継ぎ、抑えの違いに触れて、シーズン中に中継ぎの経験のない松坂をここで出すべきでなかったと言っていた。また、帰宅後に見たニュースステーションでも、そのような意見が出ていたように思う。だが、そうだろうか?僕はここでの松坂登板はありだったと思う。そして結果的に西武は伊原監督は賭けに負けた。
この場面は西武からみると、3連敗後の第4戦、6回で同点の場面。たとえこの試合に勝ったとしても、その後にさらに3連勝する必要がある。松坂投入の意味はここでただ相手打線を抑えるだけでなく、相手を圧倒しチーム自体に勢いをつけるためのものだったはずだ。第4戦での松坂投入を言うならば、シーズン中に長いブランクがあった松坂を第1戦で先発起用したことの方が驚きだろう。この時点で、伊原監督は松坂中心に行くと決めたのだろう。チーム最多勝だった西口はそんなにも信頼されていなかったということか。
翌日の日経新聞で現在最も信頼できる野球評論家の豊田泰光氏が「マイナス思考のセオリー」と題してコラムを寄せている。以下一部分を引用します。
「野球のセオリーには失敗をどう防ぐかという消極的な動機によるものや、失敗の言い訳が立つという「逃げ」が多いと私は思っている。窮地で血路を切り開くのはセオリーではない。(中略)第4戦での西口から松坂への継投・・・。奇をてらいすぎてもまずいということか」
そもそもブランク明けの松坂を第1戦先発させた時点でセオリー通りではない。西武側からみて、戦力的に劣ると見てシリーズに臨んだことが大敗のきっかけになったことになる。普段着野球と称して正面からぶつかったらどうなっていたかとも思うが、勝負事では「たられば」は言ってはいけない。
そして思うのはセパの実力格差。ぼんやりとプロ野球の暗い将来を思う。

(なんか、熱くなってしまいました・・・)



21日〜29日

某所で車上荒らしにあい、カバン2つとノートパソコンが盗難にあう。3日後にカバンは発見されたが、パソコンは戻ってこなかった。クルマの窓ガラスが割られ、修理に出し、またパソコン盗難にあたって会社で始末書を書いた。警察への被害届や、遺失物引取などおもしろかったのですが、少し時間が経ってしまったので、振り返り詳述はしないこととしました。聞きたい人は本人に会ったときに訊いてみてください。(11月10日記す)


2002年10月20日(日)

月曜までの仕事がどうしても終わらずに会社に出てきて仕事をする。なかなか終わらずに結局8時までかかってしまう。
Jリーグ仙台*磐田@宮城スタジアムの結果が気になり、iモードで2時半頃に調べると、後半35分で2−1で仙台リードとのこと。ああ、今日はこのまま負けかと思っていてその後に調べなかったが、ふと夜の8時ごろにもう一度調べてみると、2−3vで磐田逆転勝ち。それも得点者が西と川口なのが、嬉しいじゃないですか。ニュースでも見てなくて、詳細がわからないがこれでまだまだ優勝の可能性を残すと思う。
仕事終わって、鶴舞のハポンへ。バンパクに行ってきました。ハポンは中央線の高架下のスペースで天井が高いのがいい。8時過ぎからなので、結局は、三田はるなパン、ギロ、6EYESの3つしか見れなかったのですが、それぞれ持ち味は違えど、「おお、ロックやな」と感心しました。いや、まあ本当にかっこよかったです。こんないいバンドを目の前で(ボーカルの人まで1m程度の距離で)見れるとは幸せです。ライブを見ながら「芸術は生活に密着した存在であるべきだ」といったことを考えていました。先週も今週も直接に知っている人が演奏したり企画したりするものをみたわけですけども・・・、う〜む、ここからうまく展開しないので仕切り直し。この場に来ていた人たちを見ていると、音楽を受容することがライフスタイルの中に自然と組み込まれているようです。出演したバンドの演奏も当然素晴らしかったのですが、僕はこの場所に集った人たちのものすごく自然な姿勢に対しても敬意を表したいと思います。つまり、とてもよい雰囲気だったよと言いたいのですが、なんか持って回ったような言い回しとなってしまいました。とにかく、いい夜でした。



