Entracts 東堂くんリポート
2月の終わりに、翔央大学付属高等学校の合格発表があった。といっても、中等部から高等部への進学を希望する内部生だけの。試験はピアノの実技のみだし、よほどのことがなければエスカレーター式に進学できるってきいてたから、自信はあったけど、さすがに合格発表を見に高校へ行くときは緊張した。 「えーっとぉ・・・・・・・・・」 高等部の玄関に張り出された受験番号。まずは自分の番号を探す・・・・・・・・・あった。それからもうひとつ、大切な親友の番号を探す。あった。 (ま、まゆが落ちてたらオレも落ちるよなぁ) オレの親友、七瀬真雪のピアノの腕は、悔しいけれどオレより上だから。 もう一度、掲示の番号を確認してから、オレはコートのポケットから携帯を出し、自分の家よりもかけなれた番号を押した。大切な親友へ、合格の報告をするために。
「だーいじょーぶかぁ?まゆぅ?」 途中で買ってきたジュースの袋を勉強机の上に置く。ベッドで寝ていたまゆは、体を起こしてベッドの背もたれに寄りかかった。 ここはまゆの家のまゆの部屋。何度も遊びに来ている馴染みの部屋だ。 「まゆ、寝てなくていいの?」 「うん。もう熱もだいぶ下がったんだよ」 そう言いながらまゆは笑って見せたけど、熱のせいで顔が赤くなってる。きっと本当はまだ熱があるんだろう。 「まゆんちの親、今日いないんだろ?うちの親にそう言ったらさぁ、泊まってこいって言って。いい?泊まってって」 「いいよ。佐紀さんに言っておくね。・・・でも、ヒマになるんじゃない?」 「・・・実はまゆんちのピアノ弾くの楽しみだったりして」 まゆの家は自宅に置くには恐れ多すぎのグランドピアノがある。しかも、ピアノ練習用の離れもある。ピアニストを目指すオレには、うらやましくってよだれの出そうな環境なのだ。しかも、音楽家一族の家のせいか、楽譜もたくさんあるし、ヒマを持て余すことなんてない。 「高校入学祝いはまた後でだなー。風邪治ったら遊びにいこーな」 「うん」 熱の高そうなうそつきのまゆは、ベッドに寄りかかってゆっくりとうなずいた。
好きにしててというまゆの言葉に甘えて、離れのピアノを借りる。離れにはくくりつけの大きな棚があって、楽譜が山のように詰まってるのだ。楽譜は買うと結構高いから、まゆの家に来るといろんな曲を試せて助かる。 本棚の端から順にぱらぱらと楽譜をめくっていくと、ときどき鉛筆で書き込みがしてあった。まゆの字ではないから、まゆの親か、まゆの従兄弟の日下さんの字。 (日下さん、か・・・・・・・・・) 名前と一緒に、去年の翔央祭での演奏がよみがえってくる。流れる和音、観客を引きずるようなアチェンランド。かと思えば、ふわっと羽根が舞い降りるような優しいピアニッシモ。あんなに表情豊かなピアノを弾く人は、そうそういないだろう。 日下さんはまゆのピアノの先生だ。3年くらい前からまゆの家にすんでいて、ときどきピアノを見てくれているのだそうだ。まゆは日下さんをすごく尊敬してる。オレも、日下さんのピアノは何回かしか聞いたことないのだけど、すごいなぁと思う。なんていうか・・・同級生や先輩にも「うまい」と思う人はいるのだけど、日下さんはそれ以上にすごい・・・・・・レベルが違うのだ。聞いていて引きずり込まれるピアノっていうのを、オレは日下さんの演奏で初めて知った。 (いいよなー、まゆ) 日下さんにレッスンしてもらうようになってから、まゆのピアノも変わった。ぐんぐん上達していっているのがわかる。うまくいえないけど、日下さんのピアノに似てきたというか。 (やっぱ、よく演奏聞いてると似てくるのかな) 幼等部からずっと一緒にピアノを弾いてきた。だけど今は、まゆのほうが一歩前に出ている。 (絶対に追いつくからな!) こぶしを握ってガッツポーズを取る。 オレの密かな夢は、いつか大舞台でまゆとジョイントをすること。そのためには、まゆに遅れをとるわけにはいかないのだ!
