「秘密」の裏側
[後編]
目が覚めたとき、オレはまったく状況がわからなかった。
見たことのない部屋、見たことのないベッドで、オレは何をしてるんだろう?って。
ベッドから体を起こしてみると、見覚えのない服を着ていた。
「あれ・・・・・・・…・・?」
頭の中がクエスチョンマークだらけだ。必死に寝る前の自分の行動を思い出しながら顔を上げると、微笑みながらこちらを見ている本谷と目が合った。
その瞬間、オレはすべてを思い出した。
昨夜、打ち上げの帰りに猫をひろって、それからオレが本谷にひろわれて、彼の家に泊まることになって…………
「目が覚めた?」
本谷が笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
(オレ、本谷が起きたのにも気づかず寝てたんだ……ベッド占領して。本谷、昨夜どこで寝たんだろ……あぁもう、はずかしいっ………)
頭の中がぐるぐるしてしまう。昨夜が完全に酔っ払ってたんだ。そうじゃなきゃ、他人の家になんか泊まらない。ましてや、本谷の家になんか、普段のオレだったら絶対に寄りつかなかったのに……っ。
本谷は猫を抱いてベッドの端に座った。キシン、とスプリングが音を立てた。
「熱は?体、だるくない?」
「大丈夫っ……すぐどくからっ…ごめんっ」
あわててベッドから出ようと思ったもの、足に力が入らなくて、そのままぺたんと座り込んでしまった。本谷は床にへたりこんだオレにあわせてベッドから降り、心配そうにオレの顔をのぞき込んだ。
「立ちくらみ?寝起きでそんなに動くからだよ」
「ごめん…………」
顔に血がのぼって火照る。
(恥ずかしい・・・・・・)
そんなオレを見て、本谷は目を細めて笑った。夕べと同じ、子どものような笑顔だった。
にゃあ、と鳴き声がして、黒い子猫が本谷の足にからみついてきた。本谷はそれを抱き上げ、オレの膝の上に乗せた。
「ほら、ネコ。おまえの命の恩人が起きたぞ。ごあいさつしろ」
にゃ、と鳴いて、子猫は真っ黒の瞳でオレを見上げた。まださっきの頬の火照りが残っているのを感じつつ、オレは猫の頭をなでた。
「こいつ、すごく元気なんだ」
本谷が嬉しそうな声で言う。
「朝早くから起きて、俺の顔なめて起こすんだよ?それから部屋の中駆けずり回るし…」
「ごめん………………」
「シーナのせいじゃないだろ。こいつが悪い」
すっと本谷の長い指がのびてきて、猫のあごの下をくすぐった。猫は目を細めて自分から本谷の指に顔をすり寄せた。
「かわいいよ。これくらいやんちゃなほうが。でも、これからどうするんだ?こいつ。シーナの家、動物無理なんだろ?」
「うん…………誰か探すしかないね。飼ってくれる人…………」
でも、心当たりがない。友達はほぼ全員、自分と同じくアパートやマンションに一人暮らしをしているから、おそらくペットを飼うのは無理だろう。先輩や後輩に声をかけてみてもいいけど、飼い主が見つかるかどうか・・・・・・
「・・・なぁ、シーナ」
「?」
呼ばれて顔を上げると、なぜだか満面の笑みをたたえた本谷の瞳と目があった。
「俺の家で飼うよ」
「――――――――――――え?」
「俺の家、壁が厚いから、こいつが鳴いてたって誰も気づかないよ。隣近所の音、ほとんど聞こえないんだ。壁とかに体当たりしない限り大丈夫。うちの防音具合はすごいよ。夜中に大声で歌ってたって、たぶん苦情もこないくらい」
本谷はそう一息で言うと、ワンフレーズおいて、こう続けた。
「それに俺、動物好きだし」
本谷に飼ってもらう・・・・・・・・・いいのだろうか?彼にそこまで甘えてしまって。確かに本谷はこの子猫をかわいがっているみたいだし、しっかりしていそうだから、猫を預けても安心だろうけど・・・・・・
子猫がオレの膝から降りて、本谷の膝によじ登った。本谷はその子猫の両腕をもって、ぶらーんとぶらさげて笑った。
「こいつ、まだ小さいから、今からしつけしたって遅くないし、あちこち引っかいたりしないから、頭いいみたいだし………心配だったら、シーナ、ときどきうちに様子見にきたらいいよ」
「え・・・・・・・・・・・・」
(様子を見に来る・・・・・・)
本谷の家に遊びに来る、ということか・・・・・・
(どうしよう)
オレは普段からなんとなく人と距離を置くタイプだから、めったに人の家に遊びにいかないし、よほどの用事がなければ人の家に泊まったりしたことがなかった。でも、今回、本谷の家では妙に安心して、熟睡してしまっていた。なぜかはわからないけれど、この部屋は落ちつく気がする。
それに、本谷だ。
この子猫を拾ってから、今までもっていた本谷への先入観が、見事に壊された。
本当の本谷はどんな人間なんだろう?
