Tempest テンペスト






 

 入学式の次の週、初めてのピアノの演習の授業で、先生が課題曲の演奏に陽路を指名した。陽路のピアノを聞いてみたかった僕は、わくわくしながらその演奏を待った。そして、――――

「――――――――――!」

 陽路がピアノに触れた瞬間、クラス全体がざわめいた。

「あいつ、すげーじゃん」

「何これ?これ、学生レベル!?」

 クラスメイトたちが小声で言葉を交わしているのが聞こえる。

(すごい・・・・・・・・・)

 僕も目を丸くしてピアノの前の陽路を見つめた。

 陽路のピアノは、生き物みたいだった。

 先生が指定した課題曲は、いたって普通の運指の練習曲だったのだけど、陽路の弾いている曲はそんなことを感じさせない。たたたた、と走るように音が流れ、勢いよく駆け戻る。口元の笑みを浮かべて弾いている陽路の気持ちを映したように、陽路のピアノは元気に生き生きと歌った。

「・・・あんな奴が同じクラスにいるのかよ」

「今月のミニコンはあいつが選ばれるかもなー」

「今月どころじゃなくってずっとかもよ」

 そんな声がざわざわと行き交う。

(そっか・・・)

 中学まではあまりクラスメイト同士で競い合うことはなかったけれど、高校は違うのだ。毎月のミニコンサート、翔央祭、学内コンクール・・・出場者に選抜されるには、クラスや学年で常にトップクラスの技能を磨かなければいけないのだ。それがピアニストの道へつながるから。

 じゃんっ、と最後の和音を弾ませて陽路が曲を弾き終える。しん、と静まり返った教室。席へ戻る陽路にみんなの視線が集まっていた。

「どしたんや、みんな」

 クラスメイトたちの視線を受けながら、陽路が隣の席の僕に耳打ちする。

「陽路のピアノがすごいから、みんなびっくりしてるんだよ」

「そうかぁ?」

 不思議そうに陽路はいうけれど、陽路のピアノは本当にすごかった。先生のピアノを初めて聞いたときのように揺さぶられた。先生とは色が違うけれど、きっと、実力のレベルが似ているのだと思う。陽路の演奏は、すでにプロに近いのだ。

「今度、別の曲も弾いてみてよ」

「ええよー。放課後また練習室行くんやろ?一緒に遊ぼ」

 だけどその放課後、僕は練習室へ行くことができなかった。

 

 

 

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