まゆの家のお手伝いさん、佐紀さんが用意してくれた晩御飯を食べる。オレ用には普通のご飯、まゆにはおかゆ。わざわざオレのために料理させちゃって悪かったかな?でも、佐紀さんの料理はうまいし、せっかくまゆの家に泊まるんだから絶対に食べなきゃ!なのだ。 晩御飯の後、ふらふらしてるまゆに薬を飲ませて、オレは客間へ移動した。 最初、オレはまゆの部屋で寝ようと思ってたんだけど、風邪がうつるといけないからといって、まゆが入れてくれなかったのだ。 (っだけどさぁ) ぐるりと客間を見回し、ベッドの上にダイブする。 まゆの家は広い。なのに人がいない。だから・・・・・・ちょっと怖い。まゆはいつもひとりでどんな風にすごしてるんだろう。まゆの親も日下さんも忙しくてあんまり家にいないから、まゆはこの家で一年の半分くらいはひとりですごしてる。オレの家なんて、いっつも人の声がしてうるさい位なんだけど、それも贅沢なのかもって思ってしまう。
真夜中に目が覚めた。 一瞬、見慣れない布団にドキッとしてから、まゆの家に泊まったんだってことを思い出す。 (何時・・・・・・・・・?) 枕元においた腕時計を見る。 (1時・・・・・・・・・半?) なんだ、まだ寝てから2時間しかたっていない。 まゆが風邪をひいて寝てるから、ひとりで夜更かしするのもつまらなくって早めに寝たんだった。 (何で起きたんだろ?) それに答えるように、廊下で物音がした。 「―――――――――っ」 思わずびくっとなる。 ぱたん、というドアの開く音。ぱた、ぱた、という静かな足音。 (まゆ?) そっとドアを開けてみると、台所のほうへ向かう長身の背中が見えた。 (―――――日下さん、だ!) ばたんとドアを閉めて背中をつける。 たぶん、あれは日下さんだ。まゆは言ってなかったけど、帰ってくる日だったんだ。 (どうしよ・・・あいさつしたほうがいいのかな) でも、なんて言おう。日下さんとしゃべったことってほとんどないから緊張する。憧れのピアニストだし。それに、日下さんって背ぇ高いし、顔整ってるし、なんていうか迫力あるし・・・・・・ そうこうしているうちに、足音が帰ってきた。 「!」 反射的に身構えたオレの背後を足音はゆっくりと通り過ぎ、ばたんとドアが閉まった。 再び夜の闇に静寂が戻る。 (どうしよ・・・・・・まゆに聞いてみようかな) で、日下さんにオレが来てるってことを伝えといてもらう。まゆの部屋をのぞいてみて、まゆが寝てたら明日の朝、頼もう。 そっとドアを開けて廊下の左右を確認する。忍び足で廊下を歩いていると、なんだか泥棒みたいな気分になった。 まゆの部屋の前まで来てドアをノックしようとして、中から話し声がしているのに気づいた。 「おかえりなさい」 まゆの声。 「東堂が来てるんです。客間を使ってもらってて・・・・・・会いました?」 「いや」 静かな、低い日下さんの声。 (日下さん、まゆのとこにいたんだ) まゆがオレのことを伝えてくれたのを聞いてほっとすると、ついつい欲が出た。 (明日、ピアノ聞けないかなー?) まゆの調子がよかったら、頼んでもらおう。日下さんのピアノをちょっとでも聞いて、オレも上達したい。 「先生、いつまでいられるんですか?」 「・・・・・・明日の朝、すぐ出なきゃいけないんだ。今日も途中で抜けてきたから」 「そうですか・・・・・・」 急に沈むまゆの声。オレも残念だ。明日の朝出かけてしまうのだったら、ピアノを聞かせてもらうのなんて無理だ。 しばらく沈黙。 そろそろ部屋に戻ろうかなと思ったとき、またまゆの声がした。 