There's no place like home...

 

 

 

「・・・狭いよなぁ、この部屋」

 天気の良い日曜日の午後、コーヒーを飲みながらつぶやくと、ダイゴローと遊んでいたシーナが驚いたように顔を上げた。色白な顔が窓からの明るい光にふわりととける。

「狭い?」

 首を傾げるシーナ。今日もしっかり美人だ。

「だってさぁ、1Kにふたりっていうのは、やっぱ狭いだろ」

「・・・ごめん、オレが居座ってるからだよね・・・」

「あっ、違う違う!そうじゃなくって!」

 そんな悲しそうな顔しないでください。

 俺とシーナは、現在、もともと俺が独りで住んでいた部屋で一緒に住んでいる。つまり、狭いのは仕方がないのだ。だから。

「引っ越そうかと思って」

「でも悪いよ・・・・・・」

「いや、そうじゃなくて・・・本格的に、一緒に住みませんか、ってことなんだけど・・・・・・」

 照れくさくてちょっと小声で言ったその言葉に、シーナは眼鏡の奥の目を丸くした。

 

 

 

 

 シーナ・・・椎名光流と、俺、本谷啓吾は、付き合ってる。

 ・・・とはいえ、これは周囲の人間には内緒だ。なぜなら、俺たちは「男同士」だから。

 シーナと俺は同じ大学の同期だった。最初はほとんど話したこともない間柄だったのだけど、あるきっかけから、お互いの家を行き来するようになった。そして去年の11月、めでたくお付き合い開始となった。それ以来、シーナは俺の家に半同棲状態だ。着替えや教科書なんかの必需品は、ほとんど俺の家に運んできてある。そして、足りないものがあるときや、用事があるときだけ、シーナの家に取りに行くようにしている。その点ではたいして不自由はないのだけど、問題は家のスペースだった。

 俺の部屋は一人暮らし用の1Kで、当然、ひと部屋しかない。そこに人間ふたりとダイゴロー・・・ネコ一匹で暮らしていると、さすがに窮屈だ。

 「引っ越そう」というのは、シーナと付き合いだしてすぐに思ったのだけど、引っ越し費用が貯まるまで、シーナには言わないでいたのだ。

「オレも一緒に引っ越すの?」

 きょとんとシーナが首を傾げる。この人はいちいち仕草がかわいらしい。

「よかったら、なんだけど、一緒に住まない?」

「え?」

「ええと、だから・・・今度は二部屋以上あるところに引っ越そうと思うから、その・・・・・・」

「オレも?」

「一緒に」

 一緒に住もうだなんていうと、まるで結婚をお願いしているような気分になって、思いきり、照れる。

 シーナはしばらく俺の顔を見つめ、それから膝の上のダイゴローに視線を落とした。

「引っ越し費用は俺が持つから、シーナは荷物だけ持ってきてくれたらいいし」

「・・・・・・いいの?一緒に暮らして・・・後悔しない?」

「後悔?」

「もし・・・・・・もし、この先、別れることになったりしたら・・・・・・」

「それはないって!・・・・・・シーナが俺のこと嫌になってでてくってことはある・・・かもしれないけど・・・・・・」

 もしも、と考えるのも嫌だけど。

「・・・・・・それもないよ」

 ふわっとシーナが微笑む。

「引っ越し費用、オレも出すから、いいとこさがそ?」

 

 

 

 

