大学に入ってよかったなぁ、と思うのは、休みが長いことだ。

 夏休みは二ヶ月、冬休みは高校生と変わらない長さだけれど、冬休みが終わって一ヶ月後には春休みになり、それがまた二ヶ月続く。

(三回とか四回になると、休み中も忙しいらしいけど)

 とりあえず、二回生の夏休みは、充分すぎるほどのんびりと過ぎて行っていた。

 バイトもしたし、シーナとキャンプにもいったし、久しぶりに「楽しい」と思える休暇だった。

 その夏休みも、あと二週間で終わる。

 集中講義が始まったこともあり、そろそろ大学にも活気が帰ってきていた。

 今日は午後から必修の講義があったので、シーナと二人、自転車で大学までやってきた。出かけるとき、ダイゴローが恨めしそうに俺のカバンに飛びついてきた。あいつは俺とシーナが仲良くしてると怒るのだ。二人で話してるときも邪魔をしてくる。ダイゴローはシーナをめぐる恋敵、といったところだ。

「ねぇ、ごめん、ノート見せて」

 講義が終わって、教授が出ていったあと、隣りに座っていたシーナが、そっとこちらに身を寄せてささやく。ふわりと鼻に届いたシャンプーの香りは、俺と同じ匂いだ。ちょっとうれしい。

 こうやって二人並んで講義を受けているときは、ほのぼのできてしあわせを感じる。シーナは頭の回転が早いし、知識も豊富だから、講義の最中や後にいろいろ話し合えるのもいい。

 講義室からばらばらと人が出ていくのを見送りつつ、シーナがノートを写し終えるのを待つ。こういう時間も、しあわせだ。

 そのしあわせを、「そいつ」は見事にぶちやぶった。

「やぁ、光流(みつる)。今日の講義は終わりか?」

 甘ったるい猫なで声。耳に入ったとたん、鳥肌が立つ。が、シーナは嬉しそうにその声の主を振り返った。

「橘さん!びっくりした、どうしたんですか?」

「偶然ここの前を通ったら、光流がいるの見えたから」

 そう言ってシーナの肩に手をおくそいつの名前は、橘(たちばな)。俺の天敵だ。

 この夏のキャンプで、こいつは俺に宣戦布告をしたのだ。シーナをもらう、と。こいつにシーナに恋愛感情はあるのか?と訊かれて正直に答えられなかった俺も悪いんだけど。そんな俺にこいつはしゃあしゃあとこう告げたのだ。「俺は光流が好きだ。いいんだな?俺が光流をもらっても」と。

(何しに来たんだ、丸メガネっ)

 俺は心の中で毒づいた。ヤツは人差し指で楕円形のメガネをすっと押し上げ、にっこりと笑った。

「久しぶり、本谷くん?」

(何が「本谷くん」だよ!)

 俺がキッとにらみつけたときにはすでに橘の顔はシーナのほうへ向いていた。

「今日の講義はこれで終わりか?」

「あ・・・はい、そうです」

「じゃあちょっと付き合わないか?安達先生が研究会するっていってるんだけど、一緒にどうかな」

(えっ)

「いいんですか!?」

 目を輝かせるシーナ。

 シーナは勉強大好きだから、こういう催しには目がないのだ。橘はそれを知っているから、研究会をダシにシーナに近づこうとしている。もともとシーナはゼミの先輩のこいつに懐いているから、断るわけがない。

「行きます!」

 うれしそうにシーナは返事をしてしまった。

 さらさらっと急いでノートをうつし終えると、「ありがと」とノートを俺に返し、荷物をまとめて立ち上がった。

そこで、思い出した、というようにシーナがこちらを見る。

「あ、本谷は・・・・・・」

「きみも来る?」

 その優しげな声とは裏腹に、俺を見る橘の目は笑っていない。明らかに「邪魔だ」といっている。シーナと橘を行かせるのは嫌だけど、かといって橘といるときのシーナはあまり俺をかまってくれなくてさみしくなるからつらい。

「・・・・・・俺はいいです」

 二人から視線をそらしてぼそっと言うと、橘は満面の笑みで「それは残念」といった。

(畜生・・・勘違いするなよな、俺はあんたに気を使って辞退したわけじゃないからなっ)

「それじゃあ行こうか」

 橘がシーナの背を押す。こいつは何かっていうと、いちいちシーナにさわる。

「じゃあ、またね」

 ばいばい、と手を振って、シーナは橘と出ていった。

 気づくと、広い講義室に残っているのは俺ひとり。

(あーあ)

 がん、っと机の脚を蹴って、俺はひとりさみしく自転車置き場へ向かった。

 

TO NEXT......     

 

 

モドル