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Nocturne
僕の大好きな先生は、ピアノがとっても上手だ。 技術のレベルがすごいっていう人は、世の中にたくさんいるけれど、先生のピアノは、技術だけじゃない。 先生の指が生み出すメロディは、一音一音がとっても生き生きとしているんだ。節っぽいけれどしなやかな指から奏でられる曲は、なんともいえなく心地よく、楽しく、時に哀しく、僕を包む。 だからこそ、先生は弱冠27歳にして、世界的に有名なピアニストとなっている。 先生はすごく人気がある。先生の才能にほれちゃう人はもう数え切れないくらい。そして、先生の端正な顔に熱を上げてしまってる女性ファンや男性ファンも山のようにいる。先生はどちらかといえば和風の顔立ちをしていて、着物姿がよく似合いそうだ。いや、よく似合う。切れ長だけど黒めがちな瞳は、ちょっときつそうだし、先生はあんまり表情を変えない人だから、怖い人に見えるけれど、本当は、その瞳の奥は、とっても優しいってことを、僕は知ってる。もっとも、僕がそれに気づけたのも、ごく最近のことなのだけど。 3年前、僕は彼のイトコだったことから、特別に先生にレッスンをしてもらうことになった。 その頃の僕は12歳の中学1年生だった。 両親の音楽好きがこうじて、僕は幼い頃からピアノとヴァイオリンを習っていた。 といっても、いやいや習っていたわけじゃないんだ。僕も、両親と同じく、音楽が好きだった。そして、その音楽界で活躍している、ほとんど会ったことのない12歳年上のイトコのことも、好きだった。だから、彼にレッスンを引き受けてもらったときは、天に昇っちゃうくらいうれしかったんだ。僕は先生の音楽にそんなに近くでふれられることにまいあがり、歓喜し、そしていつのまにか、その音楽を奏でる人をも好きになっていた。
七瀬真雪(ななせまゆき)、12歳 先生、こと、日下昭生(くさかあきお)、24歳。 僕と先生が出会ったのはその年齢のとき。
そして、現在(いま)。 僕が15歳。 先生は27歳。 長い時間をかけて、 僕と先生は、恋人同士になった。
「真雪、どうしたんだ?」 コン、コン、と先生のこぶしがピアノの端をたたいた。 その音で僕ははっと我に返った。見上げると、先生は眉間に小さくしわを寄せていた。 「ぜんぜん気持ちが入っていないぞ。そんな上っ面だけなでるような演奏、おまえらしくないぞ」 僕はうなだれて、鍵盤から指を下ろす。 なんだかぼんやりしてしまっていた。上の空でピアノを弾いていたのだ。気持ちがこもるわけがない。 「……すみません、先生……」 「もうすぐ翔央祭(真雪の通っている学校の文化祭)なんだろう?そんな調子じゃ仕上がらないぞ」 「はい…………」 先生が忙しい時間の合間をぬって、せっかく練習を見てくれていたのに、ぼーっとしてしまうなんて。 無言のままうなだれてしまった僕をしばらく見つめてから、先生は軽くため息をついた。 「気が乗らないみたいだな。今日はもう遅いし、練習はやめるか?」 「!いえ…っ………!」 そんなの嫌だ。 今日を逃したら、もう当分、先生にレッスンをしてもらえないのだ。先生は明日から海外に演奏旅行に行ってしまう。先生はしょっちゅう演奏のオファーがくるから、あんまり家にいないのだ。今日だって、2ヶ月ぶりに会ったのだ。まだ、離れたくない。 「先生、もう1回見てください!今度はちゃんと弾きます!」 「今度は、か。やっぱりさっきの演奏が気が入ってなかったんだな」 「!………………」 眉間にしわを寄せていた先生は、急にふっと表情を和らげた。切れ長な目がほんのすこしだけアーチ型に細まる。 「ちょっとかわってごらん」 先生と座席を変わり、先生がピアノの前に座り、僕はその横の椅子に座った。 なにをするんだろう? ちらりと先生を見上げると、先生は僕のほうにもう一度微笑みかけてから、ピアノのほうを向いた。 白鍵の上に、長い指をおき、先生は小さく息を吸った。 「――――――――!」 この曲は……………… 緩やかに刻む3拍子。どこか不思議な、流れるような優しいメロディ。 先生の弾き始めた曲は、E.サティのジュ・トゥ・ヴだった。 