正月気分がそろそろ抜けた1月の終わりの静かな寒い夜。

 風呂上がりにのんびりとくつろいでいると、玄関のチャイムがなった。

 ピンポーンという音につられるように時計を見る。午後11時。こんな時間にやってくるのは・・・・・・・・・

(あいつか・・・・・・)

 再びチャイムの音。控えめながら、早く開けろという催促。

 パジャマの上にカーディガンを羽織り、はぁ、とため息をついて玄関へ向かう。

 相手は大体わかっているから、確認もしないでドアを開ける。

「!」

 外にいた人物は、急にドアが開いたので、驚いたように半歩下がった。が、すぐに俺の顔を見て、飛び跳ねるように近づいてきた。

「こんばんは!常葉さん!雪!」

「は?」

 なんの脈絡も見つからない文章に、頭が真っ白になる。

 その人物は、大きくてネコのように軽くつった目をいっぱいに見開き、うれしそうににこにこと笑った。

「雪!すごいですねぇ」

「・・・・・・・・・・・・」

「いつから降ってたんですか?俺、スタジオ入ったときは晴れてたのに、帰ろうと思って外でたら雪積もっててびっくりしました」

(雪だ?)

 玄関から外のほうをのぞくと、確かに真っ暗な空にちらちらと白いものが舞っているのが見えた。今日一日中、部屋の中にいたから、雪が降り出したのを知らなかったのだ。よく見てみると、目の前の少年の肩や髪に、雪が溶けたらしい小さな水玉がたくさんついていた。

「冷えてんなぁ、外」

「入れてください!」

「・・・は?」

「寒いから、入れてください!」

「・・・・・・なんで?」

「電車、止まってるんです。雪で」

「・・・おまえ、電車なんか使ってないだろ?」

「・・・広瀬さん、雪道の運転慣れてなくって怖いって・・・」

「・・・・・・で?」

「・・・・・・近くにホテルとるっていってたから、それなら常葉さんちに行こうって思って・・・・・・・・・ここまで送ってもらって・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 不機嫌を顔に出すと、急に少年は泣き出しそうな顔をした。

「えと・・・・・・その・・・常葉さんの都合、考えなくて・・・・・・ごめんなさい」

「・・・ここまできて俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

「外で・・・広瀬さんに車でここの前まできてもらって、外から常葉さんの部屋に明かりついてるの確かめてから来たんです」

 しゅーんとうなだれ、上目遣いに俺を見ている少年。幼さとあどけなさの残った大きな瞳が、びくびくと俺の反応を待っている。

「広瀬さんは?」

「・・・もう帰っちゃいました」

「ったく、あの人もよく自分のとこのドル箱商品を野放しにしてるな」

「!広瀬さんのせいじゃないです!俺がわがまま言ったから・・・!」

 その時、遠くから、エレベーターがこの階についた音が響いてきた。

「誰か来たな。ほら、早く入れ」

「!」

 途端、ぱっと顔を輝かせ、機敏な仕草で少年は玄関に入った。そして俺がドアを閉めるのを待ちかねたように、ぎゅっと俺の身体に抱きついてきた。俺より頭ひとつほど小さな少年のつむじが眼前に見える。髪についた溶けた雪を払ってやると、少年はえへへ、と嬉しそうに顔を上げた。先ほどまでの反省の表情がどこふく風、といった笑顔。

「泊まってっていい?」

「仕事は?」

「明日は午後一。12時に広瀬さんが下まで迎えに来てくれます」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 少年の髪の雪を払うとき、偶然触れた頬が氷のように冷たかった。外は深々と雪が降っているし、何より彼をひとりで外に放り出すなんてことはできない。

(半分は確信犯なんだろうな、こいつ)

 雪も、電車が止まってるのも、マネージャーが雪道運転初心者なのも、俺がこいつをひとりで帰さないのも、全てわかった上で「お願い」しているのだ。そして俺は、そうするしかなくなる。こいつの「要領のよさ」は、付き合いだしてから気づいた。良くも悪くも頭の回転がいいのだ。

 はぁ、とため息をつき、家へあがる。まだ少し不安そうに俺を見つめている大きな目から逃れるように、玄関に近いバスルームに入り、中の棚からバスタオルをだして少年に渡した。

「ほら、さっさと雪ふけ。カゼひいたらみんな困るだろうが」

 こいつの場合、体調を崩して困るのは、本人よりも周囲の人間なのだ。

「泊まっていってもいいんですか?」

「・・・仕方ないだろ。おまえは一応アイドルなわけだし、ひとりで放り出すわけにはいかないだろ?」

「わーい!」

 ぱぁっと破顔して少年は靴を脱ぎ、きちんとそろえてから、俺の首に飛びついてきた。

 