自分は本谷に興味を持ちだしている。
入学してから1年と数ヶ月間の誤解を解くには、ときどき本谷の家に遊びに来て、一緒の時間を過ごすのも、いいのかもしれない。
「……迷惑に、ならないか…?ネコとかオレとかがいて………」
「全然。にぎやかでかえってうれしいよ」
即座に答えが返る。それでようやくほっとした。
「…ありがと。こいつのことよろしく頼むよ。オレもできるだけ世話するから」
「うん」
本谷はにっこり笑って、子猫の頭をなでた。
「こいつの名前、決めないとな。シーナ、なにかいいのないか?」
「本谷が決めていいよ。本谷の家にいるんだし」
うーん、としばらく考えてから、本谷はぽんと手を打った。
「じゃ、ダイゴロー」
(は?)
「―――――――――――……なんで?」
「なんとなく」
さらりとそう言って、本谷は猫を抱き上げ、猫と目線をあわせた。
「そんな顔してないか?」
「………決めていいよって言っておきながら悪いけど…それはちょっと………」
そんな時代劇みたいな名前、なんだか恥ずかしい。
「じゃ、『シーナ』にしようかな。シーナがひろったネコだし」
「――――――――――――………!」
思わず想像してしまった。
オレのいない間、本谷がこの部屋でオレの名前を呼んでいる様子を。
もちろんそれは猫の「シーナ」なのだけど、想像するだけで、顔が熱くなる。
(駄目だ)
本谷の家に遊びに来たとき、彼が子猫に「シーナ」と呼びかけるだけで恥ずかしくなるし、どこかでちょっとだけ子猫にやきもちを焼いてしまいそうなきもする。「それはオレの名前だ」って。
「……ダイゴローでいいよ」
仕方がなかった。時代劇みたいな名前でも。
「本谷の周りに『シーナ』が二人いたんじゃ、ややこしいよ」
そう言うと、本谷はすごく嬉しそうに笑ってうなずいた。
それ以来、オレはよく本谷の家に行くようになった。
最初の頃はダイゴローの様子を見て、1時間くらいで帰っていったのだけど、だんだんいる時間が長くなり、ときどきは泊まってしまうようになっていた。それにつれて、大学の中でも、本谷と一緒に行動するようになった。どうやらオレと本谷は、学力や能力のレベルが似ているらしく、勉強のことや学術的な会話を交わしたり、論じ合えたりする。それがとても楽しい。オレの思い過ごしでなければ、本谷も同様に感じているように思えた。
最初はただ猫に会うためだけに本谷の家に行っていたのだけど、いつのまにかレポートをやったり学校の感想をのべたりするためにも、本谷の家へ行くようになっていた。自分が誰かとこんなに深いつきあいをするなんて、予想もしなかったことだった。
今日もいつも通り大学での講義を終えて、そのまま本谷の家へなだれこんだ。
「最近、毎日来るんだな」
本谷が冷蔵庫から冷たい麦茶を出しながら言った。
「迷惑?」
「全然。俺に会いにきてくれてるんだから、うれしい」
「ダイゴローに会いにきてるんだよっ」
自分の本心を見透かされたような気がして、つい口調がきつくなってしまった。いつのまにか本谷の家へ行く目的が、ダイゴローではなく本谷に会うためになっていたから。
でもそんなことを言うのも恥ずかしいから、必死に取り繕う。
「…レポートも話し合いながらできるからはかどるし……それに、本谷の家、学校から近いから」