「・・・・・・会いたかったです・・・・・・」 (――――――――え?) オレの頭の中に、何かが引っかかった。 日下さんの返答はない。 (今の・・・・・・・・・?) 「会いたかった」って?そりゃ、久しぶりに会う従兄弟に「会いたかった」っていうのはヘンじゃない・・・と思うけど、でも! (声の雰囲気が・・・・・・・・・) 今まで聞いたことのないような声だった。 甘えたような、悲しそうなような、なんていうか・・・・・・ ぎし、とベッドのきしむ音に顔を上げる。悪いと思いつつも聞き耳を立ててしまう。ごめん、まゆ。オレは今、好奇心のほうが勝ってる。 「・・・次はいつ帰ってこれるんですか?」 「・・・・・・今月末、だな」 「そうですか・・・・・・・・・」 まゆの声がどんどん暗くなっていって、なんだかかわいそうになる。やっぱり、まゆもひとりで家にいるのはさみしいんだろうな。でも―――――でも、まゆの親って、確か明日には帰ってくるんだって言ってた。じゃ、それなら日下さんがいなくても大丈夫なんじゃ・・・・・・・・・ (え?) (えぇ?) じゃあ、なんでまゆはこんなにさみしそうなんだ?? 「風邪はどうだ?」 再びベッドのきしむ音。たぶん、日下さんがまゆの額で熱をみたんだろう。「まだ少し熱いな」という日下さんの声が聞こえた。そのまましばらくの沈黙。そして――――――― 「風邪が・・・うつります・・・・・・」 かすれたまゆの声を最後に、部屋の中は静かになった。 (え?え?え?) まさか? でも? だけど? 頭の中が疑問符だらけになった。 とりあえずこの場から離れよう。 オレは這うようにして客間に戻った。 ドアを閉めた瞬間、息を止めていたことに気づいた。胸がドキドキしている。緊張したせいか、背中に変な汗をかいた。 (まさか) オレは真っ暗な部屋で宙を見つめた。 甘えたまゆの声。「風邪がうつります」。風邪?風邪がうつる?そりゃ、同じ部屋でしゃべってたら風邪がうつることもある。実際、オレも同じこといわれて追い出された。でも!あの時の声は、なんていうか、もっと・・・・・・・・・違う意味っぽくて・・・・・・ (まさか) キス・・・・・・・・・・・・? どかん、と頭の中が爆発した。かぁーっと顔が熱くなる。 (まさかまさかまさか) だって、日下さんもまゆも男なんだぞ?従兄弟なんだぞ?きっとあの「風邪がうつる」ってのも、ただ単に日下さんを心配した言葉で・・・・・・キスで風邪がうつるといけないからなんて意味じゃなくって・・・! ああ、でも。 限りなく「それ」っぽかった。 「会いたかった」 「次はいつ帰ってこれるんですか」 「風邪がうつります」 どれもこれも、幼等部から12年間ずっと一緒にいたこのオレが聞いたことのない甘えた声だった。まるで、恋人にささやくみたいな・・・・・・・・・ (まゆ?・・・・・・・・・) おまえ、まさか・・・・・・日下さんのこと?日下さんと? 「好き・・・・・・なのかぁ??」 そう仮定してしまうと、思い当たることがないわけではない。日下さんが海外へ長期ツアーへ行ってしまってる間の沈みっぷりとか、逆に、日下さんが戻ってくる日の浮かれようとか。納得のいくことのほうが多いのだ。 (そっか・・・・・・・・・) たぶんまゆはそうなんだ。日下さんが好きなんだ。で、たぶん日下さんもそうで。 「ちぇーっ」 ドアに背中をもたれ、両足を投げ出す。 大人で、ルックスもよくて、ピアノが夢みたいに巧い人から「特別」に思われてるんだ、まゆは。