 

 

 

「ねぇねぇ常葉さん!これ、誰のデモ?」

 首からバスタオルを下げ、パジャマ姿となった少年が、リビングのテーブルの上にぶちまけてあったテープを手に取った。シャワーで温まった体からふわふわと湯気が立ち上っている。

「こら、勝手にさわるな」

「俺の?それとも新人さん?」

「新人さん。あー、髪、ちゃんとふかないから雫たれてる!」

「わわ、ごめんなさい」

 慌てて少年はバスタオルでテーブルを拭いた。

「違うって。お前の頭ふけっての」

 背後からバスタオルを奪って、がしがしと少年の頭をふく。少年は「痛い痛い!」と少し甘えた声を出して笑った。

 彼の名前は、夏川円。16歳。日本の若い奴らにはそこそこ名前の知られているアイドル。本人曰く、俳優。俺とはプロデューサーとアーティストという関係で一年前に出会った。円が俺に「プロデューサーになってください!」と押し掛けてきて、つきまとって、結局粘り負けしてOKした。その時に交わした約束が「セックス10回で1曲作る」というもの。それ以来、俺と円は男同士の愛人関係を続けてる。ちなみに、今までにプロデュースした曲は、3曲。何が気に入っているのか知らないが、円は俺になついてしまっている。忙しいくせに、暇を見つけては今夜のように家へ押しかけてくるのだ。

 キッチンからミネラルウォーターのボトルを持ってきて、リビングのソファに座る。円も俺に倣ってソファに腰掛けた。

「・・・誰か新しい人、プロデュースするんですか?」

「なんで?」

 こくり、と水を飲むと、横から円がボトルをとって、口を付けた。

「だって・・・俺はどんなに頼んでもプロデュースしてもらえなかったのに、ずるい・・・・・・」

 円は唇をとがらせて、ボトルをテーブルにおいた。

「あの時はまだ誰かのプロデュースなんてする気になれなかったからな」

「じゃあ今は?」

「プロデュースしてるだろ?」

「俺以外は?」

「してないだろ」

「これからは?」

「さぁ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 またまた円はドナルドダックの口になってすねた。

 円はわがままだ。とはいえ、アイドルだとちやほやされていい気になっているわがままではない。迷惑になるようなことはほとんど言わないし、しかれば大人しく引き下がる。自分勝手なことや無理な注文はせず、ただ、甘えるようにわがままを言うのだ。どちらかというと、願いを叶えようと言うよりも、その時の相手の反応を見ているようだ。わがままが受け入れられるかどうか。

「俺以外の誰かをプロデュースするときも・・・・・・寝る?」

「はぁ?」

「だって・・・・・・・・・」

「寝るわけないだろー?」

「ホント?」

 まだ不信そうな光を残した瞳が俺を見上げる。なんだか彼女に浮気を問いつめられているような気分になって、ため息をついた。

「だいたい、おまえとの『契約』だって、お前が言い出したんだろーが。じゃなきゃ、男なんか抱くか」

「・・・女の子のテープもありますよ・・・?」

 円がテーブルに散らばったテープの山から、ひとつを手に取る。

「女の子だったら・・・・・・・・・」

「寝ない」

「ホント?」

「いちいちプロデュースするたびに寝てたら面倒だろ」

 半ば呆れながら言うと、円はうれしそうに俺の肩に頬を寄せた。

「・・・じゃあ、俺だけ・・・特別?」

「『契約』だからな」

 プロデュースをすると決めたときに円とかわした約束だから。

「ま、俺は別にセックスなしでもいいけど」

「常葉さん?」

「お前のプロデューサーしてくってのはもう決まってるから、別にセックスなしでも・・・・・・」

「駄目っ」

 俺の言葉を遮って円が叫ぶ。円は唇をとがらせて俺を見つめ、すぐに目を伏せた。

(単純な奴)

 セックス無しでいいといわれて落ち込んだのがよくわかった。

 円は反応がストレートだから、いじめると楽しい。わざと意地悪を言って、困る様子を眺めるのがいいストレス解消だ。

「・・・常葉さん、俺のこと、もう飽きた・・・・・・?」

 不安そうに見上げてくる円。大きなネコの瞳がわずかに潤む。

(そろそろフォローしてやるか)