僕と先生が初めて会ったとき、僕が弾いていた曲……… 軽やかに一曲を弾き終わり、先生はやさしいまなざしを僕に投げた。 そして、そっと僕にキスをした。 「先生……っ!?」 「まゆくん」 あ、久しぶりにその呼び方をされた。 そう思った瞬間に、僕の体はふわりと抱き上げられていた。先生はそのまま軽がると僕をピアノの裏にあるソファまで運んだ。 「先生っ!?」 ソファに仰向けに寝かされた僕の上に先生が覆い被さり、再び、キス。 今度はちょっと長くて、大人なキスだった。 先生の唇はひんやり冷たくって気持ちいい。 僕の火照った唇を、やさしく冷やしてくれる。 え………?火照った…………? まだキスしかしていないのに、なんで僕の体はこんなに熱いんだろう? 「……やっぱり熱があるな」 唇を離した後、先生は心配そうな顔をして、僕のおでこにおでこをくっつけた。 「今日、最初に会ったときから、ちょっとおかしいなと思っていたんだ。熱があるぞ、まゆ」 あぁ、また「まゆ」って呼んでくれた。 家族や親しい人だけが呼ぶ、その呼び方。 僕はそれがとっても好きだ。 特に先生の口からその言葉が出ると、うれしくってとろけちゃいそうになる。 最初の頃は「真雪」としか呼んでくれなかったから。 にへ、と思わず顔が緩んでしまった僕を、先生はあきれたように見下ろした。 「なに笑ってるんだ?妙な奴だな」 「大丈夫です…すっごい、気持ちいいんです……」 「は?………」 思いっきり変な顔をして僕を見下ろす先生。彼は困ったなぁ、という風に髪をかきあげた。 「これは本当に熱があるな」 「ないですよ…」 ものすごく気持ちがいいんです。 先生が僕のそばにいて、僕のことを「まゆ」って呼んでくれているんですもん。 「……薬…あったかな………」 「飲まなくても大丈夫です…それよりも………」 今度は僕のほうから先生の首に腕を回してキスをした。 といっても、先生がしてくれるみたいなキスはできないから、唇を合わせるだけの軽いキスだけど。 唇を離して、先生と間近で見つめあう。 先生は、「こじれても知らないぞ」とつぶやいて、僕をぎゅっと抱きしめた。 2ヶ月ぶりの、先生のにおいだった。 香水やコロンをつけていない、先生のにおい。とっても落ち着くにおい。 休日だからかためていない先生の髪が僕のほほをくすぐる。 演奏会のときはオールバックにしている先生だけど、こうして寝起きの頭に櫛を入れただけの髪型にしていると、実際の年齢よりも4つくらい若く見える。 「さみしかったんです……」 会えなかった間、ずっとずっと先生のことを考えてました…… 「……俺もだよ」 またキス。 先生のついばむようなキスが僕の顔中に降る。 「くすぐったい」 くすくす笑う僕が、先生の瞳に映っている。やさしい、やさしいまなざし。先生が僕のことを愛してくれているってことが伝わってきて、すこし涙が出そうになる。 「先生……」 涙をかくしたくって、先生の首にぎゅっと抱きつく。 先生の大きな手が、僕の背中をなでる。 そして、やがてその手は僕の体の前のほうに回り、1個ずつ、ボタンを外しはじめた。 僕の少しやせすぎな胸があらわになると、先生はそこに右手をあててくすっと笑った。 「……ものすごく、ドキドキいってるな」 かぁっと顔に血が上ってしまった。恥ずかしくなってはだけたシャツで胸を隠そうとしたけれど、先生の両腕におさえられてしまった。 「まゆ」 ソファの上でシャツを脱がされてしまった。 「……抱いても、大丈夫か………?」 さっきよりもさらに顔が熱くなる。先生の顔が見られなくなって目を閉じて、僕はうなずいた。 「ほんとうに?」 こくん、と再びうなずく。 「―――――――――――――」 ばさ、と先生が自分の服を投げ捨てた。 そして、暖かな裸の肌と肌が触れ合う………… 「―――――――――――――っ!」 先生の唇が、僕の首筋にあたった。 熱い呼吸と熱い舌が僕の脳を刺激する。 声が出そうになるけれど、恥ずかしくって、必死に唇をかんでこらえた。だけど… 「あぁんっ……………!」 自分でも驚くような声が出てしまったのは、先生が僕の胸の突起をきゅっとくわえたからだ。 先生は舌で愛撫しながら、手のひらであちこちを撫で回す。 いつもピアノの上を自由自在に駆け巡っている指が、僕の体をさぐっている。