* * *

 

 

 待ちに待った2月21日。

 お昼前に笹目さんが車で迎えに来てくれて、三人で空港へ向かった。久しぶりに乗る飛行機で緊張したけれど、手続きはみんな笹目さんがしてくれたので、僕はその後をついていくだけでよかった。

 北海道、函館の空港に着いたのは、午後4時。

 見渡す限り真っ白な世界に僕は驚いた。

(すごーい)

 僕の住んでいるところにも雪は降るけれど、こんなに積もった雪を見るのは初めてだった。道路のわきには、よけた雪が人の背丈くらいに積み上げられている。そして空からも、絶えず降り注ぐ雪。始めてみるそんな雪景色は、とても幻想的だった。

 笹目さんはすでにレンタカーの手配をしていたらしく、駅のそばの駐車場から、スノータイヤをはいた車を持ってきた。それに乗って函館市内のホテルに移動したころには、日はすっかり沈んでしまっていた。

「寒くないか?まゆ」

 車から降りてホテルのロビーに入るまでにつもった雪を払いながら笹目さんが僕を見る。僕も頭や方の雪を払いながら笹目さんに笑って見せた。

「大丈夫です。いっぱい着てきましたから」

 出発前に、お父さんとお母さんが「北海道は寒いから」と防寒具をたくさん持たせてくれたのだ。長めの丈のコートにマフラーに手袋。カバンの中には帽子も入っている。完全防備だ。

 笹目さんがフロントでチェックインの手続きをしている間、僕は先生と並んでソファに座っていた。

(いよいよだ………)

 先生との始めての旅行。

 もちろん、ふたりきりの、ではないのだけど。

(でも、ドキドキする………)

 家にいる間はめったにキスすらしてくれなかった先生。

 でも、家から離れたこの北海道でなら、もっともっと甘えさせてもらえるかもしれない。

「日下ー、まゆー、行くぞー」

 鍵をみっつ下げた笹目さんがエレベーターの前で手招きした。

「部屋は並んでとってあるから。日下とまゆが隣同士で、俺の部屋がその向かい」

 いいながら、笹目さんが鍵を配る。

 チン。

 エレベーターが止まり、扉が開いた。

 僕たちの部屋は8階の奥のほうだった。

 とりあえず僕たちは各自の部屋に荷物を置き、すぐにエレベーター前に戻った。

「さぁて、晩飯は何にするかなー」

 腕組みをした笹目さんが天井を見上げる。

 そういえば、前に先生にツアー中のご飯について聞いたことがあった。その土地土地の名産を食べているのかなと思ったら、ファーストフードのこともある、なんていっていたっけ。そして「真雪がいたらもう少しましなもの食べるんだけどな」といって、先生は笑った。

「まゆに美味いもの食べさせたいしなぁ……ホテルのまわりさまよってみるか」

 僕たちはホテルから歩いてすぐのところにお寿司屋さんを見つけて入った。お寿司は、いつも食べているのとは全然違って、ものすごく美味しかった。魚がすごく新鮮できらきらしていたし、ご飯も美味しかった。

 豪華な晩御飯を堪能し、ホテルに戻った。

「明日は8時に廊下集合な」

 と、スケジュールを確認して、笹目さんは「おやすみ」と部屋に入っていった。僕は、先生の部屋に行きたかったのだけれど、先生は

「疲れただろう?今日は早く寝たほうがいい」

 といって僕を部屋に入れてくれなかった。

(仕方ないか……)

 ひとり、ベッドに座ってため息をつく。

(長い間飛行機に乗って、先生も疲れてたのかもしれないし……)

 それに、今日は駄目でも、明日ならいいかもしれないし。

 だけど、僕のその期待は裏切られた。

 先生は、コンサートが終わるまでの4日間、キスどころか、僕を先生の部屋に入れてくれさえもしなかった――――

 

 

 

 2月24日。先生のコンサートの当日。

 北海道でのコンサートは、オーケストラの客演だった。

 僕はステージの袖で先生の演奏を聞いていた。

 いつもなら聞きほれ、見惚れてしまうステージなのだけど、今日だけは、あまり気持ちが晴れなかった。

(どうしてなんだろう………)

 先生は、どうして僕に何もしてくれないんだろう。

 キスしたい、抱きしめて欲しい、って思っているのは僕だけなんだろうか?

(さみしい…………)

 僕だけがあせっていて、思いが空回っている。大好きな人がすぐそばにいるのに、触れることができないだなんて、まるで片思いのときみたいだ。

(両思いじゃないのかな…………)

 クリスマスの夜、先生は僕を抱いた。

 「愛している」といってくれた。

 でも、それだけ。

 その後は、キスは片手の指で足りるだけ、セックスにいたっては一回もしていなかった。

(「付き合ってる」わけじゃないのかなぁ?)

 クリスマスの夜は、先生と恋人同士になれたのだと思ったのだけど、そうじゃなかったんだろうか。先生は僕を抱いてくれたし、好きだといってくれたけど、ただそれだけで、付き合おうといってくれたわけじゃない。

 急に体温が下がった気がして、僕は自分の両腕で自分の身体を抱きしめた。

「まゆ、どうした?顔色悪いぞ」

 横にいた笹目さんが顔をのぞき込んだ。

「気分悪いのか?」

「――――――――――――……」

 無言で首を振る。

 笹目さんは僕の額に手を当てて「熱はないなぁ」とつぶやいた。

「気温の変化、激しかったからなぁ。体調崩してるのかもしれないぞ」

 違う。

 ただ、先生のことを考えていただけ。なのに目の前がぐらぐらする。

(先生は僕のこと、本当は好きじゃないのかもしれない)

 僕が強引だったから、仕方なく抱いてくれただけで、本当は迷惑だったのかもしれない。僕を抱いたことも、後悔しているのかもしれない。先生はやさしいから、言い出せないだけで。

(嘘)

 違う―――――先生はそんな人じゃない。―――――――でも……

(もし、そうだとしたら?)

 自分の想像に、身が凍りそうになった。

「まゆ?」

 ふらりとよろついた僕の肩を笹目さんの手が支える。

「本当に顔色悪いぞ。タクシー呼ぶから、先にホテルに帰ったほうがいい」

 笹目さんに半ば運ばれるように僕はホールの外に出た。そして、ホール前で客待ちをしていたタクシーに乗せてもらい、ホテルの部屋まで帰った。

 ばたん、と部屋のドアを閉めた瞬間、一気に体の力が抜け、僕はカーペットの上にへたり込んだ。

「先生…………」

 先生は、僕のこと、好きですか?それとも?

「どうしよう………」

 どうしたらいいんだろう。

 どうしたら先生に好きになってもらえるんだろう?

 僕がもっと大きくなったらいいのかな?

 それとも、キスやセックスがもっと上手になったら?

 それとも…………………

「わかんないよぉ…………」

 どうしたらいいかなんて、わからない。

 ぼろっと涙がひざの上に落ちた。

「駄目………」

 泣いたら、先生に子どもだって言われる。

 コートの袖でぐいっと涙を拭い、僕は唇をかんだ。

 せめて先生につりあうように、もっともっと大人にならなきゃ。

 先生に、抱いてもらえるように――――――

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