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「アンコールにやるのは、もともとはクリスマスメドレーだけだったんだけどさ。あいつが『うちの従弟が今日誕生日で、コンサートを見に来るから、ハッピーバースデーも入れさせてくれ』ってオケに頭下げたんだぜ。あのプライドの塊みたいなやつが。珍しいったらなぁ。珍しすぎて雹(ひょう)でも降るかと思ったけど、いい天気で良かったよ」
笹目さんがこっそり教えてくれた。
先生はコンサートが終わった後、オーケストラの人たちやスタッフの人たちに挨拶したり、握手をしたりと忙しそうに動き回っていた。邪魔になりそうだったので、僕はこっそりとホールを出た。
帰り際に、僕を見つけた指揮者さんが寄ってきて、僕に右手を差し出した。
「日下くんから聞いてるよ。きみが彼の愛弟子の七瀬くんか。いつかきみとも演奏できる日が来るのを楽しみに待ってるよ」
握手をした手は、あったかくて、優しかった。
指揮者さんはにっこりと笑うと、人の輪の中に帰っていった。
僕は家に帰っても、コンサートの興奮が冷めなかった。
先生が僕のためだけに弾いてくれたハッピーバースデー。ピアノと二人だけの世界である舞台に、僕を入れてくれた。それがうれしかった。
家の敷地の一角にある離れへ行き、ピアノの前に座る。今日、先生がひいていたいろんな曲が頭の中をまわる。なんだかすごく幸せな気分だった。昨夜とはまったく違って、心が満ち足りている感じだった。先生と二人きりになれた時間は短かったけど、先生があんなに優しくしてくれたのは初めてだったから。
ピアノの台の上に額をぶつけて目を閉じていると、コンコン、とドアがノックされた。
顔を上げてみると、大きなガラス張りの窓の向うに、先生が立っていた。
(先生……………!?)
「真雪。そんなところで寝たら風邪ひくぞ」
勝手知ったる練習室。先生は部屋に入り、端のほうにたたんでおいてある毛布を持ってやってきた。
「これでも羽織ってろ」
ふわり、と僕の体を毛布で包み、先生は笑った。
「…先生………打ち上げは……?次の演奏会は………?」
「打ち上げは、行こうとしたら、従兄弟の誕生日を祝ってやれって追い返された。次の演奏会は30日だから、それまではここにいる」
「本当に………………?」
「こんなこと、嘘ついても仕方ないだろうが」
先生は、着ていたコートを脱ぎ、ピアノのそばのソファに腰を下ろした。コートの下はまだ燕尾服姿だった。髪もオールバックにセットしたままで、コンサート会場からすぐにこちらへきてくれたってことがわかった。
「塩原さん……今日の指揮者さんがおまえのこと気に入ってたよ。今度はぜひご一緒したいってさ」
「そんな…………………」
「『そんな』じゃないだろ。そろそろおまえも人前に立っていい頃だ」
毛布を引きずりながら先生のいるソファまで行くと、先生は笑ってくれた。めったにそばにいてくれない先生が、今日はこんなに優しい。つい、もっともっと甘えたくなって、先生にくっつくようにとなりに座った。先生は、逃げないで、僕のそばにいてくれた。
「決めたか?」
「?」
「誕生日のプレゼント。決めとけっていっただろ」
「あのアンコールがそうだったんじゃないんですか…?」
「……他は?」
「…………………………」
そのまましばらくの沈黙。僕は胸がドキドキして仕方がなかった。このドキドキが先生にまで伝わっていそうで、恥ずかしくって、ぎゅっと目をつぶった。
「思い浮かばないか?」
黙ってしまった僕を見て、先生は苦笑した。
「それじゃ、また明日聞くよ。おやすみ」
言いながら立ちあがった先生の腕を、僕は反射的につかんでいた。
「待って……………っ」
先生の視線が僕に落ちる。
「プレゼント、ください………!」
「?」
「……僕のこと、真雪じゃなくって、『まゆ』って…呼んでください………」
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