2002年10月13日(日)

先週に引き続き、今日も部屋の呼び鈴が鳴りました。NHKの受信料の集金でした。この部屋に越してきて1年ですが、今まで払っていませんでした。その前は会社の寮だったので当然払っていなくて、その前の横浜の部屋では本当にTVがありませんでした。まあ、NHKはBSでJリーグを放送してくれるし、FMにはかなりお世話になっていますので受信料を払うことには抵抗はありません。その場で当月分を支払い、振込みの用紙をもらいました。
アジア大会男子サッカー決勝、日本*イランは1−2で敗戦。失点は共にDFラインでの簡単なミスからでDFには大きく悔いが残るであろう。先取点を取られてからバタバタとしたところがあり、修正がなかなか利かなかったが、今大会で先取点を取られたのは始めてだから今後に対してよい経験になっただろう。イランは強かった。1対1の場面で日本選手が当たり負けする場面が多く見られ、鋭いミドルシュートも多かった。最後の10分では立て続けに点が入り、結構ドキドキした。TV局のリポーターは「アテネ、アテネ」と連呼するかもしれないが、U21代表の選手諸君は、その前にクラブでJリーグのゲームに出れるように努力してください。



2002年10月12日(土)

大阪行きの日。近鉄特急で大阪に向かう。目的はスモールサイズペンドルトン10周年記念ライブなのだが、今回はそのついでにいくつか中古レコード屋をまわってThe Go-Betweensのレコードを探そうとの予定。車中でレコードマップを見てどの店にいくか予習する。大阪は土地勘がないので、事前に調べていかないと迷ってしまう。さて、心斎橋ではシエスタレコードとTIME BOMBに行ったのですが、特にTIME BOMBでの中古レコードの圧倒的な量にびっくり。舞い上がってたくさん買い込んでしまいました。2店であわせて、アルバム3枚(1枚はプロモ用)12インチシングル2枚、7インチシングル2枚で合計金額は2万円弱となり、結構な出費だがかなり満足な成果となった。これからも折を見てシングルなど探したいところ。
さて、その後当初の目的であった難波ベアーズでのスモールサイズペンドルトン10周年記念ライブを見に行きました。別ページでライブレポを書きましたのでこちらを見てください。
帰りの近鉄特急車内では村上春樹「海辺のカフカ」を読む。移動の電車内は実に読書が進む。名古屋駅からの地下鉄の終電には間に合ったが、星ヶ丘駅からのバスはすでになく部屋まで25分ほど歩いて帰る。ひやりとした秋の夜の空気に当たりながら一人夜道を歩く。



2002年10月11日(金)

今日は仕事で今池にある会社で打ち合わせがあり、途中で久しぶりにちくさ正文館によった。クッキーシーンの最新号とレコードマップ2003を購入する。クッキーシーンにはThe Go-BetweensのRobert Forsterのインタビューが掲載されており、今回の再発プロジェクトとレコーディング中のアルバムについて存分に語っている。こうしてまとまったインタビューはとても珍しく、僕が覚えている限りでは、むかしにロッキング・オンでGrant McLennanのインタビューを見た覚えがあるが、あれは何年の記事だったか全然思い出せない。とにかく、期待と妄想は膨らむばかり。ああ、本当に来年には来日公演があるのだろうか?

COOKIE SCENE



2002年10月8日(火)

夕方は早くに帰ってくることが出来てアジア大会男子サッカー日本*中国を前半の途中から見ることが出来た。1−0で日本が勝った。勝負強いU21日本代表の戦いぶりに感心する。中国は大会前より評価が高く実際に見た印象では個人能力に優れているように見えた。格上の相手に対して、ある程度ボールを支配されたうえできちんと守り少ないチャンスで決めて逃げ切る。そんなゲームをした。A代表や年代別代表とも日本がボールを支配しながら、カウンターを決められて逃げ切られたゲームはいくつか思い出すが、今回のように逆のケースはあまり思いつかない。選手達の奮闘は当然賞賛されるべきだが、TVで解説していた岡田さんも言っていたように、日本サッカー界としての経験の蓄積が大きな財産になっているように感じられた。



