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「『まゆ』……って………?」

 先生は怪訝そうな顔でまゆをひそめた。僕は必死に先生の袖をつかみ、先生を見上げた。

「お父さんやお母さんや、親しい人はだいたい僕のことをそう呼んでくれてるんです。だから、先生にも『まゆ』って呼んで欲しいんです………!」

「―――――――――――――――――」

 心臓がばくばくして口から出そうだった。顔もものすごく熱い。きっと真っ赤になってる。

 先生はそんな僕を見て、一度天井を見上げ、再び僕に視線を戻し、困ったように笑った。

「…わかったよ。そう呼ぶ。だけど、それくらいならいつだってよかったのに」

 それくらいだなんて。僕は先生がどうして『まゆ』って呼んでくれないのか真剣に悩んだ時期もあったんですよ。笹目さんは『まゆ』って呼んでくれてるのにって。親しい人だけが使うその呼び名を、大好きな先生に、ずっと使ってもらいたかったんですからね。

 ちょっとむっとしてしまったけど、やっぱりうれしい。

「他には?」

「まだいいんですか?」

「今のはプレゼントっていうのとはちょっと違うだろ。いいよ」

「じゃあ…じゃあ、先生のピアノが……聞きたいです」

 言ってからしまった、と思った。先生はさっきまでコンサートで何曲も弾いて疲れているはずだった。先生の優しさにびっくりして、つい忘れてしまっていた。

「あっ…ごめんなさい!先生、コンサートしたばかりなのに…」

「『まゆ』」

 僕の言葉をさえぎるように、先生は僕の顔の前に人差し指を立てた。

「ピアノだな?」

 かたん、とピアノの前に座り、先生が僕のほうを見る。

「お姫さま、曲は何を?」

「…………『月の光』を……」

「了解」

 ふわり、と長い指が鍵盤の上でポジションを取った。流れ出すゆるやかなメロディ。先生の弾く『月の光』はいつも情感があって、ふんわりとやさしい。静かな湖の上に船を浮かべて、水の揺らめきに身を任せながら見上げる月の、やわらかな光。そんな雰囲気だ。

 月の光に誘われるように僕は先生の横に立った。

 綺麗な先生の横顔。

(言っても……いい…のかな………?)

 三年たったら、僕の言葉を聞くといってくれた、あの約束を。

 それを言ってしまったら、この優しい空気がこわれてしまいそうで、怖かった。

(だけど)

 もうこれ以上この想いを抱えているほうが、ずっとつらい…………

 僕はぎゅっとこぶしを握って、先生を見つめた。

「…先生……覚えてますか?」

「なんだ?」

「………3年……3年待てっていったこと……」

 どくん、どくん、と耳の奥で鼓動が聞こえる。ピアノの上を滑っていた先生の指は、急にねじが切れたように止まった。

「…3年たっても………僕の気持ちは、変わってません」

「…」

 先生が静かにこちらを見上げる。僕は頬の熱を感じながら視線を返した。

「先生が、好きです」

沈黙。

 時間の流れる音が聞こえそうなくらいの静寂が、僕と先生の間に降りた。。

 その間、先生は僕を見つめていた。ただ、じっと。

 そして、静かにいすから立ちあがると、くるりと僕に背を向けた。

「先生!?」

 答えを聞かせて欲しい。そうじゃないと、僕は………

「『好き』だって言うことが、どういうことか、わかっていっているのか?」

「どういうことって………」

「どんな意味の『好き』かってことだ」

「―――――――――――」

 先生は背中を向けているから、今どんな表情をしているのかわからない。だけど、僕はその背中に向かって必死にいった。

「わかってます――――――恋愛の対象として『好き』ということです」

「恋愛の対象?男同士でか?」

「はい……でも…でも、本当にっ………」

「俺とセックスしたいと思うのか?」

「――――――――っ」

 思ってもいなかったストレートな言葉に、思わず詰まってしまった。ただでさえ熱くなっている体が、さらに熱を帯びた。

「………したい、です……………」

 答えた声は、恥ずかしさで語尾が震えてしまった。

「おまえは自分の体がどうされるのかわかってるのか?もともと目的の違うところに突っ込まれるんだ。傷になるぞ」

「いいです………先生なら………………」

「ガキが…っ………」

 吐き捨てるように言って、先生は僕のほうを向いた。

(怖い)

