prelude12    

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「先生・・・・・・僕、先生が・・・好きなんです・・・・・・!」

 その瞬間、先生は「え?」という風に目を丸くした。それからふっと笑って僕の頭をなでた。

「それはどうも?」

 その口調は、いかにも子ども相手っていう感じで、胸がずきんとした。

(違う)

「違うんですっ・・・・・・!」

「真雪?」

「そうじゃなくてっ・・・・・・・・・」

 先生の服の袖をぎゅっとにぎって、先生を見上げる。逃げたいって叫んでる自分の心を、一生懸命引き留めながら。

「好きなんです・・・・・・本当に・・・・・・・・・お父さんやお母さんよりも、他の誰よりも、先生が好きです・・・・・・!」

「――――――――――?」

 それでも先生はまだ首をかしげたままだった。

 僕は気づいたのに。

 先生への気持ちがただの「好き」ではないってことが。

(でも、先生には伝わらないんだ・・・・・・)

それはきっと僕が子どもだから。

(どうしたらいいんだろう・・・・・・・・・)

 考えるよりも先に身体が動いていた。

 先生の袖を思いきり引いて、先生が前屈みによろけた瞬間、僕は先生の唇に自分の唇を触れさせた。

「――――――――――・・・・・・」

 一瞬、世界が止まったような気がした。

 先生の唇と僕の唇が触れていたのも、ほんの一瞬。

 すぐに僕の身体は先生の両腕で引き離されてしまった。

「・・・なんのつもりだ・・・・・・?」

 今までとは打って変わった、低い先生の声。おそるおそる顔を上げると、眉間にしわを寄せた先生の顔があった。

(怒ってる・・・・・・・・・)

 僕は先生と視線を合わせていられなくて、うつむいた。ぎゅっとにぎった手のひらに汗がにじむ。

「なんのつもりなんだ?」

 また、先生の問い。冷淡で抑揚のない声が僕の身体をふるわせた。

「・・・・・・先生が、わかってくれないから・・・・・・」

 声が震えている。にぎった手も。

「僕、先生のこと、本当に好きなんです・・・・・・」

「つまり、恋愛感情がある、といいたいのか?」

「―――――はい・・・・・・・・・」

 はぁ、とため息をついて、先生はピアノの椅子に座った。そして額に手をあて、ぐしゃぐしゃっと髪をかき混ぜた。

 「まいったな・・・・・・」というつぶやきが聞こえる。

(迷惑、だったのかな・・・・・・)

 どうしよう?どうしたらいいんだろう?

 頭の中がぐらぐらゆれて、ぎゅっと目をつぶった。

先生はしばらく無言で頬杖をついていたけど、やがて、ゆっくりと僕のほうを見て、言った。

「・・・間違い、だよ」

「え―――――――――?」

 思いもかけない言葉に、思わず顔を上げた。

「間違いって・・・・・・?」

「おまえはまだ幼い。親愛の情と恋愛感情を間違えているんだよ」

「違います!」

「・・・違わないよ」

 静かな先生の声。それに反して、僕の頭の中はどんどん熱くなっていった。

「違いません!僕は先生のことが好きです!!どうして先生は違うって思うんですか!?」

「――――――――――――――」

 ふー、という先生のため息。明らかに先生はイライラしていた。

「本当なのにっ・・・・・・・・・」

 ぽろ、と僕の目から涙がこぼれた。

 一度涙が出ると止まらなくなって、次から次へと涙があふれてきた。

「本当・・・です・・・・・・・・・!」

「・・・・・・レッスン、もうやめたほうがいいかもな。真雪に悪い影響になるなら、やめたほうがいい」

「!いやです!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 またため息。

 そして、先生は僕にこういった。

「なら、三年待て。もし三年たっても今と同じように俺を好きだといえるのなら、そのときは真剣におまえの気持ちを聞いてやるよ」

「待ちます!三年!!」

 僕は思いきりこぶしをにぎった。

「絶対に三年たっても、先生を好きだっていえます!!」

「そうか」

 カタン、と先生は椅子から立ち、コートをとると僕に背を向けた。

「先生っ・・・・・・・・・」

 叫んだけれど、僕の呼びかけに答えず、先生はそのまま温室を出ていった。

(先生・・・・・・・・・・・・)

 へなへなと僕はその場にへたりこんだ。膝の力が抜けてしまったのだ。

 握りしめていた手のひらには、くっきりと爪のあとがついていた。

(受け入れてもらえなかった・・・・・・)

 違う、三年、猶予ができただけ。三年後の告白は、ちゃんと聞いてくれるって先生は言った。

(待とう)

 たかが三年で、僕の気持ちは変わらない。

 

 待とう。

 

 待とう。

 

 三年後の誕生日まで。

 僕はその日、心に誓った。

 三年後の誕生日、もう一度、先生に気持ちを伝えることを。

 それまでずっと先生を好きでいることを。

 それがどんなにつらいことかは知らないまま―――――――

 

 

 

 そして時は流れた。

 

 

to be continued …

prelude 12    

 

 モドル