Tempest テンペスト


11


 

 
 家の玄関を開けると、奥からすぐに先生が出てきた。

 先生は僕の姿を確認すると、切れ長の瞳を細めて、ふぅ、とため息をついた。

「……こんな時間まで連絡もしないでどこへ行っていたんだ?」

 言葉に促され、玄関にある時計を見ると、すでに日付が変わる時間になっていた。そんな時間になっていただなんて気づかなかった。

「えっと……その………東堂とピアノを弾いてて………」

 陽路に告白されたせいか、陽路のことを先生には話したくなくてうそをついた。途端に、先生の眉間にしわが寄った。

「東堂くんから2時間ほど前に電話があったが?」

「!」

「――――――――――」

 怒っている先生の顔が見られなくて僕はうつむいた。

「…ごめんなさい………」

「今日は叔父さんたちがいなかったからまだよかったが、連絡もなく帰りが遅かったら心配するというくらいはわかるだろう?怪我もまだ治っていないし」

「はい…………」

「制服はどうしたんだ?」

「あ…」

 そういえば、陽路に借りた服のままだった。制服は鞄の中にいれたままだ。

「それは…………」

 なんと説明したらいいのか言葉を捜していると、「もういい」といわれてしまった。

(先生……怒ってる……?)

 消えてしまいたい気持ちで僕はうなだれた。

「ほら」

 先生は、うつむいたまま動かない僕にため息をつくと、そっと僕の右肩を押した。

「とにかく家に上がって。食事は?」

「……………」

 涙がこぼれそうになって、唇をかんだ。

 先生に心配をかけて、僕は何をしてるんだろう。

 情けなくて仕方がなかった。

「…お腹すいてないんで………もう、寝ます…」

 先生の顔が見られず、下を向いたまま僕は先生の横をすり抜け、自室へ向かった。先生が何かを言おうとした気配があったけれど、先生が口を開く前に僕は早足で部屋へ入った。

 ドアを閉めた途端、ぼろぼろと涙が落ちた。

 酔いはさめたけれど、まだ頭の中がぼんやりとしている。

 陽路の告白。キス。先生に心配をかけたこと。怒られたこと。いろんなことが頭の中で渦を作り、考えをまとめさせてくれない。

 陽路から借りた服を脱ぎ、着慣れたパジャマに着替えた。ベッドに入ろうかと思ったけれど、とてもじゃないけれど眠れそうになかった。

(先生の顔が見たい……)

 先生はもう部屋に戻ったのだろうか?

 ベッドに腰掛けて膝を抱える。

「うそ…ついちゃった…」

 しかもすぐにばれて、心配ばかりかけた。

(先生、怒ってるよね………)

 どうしたらいいんだろう。

 ひざに顔をうずめてため息をつく。そのとき、僕の耳にピアノの音色が響いてきた。

「!」

 先生のピアノだ。

 そっとドアを開けると、斜め向かいにある先生の部屋のドアが少し開いていて、その中からピアノの音が聞こえてきていた。

「――――――――――」

 いつもなら、夜は防音のためにきっちりとしめられているはずのドアが開いている。

 僕はそろそろと先生の部屋に入り、ドアを閉めた。

 先生はこちらに背を向けたままピアノを弾いている。その足元に僕は座り、椅子に座った先生の腿にそっと頭を乗
せた。ピアノの手が止まり、僕の髪の上に先生の指が移動する。

「…ごめんなさい………」

「……あまり心配させるな」

「ごめんなさい…………」

 僕のほうへ屈んだ先生に、背筋を伸ばして顔を寄せる。ようやく最近、自分から自然にできるようになったキスをする。

「煙草の匂いがするな」

「!」

(そういえば、ライブハウスでタバコ吸ってる人がいた…)

 たぶんその匂いが体についてしまっていたのだ。

(どうしよう…………)