 さっきまでとは違って、先生は、とても怖い顔をしていた。今まで見たことのないような、苦しげな厳しい表情で、先生は僕の両肩をつかんだ。

「やっぱりおまえは子どもだ…!深く考えずに恐ろしいことを言う。男同士で恋愛してなんになる?家庭が持てるわけもなく、子どもも作れず、ただ傷を付け合うだけだ。そんな行為になんの意味があるんだ?」

「先生………………」

「周りをあざむいて、裏切ることにもなるかもしれない。差別の目で見られるかもしれない。家族にも縁を切られるかもしれない。ピアニストとしての道も断ち切られるかもしれない。おまえはそれでもいいのか!?」

「っ………」

 先生の激しい口調に身体が強張る。涙が込み上げてきて、ぽろぽろと頬を伝った。

「それでもっ………それでも、好きなんです!見ているだけじゃなくって、先生が…欲しいんです………っ…」

 言いながら、全身の力を振り絞って、先生の胸にしがみついた。ステージ用の燕尾服の固い肌触り。

「僕といることで…先生までピアノを弾けなくなることになるとしても………それでも僕は……先生といたい…!」

 わがままだってわかっているけれど、先生が欲しい……!

 ぐいっと強い力で僕の体は先生から引きはがされた。

(殴られるっ……)

 そう思ってとっさに目を閉じた、瞬間。

「…!?」

 唇を、唇でふさがれていた。

「先せ……」

 言葉を発するまもなく、再び、キス。乱暴で、食べられてしまいそうに荒荒しいキスだった。

「…ふざけるな。俺がどれだけ………」

「え………………?」

「どれだけおまえを大切にしたかったか、知らないくせに………!」

「!」

 振り飛ばされるようにソファに押し倒され、先生がその上に馬乗りになった。恐怖でこわばった僕の体の上で、先生はジャケットを脱ぎ捨て、中に着ていた白いシャツを乱暴にはだけさせた。

「せ……先生………………」

「3年我慢してたんだ。悪いが、優しくなんてできない」

 言い終わるやいなや、僕の着ていたセーターが強引に脱がされた。あらわになった首筋を、先生の唇がなぞる。

「やっ……あっ………」

 のしかかってくる重みを押しのけようとした両腕は、頭の上で束ねて押さえられる。先生の指が、舌が、歯が、僕の体のあちこちを食べ尽くそうとするように動き回る。

「やだ……やだっ………先生……先生………」

 懇願の言葉は唇でふさがれ、同時に、ピアノを長い間弾いていたせいでたこのできた先生の指が、僕の胸の突起にそっと触れた。

「!」

 びくんっ。

 反射的に体がはねて、僕自身が驚いてしまった。

 今度は先生の舌がそこをそっとたどった。

「あっ………」

 背骨の付け根のあたりに、疼くようなしびれが走る。自分の性器が固くなっていくのがわかった。

「は…ぁっ………………」

 自然に吐息がもれる。両腕を戒めていた先生の手が外されたが、もう、抵抗する気力は無くなっていた。意識が朦朧として、全身が快感に支配されていく。こんな感情は初めてだった。

(怖いけど………気持ちいい……………)

 体中がどんどん熱くなっていく。下腹部に血が集まっていくのがわかる。心臓が二つになったみたいに、腰骨の辺りに鼓動が響く。

 先生の指がズボンのボタンにかかった。簡単にボタンが外され、ファスナーが降りる。

「っ!」

 ズボンのはだけた隙間から、先生が、僕の大きくなったものを甘噛みした。ズキン、と背中を電流が走る。先生は僕のものを下着の上から唇で刺激しつつ、ズボンを脱がせた。そして下着も。

「いや………………先生っ………」

 僕は、自分の性器がこんな風になるのを見たことがなかった。下着から解放されるまでがこんなにもどかしいものだとも知らなかった。そんなことを感じている自分が恥ずかしくて、目を開けていられなかった。