なんだかちょっと悔しい。恋愛をしたことがないわけじゃないけど、まゆたちと比べると遊びみたいな気がする。 なんだかまゆに置いていかれたような気がして、少しさみしくなった。 (・・・・・・でも、どうするんだろ) まゆと日下さん。極上のピアニストの二人が、一緒に高めあっていけるのはうらやましい限りだ。でも。 (男同士、だろー?) しかも従兄弟で。 (まゆんちの親、知ってんのかなー?) 音楽のためならって黙認してる?・・・・・・うーん、たぶん、知らないんだろうな。内緒にしてるんだろう。まゆの性格上、たぶんそうだろう。だとしたら、これからどうするんだろう・・・・・・・・・? その夜は、そのまま明け方まで眠れず、悶々としてすごした。
翌朝・・・というか昼前に目が覚めた。 (うー、頭いた・・・・・・) 夜更かしをしたせいか、頭がずんと重い。 まゆから借りたパジャマを着替え、ベッドの上にたたんでおく。 ダイニングをのぞくと佐紀さんとまゆがいた。 「おはよー」 テーブルの前に座ったまゆがにっこり笑う。まゆはもうパジャマ姿ではなく、普通の格好になっていた。 「もうちょっとして出てこなかったら、起こしにいこうって思ってたんだ。もうすぐお昼ご飯だから」 佐紀さんはオレに会釈すると、キッチンのほうへ消えていった。 とりあえずまゆの横の椅子に座る。なんとなく正面に座るのが気恥ずかしかった。昨夜のことがあったから、まゆの顔をまっすぐ見ると・・・・・・オレが赤くなってしまいそうだった。 「まゆ、風邪は?」 「もう大丈夫。熱も平熱まで下がったし」 今日の言葉は強がりじゃなさそうだ。本当に顔色がよくなっていた。 「へー。日下さんのお見舞いが効いたのかな」 「えっ・・・―――――!」 何気なくいった言葉に、まゆが思いきり動揺して、椅子から身を浮かした。 (あっ) しまった。 昨夜の盗み聞きをまゆが知ってるわけないんだった。まずい。 「えっと・・・・・・昨日の夜中、足音がして・・・・・・廊下のぞいてみたら日下さんがいてさ」 そう。 で、その後オレはまゆの部屋で二人の会話を盗み聞きしちゃいました。ごめん。 「う、うん。あの、先生、昨日遅くに帰ってきて、今朝、また出かけていって・・・・・・」 「そ、そっか・・・」 ぎこちない受け答え。 とりあえず、お互いに顔を見合わせてなんとなく笑う。こういうときは「笑ってごまかせ」だ。 「じゃあさみしーな」 「うん・・・・・・・・・・・・」 答えたまゆの顔は、本当にさみしそうだった。 (やっぱ、「好き」なんだろうなぁ・・・・・・) つられてなんだかオレまでさみしくなる。 「今度、日下さんに時間ある時、また遊びに来ていい?オレ、日下さんのピアノ聞きたい」 「うん、お願いしてみる」 突然のオレの申し出に、まゆはちょっと不思議そうに、だけどうれしそうに微笑んだ。 これは内緒の勝手な口止め料。まゆと日下さんのことを黙ってるかわりに、日下さんのピアノを聞かせてもらうって。 だけど、日下さんのピアノの価値には、まゆの秘密の他にオレの人生全ての秘密をつぎ込まなきゃ足りないかもしれない、なんて。言い過ぎかな?・・・うーん、もしかしたら、それでも足りない、かも。
とりあえず、オレ、東堂は、まゆと日下さんが本当に「そう」なのかどうかわからないけど、しばらく見守ってみようと思う。 まゆは大切な友達だから、まゆがしあわせならそれがいちばんいいんだ。うん。
(ああ、でも、ホントのところはどうなのか、やっぱ気になるんだよなー?)
end... |