2002年10月7日(月)

夜中にふと検索をしてみてThe Go-Betweensの日本語でのファンサイトを発見する。そこでの最新のニュースによると、初期の3枚のアルバムが未発表音源を含んで再発されるとのこと。また再結成後2枚目のアルバムをレコーディング中で来年の前半には出るらしい。そして、その発売にあわせて来日公演が行われる可能際が高くなっているようだ・・・、本当かなというのが正直なところだがぜひ来日公演実現して欲しい。そうなったら仕事は休みとってでも行きます。そのサイトの管理人さんへメールを送りいくつか情報交換もしました。ちょっと興奮してしまって、朝方まで眠れず。またWondergroundは今回の日本盤を発売するレーベルです。

go-betweens hp one & only in japan

Wonderground



2002年10月6日(日)

日曜日に部屋にいるといろんな勧誘が来ます。町内会費の集金の人は僕は日曜日にしか在宅してないことを知っていますから日曜日を狙ってきます。今日は結婚式場の人が来た。呼び鈴が鳴って、ドアを開けるとおばさんがいきなり訊いて来ます「結婚されてます?」「29歳、独身です」「それはよかった・・・」といった会話があり、「MatchingParty−あなたのために出逢いのチャンスを演出します」というのに来て見ませんかと誘われました。結婚式場の高砂殿がやっているそうです。結婚式場が男女の出逢いから結婚式まで仕切るわけですか、何かベルトコンベアに乗せられた製品みたいな感じがします。そして、チラシだけもらって丁重にお断りしたのでした。



2002年10月5日(土)

今日はJリーグのG大阪*磐田@万博が気になったが、TVで見れないようなのでたまった仕事を進めることとした。6時頃まで会社で事務仕事。休日は電話もかかってこないし、人も少ないし結構はかどる。
クルマで来ていて、矢場町のパルコに向かったのだが、伏見通りで工事をしていて予想外の渋滞に巻き込まれる。国際センターから矢場町で駐車場に入れるまでに30分以上かかってしまう。歩いても30分以内で着きそうな距離なのに。
パルコではPBCで、後藤健生「偶然と必然−2002W杯に見る世界のプレー」(文藝春秋)を買う。後藤氏の今回のW杯絡みの本としては3冊めにして真打ち登場、実際に観戦したゲーム分析のみで構成された本となっている。実際にTV観戦した試合を思い出しながら読むとおもしろい。もう1冊はスティーブン・ミルハウザーの小説を手に取る。いつか読む予定だが、多分すぐには読めない。
タワーレコードでは「初恋の嵐」のアルバムと、インディア・アリーの新しいアルバムを試聴してみてよかったので買う。あともう一つは、先日ラジオで聴いて気になっていたライアン・アダムスの去年のアルバム「GOLD」を選んだ。ライアン・アダムスは新しいアルバムが出たばかりで試聴機にも入っていた。試聴機はカントリーの方にあり、こちらではかなり大々的にディスプレーされていたが、一応ロック・ポップスの棚にもひっそりと置かれていた。最近の新譜で気になるのは、このあたりのロック・ポップスとカントリーの両方に置かれている人たちです。
8時半頃から11時頃までカフェ・カノーヴァンでDJをしました。2回目なのですが、今日はギターポップをかけまくろうという趣旨で選盤してみました。LPの片面ずつをかけていき10枚程度かけました。お客さんにはゆるりと和んでもらえたと思います。来てくれた、後藤さん、ヤエクラさん、izumiさんに感謝。もちろん呼んでくれたモモジくんにも感謝。新見さんとは恒例のラグビー談義、今度は一緒に見に行きたいところです。楽しかった!
部屋に戻り12時よりスーパーサッカーを見たのだが、ヨーロッパのゲームを先に流していて、Jリーグの映像がちっとも始まらずにいらいらする。もっとJリーグを!G大阪*磐田は2−0で磐田の勝ち。次にスタジアムに見に行けるのはいつだろうか?



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