The Secret

「秘密」         

〔後編〕        

   

 翌日、シーナは昼頃に目を覚ました。

 そのだいぶ前から起きていた俺は、猫に牛乳を飲ませてから、一緒に遊んでいるところだった。

「あれ?」

 それが、シーナの最初の言葉だった。彼はベッドからゆっくりと身を起こすと、まず、自分の着ている服を見て、それから俺のほうを向いた。

「目が覚めた?」

 そう俺が声をかけた途端、シーナは驚きの表情を浮かべ頬を赤くした。

「ごっ…ごめんっ………オレ、図々しく泊まらせてもらっちゃってっ……ベッド占領しちゃって……昨日、かなり飲んでたから、ちょっと酔っ払ってて………っ」

 そうか、昨夜の天然ボケっぷりは酒のせいもあったのか。でも、おかげでシーナの本心を聞けたから、全然かまわない。

「別にいいよ。それよりも熱は?体だるくない?」

「大丈夫っ……すぐどくからっ…ごめんっ」

 シーナはベッドから出て立ちあがろうとしたものの、すぐにふらっとベッドに座り込んでしまった。

「立ちくらみ?寝起きでそんなに動くからだよ」

「ごめん…………」

 シーナはベッドに座ったまま口元をおさえた。その顔は耳まで真っ赤になっていた。

(あぁ、かわいいなぁ)

 思わず目を細めてしまう。

「ほら、ネコ。おまえの命の恩人が起きたぞ。ごあいさつしろ」

 猫を抱き上げてシーナのひざに乗せてやると、シーナは赤面しつつも猫の頭をなでた。

「こいつ元気なんだよ。朝はやくから起きて俺の顔なめて起こすんだよ?それから部屋の中駆けずり回るし…」

「ごめん………………」

「シーナのせいじゃないだろ。こいつが悪い」

 猫のあごの下をくすぐりながら言う。

「でも、オレがひろっちゃったんだし………」

「かわいいよ。これくらいやんちゃなほうが。でも、これからどうするんだ?こいつ。シーナの家、動物無理なんだろ?」

「うん…………誰か探すしかないね。飼ってくれる人…………」

 待っていた言葉がシーナの口から出た。昨夜シーナが眠った後、どうやってシーナと仲良くなっていこうか考えているときに浮かんだ言葉を、俺は嬉々として発した。

「『俺の家で飼うよ』」

「――――――――――――え?」

「俺の家、壁が厚いから、こいつが鳴いてたって誰も気づかないよ。隣近所の音、ほとんど聞こえないんだ。壁とかに体当たりしない限り大丈夫。うちの防音具合はすごいよ。夜中に大声で歌ってたって、たぶん苦情もこないくらい」

 それは事実だ。入学して以来ずっとこの部屋に住んでいるが、上下左右、どこからも騒音どころか生活している音すらめったに聞こえてこないのだ。昔の造りなだけに、かなりしっかり基礎をやってあるらしい。

「それに俺、動物好きだし」

 これは半分ウソ。動物が嫌いっていうわけではないけれど、好んで飼うほどでもない。でも、シーナの猫なら大歓迎だから、半分はホント。

 シーナは困った表情で考え込んでしまった。

「こいつ、まだ小さいから、今からしつけしたって遅くないし、あちこち引っかいたりしないし、頭いいみたいだし………心配だったら、シーナ、『様子見にきたらいいよ』」

 用意していたもうひとつの言葉が言えた。

 そう。

 俺は「猫をダシにしてシーナを家に呼ぼう大作戦」を考えたのだ。

 いくら友達同士になったとしても、頻繁に家に呼ぶのもむずかしい。でも、猫に会いにくるっていう口実を作っておけば、シーナはあまり気兼ねなく家にきてくれるんじゃないだろうか。入学してから1年と数ヶ月のブランクを埋めたくって、俺はこの計画を思いついた。一緒にいる時間が長くなればなるほど、シーナと親密になれるんじゃないかと思って。同時に俺が俺の理性と戦わなければならない時間も長くなるんだろうけど。

「……迷惑に、ならないか…?ネコとかオレとかがいて………」

「全然。にぎやかでかえってうれしいよ」

 迷惑なもんか。こっちは下心だらけなんだから。

 俺が笑顔で言うと、ようやくシーナも微笑んだ。

「…ありがと。こいつのことよろしく頼むよ。オレもできるだけ世話するから」

(やった!!)

