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  翌朝、目が覚めると、シーナがすねていた。

 俺より先に目を覚ましていたらしいシーナは、俺と目が合うと、もそもそと布団の中で方向転換して俺に背を向けた。

「シーナ?」

 腕を伸ばしてシーナの髪を小さく引っ張ると、シーナは布団の中に潜っていった。

「シーナってば」

「・・・・・・・・・ひどい」

「え?」

「本谷、昨夜、ランボーだった」

 顔は見えないけれど、声の感じや話し方で、シーナが俺に甘えてるってことがわかる。口調も本気で怒ってるわけではなかった。

「ごめん」

 背後からそっと抱きしめると、シーナはくるりとこちらを向いた。

 思った通り、微笑ってる。

「結構痛かったんだよ」

「うん・・・・・・ごめん・・・俺、余裕なくって」

「でも、気持ちも良かった」

 少し照れながらシーナは俺の胸に顔を埋めた。

「本谷は・・・?」

「文句ナシで最高」

「・・・良かった」

 笑い合ってキスを交わす。

 昨日までの俺に教えてやりたい。苦悩してた俺に。おまえはいつかこんなふうにシーナと朝を迎えることができるんだよ、と。

「―――――――――でも・・・・・・・・・」

 ふと、シーナの表情がくもった。

「姿子さん・・・本当に彼女じゃないの・・・・・・?」

「違うって。あいつはただのイトコ!」

「でも、もしかしたら姿子さんは本谷のこと・・・」

「ないって!」

 シーナの言葉を遮って、俺は首を振った。

「そんなこといったらあいつに馬鹿笑いされるか殺される」

 だって。

「あいつは俺の実の姉なんだから」

「え―――――――・・・?」

「シーナにだけは本当のこと話すけど、あいつは俺の父の前の奥さんの子どもで、俺の姉で、イトコなんだ」

「??・・・姉でイトコで・・・・・・?」

「・・・・・・俺の親父が妻の妹に手ぇ出して生まれたのが俺。俺の母親が男を生んだから、親父はその時の奥さんと無理矢理離婚して、俺の母親と再婚したわけ」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 綺麗な瞳を驚愕の形にしてシーナが俺を見つめる。

「そんなのって・・・・・・・・・」

「非道いだろ?・・・でも、それが「本谷」の家なんだ。本家の血筋を残すためには、何だって利用する。うちの母親も姿子の母親も本谷の一族の人間だから、従ったんだ」

「――――――――――」

 泣き出しそうに顔をゆがめてシーナが俺の頭をそっと抱いた。

「・・・だから、あいつとの間には、シーナが心配するようなことはないんだよ」

「・・・・・・ごめん・・・悲しいこと、言わせて・・・・・・・・・」

 シーナが母親がするみたいに俺の髪をなでる。

「うちの家は私利私欲が優先の一族でさ・・・すごく汚いんだ。親もみんな保身のことばっかり考えてて・・・・・・だからシーナの家がうらやましい」

 こんなに純粋で綺麗な人に育つことのできる環境が。

「シーナ見てるときっといい家族なんだろうなって思うから」

「どうして?」

「シーナがすごく綺麗だから」

「―――――――――」

 シーナはしばらく黙って俺の頭を抱いていた。そして、小さくため息のような吐息をついた。

「オレね、親、いないんだよ。どっちも」

「え―――――――・・・!?」

 驚いて顔を上げようとしたけれど、シーナがしっかりオレの頭を抱えてしまっていたので、身動きがとれなかった。

「親戚とも縁切られてるし・・・・・・だから家族っていえるのは、オレを育ててくれたばーちゃんだけなんだ」

 知らなかった。

 いつもシーナが優しく微笑んでいるから、きっとこの人は恵まれた環境で育ったんだろうって信じていたから。優しい両親に大切に育てられたからこそ、誰にでも優しくできるんだろうって思っていた。

「それにね・・・・・・オレはそんなに綺麗じゃないよ」

 シーナの声がわずかにかすれる。

 そのまましばらく間があって、シーナは俺を抱く力をわずかに強めた。シーナの顔が見えないから表情は伺い知れないけれど、何かをこらえている雰囲気だけは伝わってきた。

(シーナ・・・・・・・・・?)

「・・・本谷が秘密を教えてくれたから、オレもお返し」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「オレはね、人殺しなんだよ」

「――――――――!?」

「・・・・・・うそ。冗談」

 ようやくシーナの腕の力がゆるんで俺の頭が解放された。顔を上げると、シーナは柔らかく微笑んでいた。

「でも、親がいないのは本当。昔、事故で死んじゃったんだ」

「いつ?」

「ずっと子どもの頃。だから親の顔もあんまり覚えてないんだ」

「・・・・・・・・・そっかぁ・・・・・・」

「交通事故で・・・その時の怪我のせいでオレ、一年ダブったんだ」

 そういえば、ダイゴローを拾った日の夜、シーナはそんなことを言っていた。「もうずっと年下の人たちといたから、もう慣れた」って。

「もしかして、これ・・・その時の傷の跡?」

 昨夜、彼を抱いたときに気づいた、いくつかの古い傷跡。いちばん大きな傷は右膝の上と背中。それから右のわきと下腹に5センチくらいの斜めに走った傷跡。

「・・・・・・うん、そう。これでもだいぶ消えたんだけどね」

 俺の視線からかくすようにシーナは自分の身体に布団を巻き付けた。

「これがオレの秘密」

「シーナ・・・・・・・・・・・・・・・」

「ごめん・・・変な話しちゃって・・・・・・忘れて」

「シーナ」

 ぎゅっと布団の上からシーナを抱きしめる。窓からの光でシーナの髪が柔らかな茶色に透ける。

「シーナが生きてて・・・・・・よかった」

「―――――本谷は・・・やさしい」

「優しいのはシーナだよ」

「―――――――――」

 シーナの身体からそっと布団をはぎとり、裸の肌に触れ、抱きしめる。ふれあってる場所から伝わる温もりが、穏やかな気持ちにさせてくれる。今まで、自分の家のことを考えた後は、いつも刺々しい気持ちになったのに、今はとても安らいだ気持ちだった。シーナがいてくれるだけで。

 この人に会えたこと。

 この人のそばにいられること。

 世の中の全てにそれを感謝している。

「・・・なんか、眠くなってきた」

「いま起きたとこなのに?」

 目を細めてシーナが俺の頭を抱き寄せた。

「じゃあ、もう一回寝よっか」

 シーナの胸に抱かれて眠る朝。

 それはとても安らかで、しあわせな朝だった。

 それから四日間、シーナと俺は同じ屋根の下で暮らした。

 離れたくなくて、離したくなくて、いつまでもいつまでもベッドの中で抱き合っていた。

 どうしても行かなければならない大学の演習のために外へ出て、帰りに二人でシーナの家に行き、旅行カバンに荷物をつめた。これからずっと二人でいられるように。

「・・・本当にいいの?オレがいても」

「いないほうが嫌だ」

 抱きしめて、抱きしめられて。

 同じ時、同じ場所で、微笑みあえる人がいること。それがこんなにしあわせなことだなんて知らなかった。

 シーナと二人で部屋に帰ると、ダイゴローがシーナのカバンのまわりをぐるぐる回っていた。鼻をつけて匂いをかぎ、シーナのものだとわかるとその横で丸くなった。

「本物がここにいるのにね」

 そんなダイゴローを見てシーナがくすくす笑う。

 オレはそんなシーナを横目で見ながら、近いうちに、二人できちんと住める家に引っ越そうと決めた。

 そして、二人と一匹の生活は、始まった。





to be continued......?

   




モドル