 俺は円の頭をぽんぽんとたたいてからかきまぜた。

「とりあえず、あと2回で1曲分たまるだろ。それこなした後で考える」

「!じゃあ、がんばります!」

 途端、円は笑顔になって俺の首にしがみついてきた。痛い、と怒ると、それすらも嬉しいというように笑って俺にキスをした。そして、俺のパジャマのボタンを外しにかかる。

「今日一日、仕事して疲れてるんじゃないのかー?」

「それとこれとは別!」

 にっこりと笑って円は俺のパジャマをはだけさせ、肩に唇を寄せた。しっとりと熱い感触が肩に広がる。上目遣いで俺を見上げた円。あどけなさの代わりに、最近ようやく出てきた色気が現れる。

「ベッド、行きましょー?」

 誘われるがままに、俺は円とベッドルームへ向かった。

 

 

 

 

 自分から誘うくせに、いざとなると、円はいつもおびえる。

 俺の唇が肌を這うだけで、大きな瞳が不安そうに揺れるのだ。

「やっ・・・・・・やだっ・・・・・・・・・」

 下腹に手を這わせると、慌てたように円が押さえる。その唇をキスでふさぎ、円のモノに触れると、円の身体がびくんと跳ねた。

「常葉さん・・・・・・・・・」

 泣き出しそうな顔で俺を見上げる円。この顔を見ると、初めてセックスした後わんわん泣かれたのを思い出して、ちょっと身構えてしまう。初めてのセックスは、今日のように円のほうから誘ってきた。だから、てっきり経験があるものだと思ったのだが、その後、「初めてで怖かった」と泣かれてしまったのだ。

(あの時は罪悪感あったよなー)

 こいつから誘ってきたんだから、悪いと感じる必要はないはずなのだが、泣いている円が本当に幼く感じて・・・・・・・・・

(子どもを強姦したような気分になったんだよなぁ・・・)

 あれから一年。

 円は背が伸びて、体つきもだいぶしっかりはしてきたが、やはりまだ子どもだ。筋肉や脂肪がほとんど付いていない薄っぺらな身体が、余計にそう感じさせるのかもしれない。

 指でしばらく馴らした後、円の中に入ると、円は苦しそうに顔をゆがめた。

「う・・・・・・・・・・・・」

 震えるうめき声。

 しばらくはそのまま円が慣れるのを待つ。

「常葉・・・・・・さん・・・・・・・・・」

「ん?」

「動いて・・・・・・・・・・・・」

 頬を紅潮させて俺を見上げ、円が喘ぐ。しかし、俺が少し動いただけで、円は身体をのけぞらせた。

「・・・まだ無理だろ?」

「・・・・・・でも・・・・・・・・・」

「じゃあお前が動けよ」

「えっ・・・・・・・・・」

 よいしょ、と円の腰を持ち上げて体を起こさせ、俺と上下を交換する。俺にまたがるように座った円の背を支え、困惑げに俺を見つめる円ににやりと笑ってみせる。

「ほら、動けよ」

「っ――――――」

 騎乗位になった円を挑発するように軽く下から突いてやると、円が息を飲んで身体を固くした。感情を素直に出す円は、セックスの感度も素直だ。

「常葉さん・・・・・・・・・俺、どうしたらいいの・・・・・・・・・?」

「さぁ?」

「・・・・・・・・・・・・意地悪ぅ・・・」

 鼻にかかった甘えた声。

 円はしばらく考え、やがて、ためらいがちに腰を動かし出した。

「うっ・・・・・・んっ・・・・・・・・・」

 背中を支えてやっている腕に、円の身体の震えが伝わってくる。感じているのか、それともつらいのか、円は苦しげに目を閉じた。

(うわっ?)

 まずい。

 ぎこちない円の動きが、俺に妙な刺激を与えてきた。円が腰を動かすときにぎゅっとしめられ、ゆさぶられる。不定期なその振動に、思わず出してしまいそうになり、俺は慌てて円の腰を押さえた。

「・・・常葉さん・・・・・・?」

 怪訝そうに円が俺を見下ろす。

(危ない危ない)

 円ごときにやられてしまうのは癪なのだ。

 円を再び横たえ、両足を抱えると、円が表情を固くした。かまわずに腰を動かす。最初は浅く、徐々に深く強く。

「あぁっ・・・・・・」

 喘ぎながら円が俺の肩を引き寄せ、噛みついた。

(いてっ・・・・・・・・・)

 これは円の癖らしい。

 セックスに熱中し出すと、噛みついてくるのだ。おかげで、こいつをおそった後、俺の身体のあちこちに噛み傷がつく。しかし今日は特にひどい。円は食いちぎりそうな勢いで俺の肩に噛みついている。

