prelude6    

 

 

 

 11月。芸術の秋の季節ということで、翔央では幼等部から大学までをあげての文化祭「翔央祭」が行なわれる。翔央祭は全部で三日間あり、音楽科のイベントとして、初日が幼等部と初等部、二日目が中等部と高等部、ラストの三日目は大学の学生の演奏会がある。初日以外は各クラス、各分野から選ばれた数人だけがステージに上がることができる。音楽家の卵たちにとって、この翔央祭でのステージは一種のステータスである。質の良い音楽家を輩出する翔央の文化祭は、音

楽の世界でも有名で、いろいろな関係者が聞きにくる。そのため、大学のステージはプロへのテストのような雰囲気も持っていた。

 僕は一日目のステージに、東堂と一緒に選ばれていた。そして、三日目の出場者の中には、日下昭生という名前があった。

「先生だ…………」

「この人がまゆの従兄弟?」

 一緒にリストを見ていた東堂が、先生の名前を指差す。

「大学部で有名な人だよね。他の人とすっごい差があるんだって。絶対聞きに行こっ」

「うん!」

 先生が本格的にステージの上に立つのを見るのは、6年ぶりだ。

 家に帰り、先生にその事を伝えると、「来るな」と怒られてしまった。

「どうしてですか……?」

「――――――――――」

 先生はなにも言ってくれない。

 ちょうど居合わせた笹目さんだけがにやにやと笑っている。

「…笹目、余計なこと言うなよ」

「はいはい。決して日下が照れているだけだなんて言いませんよ」

「笹目っ……」

 かっと先生の頬が赤くなる。そんな先生を見たのは始めてだったから、僕はきょとんとしてしまった。

「ま、そゆことだから。まゆ、心おきなく聞きにいっといで」

「でも………」

「いいだろ?日下」

「………………………………」

「沈黙は肯定とみなすからな?……いいってさ。よかったな、まゆ」

 それ以上、先生はなにも言わなかった。僕は先生の顔色をうかがいつつも、翔央際のステージが待ち遠しくて、どきどきしていた。

 そして、翔央祭がやってきた。

 初日は僕や東堂のステージがあった。笹目さんが見に来ていたので緊張したけれど、なんとかノーミスで弾き終えた。

「面白い曲を選んだな、まゆ」

「前に先生が弾いてるのを聞いて、いいなぁって思ったんです」

 ドビュッシーの交響詩「海」から、「海の夜明けから真昼まで」。先生が弾いてるのを思い出しながら、少しでも先生の音に近づけたくて、一生懸命練習した。

「それでか。日下の弾き方に似てたのは」

 ふむふむとうなずきながら笹目さんが言った。

「あんまりああいう弾き方はしないほうがいいな」

「どうしてですか?」

「日下が落ち込むからさ」

「?」

 どういうことかわからなかったけど、笹目さんはそれ以上その事には触れなかった。

 

 

 

 

 翌日、翔央祭の二日目。

 僕と笹目さんは連れ立って大学部のキャンパスに向かった。

 先生はそこで明日のためのリハーサルをしているのだ。

「先生、なにを弾くんですか?」

「教えてもらってないのか」

「だって、先生、聞こうとするといなくなっちゃうんですよ」

「まゆがくると緊張するからだよ」

 はっはっは、と笹目さんが豪快に笑う。

「先生が緊張なんてするんですか?」

「あいつはな、まゆが思ってるよりもガキなんだよ」

「ガキ……?」

「そう。独占欲は強いし、わがままだ」

「?」

 そんな先生、想像もつかない。

 先生はいつも冷静で、落ち着いていて、大人で、僕なんて到底追いつけないなぁって思うのに。ずっと年上の笹目さんから見たら、確かに先生は子どもなんだろうけど。そしたら、僕はもっともっと子どもになってしまう。

 高等部と大学部のキャンパスは、中等部のあるところから歩いて30分、バスで15分くらいのところにある。一応同じ市内なのだけど、高等部と大学部は駅から離れた山のふもとにあり、かなり雰囲気が違う。

 笹目さんはキャンパスの中を慣れた足取りで進み、明日の会場となる大講堂まできた。

 大講堂は、1000人近く収容できる広い広いところで、講堂と名がついているものの、音響が整っていて、音楽堂といったほうが正しいような作りだ。使用用途もほとんどがこういった演奏会なのだから、音楽堂に改名すりゃいいのにな、というのは笹目さんの言だ。

 大講堂の中は50人くらいの人がいた。クラリネットやトランペット、フルートなんかを持っている人、楽譜を抱えて歩き回っている人、腕に腕章をつけて指示を出している人……ステージの上には弦楽のカルテットがいて、音合わせをしていた。

「日下は……いるかな?」

「あっ、あそこ!」

 講堂の真ん中くらいの席からステージを見ている先生を見つけた。

「まゆの日下探知レーダーは優れものだな」

 にっと笹目さんが笑う。

 とんとんと階段を降りていくと、先生のほうが先に気づいてこちらを振り返った。先生は僕たちの姿を見ると、まゆをひそめた。

「……何しに来たんだ?」

「陣中見舞兼嫌がらせ」

 笹目さんがウィンクすると、先生は心底嫌そうな顔をした。

「なんだ、おまえの出番もう終わったのか?」

「残念ながら」

「そうなんですか……」

 がっかりだ。せっかくなんだから、リハーサルをしている先生、見たかったのにな。

「そう肩を落とすな、まゆ。明日があるじゃないか」

 笹目さんが僕の頭をなでると、先生はむっとした。

「……やっぱり…駄目ですか?…聞きにきちゃ…………」

「…いや、来たければ来ればいい」

「よかったな、まゆ。お墨付き出たぞ」

 そういいながら笹目さんが僕をぎゅっと抱きしめると、また先生の顔が険しくなった…ような気がした。

(なんで……?)

 なにを怒っているんだろう?僕が聞きにくること?それともなにか他に悪いことでもしてるんだろうか?

「真雪はもう終わったのか?演奏」

「はい!なんとか」

「立派なもんだったぜ?さすが全日本学生音楽コンクール小学校の部1位の腕前。まゆも近々プロデビューだな」

「笹目さんっ、僕なんてまだ全然です!」

「だってさぁ、日下?」

「――――――――――――――――」

 先生はつい、とそっぽを向いて立ち上がった。

「リハに戻る」

「終わったんじゃないのかー?」

「総合のは、まだだ」

 そのままこちらに顔を向けずに、先生は階段を降りてステージに向かって行った。そんな先生を笹目さんはにやにや笑いながら見送った。

「僕……なにか先生を怒らせましたか………?」

「なんで?」

「だって…先生、怒ってたから………」

「違うよ。どっちかっていうと俺に怒ってたんだよ、あいつは」

「笹目さんに………?」

 どうして?と笹目さんを見上げても、笹目さんは笑っているだけでなにも言ってくれなかった。

 その後、家に帰ってからも、先生はなんだか不機嫌で、僕は一言も話しかけることができなかった。

 

 

 

to be continued …

prelude 6     

 

 モドル