* * *

 

 …窓を何かがたたく音。

 たん、たん、ごとごと、ぴゅー。

 時々混ざる口笛のような高い音が怖くて、僕は「その人」にしがみついた。「その人」は、ぶっきらぼうだけどやさしく僕の背中をなでてくれた。

 ぴゅー、ぴゅー。

 笛の音はやまない。

 僕は怖くて、涙がぼろぼろこぼれた。

「泣くな」

 抑揚のない声。

 だけど、困ってるってことが伝わってくる、声。

「泣くなよ、まゆ」

「ふっ……ふえっ…………」

 必死に泣き止もうとがんばったけれど、口からは嗚咽がもれてしまう。

 「その人」はそんな僕の背中を辛抱強くなでてくれた。

「だいじょうぶ……だいじょうぶだってば………」

 困惑気味な声だけど、手のひらはやさしい。僕はそのぬくもりに、いつしか涙を忘れ、少しずつ眠くなる。

 ふわり、と「その人」が僕に毛布をかけてくれる。

「……あきちゃん………」

「なんだよ?」

「どこかいっちゃやだよ…?」

「…わかってるって」

 ふわり、と「その人」が微笑む。

 そして、ぽんぽん、と僕の頭を軽くたたくようになでた。

 僕は「その人」のシャツをぎゅっと握って目を閉じた。眠っている間に、「その人」がどこかへ行ってしまわないように、捕まえて――――――

 

 

 

「―――――――――……」

 目を開けると、見慣れた天井。

(夢…見てた………?)

 ぼんやりとあたりを見回す。

 やっぱり、見慣れた自分の部屋。

 だけど、しばらくの間は耳の奥で、あのぴゅーという甲高い音が聞こえているようだった。あれは何の音だろう?

(不思議な夢……)

 いつもなら、目が覚めたら夢の内容なんて忘れてしまうのに、今日の夢だけは鮮明に覚えていた。まるで体験したことのように。

 

 

 

 中学生活最後の日。

 東堂と寄り道をしてお好み焼きで中学生活の打ち上げををした。

「へー、日下さんと旅行かぁ。いいなー、北海道」

 東堂はまるで色を塗るみたいに、お好み焼きにぺたぺたとソースを塗りつけた。

 僕は僕で、かつおぶしをたっぷりのせて、風にゆれるみたいに踊るかつおぶしの姿を楽しんでいたりする。

「俺もコンサートの裏に行ってみたい」

「なかなか機会ないもんね」

 熱々のお好み焼きを口にほおばる。

「ところでさー、まゆ」

「なに?」

「最近なんかいいことあった?」

「――――――――?」

「っていうかさぁ…」

 小手でお好み焼きを半分に切って、東堂が僕のほうへそれを押す。東堂が頼んだシーフードモダン焼きと、僕の頼んだチーズお好み焼きは、半分ずつトレードすることになっていたのだ。僕も小手でお好み焼きを半分に切って、東堂の領土に移動させた。

「最近のまゆってなんていうか………顔つきが変わったっていうか……うまくいえないんだけどさぁ、うれしそうなんだよなー」

 熱にあおられてかつおぶしが浮かぶ。

「キレーになったっていうか」

「何それ」

 くすっと苦笑する。

「男に向かっていう言葉じゃないよ?」

「でもさぁ、他のヤツもいってたぞー?まゆが変わったって。ピアノも雰囲気違うし…」

「そうかなぁ?」

「ほら、去年の学祭のときに聞いた日下さんのピアノに似てきたって感じ。やっぱ、従兄弟同士だから似るのかもな」

(先生のピアノに似てきた………)

 だとしたら、うれしい。

 先生のピアノは、僕の憧れだから。

 最近、先生にピアノのレッスンを見てもらえないから、ひとりで練習するときはいつも先生の音を思い浮かべながらしている。先生が弾いてくれたことのある曲は、それを思い出しながら。弾いてくれたことのない曲は、先生ならどう弾くかな?って考えながら。そのせいかもしれない。

「俺もがんばって練習しないとなー。まゆにおいてかれる」

「東堂のピアノだってすごくのびてるって先生言ってたよ」

「そうかー?えへへー」

 ざくざくと小手でお好み焼きをさしながら東堂が照れる。

「春休み中もまたピアノ弾こーぜ。北海道から戻ってひまになったら連絡しろよー?」

「うん、わかった」

 卒業式の後も、ピアノレッスン室は今までとかわらず使えるのだ。

 僕と東堂はお好み焼きの乗った鉄板をはさんで笑いあった。

「お土産買ってくるね」

「楽しみにしてる」

 

 

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