 俺は心の中でガッツポーズをとった。目の前にシーナがいなかったら、踊ってしまってたかもしれない。これでこれからもシーナとの縁が切れないですんだ。

 飛び跳ねて喜べない代わりに、俺は猫の頭をぐしゃぐしゃとなでた。

「こいつの名前、決めないとな。シーナ、なにかいいのないか?」

「本谷が決めていいよ。本谷の家にいるんだし」

「じゃ、ダイゴロー」

「―――――――――――……なんで?」

「なんとなく。そんな顔してないか?」

「………決めていいよって言っておきながら悪いけど…それはちょっと………」

「じゃ、『シーナ』にしようかな。シーナがひろったネコだし」

「――――――――――――………」

 かぁっとシーナが赤くなり、口を手で覆った。

 この人の赤面症は酔っ払ってたせいではなかったのか。大学にいるときは冷静で落ち着いてそうに見えるのに。新しい発見だ。

「……ダイゴローでいいよ」

 彼は頬を赤くしたまま俺を見上げて苦笑した。

「仕方ないもん」

「何が?」

「本谷の周りに『シーナ』が二人いたんじゃ、ややこしいよ」

 

 

 

 その言葉に、俺は思わず天に昇ってしまうところだった。

 それ以来シーナはよく家にくるようになった。

 最初の頃は1時間くらいで帰っていったのだが、だんだんいる時間が長くなり、ときどきは泊まっていくようになった。それにつれて、大学でも俺とシーナはいっしょに行動するようになった。学力のレベルが似ているので、勉強のことや学術的な会話を交わすのも楽しい。それは、シーナも同様に感じているらしかった。最初は本当に猫に会うためだけに家にきていたシーナは、いつのまにかレポートをやったり学校の感想をのべたりするためにも家を訪れるようになっていた。俺の計画は、大成功したわけである。

「最近、毎日来るんだな」

「迷惑?」

「ぜんぜん。俺に会いにきてくれてるんだから、うれしい」

 大学から連れ立って帰ってきたシーナに冷たい麦茶を出しながら言うと、シーナは少し赤くなった。

「ダイゴローに会いにきてるんだよっ」

 わかってるよ、そんなこと。ちょっと言ってみたかっただけ。

「…レポートも話し合いながらできるからはかどるし……それに、本谷の家、学校から近いから」

 懸命に言い訳をしているシーナに思わず笑みがこぼれる。部屋の片隅で寝ていたダイゴローがシーナの気配に気づき、飛びついてきた。

「うわ、ダイゴロー、元気だなー」

 遊びたい盛りのダイゴローは、シーナのことが大好きみたいだ。俺が家にいてもほとんど寝ているかひとりで遊んでいるかなのに、シーナがくるとはしゃいでしまって彼から離れないのだ。シーナもダイゴローがかわいくて仕方がないらしく、ダイゴローと飽きずに遊んでいる。シーナと俺を結びつけたこの猫は、縁結びの恩人でもあり、目下、俺のライバルでもある。

「かわいいなぁ、ダイゴロー。ずっと見てても見飽きないよ」

(俺はそんなあなたをどれだけ見てても見飽きません)

 幸せそうに満面の笑みを浮かべてるシーナなんて、大学の他のヤツらは知らないだろう。彼がこんなに表情豊かでかわいらしいということは、俺だけが知っていること。俺だけしか知らない「彼」というのは、なんて甘美なんだろう。

「ずっとシーナと話してみたかったんだ」

 そう言うと、シーナはきょとんとした。

「ぱっと見た瞬間に『あぁ、この人と話がしてみたい、この人のことを知りたい』って思うようなこと、ない?もしシーナが女だったら、これが『一目惚れ』っていうのかな」

「さぁ…………」

 俺の遠まわしな告白。

 気づいているのかいないのか。あいまいに答えながら、シーナは軽くうつむいて微笑んだ。

 会うたびに俺はシーナに惚れていっている。もうお手上げだ。全面降伏。俺が犬だったら、とっくにシーナに腹を向けて転がってる。想像していた彼と、今目の前にいる彼は、いろいろ違ったけれど、けっして減滅なんてしなかった。知らなかった彼の表情や仕草を知るたびに、彼を独占しておきたいという気持ちが強くなる。

「そうだ、本谷。今日の解剖学の実習でさ……」

 シーナはダイゴローをあやしながら、かばんの中からバインダーを取り出した。

 テーブルの上にプリントやノートを散らかしながら、今日、大学であった解剖の結果について語り合う。

(―――あぁ、でも)

 俺を見て微笑むシーナ、真剣にノートをチェックするシーナ、俺の言葉に反論し、食いついてくるシーナ…………

 

(触れたい)

 

(キスしたい)

 

(…抱いてしまいたい)

 

 人間の内臓のつくりについてまじめそうな顔で語っている人間が、実は内心でこんなよこしまなことを考えているなんて、シーナは全然気づいていないだろう。

 俺はいつまでこの感情をおさえておけるんだろうか。

 シーナといつまでもこうしていたいから、恋愛感情を気づかれるわけにはいかないのに。

 この秘密を、いつまで隠しとおせるかは、神様にだってわからないだろう。

                

HAPPY end.....? 

The Secret

 

モドル