Tempest テンペスト






 僕が目を覚ましたのは、階段から落ちてから3日後のことだった。
 その日の夕方、僕が目を覚ました知らせを聞いて、東堂がお見舞いにきてくれた。
「だーじょうぶかー、まゆぅ?」
 ブーケのようなかわいい花束と果物かごを抱えた東堂は、ベッドに入ったままの僕のそばに来ると、ぐしゃっと顔をゆがめた。
「腕怪我したって……ホントだったんだな…」
「うん…………」
 しばらくの間、東堂は僕の左腕のギプスをじっと見つめていた。どんな言葉をかけたらいいのか迷っているようだった。
(うん……そうだよね……)
 僕が逆の立場でも、言葉に詰まる。
 ピアニストを目指す友達が、腕を怪我しただなんて。
 同じ夢を持っているもの同士だからこそ、その怖さが身にしみるのだ。
 僕はいっしょうけんめい笑顔を作って東堂を見上げた。
「見た目はガチガチに固められてるけど、一ヶ月くらいで元通りになるって言われたし、大丈夫だよ!治ったらピアノもひけるし…」
「…うん、今までずっとピアノひいてきたんだから、すこしくらい休んだっていいよなー」
 僕に調子を合わせて東堂も笑顔になった。そして、両手のプレゼントを掲げて見せた。
「えっと…これが姉ちゃんからで、こっちが母さんから」
 ブーケがお姉さんからで果物がお母さんから。
「ありがとう」
「ここおいとくな」
 部屋の中の勉強机の上に花と果物を置くと、東堂は勉強机から椅子を転がしてきて、ベッドの横に座った。
「いつから学校に来れそう?」
「うん…来週くらいかなぁって思ってる」
「そっか……」
 東堂は僕の腕を見つめてつぶやいた。
 そのまま、再びの沈黙。
(どうしたんだろう…?)
 いつもにぎやかな東堂らしくない。
 僕の怪我のせいなんだろうか?
「今日は会議なかったの?」
 沈黙がなんだか怖くて、僕はなんとか話題を探した。
「ミニコンの運営委員会、今日は休みだったの?」
「あー…今日は…サボリ。もう4月の出演者決まったし、後はミニコン前まであんまりやることもなかったからさー」
「出演者決まったんだ…」
 ピアノを弾ける出演者の人たちがうらやましくて、ずきんと胸が痛んだ。
(駄目駄目、僕が暗くなったら東堂が心配する…)
「東堂は出るの?」
「オレは今回は出ないんだー。運営で手一杯だし…」
「そっか…うちのクラスからは誰が出る?」
「えっ………」
 東堂は一瞬顔をこわばらせ、それから、僕から視線をそらして「…北見陽路」と言った。
「陽路なんだぁ!やっぱり。陽路のピアノ聞いたことある?すっごいうまいんだよ」
「うん……………」
(?)
 やっぱり今日の東堂はどこか変だ。
 いつもまっすぐに僕を見る東堂が、今日は苦しそうに顔をそむけている。
「東堂………どうしたの?」
「…………………」
「…………………」
 重い沈黙。
 それを破ったのは、今度は東堂だった。
「…あのさ、まゆ、あいつに突き飛ばされたってホント?」
「…………え?」
 突き飛ばされた?
 あいつ?
 頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。
「うわさがあるんだ」
 それまでうつむいていた顔を上げ、東堂は真剣な面持ちで僕を見つめた。
「北見がまゆを階段から突き飛ばしたんだって」
「っ!なにそれ!?」
「まゆが怪我したとき、近くにいた奴が見たって。北見がわざと階段から落ちて、まゆにぶつかって、怪我させたんだって」
「うそだよ!」
 そんなのうそだ。
 確かに僕は陽路にぶつかって階段から落ちたのだけど、それも事故だった。階段から落ちそうになった陽路を、僕が無意識に受け止めようとして失敗したのだ。だから、この怪我は陽路のせいじゃない。
「陽路は関係ないよ!」
「でも!まゆは北見にぶつかって階段から落ちたんだろ?それなのにあいつは無傷で…!」
 まるで自分が怪我をしたかのように、東堂は眉を吊り上げた。
「みんな言ってる。北見はまゆが邪魔でわざと怪我させたんだって!」
「なんで陽路がそんな…!」
「まゆがピアノうまいから、ライバル減らそうとして…」
「そんなわけないよっ!」
 陽路はそんな人間じゃない。
「だって、あのとき、陽路は誰かにぶつかって階段を踏み外したんだよ!?僕はそれを見てた。陽路がわざと階段から落ちたなんて…そんなわけない!第一…」
 僕は動く右手をぎゅっと握り締めた。
「階段から落ちたら、自分だって怪我するかもしれなかったんだよ?もしかしたら、手を……!そんなことまでして…僕を怪我させたいって思う?僕だったら思わない!」
「まゆ…………」
「そんなうわさ、うそだよ…!」
「…………………」
 東堂はまだ納得がいかないというように顔をゆがめていた。
「…だってさ、まゆ、あいつといなけりゃ怪我なんかしなかっただろ!?そしたら今月のミニコンだってきっとまゆが選ばれてた。なのに………」
「…怪我したのは…僕の不注意だよ。陽路は悪くない……」
「………………」
 結局、東堂は険しい顔のまま、帰っていった。陽路への疑惑が完全には消えていないようだった。
(なんで………)
 独り残された部屋で、僕は動かせる右腕で自分の体を抱いた。
(なんでそんなうわさが出たんだろう?)
 陽路がわざと僕を怪我させたんだって。
(…陽路は……どうしてるんだろう………)
 そんなひどいうわさを流されて、きっと迷惑してるだろう。
(早く学校へ行かなきゃ…)
 そして誤解を解かなければ………

 

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