 先生は僕のものを指で何度かそっとさすり、おもむろに口に含んだ。

「っ…!!」

 ビリビリっときた。

 あまりの快感に背中がのけぞる。

 先生の舌が、唇が、僕を含み、なめまわし、しゃぶりあげていく。

「うっ……んっ………んっ………」

 動く先生の頭にしがみついて、快感に身を任せる。

 頭の中がぐらぐらする。

 ただ身体が熱くて、鼓動が激しくて、目を開けていられなくって。先生の触れている部分がとろとろととろけていきそうになる。意識さえも、何かに融けていってしまいそうだった。

「あっ………………っ!……」

 びくっと足が震える。その瞬間、僕は先生の口の中に放っていた。

 先生はそれを口に含んだまま、うつぶせになった僕のお尻の中心に唇を触れさせた。そして、その肉を舌でかき分けて、そっと中に僕の放った液体を流し込んだ。

「!…嫌っ……先生っ…………」

 身をよじって逃げようとする僕を、先生の腕と身体が押さえつけた。先生の指が、流れ込んだ液体をこね回すように動く。

 ぬるぬると指がこすれる感覚。不思議なような、少し気持ちが悪いような、変な感じだった。

 そして、僕の液でぬれた僕の秘部に、先生のものがおしあてられた。

「っ……!」

 めりっ、と音がしたような気がした。

「あぁっ………ぁ…………!」

(痛いっ…………………)

 先生が入ろうとしている部分から、身体が裂けてしまいそうだった。今まで感じたことのない激痛が走る。

「まゆ……力を抜いて」

 先生が僕の耳元でささやく。

「頼むから………俺は、いま、おまえを気づかえるほど……余裕がないんだ…」

 荒い先生の呼吸が僕の耳をくすぐる。ぽたり、ぽたり、と先生の汗が僕の背中に落ちた。

「…傷つけたくないんだ………」

 きゅっと先生が僕の耳を柔らかくかんだ。瞬間、思わず力の抜けてしまったのを感じたのか、先生が一気に僕のなかに入ってきた。

「っ…っ……ぁあっ………」

(なにこれ……!?)

 目の前が、真っ白になった。今まで感じたことのない感覚。強烈な痛み。下腹部の鼓動が二つになったような感じ。僕の鼓動と、僕の中にいる先生の鼓動。

(熱い………………)

 眩暈がする。

「まゆ………………」

 先生が少しずつ、腰を動かし出す。

「真雪……真雪…………」

 先生が僕の名前を呼ぶたびに、下腹部の痛みが悦びに変わっていく。先生の動きに合わせて、波のように襲ってくる痛みと快感。身体を乱暴にゆすられて、シーツにしがみつきながら、僕は僕を忘れてその波にのまれていった。

 ただ、僕と先生がつながっているというしあわせを感じながら。

 

 

 

 朝、昨夜のことは夢だったのでは、と不安になって目が覚めた。

 でも、目を開けた瞬間に、目の前に先生の身体があったから、すぐに安心して、その身体にすりよった。

「起きたのか?まゆ」

 言いながら、先生が僕を抱きしめた。

 先生の腕の中は、とても暖かい。

 広くて大きな胸に頬を寄せると、わずかに汗の匂いがする。先生が、僕のためにかいてくれた汗。それがうれしい。

「……身体、大丈夫か?」

 心配そうな先生の声に、僕は笑ってうなずいた。

 …本当は、お尻がずきずきと痛いのだけど。

 昨夜のセックスの後、先生を受け入れた部分が切れて、血が出ていた。僕は、先生の言った通り、男同士のセックスは傷を付け合うものなんだなぁ…なんてのんきに思っていたんだけど、先生のほうはものすごく心配して、とりあえずこの部屋にあったもので応急手当をしてくれた。

「後悔してますか……?」

「何を?」

「僕と……こういうこと…したこと…………」

「いや」

 ふわり、と先生の手が僕の髪を撫でた。

「おまえを傷つけたことだけ…後悔してる」

「…それなら平気です」

 先生を見上げて、僕はにっこりと笑ってみせた。

「僕、けっこう頑丈なんですよ」

「そうか?」

 先生と僕はみつめあい、笑い合った。その笑顔は、僕が見た中で、いちばん柔らかい表情だった。それから、先生は僕をぎゅっと抱きしめて、髪にキスをして、ある言葉を告げた。

 それは、僕が、3年間ずっとずっと待ちつづけた言葉だった。

「愛してるよ、まゆ」

 

 

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