Happy Birthday
僕と先生の身長差は、13センチ。
この3年で僕の背が7センチのびて、先生の背丈に少し近くなった。
だけど、心は、どれだけ近づけたんだろう?
僕は先生が好きだ。
先生の名前は、日下昭生。
僕よりも10歳年上のいとこで、僕のピアノの「先生」だ。
先生は若干24歳にしていろんなコンクールで賞をとっているピアニストだ。僕は昔、先生の演奏を聞いてピアニストに
なろうと決めた。それ以来、先生の音を目指して練習していた。そのくらい、憧れの人だった。
彼は今、僕と僕の両親と一緒に同じ家で暮らしている。
彼のご両親が事故で亡くなったことがきっかけで。そして同居するついでに、ピアニストを目指す僕のレッスンを見てく
れるようになった。
僕は憧れの人が自分の側にいてくれることが嬉しかった。先生は、あまり感情を顔に出さないから、ちょっと怖いように
思えるけど、ふいの仕草が先生の奏でる音のように優しくて。僕は先生といる時間が蓄積されればされるほど先生のこ
とが好きになっていっていた。その想いはどんどんふくらみ、まだ幼かった僕はそれがどういう感情なのかもわからず、
ただ先生と一緒にいたいと思っていた。
そして、僕が12歳の誕生日を迎えた日。先生が僕の家にきて半年と少しが過ぎた頃。
僕は自分の中の想いを先生に伝えた。
「先生が好きです」と。
だけど先生は僕が子どもだから真面目には受け取ってくれなくて。
僕はどうしても先生に僕の気持ちが「真実(ほんとう)」だってことを知ってもらいたくて。僕は先生にキスをした。
あの時の先生の表情は今でも鮮明に覚えている。
驚愕の表情。
それから、眉をひそめた後悔の表情…………
それを思うと今でも胸の奥がズキンとなる。
今だったら先生が僕に告白して戸惑う気持ちは理解できるけど、あの頃、まだ幼かった僕は、先生がそういう表情をし
たっていうことが悲しくてつらくて。今すぐ先生の前から消えてなくなりたい気持ちだった。
そして先生は言った。
「三年待て」って。
三年たって、それでももし、僕がまだ先生のことを好きだったなら、その時はちゃんと僕の話を聞いてくれるって言っ
た。12歳の僕は幼いから、好きっていう気持ちと親しみの気持ちを勘違いしているんだって。僕は「そうじゃない!」って
思ったけれど、待とうと決めた。先生が僕の言葉を聞いてくれると約束してくれた15歳の誕生日まで。そうじゃないと、
先生はきっと僕の言葉を信じてくれないだろうと思ったから。
それから、先生は何事もなかったかのように僕に接し、僕もそうした。
僕は先生を好きだって自覚してしまっていたから、それはすごくつらかったけど、でも、先生は僕のいる家に帰ってきて
くれるし、レッスンもみてくれるし、一生懸命我慢した。
そうして、2年と少しの月日が流れ、僕は中学三年になり、ついに約束の日を迎えようとしていた。
――――――――先生のことを、変わらず好きなまま。
「おっはよー!まゆぅ!」
いつもより早くついた朝の教室でぼんやりしていると、いきおいよく背中をたたかれた。
振り返ると、幼なじみの東堂がにこっと笑った。
東堂が呼んだ「まゆ」は、僕、七瀬真雪の「まゆ」。親しい人だけの僕の呼び名だ。
「今日、寒いなー。雪降るんじゃねー?」
「そしたらホワイトクリスマスだね」
今日はクリスマスイブ。そして終業式。
世間一般の中学三年生だったら、受験で忙しい時期だけど、エスカレーター式の翔央に通っている僕たちは、のんび
りといつも通りの年末を迎えていた。
東堂は僕の前の椅子に座ると、カバンをあさり、綺麗にラッピングされた箱をだした。
「はい、誕生日プレゼント!今年はパーティしないっていってたから、今日渡しとく」
「ありがと」
僕の誕生日は12月25日、クリスマスだ。
いつもならクリスマスパーティをかねてうちでお祝いをしてもらっていたのだけど、今年はお父さんとお母さんがコンサ
ートで忙しいからとりやめにした。
………というのは表向きの理由。
本当は、僕がみんなと騒ぐ気分になれなかったから、中止にしてもらったのだ。
明日の誕生日は、先生と約束した三年目の誕生日だったから。
―――――――だけど。
(先生もコンサートでいないんだよね…………)
今日と明日は都内でクリスマスコンサートだっていってた。ただでさえ、ここ1ヶ月、先生の姿を見ていないっていうの
に。
(忘れちゃったのかな………僕との約束)
先生は僕の告白なんてすっかりなかったことみたいに振る舞うから。告白した次の日ですら、先生はいつもとかわらず
に僕と接した。
(15歳になったからって、僕の気持ちが受け止めてもらえるわけじゃないんだもんね……)
先生が約束したのは、「僕を大人だって認めて、真剣に僕の話を聞く」ということだけだ。そこからさきのことは、約束し
ていない。
はぁ、とため息が出た。
せめて誕生日がクリスマスなんかじゃなかったら、先生と一緒に過ごせる可能性が高かったのに。
(クリスマスなんて、嫌いだ)
今年の誕生日は、生まれて初めて、憂鬱な気持ちで迎えることになりそうだった。
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