節くれだった指がごつごつするけれど、どこかなめらかで、ぞくぞくする。 「先っ生…………!」 先生に抱かれたことはまだほんの少ししかないけど、そのたびに僕は悔しくなってしまう。 いつもいつも僕だけが先生に快楽を与えられているような気がするから。 僕が気持ち良くって気が遠くなっているとき、先生はどう思っているんだろう?何を感じているんだろう?確かめたい、と思うけど、僕の理性はすぐに先生に取り除かれてしまうから、確認なんてできない。 「あっ……ん…っ………っ………」 声にならない声で懇願することを、先生に教えられた。目で訴える、ということも。「もっと」「やめないで」「きもちいい」………そういう気持ちを、言葉に出さずに伝えると、先生はその通りにしてくれる。そして、さらなる愛撫を、僕にくれる。 先生の指が、唇が、舌が、僕の体のすべてをこすりとって溶かしていくみたいだ。 そして、体に異物が挿入される痛みや、自分があげる悲鳴も喘ぎ、先生の吐息や汗…すべてが甘美な音楽のように僕の脳を麻痺させる。先生に抱かれているとき、僕はきっとどろどろしたスープのようなものになっているんだろう。とろけて、先生の熱に溶かされて、先生と混ざり合う。 「―――――――――っ…っ!!」
乱れに乱れた呼吸は、なかなか静まらない。 目を閉じて、深呼吸を何度か試みていると、先生の指が僕の髪をすいた。 「……きつかったか?久しぶりだったからな。すまない」 「だい……じょ…ぶ、です………」 まったく信憑性のない、途切れ途切れの僕の声に、先生は微笑った。 「相変わらず、負けず嫌いなんだな、まゆは。俺に強がっても仕方ないのに」 知ってます。 先生はありのままの僕を受け入れてくれるってこと。 でも、僕はできるだけ先生の前で情けない姿を見せたり、弱音を吐いたりしたくないんだ。少しでも早く、先生に追いつきたいから。 先生が、ソファのそばにたたんであった毛布を広げてかけてくれた。 ぬくもりに包まれながら目を閉じていると、すぅっと意識が遠のくのを感じた。 (眠りたくない) まだ先生のことを感じていたいのに。 一定のテンポで髪をなでる指が心地よくて、そのせいで、よりいっそう眠りのふちが近づいてくる。 「先生………」 必死につぶやいた僕の言葉に、先生が微笑ったのを感じたのを最後に、僕はことんと眠ってしまった。
翌日、目が覚めると、先生はもう飛行場へたってしまっていた。 昨日からわかってはいたことだけど、すごくさみしい。 大好きな人と眠るのもいいけれど、やっぱりいちばんのしあわせは、大好きな人の隣で目覚めることだと、僕は思う。 小さくため息をつきながら体を起こすと、ぱさり、と何かが毛布から滑り落ちた。 「?」 ひろいあげてみると、それは大きな茶色い封筒だった。 表には走り書きで「真雪へ」と書かれている。 「なんだろ……」 首をかしげながら中身を取り出してみると、それは楽譜だった。五線譜にペンで書きこんである、直筆の楽譜。タイトルのところには「Nocturne」とだけ記してあった。 「先生の書いた楽譜……?」 楽譜は全部で3枚あった。ざっと目を通してみたが、知っている曲ではなかった。ふと楽譜を裏返してみると、いちばん最後のページの裏に、封筒と同じ走り書きでメッセージが書かれていた。 次に会うときまでに練習しておくこと。 それまでに弾きこなせるようになってたら、真雪にこの曲をやるよ。 「先生・・・・・・・・・…」 あぁ、これは、先生からの「宿題」だ。 思わずくすくす笑ってしまった。 それから続きには、こうあった。 真雪のことを思いながらつくったから、きっと弾きやすいぞ。 「―――――――――」 なら、曲のタイトルはもう決まったようなものじゃないんですか?「真雪」って。 ピアノの前に座って、さわりの部分を弾いてみる。ゆるやかでやさしい旋律の曲だった。そこから先生の気持ちが伝わってきて、すごくすごくうれしくなった。この曲を弾くたびに、先生のことを思い出せる。先生の気持ちを確認できる。離れているさみしさが、ほんの少しだけ和らぐ。 「次に会えるのは、2週間後、か……」 それまでには、絶対絶対うまく弾けるようになって、正式にこの曲をもらいますからね。
end... |
モドル