5
俺の家から電車で3駅、バイクで20分くらいのところに、シーナの住むマンションがある。前に何度か遊びに来たことがあったから、道は覚えていた。
マンションの前に立って窓を見上げる。3階のシーナの部屋は、まだ電気が消えていた。
(・・・帰ってない、か)
バイクをわきに置いて、3階へあがった。そして、シーナの家の前の壁に寄りかかる。バイト帰りの服装でバイクを飛ばしたので、肌寒い。普通にすごす分には平気な格好だったのだが、風を切って走るバイクには向いていなかった。
(あー、せめて上着だけでも持ってきたらよかったなー)
両腕で自分を抱くようにして温めつつ、ため息をつく。
そうこうしているうちに、階段をのぼってくる足音が響いてきた。その足音は3階で止まり、次に廊下を歩いてくる音に変わった。そして、その人物は、俺から5メートルほどの距離まで来て、歩を止めた。
「―――――――――・・・・・・」
びっくりしたように、彼は目を見開いた。何か言いたげに口が動いたけれど、言葉は出ず、ただそこに凍り付いたように立ち尽くしている。
「―――――コンバンハ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その人――――――シーナは、まだ声が出ない。壁から背を離して俺が近づくと、シーナは半歩後ろにひいて、ようやく口を開いた。
「・・・・・・なんで・・・・・・・・・・・・?」
「なんとなく」
本当は、シーナがちゃんと家に帰ってくるかどうか確かめたかったから。もし橘と二人で夜明かしなんてされたら嫌だったから。終電の時間まで待って、帰ってこなかったら、河原町付近の店を片っ端からあたってやる、と思っていたのだ。
とりあえずは、ひとりで帰ってきたようなので、ほっとする。
「外にあったバイク、本谷の・・・?」
「そ」
シーナは明らかに困惑していた。これからどうしよう、と考えているのが伝わってくる。
「迷惑だった?」
「えっ・・・・・・・・・ううん、大丈夫・・・」
うつむいて、シーナは俺の前を過ぎ、ドアの鍵を開けた。
「ちょっと待ってて。片付けるから」
俺の顔を見ないまま言って、シーナはバタンとドアを閉めた。ぱたぱたぱた、と足音が遠ざかり、部屋の中へシーナが入ったようだった。
待ったのは、ほんの一分くらいだったと思う。
すぐにドアが開き、「お待たせ」とシーナが顔を出した。
久しぶりに入るシーナの家。いきなり来たのに、きちんと片づいているのがシーナらしい。こたつ兼テーブルの上だけは、本やプリントなんかが散乱して、それはそれで、また、シーナらしい。
俺の視線の先に気づいたらしく、シーナはばたばたとテーブルの上のものをどかした。
(別にいいんだけどなー)
俺の部屋のほうがずっとずっと片づいてないから。
はい、と渡してくれたクッションに座る。シーナはあわただしくキッチンに戻り、紅茶を入れて持ってきた。
「さんきゅ」
「缶ビールとかもあるけど・・・・・・飲む?」
「シーナ、家でも酒とか飲むんだ」
ちょっとびっくりだ。
「うん、たまたまだけど」
そう言ってシーナは冷蔵庫から缶ビールを4本持ってきた。
「ゼミの先輩からもらったんだ。研究手伝ってた人。手伝いのお礼代わりだって言って。まだいっぱいあるんだよ」
ふふっと笑いながらシーナが言う。ようやく堅さがとれてきた。
「せっかくだし、飲もっか」
シーナが差し出す缶を受け取り、プルタブをあける。シーナも缶に口を付けた。
「今まで飲んでたから、酔っぱらっちゃうかも」
ぽつり、とつぶやいたシーナの言葉。
「・・・・・・誰と?」
本当は知ってるけど。
「橘さん。あ、安達ゼミの先輩で、夏のキャンプの時にもいた人なんだけど・・・」
「・・・・・・覚えてるよ」
初対面でライバル宣言してきた男のことを忘れられるかっていうの。シーナはそんなこと知らないから仕方ないけど。
「今日で先輩の手伝い終わって、先輩とか橘さんとかゼミのみんなで飲みに行ってたんだ。その後、橘さんと飲み直しっていって別の店行って飲んだから・・・今日は結構飲んでるよ」
俺が見たのは、たぶん、二軒目へ移動中のシーナと橘だったのだ。きっと橘はあわよくばシーナを一晩中連れ回したかったのだろうけど、シーナはこうやって帰ってきた。
(よかった)
ぐびぐびっとビールをあおって、二本目に手をかける。ほっとしたので、ビールがうまい。
「飲んじゃっていいよ。オレひとりじゃあんまり飲まないから」
にこにこ笑ってシーナがいう。
まるで今までのすれ違いがうそみたいだ。シーナもすっかりくつろいでテーブルの下に足をのばした。
「疲れたよー。毎日毎日夜中まで資料調べしてたから」
「俺、邪魔?」
「あっ、ううん、全然!・・・だけど、ちょっと眠い」
「ごめん。俺が急に来ちゃったから・・・」
「いいよ。今日は泊まってくの?」