「家賃は・・・・・・オレと本谷とあわせて8万くらい?」

「うん、そーだなー・・・そんなもんかな」

「ペットOKのところってなかなかないね」

「ま、いざとなったら黙ってダイゴロー連れてけば大丈夫だろ」

「引っ越しは春休み中だよね。今月中に部屋決めておかないと、受験終わった高校生が来るよね」

「もう一月だしな」

「うーん・・・・・・」

 買い込んできた住宅情報誌と、ネットで検索した賃貸情報をばらまき、二人であれこれと検討をする。

 ばらばらと雑誌のページをめくっていると、ふいにシーナがふふっと笑った。

「なに?」

「・・・なんか、面白いなーと思って」

「?」

「去年の今頃は、まさか本谷と二人で、一緒に住む部屋なんか探してるとは思わなかったなぁって」

「それは俺も同じだよ」

 去年は激動の一年だった。

 シーナと仲良くなって、好きだって自覚して、悶々として。シーナと喧嘩して、追いかけて、そして告白。

「本谷が・・・・・・好き・・・」

 11月の夜、凍えそうな風のふく夜、シーナがそう俺に告げた。

 俺が怖くていえなかったその言葉を、シーナは震えながら告げた。その強さにさらに俺は惚れなおした。

「あ」

「なに?」

「・・・キス、したくなった」

「・・・・・・・・・!」

 ぱぁっと色白なシーナの頬が紅潮する。

「いい?」

 確認しながらシーナの眼鏡を取る。シーナは恥ずかしそうにしながら、わずかに微笑んだ。

 何度キスを交わしても、セックスしても、シーナは照れる。そういうところがすごくかわいい。

 ちらばった住宅情報の上に身を乗り出し、そっとシーナと唇を重ねる。すぅっと吸い込まれるように触れ合う唇。

「にゃあぁ」

 ダイゴローがヤキモチを焼いて俺の膝に体当たりをしてきた。しかし所詮はネコパンチだ。空いている手でダイゴローを押しのけつつ、シーナとのキスを深める。と。

「痛っ!!」

「えっ?」

「ダイゴローっ!!」

「にゃあっ」

 いろいろな声が交錯する。

「どうしたの?」

「ダイゴローにかまれた」

「えぇっ!?」

 左手を見ると、手の甲にふたつ、赤い丸ができていた。ダイゴローは手加減したらしく、血は出ていない。けど、痛い。

「こらっ!馬鹿ネコっ!おまえなんかこの家に置いていってやるっ」

 思いきり怖い顔を作ってダイゴローを叱ると、ダイゴローはシーナの膝へ飛んでいって、シーナにすり寄った。シーナはそんなダイゴローを抱き上げ、目線をあわせた。

「駄目だよ、ダイゴロー。人かんじゃ」

「にゅう・・・」

(なんだその甘えた声は)

 ダイゴローは俺とシーナの前じゃ態度が違うのだ。

「こら、ダイゴロー。赤くなっただろ」

 ぐいっとダイゴローの目の前に左手の甲を突きつけると、ダイゴローは申し訳なさそうにぺろりとなめた。

「わざとじゃないんだよね、ダイゴロー?」

(いいや、絶対わざとだって)

 ダイゴローと俺は、シーナをめぐるライバルなんだから。

 内心苦笑しつつ、ダイゴローの頭をなでる。ダイゴローはちらっと俺を見てから、手のひらに頭をこすりつけた。

 一時休戦。

 シーナの前ではお互いに大人しくしているのだ。

「おまえのためにわざわざペットOKの部屋探してるんだからな」

 そう言うと、ダイゴローはとことこと歩いてきて、ちらかった住宅情報の上にごろんと転がった。

「・・・・・・・・・っ・・・おまえなぁ」

 ふふっとシーナが微笑む。つられて俺も笑う。そして、俺たちはもう一度、小さなキスを交わした。

 

 

 

 

 南西向きの3DK、家賃8万2千円、管理費込み。大学まで歩いて20分で、ペットOK。

 俺とシーナは、2月の終わり、夢の新居へ引っ越した。

「広いねー」

 フローリングを雑巾がけしていたシーナが、汗をふく。

 掃除の済んだ奥の部屋でカーペットをひいていた俺は、邪魔をするダイゴローをシーナのほうへ放りつつ苦笑いした。

「広い部屋へ引っ越そうとは思ってたけど、広くなった分、やることがたくさんになるんだよなぁ」

 昨日、荷物を運び込み、今日は朝からずっと荷ほどきをしているのだが、遅々として終わらない。

 新居は、3階建てのマンションの3階だった。偶然、角部屋が空いていたので、そこを新居に決めた。キッチンが6畳、後の3部屋は8畳と4畳半がふたつのフローリング。そのうち、4畳半の部屋ふたつの間のふすまを取り払い、ひと部屋として使うことにした。この家は、どの部屋にも窓があるのも気に入っている。しかし、広い。片付けても片付けても終わらない。

「明日は学校なのになー」

 窓から射し込んでくる夕日を眺めながらため息をつく。

「とりあえず寝る場所だけはつくっちゃおうよ。後は、明日、学校から帰ってからやろう」

 シーナは雑巾をざぶざぶ洗ってにっこりわらった。

 祖父母に育てられたせいなのか、それとも新潟の人はみんなそうなのか知らないが、シーナは掃除が細かい。すみからすみまでまめにきっちりと掃除をしている。俺だったら、部屋の中を軽く掃除して、すぐに荷物をおいてしまうところなのだけど、シーナはまず部屋を掃いて拭いてからじゃないと駄目だと言って、綺麗に掃除をしている。

「明日、筋肉痛になりそう」

 雑巾を絞りつつ苦笑するシーナ。

「運動不足なんだよね。一人暮らししてから、あんまり真面目に掃除なんてしてなかったし」

 そうは言っても、シーナの部屋はいついってもきちんと整っていた。そんなところがすごいなぁと思う。

 それにしても。

 奥の部屋は寝室にするために一通り片付けたけれど、ベッドのまわりは段ボール箱だらけ。もう一部屋も段ボールや梱包資材の山。

(ムードないよな・・・・・・)

 腕まくりをして掃除をしているシーナは、当分、部屋の片づけが最優先事項のようだ。

(あーあ)

 シーナにはばれないように、小さなため息をつく。

 このままでは、新居での初Hはだいぶ先になりそうだ。

「どうしたの?」

 首を傾げるシーナに力無く笑って、俺はぐいっと伸びをした。

「さぁて、さっさと片づけるぞー!」

 そして、できうる限り早く、新居で初Hをするのだ。

 そんな俺の下心を知ってか知らずか、シーナは花のようにうれしそうに微笑んだ。

 

 

end... 

 

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モドル