台風上陸
1
(・・・・・・本谷)
聞き慣れた声。
俺の大切な人の声。
(本谷)
にっこりと優しく微笑んでいるシーナ。シーナが笑うと、周囲の空気がふわりと優しくなる。そして、一緒にいる俺は、とてもしあわせな気持ちになる。
知り合えば知り合うほど、シーナは俺にいろんな面を見せてくれるようになっていた。
満面の笑みを浮かべている顔。
いたずらっぽく見上げる瞳。
ダイゴローを、母親のように見守る姿。
ちょっと首をかしげて、優しく微笑む仕草・・・・・・
他の奴の前では絶対にしない表情。
(俺だけの、シーナ)
それは、とても大切な宝物。
たとえ抱くことは叶わなくても、愛おしくて仕方がない存在。
だからせめて、夢の中ではシーナに触れる。
髪を、頬を、腰を。
自分の中のわずかな記憶をたよりに、シーナの身体を思い出し、想像しながらシーナのかたちを手で確認していく。
「本谷」
シーナが呼ぶ。
「ねぇ、本谷ってば」
ちょっと戸惑ったような声。
それから、小さく身体を揺すられて、俺はしあわせな夢から起こされた。が、目を開けたその前にあったのは、薄暗い中に浮かぶシーナの顔。
(あれ?まだ夢?)
状況が飲み込めなくてぼーっとしていると、両手で握りしめていたあたたかい何かが、ふぎゃー、と鳴いた。ダイゴローだ。
「本谷、そんなに強くつかんだら、ダイゴロー死んじゃうよ」
困ったなぁ、というような顔でシーナが言う。そして、また、ふぎゃ、という鳴き声。
はっとして手を開くと、それにバシッとネコパンチを繰り出して、ダイゴローが走って逃げていった。
俺は、いつのまにかダイゴローを抱きしめて寝ていたのだった。
シーナの隣で。
「ゆうべはびっくりしたよ」
ホットミルクをカップにそそぎながら、シーナが笑う。起きて手ぐしで整えただけの髪が、寝癖で少しふわふわとしている。
(かわいいなぁ・・・・・・)
テーブルに頬杖をついてぼんやりとそんなことを考えていた俺の前にカップを置いて、シーナは俺の向かいに座った。お互いに寝間着にしているジャージにTシャツのまま、休日の朝御飯タイムである。
「本谷があのままダイゴロー握りつぶしちゃうんじゃないかってハラハラしたんだからね」
シーナが言っているのは、昨夜、俺が寝ぼけてダイゴローを抱きしめていたことだ。俺としては夢の中のシーナを抱きしめていたつもりだったのだが、実際には、横で寝ていたダイゴローを抱きしめていたのだった。あまりに強く抱かれてうめいてたダイゴローの声で、たまたま昨夜うちに泊まっていたシーナが目を覚まし、俺を起こした。
「何か夢見てたみたいだけど、何の夢?」
(あなたを抱きしめてる夢です)
・・・なんて、いえるわけない。
「忘れた」
そういうと、シーナは「そっか、残念」といってホットミルクに口をつけた。
「なんかね、すごくしあわせそうな顔してたよ。起こすのが悪いかなっていうくらい」
それはそうだ。シーナがこの腕の中にいる夢だったんだから。
俺、本谷啓吾は目の前にいるこの人、椎名光流のことが好きだ。
大学の医学部の同期生だった俺とシーナは、偶然知り合い、仲がよくなって、お互いの家を行き来するようになった。それから約3ヶ月。俺はシーナを特別に「好き」だという感情を、少々持て余していた。
好きなのに、その気持ちを伝えられないから。
俺は男同士だっていうのなんて全然気にならないけど、シーナがそうだとは限らない。一般的に、同性が同性を好きになる行為は「気持ち悪い」。俺がシーナに気持ちを伝えることで、友達付き合いすらできなくなってしまったら。それが怖くて、俺は自分の気持ちをずっとかくしてシーナの側にいる。でも、こうやってシーナが俺に打ち解ければ打ち解けるほど、理性の限界を感じる。ゆうべだって、泊まっていくというシーナの言葉に、嬉しい反面、押し倒してしまいたいっていう欲求を抑えるのに必死で、なかなか眠れなかったのだ。無防備に寝息をたてて眠るシーナが気になって仕方がなくて。
それもこれも、この夏、シーナに誘われていったゼミのキャンプで、酔いつぶれたシーナにこっそりキスしてしまったせいだ。あれ以来、理性の限界を感じやすくなってきている。すきあれば、俺の中の悪魔が、シーナに触れろとささやいてくるのだ。
(健康に悪いよなぁ)
悶々としてしまって、すっきりしない。
かといって、妄想の中でシーナを自由にするっていうのも悪い気がして。
「ダイゴロー、大きくなったよねぇ」
俺の中をぐちゃぐちゃに惑わしているミューズは、俺の目の前で、のんきに猫と遊んでる。この人は、横にいる人間があわよくば自分を押し倒そうとしてるだなんて知らないんだろうなぁ・・・・・・
この人に触れることを、俺はいつまで我慢していられるだろう?
TO NEXT......
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