「・・・・・・いい?」
「いいよ」
シーナが笑ってうなずいてくれたので、安心した。
それからしばらく二人で飲んだ。「今まで飲んでた」はずのシーナも、驚くくらいのピッチで飲み続け、二人そろってすっかり酔っぱらってしまった。
ちらっと時計を見ると、もう夜中の二時を回っていた。
「そろそろ寝る・・・?」
頬を赤く染めたシーナが首をかしげる。確かにちょっと眠くなってきたので、うなずいた。シーナも眠いっていってたから。
シーナの家はベッドではなく、カーペットの上に布団をひいて寝る。部屋に昔懐かしい押し入れがついていて、その中から布団を引っぱり出し、二つ並べて敷いた。
「パジャマ着る?」
はい、とグレーのパジャマをシーナが手渡してきた。
そういえば、シーナの家に泊まるのは初めてだった。
(シーナってパジャマで寝てるんだ)
うちに泊まるときはいつもジャージだから、なんだか新鮮だ。
二人そろってパジャマ姿になり、なんとなく笑い合った。
「本谷のパジャマ姿って、何かレア」
「シーナこそ」
(あー、久々に感じる理性の限界)
いまさらながら、しまった、という感じだ。
目の前で布団に座って微笑んでいるシーナ。このまま押し倒してしまえたらしあわせなのに。
そっと手をのばす。
「本谷?」
アルコールが脳に入ってぐらぐらしている。
シーナの肩に手が届く。薄い布の下の鎖骨が感じられる。
そのまま、オレはシーナを引き寄せていた。
予想以上にすんなりとシーナの身体はオレの腕の中に収まった。シーナの身体も、オレの身体も、アルコールのせいで熱くなっている。抱き寄せたシーナの髪に顔を寄せる。煙草の匂い。シーナはすわないから、たぶん今日の飲み会でついた匂いだ。
(もしかして橘の煙草か・・・・・・?)
そう思うと、むっとしてしまって、腕に力がこもった。
「本・・・・・・谷・・・・・・?」
(この人は、俺のものだ)
誰にも渡したくない、大切な人。
「・・・・・・・・・ごめん、俺、酔っぱらってる・・・・・・」
「・・・そうみたいだね・・・・・・」
そっとシーナが俺の胸をおして離れる。
「誰と間違えてるの?」
「え・・・・・・・・・?」
「――――――――――」
シーナはうつむいて小さく笑った。
「・・・・・・別に。もう寝よ?」
そしてシーナは自分の布団に潜り込んでいってしまった。シーナの温もりがなくなった俺の腕は、妙に寒くて、さみしかった。
「・・・・・・怒った・・・・・・?シーナ・・・?」
「違うよ、びっくりしただけ・・・・・・」
視線を合わせないままシーナが応える。
そのままシーナは黙った。
しばらくの沈黙。
(しまった―――――――)
久しぶりにシーナに会えて、前みたいにいろいろ話せて、嬉しくて。ついシーナに触れてしまった。抱きしめてしまった。
(ばれたかな・・・・・・・・・)
俺が、あなたのことを好きだって。
どうしよう。
どうしよう。
それまで酒で熱くなっていた頭が、さーっと冷えていく。
何か言い訳をしなきゃ、と思ったけど、脳みそがパニック状態でぐるぐるになってしまって、何も浮かばない。
「・・・・・・・・・本谷」
「なっ・・・何?」
「オレ、寝るよ?」
「あっ・・・うん」
あわてて俺も布団に入る。そんな俺を見て、シーナがくすくす笑った。
「どうしたの?変だよ、本谷」
(気づいてない・・・・・・・・・?)
「?」
きょとんとしてこっちを見ているシーナ。
(・・・よかった・・・・・・・・・!)
気づいてないなら、一安心だ。
ほっとして、布団に潜り込む。冷たくてさらりとしたシーツ。どこかシーナの匂いがする。
「・・・本谷、明日学校は?」
「え?必修はないし、自主休講、かな」
「そっか。オレ、明日いつ起きるかわかんないから、本谷の好きなようにしてて。帰るときは鍵かけなくていいから」
「わかった」
「おやすみ」
「・・・おやすみ」
明かりを消すと、すぐにシーナは眠ってしまった。すーすーと小さな寝息が聞こえてくる。
(よほど眠かったのかな)
付き合わせて悪かったかな・・・・・・・・・
窓のカーテンを通して月明かりがシーナの寝顔を照らす。メガネを外し、ぐっすり眠るシーナの顔は、いつもよりもずっと幼く見えた。
(寝てるよな・・・・・・・・・?)
学習機能ないかな・・・?と思いつつも、シーナの髪に手をのばす。柔らかな髪。
キャンプの夜もこうやってシーナに触れた。
そしてキスして――――――――
でも、今夜はやめる。またシーナが目を覚まさないとは限らないし、何より、せっかく眠ったシーナを起こしてしまうのが嫌だったから。
だけど、ちょっとだけ誘惑に負けて、髪にキスをした。
(好きだよ)
だから、お願いだから、もう橘と二人で飲みになんて行くなよな。
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