Long for you
先生に好きですって言って、三年待てって言われた。
僕は待てますって答えたけど、次の日には、もう、三年目が待ち遠しくなった。
(三年、かぁ・・・・・・・・・)
三年後、僕が15歳になる誕生日。
その時、僕と先生の距離がいまよりももっともっと縮まっていますように。
クリスマスの翌日は、ものすごい吹雪だった。
朝、目が覚めたのも、風が窓をガタガタさせたせいだった。
「お母さんたちいなくても大丈夫?」
お昼を食べてから、名古屋でのリサイタルに出かけるお父さんとお母さんが僕に聞いた。二人はこれから二日間、家をあけることになっていたのだ。
「大丈夫!心配しないで」
「・・・そうね・・・昭生くんもいてくれるしね」
そう言って、二人は出かけていった。
佐紀さんはもう冬休みになっているから、今日と明日は本当に先生とふたりっきりだ。
(ちょっと気まずい・・・・・・・・・)
昨日、先生に告白して
先生を怒らせてしまったばかりだから。
今日はまだ先生と顔を合わせていない。でも、このままずっと顔を合わせないはずはなくって・・・・・・
(どうしたらいいのかな)
でも、幸か不幸か、先生は晩御飯になっても部屋から出てこなかった。
ご飯はお母さんが温めるだけに準備してくれてあったから、それをダイニングに出して先生を呼びにいったのだけど、ドア越しに「後で食べる」って返事が帰ってきた。
(さみしい・・・・・・・・・・・・)
ダイニングでひとりでご飯を食べつつ、ため息をつく。
先生と顔を合わせたらどうしようって思ってたけど、会えないほうが嫌だ。
ひとりでご飯を食べるのもさみしい。先生が来るまでは、よくこうやってひとりで食べていたのだけれど。
夜が更けても吹雪はおさまらなかった。どちらかというと、逆にひどくなっていた。窓の外を、ごぅごぅと音をたてて風と雪が通り過ぎていく。
早く寝ちゃおうと思ってベッドに入ったけれど、窓ガラスの揺れる音や風の音が気になって、なかなか寝付けなかった。部屋が暗いと物音が余計に怖いので、明かりをつけてもう一度ベッドに戻ったけれど、やっぱり眠れなかった。
(駄目だー)
時計を見ると、ちょうど日付が変わる時刻だった。
何か飲もうと思ってダイニングへ行くと、消したはずの明かりがついていた。そっと中をのぞくと、先生がコーヒーを飲んでいた。
「!」
びっくりして一歩後ろに下がると、床にあった箱につまずいて転んでしまった。その音で先生が顔を上げる。一日ぶりに見る先生の顔。
先生は床にへたりこんだ僕を見ると、「何やってるんだ」とカップをテーブルに置いた。
「え・・・えっと・・・・・・」
あわてて立ち上がって、パジャマの乱れを直す。
「僕も・・・・・・何か飲もうかと思って・・・」
先生がじっとこちらを見ているのが恥ずかしくって、うつむいたまま先生の前を通って冷蔵庫を開けた。そして中に入っていたミネラルウォーターを一口飲んで、ダイニングへ戻った。
「先生・・・・・・・・・遅くまで起きてるんですね」
そう言うと、先生は顔を上げてきょとんとして、それから苦笑した。
「確かに子どもはもう寝てる時間だな」
「子ども」っていわれてちょっとむっとしたけど、先生が笑ってくれたのでほっとした。昨夜のことを怒っていて、話してくれなかったらどうしようって思っていたから。
「用が済んだなら早く寝なさい」
先生がお母さんみたいなことをいう。
「・・・・・・・・・まだ眠くないんです」
本当は、風の音が怖くって眠れないんだけど。
そんな僕を眺めつつ、先生はコーヒーを飲み干した。それから僕の横を通ってカップをキッチンの流し台に置き、僕の横に並んだ。そしてふわっと僕の髪に手を置いた。
「起きてるならそんな薄着じゃ駄目だ。何か着ておけ」
ぐしゃっと僕の頭をなでて、先生はダイニングを出ていった。あわてて僕はその後を追った。
「あの・・・・・・っ・・・先生のお部屋、行ってもいいですか・・・っ?」
ひとりでダイニングにいるのも、自分の部屋にいるのも怖かった。
「?」
何故?というように先生が振り返る。
その瞬間、大きな風が窓ガラスを激しく揺らした。
「っ!」
びくっと飛びずさった僕を見て、納得した、というように先生が笑った。
「いいよ、おいで」
笑顔で差し出してくれた腕に僕は飛びついた。
同じ家の中に住んでいたのだけど、先生がいるときに先生の部屋に入るのは初めてだった。先生が来るまでは客間だった部屋は、今は机や本棚、スタンドピアノとベッドが新たに運び込まれていた。
先生が机の前の椅子に座ったので、僕は側のベッドに腰掛けた。
本棚や机の上には楽譜や楽典の本がたくさん置いてあった。それからCDも。本棚の半分くらいがCDラックになっていて、ぎっしりとCDがつまっていた。ピアノの上には楽譜らしき本が並んでいて、先生の部屋はまるで図書館みたいだった。
きょろきょろと部屋を眺めていると、先生が煙草を取り出してくわえた。
「・・・煙草・・・・・・・・・?」
「あ、悪い」
先生は煙草に火をつけようとして、あわててやめた。
「いえ・・・別にかまわないです・・・・・・ただ、先生が煙草吸うの初めて見るんで、びっくりしたんです」
「おまえの前では吸わないようにしてたからな」
「なんでですか?」
「身体に悪いだろ」
「でも、先生は吸うんでしょう?」
「まぁな」
煙草を箱に戻して先生はぐしゃっと髪をかき上げた。
「煙草は吸ってる奴よりも横にいる奴のほうが身体に悪いんだよ」
「あ、テレビでみたことあります!煙が害なんだって言ってました」
「そう」
ぽい、と煙草を机に投げて、先生はピアノの前に座った。そしてふと思い出したように僕のほうを振り返った。
「パジャマだけじゃ寒いだろ。布団に入ってろ」
「はい」
言われたとおりにもそもそとベッドに入ると、布団から煙草の匂いがした。
(にがーい)
煙草の匂いって独特だ。でも、先生の匂いと混ざると、ちょっといい匂いに思えた。
同じ家の中なのに、どうしてこんなに匂いが違うんだろう?不思議だ。
「煙草の匂いがします」
「そうか?自分じゃよくわからないんだ」
それから、先生の匂いも。
布団の中に潜っていると、先生がすぐ側にいてくれるみたいですごく落ちつく。
先生はピアノに向かって鍵盤をたたきながら楽譜に何かを書き込んでいた。ときどき右手でメロディーを奏で、左手で伴奏をつけていく。
(先生・・・・・・作曲もしてるんだ・・・・・・・・・)
それも初めて知った。
ピアノを弾く先生の背中を眺めているうちに、とろとろとまぶたが重くなってきた。
(今寝ちゃったらもったいないのに)
もっともっと先生のピアノを聞いていたいのに。
一生懸命目を開けようとしたけど、駄目だった。
ちょっとずつ先生の音が遠ざかる。
怖かった吹雪の音はもう聞こえない。
大好きな先生の気配に包まれて、僕はゆっくりと眠りに落ちていった。
早く大きくなろう。
先生に追いつけるくらい。
きっと三年なんてすぐに過ぎるから。
きっと。
〜 end 〜
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