「痛いって」

 引きはがしても、円はすぐに俺の首にすがりついて歯をたてる。埒があかないので、俺はそのまま腰を動かし、強く円を突いた。

「―――――――っ!!」

 びくっと円の身体が硬直し、背をそらせる。そのまま激しく円をゆさぶり、噛みつかれないように円の肩をベッドに押さえつけた。

「常葉・・・さん・・・・・・」

 あえぎつつも不服そうな円。しかし、こっちもこれ以上噛み傷を増やすわけにはいかないのだ。

 少し乱暴かと思うくらいの勢いで腰を動かす。

「あっあっ」

 円の喘ぎが短くなり、俺の腕にぎゅっと爪をたてた。

(いたたっ)

 本当にこいつはケモノみたいだ。噛むしひっかくし。

 お返しだとばかりにさらに激しく動くと、円は嫌だというように首を振った。

「どうした?」

「・・・ッだめっ・・・気持ちいーのにっ・・・・・・」

 がくがくと円の身体が震えだす。

(そろそろ限界だな)

 イきそうになっている円をやや乱暴に揺さぶると、すぐに俺の腹に温かい液がかかった。

「ごめ・・・なさ・・・・・・」

 荒い呼吸で喘ぐ円。

 顔を羞恥で真っ赤にし、切なそうに目を潤ませているのが、不本意ながら、ちょっと可愛い、なんて思ってしまった。それを打ち消すように再び動き出す。「あっ」と驚いたような声をあげ、円は側にあった俺の腕に噛みついた。

(馬鹿ネコっ)

 この噛み癖はどうにかならないんだろうか。

 大きな黒い瞳のネコは、うるうると目に涙を浮かべながら俺の腕に歯をたてている。引きはがそうとすると、ひっかかれた。

 はぁとため息をつき、俺は円にかまれたまま続けることにした。

 きっと、セックスが終わる頃には、俺の身体は噛み傷掻き傷だらけになっているに違いない。円は、セックスに夢中になればなるほどケモノ化するから。

 

 

 

 

「おまえ、この前イヌの着ぐるみ着てたな」

 セックスの後、ふと思い出した。

「えっ!?」

 横で寝ていた円が、目をまん丸にして身を起こす。

「着ぐるみ・・・・・・・・・?」

「耳ついた帽子かぶって、首輪つけて、ふさふさした服着て・・・」

「あれ・・・あれは着ぐるみじゃないですよ!イヌ風の服で・・・・・・っていうか、常葉さん、あれ観たんですね・・・・・・」

 円の頬がほんのり赤くなる。

 3、4日前にテレビをつけていたら、偶然、円の出ている番組がやっていたのだ。円と、同じ年くらいのアイドルたちが、妙なデザインの服を着て出演していたバラエティ。

「あれは、出演者がみんな動物の気持ちになってみようって、みんな動物っぽい服着てたんですよ。俺が選んだんじゃないです!」

「おまえも仕事選べよー」

「・・・内容は悪くなかったハズ」

「ちゃんと観てないから知らないけど」

「・・・・・・・・・ぅぅ」

「ま、似合ってたからいいんじゃないか、あのイヌの格好」

 大きなつり目のせいか、見た目的には「ネコ」っぽい気がするけれど。

「なんでも着こなせるのもアイドルの条件だろ」

「・・・・・・ホントに・・・・・・・・・?」

「ホントホント」

 そう言うと、円は照れたように笑った。単純なヤツだ。

「ねーえ常葉さん、今日ので1曲分、たまりましたよね?」

「たまってないだろ?」

「え?でもっ」

「2回イッたのはお前だけ」

「うぅ」

 悔しそうに円が唇をとがらせる。が、すぐに笑って俺にすり寄った。

「次はラブソングがいいなー。甘甘なの」

「あーはいはい。気が向いたらな」

 大きなネコは俺の胸に顔を寄せて目を閉じた。

「明日も大雪だったらいいのにな。そしたら撮影も休みになるし、常葉さんとも一回エッチして、曲作ってもらえるのに」

 そのまま円は俺に抱きついて、静かな寝息をたてはじめた。時間にしたらほんの数秒。黙ったな、と思った次の瞬間に、円はもう眠りに落ちていた。

(疲れてたんだろうな)

 そのくせ、セックスなんてしたから。

 年よりもずっと幼い顔で眠る円。俺は円の肩まで布団を引っ張ってかけた。そして目を閉じる。普段は滅多に使わない目覚まし時計を、明日の朝、11時にセットしてから。

 

 

 

 深々と雪の降る夜。

 ベッドに潜り込んできたネコは、いい湯たんぽ代わりだった。

 

 

end...

 

モドル