欲張りな約束
手をのばす。
ふれる。
ぬくもりを感じる。
それだけでしあわせだったはずなのに、僕はずっとずっと欲張りになってしまった。
先生に気持ちを受け入れてもらってから。
それまでは、ふれることすらできなかった先生に抱きしめてもらえるのに、「足りない」って思ってしまう。ときどきしてもらえるキスも、もっともっとしたいって思ってしまう。
先生に「好きだ」といってもらえて、しあわせなはずなのに、どうして僕はさみしいんだろう?
* * * * *
年が明けてから、街は雪に包まれることが多くなっていた。
今日も、朝からずっと真っ白な雪が降り続いていた。そのせいで、学校が終わるころにはくるぶしぐらいまで雪が積もっていた。
「寒っ……!!」
生徒玄関を出るなり、東堂が身をすくめた。
「めちゃめちゃ寒いっ!!さすが冬っ」
はぁっと白い息をはきながら、東堂と僕は積もった雪の上へと足を踏み出した。雪を踏むたびに、さくさくとこぎみ良い音がする。
「こんなにつもるの、久しぶりだよね」
「電車止まってないといいなー」
滑らないように足元を気にしながら歩く。
「な、日下さん、まだツアー行ってんの?」
「日下さん」という言葉に、反射的にドキッとする。
「あ…うん、もうすぐ帰ってくるんだけど……」
「すごいよなー、日下さん。マエストロのご指名受けて世界ツアーだろー?うらやましいなー」
「うん………」
でも、そのせいで僕は先生に会えないんだよね…
複雑な気持ちになって、僕はちょっと微笑んだ。
「日下さん」というのは、僕の従兄弟の名前。事情があって僕の家に住んでいる、僕のピアノの先生。そして、僕の大好きな人……
僕は、先生が僕の家にきたときからずっと先生のことが好きで、つい1カ月前、先生に思いを受け止めてもらったところなのだ。だけど、先生は忙しくて、ほとんど一緒にいられなかった。だから、身体を重ねたのも、告白をしたその夜だけ。キスもまだ数えるほどしかしていなかった。
(先生、今ごろどうしてるんだろ………)
先生が前に家に帰ってきたのは、大晦日の夜だった。
マエストロ・レルシュのコンサートツアーの合間をぬって日本に帰ってきて、3日間だけ一緒にいられた。だけど、家にはお父さんやお母さんもいたから、あまり先生に甘えられなかった。頭をなでてもらったり、触れるだけのキスはこっそりとしてもらったのだけど、それもたまにしかしてもらえなくて。そうこうしているうちに先生はまた海外に戻ってしまい、僕は不完全燃焼なまま、次に先生が帰ってくる日を待っているのだ。
反対方向へ帰る東堂と駅の改札で別れて、電車に乗る。電車は帰宅ラッシュが始まりだしていて混んでいたので、ドアにもたれてぼんやりと外を眺めた。
(先生は……さみしくないのかなぁ?)
僕は、先生に会えないと、さみしくてさみしくてたまらなくなる。
いるはずがないってわかってるのに、先生に似た長身の人がいると振り返ってしまうし、先生の声に似た声を聞いたら、心臓がドキッとなる。特に夜、独りでいると、先生に会いたくて、せめて声だけでも聞きたくて哀しくなる。先生に電話したいな、と思うけど、先生は日によっていろんな場所へと移動しているから、こちらからは連絡ができない。そして、先生は余程のことがなければ電話をしないし、用事があるときはマネージャーの笹目さんを通して連絡してくることが多い。
「はぁ……―――――――……」
知らず知らずため息が出た。
連絡をしてくれないとはいえ、会っているときの先生はやさしいのだから、それで満足しなきゃいけないのかもしれない。でも、もっと、もっと、って思ってしまうのは、僕が欲深いんだろうか?もっとそばにいてほしい。もっと僕を見て欲しい。もっと僕に触れて欲しい……もっと。もっと。
離れている時間が長いほど、欲望が僕の中に増えていく。
(早く会いたい………)
冷たい電車のドアに顔を寄せる。
(会いたいな………)
そうじゃないと、僕の中身が二つに分かれて、先生のところまで飛んでいってしまいそうだった。
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