 言い訳をしたほうがいいのかどうかわからず、先生を見上げると、先生は苦笑して僕の頭をなでた。

「お前の行動を束縛する気はないが、せめて怪我が治るまでは大人しくしてろ」

「はい…………」

 僕は立ち膝になり、先生の体にゆるく抱きついた。

「先生…今日、一緒に寝てもいいですか……?」

「せまくてもいいならな」

「一緒にいたいです……」

 独りになると、陽路のことを考えてしまいそうだったから。

 先生に触れていると、自分がどれだけ先生のことが好きなのかよくわかる。僕が触れたい人は、先生だけ。触れてほしい人も、同じ。

 僕はもう一度先生の唇に触れる。

 体の奥がドクンと脈打った。

(先生…………………)

 先生の長い指がそっと僕の頬をたどった。それに合わせて僕は目を閉じる。指先が硬くなった先生の手は、触れるだけで僕の体をとろけさせる。いろんなことがあって、頭の中がいっぱいになっていることすら忘れさせてくれる。心地よい麻薬のようだ。

 僕は先生の首に動かせる右腕で抱きついた。

「真雪?」

 怪訝そうな先生の声。

 僕はそれに抗うように腕に力を込めた。

「腕…痛いのか?」

「--------------------------」

首を振って先生を見つめる。

「先生…………」

「?」

「…エッチ、したいです………」

「---------------------!…」

「…………」

 驚きで少し強張った先生の顔をまっすぐ見つめ、僕は言った。

「抱いて…ください……」

「馬鹿、怪我をしているのに……無理だ」

「大丈夫です!」

「駄目だ」

「先生……!…」

「怪我が治ったらな」

 諭すその言葉に首を振る

「今がいいんです……!」

「--------------------………」

 先生は困惑した顔で僕を見つめた。

 それはそうだと思う。

 僕だってなぜ自分がこんなことを言えるのかわからないのだから。

 だけど僕は先生から離れていたくなかった。

 腕の怪我でたまっていた不安が陽路に告白されたことで流れ出てしまった。

(だから…)

 だから、先生に抱いていてほしい。キスをして、抱きしめて、先生で僕の中をいっぱいにしてほしい。不安なんて入る隙間がないくらい溢れさせてほしい。

 先生は僕の右肩に手を添えた。僕はその手に手を重ねる。まぶたがじわりと熱くなり、涙がこみ上げてきた。ずるく思われるかもしれないと思ったけれど、涙が頬を伝うのを止められなかった。

「真雪……」

 先生の左手が僕の涙をぬぐう。

「…どうしたんだ?何があったんだ?」

「…………………………」

「…………………………」

 しばらくの沈黙。

 そして、先生はほんの一瞬だけ悲しそうな顔をした。今まで見たことがなかったその表情はすぐに消え、先生は微苦笑を浮かべて僕の頭をなでた。

「絶対に腕を動かさないって約束できるか?」

「……!はいっ……!」

 ぎゅうっと先生に抱きつく。

 先生はピアノのふたを閉めると、僕のパジャマのボタンに手をかけた。

「!自分で脱ぎます…!」

「腕を動かさない約束だろう?」

「でもっ…………」

「守れないのか?」

「………………」

 僕は耳まで真っ赤になりながら、先生にパジャマを脱がされた。

 ベッドに横たえられ、そっと鎖骨に触れられるだけで、体中に電流が走った。

「あっ…あのっ……灯り…電気………」

 明るい電灯の下で、僕だけが裸で、それを先生に見られている……恥ずかしくて目を開けていられなかった。

 先生は僕の髪を一度なで、ゆっくりと電気のスイッチを切った。真っ暗になった室内で、先生が服を脱ぐ衣擦れの音がした。

「…痛かったらすぐに言うんだぞ」

 僕がうなずくのを確認し、先生は僕の体に唇を触れさせた。

(融けてしまいたい…)

 頭の中が真っ白になっていくのに身を任せ、僕は瞳を閉じた。
 
 
 
 


 

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