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翌日、翔央祭最後の日。
僕は朝から東堂と笹目さんと一緒に大講堂にいた。
3人で並んでパンフレットを眺める。
「日下の出番、午前中のトリだな」
「すごいなー。ムズカシー曲弾くんだなぁ、まゆのおにーさん」
先生の曲目は、リストの「パガニーニ大練習曲 第6番 イ短調」。僕はCDでしか聞いたことがない曲だった。
「どんな曲だったっけ?」
「オレ、たぶん一生弾きたくないっていうような曲」
東堂が自分の手のひらを見ながら言った。
「せめてこの指が後2p長くなったら考える」
「長くなるさ」
笹目さんの言葉に東堂は笑った。
「オレもそう思ってます」
高等部と大学部の人たちの演奏はさすがにすごかった。
どの人もレベルが高くって、まるでコンクールの決勝を聞いているようだった。
「ほら、次、日下だぞ」
そっと笹目さんが耳打ちしてくる。
アナウンスの声が、曲目と演者の名前を告げる。そして、黒のスーツ姿の先生が現れ、観客に一礼した。
ピアノの前に座り、先生がポジションを探り、指を降ろした。
「―――――――――――――…!!」
パラランッという最初の分散和音から、右手、左手、と主旋律が移り、和音が自在に鍵盤の上を踊る。力強く、波のように。そしてときに優しく。ときににぎやかに、飛び跳ねるように。
(速い…………!)
そして、強い。かと思えば、オルゴールのような機械的な音に変わってみたり。
引きずりこまれる。
自分の中のなにかが、先生のピアノに持って行かれてしまった。
すさまじいアルペジオの嵐が来て、曲は終わった。一瞬間があってから、波のように拍手が起こり、先生はそんな観客に深深と礼をした。
「すごい…………」
(すごいすごいすごい!)
「先生、腕が六本あるみたい………」
僕のつぶやきを聞いて、笹目さんがぷっと吹き出した。
「まゆ、あいつのピアノ聞いたことないのか?」
「ちゃんとステージで弾いてるのを見るのは、今日で二回目です」
「そうか。じゃあ、そのうち都内でコンサートあるときはチケットやるよ。東堂くんにもな。聞きにおいで」
「いいんですかぁ!わーい、うれしいなぁ!!」
東堂が満面の笑みでうなずく。
「まゆはいいなぁ。あんな人にレッスンしてもらってて」
「うん!」
先生のことが褒められると、なんだかすごくうれしくって、自然と笑みがこぼれてしまった。
「真雪」
さっきステージ上にいた格好のまま、先生がやってきた。
「先生!」
先生の顔を見た瞬間、思わず先生に飛びついてしまった。うわっ、と先生は僕を抱きとめつつよろけた。
「先生!すごかったです!!すごいすごいっ!」
「こら、真雪」
静かな声と一緒に、僕の身体が先生から離される。見上げると、先生は険しい表情で僕ではなく笹目さんを見ていた。
「笹目、こいつを家まで送ってやってくれないか。俺はこの後、教授たちと用事ができたから」
「おぅ。遅くなるのか?」
「たぶん。それじゃあ」
そのまま先生は僕たちに背を向けていってしまった。
「・・・なにかあったんでしょうか・・・・・・先生、怖い顔して・・・」
「あいつの怖い顔はいつものことだろ?」
笹目さんが茶化していったけど、僕はなぜだか先生の様子がいつもと違うように思えて仕方なかった。
その日は東堂と一緒に笹目さんに車で家まで送ってもらった。
そして家でずっと先生の帰りを待っていたのだけど、その日、先生は夜遅くに帰ってきて、僕と顔を合わせることもなく、自室に行ってしまったのだった。
to be
continued …
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