・・・・・・こんないいわけ、苦しいだろうか。
「にゃあ〜」
甘えた鳴き声がして、奥のベッドのほうからダイゴローが走ってきて飛びついた。そのままオレの周りをぐるぐると走り回っている。
「うわ、ダイゴロー、元気だなー」
遊べ、遊べ、とダイゴローの目がいっている。本谷にもいつもこうやってじゃれついているんだろうか。
(大変だな・・・・・・)
自分のせいでこのダイゴローを飼うことになったのだから、できるだけ本谷に迷惑をかけないでいてほしい。
(オレがいるときは、できるだけ遊んでやらないとな)
ひとりでオレの腕にじゃれついて遊んでいるダイゴローを見ていると、自然と微笑んでしまう。毛糸玉のようにころころと転がり回って、いたずらもするけれど、まん丸の目で見上げられると何もかも許してしまいそうになる。
「かわいいなぁ、ダイゴロー。ずっと見てても見飽きないよ」
「そうだな」
本谷が麦茶の入ったコップをもってきて、となりに座った。そしてその麦茶を一口飲んで、ぽつりと言った。
「ずっとシーナと話してみたかったんだ」
「え?」
「ぱっと見た瞬間に『あぁ、この人と話がしてみたい、この人のことを知りたい』って思うようなこと、ない?」
(・・・わかる)
ぱっと見た瞬間、きみに目が吸い寄せられたオレだから。感じた感情はマイナスのものだったけど。
「もしシーナが女だったら、これが『一目惚れ』っていうのかな」
「さぁ…………」
(口説き文句みたいだな・・・)
きっと女の子にもてるんだろうなぁ。さらりとこんなことを口にできるなんて。しかもそれが似合うなんて、なかなかできない。
(今までどんな人とつきあってたんだろう)
なんだかうらやましい。
オレの知らない本谷を知っている人たちが。
大学ではちょっと冷たい印象の受ける本谷が満面の笑みを見せてくれるのはオレだけだけど。高校時代、中学時代はどうだったんだろう?彼女には?どんな顔を見せるんだろう?
大学で、本谷の家で、今まで知らなかった彼の表情や仕草を知るたびに、わけのわからない感情が自分の中に広がっていく。
「そうだ、本谷。今日の解剖学の実習でさ……」
胸にわき起こるもやもやした感情を打ち消したくて、まじめな話題をふる。今日は一応、この解剖学について話し合う、という名目で本谷の家に来たのだ。
カバンの中からバインダーを出して、テーブルの上にプリントやノートを広げる。本谷はそれをのぞき込むようにオレのほうに身を寄せて、解剖実習について語りだした。
(―――あぁ、でも)
新しい一面を知れば知るほど、「本谷啓吾」という人間のことを、もっともっと知りたくなる。
彼の視線。
彼の声。
彼の笑顔・・・
(…全部独占してしまいたい)
人間の内臓のつくりについてまじめそうな顔で語っている人間が、実は内心でこんなことを考えているなんて、本谷は全然気づいていないだろう。
オレはいつまでこの感情をおさえておけるんだろうか。
本谷といつまでもこうしていたいから、この感情を気づかれるわけにはいかないのに。
この秘密を、いつまで隠しとおせるかは、神様にだってわからないだろう。
end......
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