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街の雑踏の中を急ぎ足で歩く。 コート姿の人々が行き交う夜の街。 吐く息は真っ白に変わり、空へと上っていく。 日が暮れてからずいぶんたっているので、空気が芯から冷たくなってしまっていた。 (急がなきゃ) 明るいイルミネーションで飾られたお店を通り過ぎる瞬間、外にあった時計に目をやる。 待ち合わせの時間まであと10分。
今日は、先生と外で会う約束をしていた。 北海道から帰ってきてすぐ、先生は仙台へ行っていた。そして、次は新潟に行く予定になっていた。 その合間に、先生と会うことになっているのだ。
いつもなら笹目さんから入る旅行中の連絡が、初めて先生から来た。 それが、昨日の午後。 佐紀さんが部屋まで持ってきてくれた電話の子機を、僕は信じられない思いで見つめていた。 「まゆ?」 いつまでたってもしゃべらない僕に、不思議そうに先生が問う。 「先生……?」 「どうしたんだ、もう寝てたのか?」 「えっ………」 つられるように部屋の時計を見た。―――――――――まだ夕方の五時。 「寝てないですよっ」 慌てて答えると、電話の向こうで先生が笑った気配がした。 からかわれたのだ。 電話では見えないけど、少し唇を尖らせて僕は会話に戻る。 「先生、いま仙台ですか?」 「あぁ。こっちは寒いよ。雪が降ってる」 「雪………」 こちらは今日はいいお天気だった。その差が、先生との遠い距離を感じさせる。 (さみしいな…………) 昔、約束したとおり、北海道への演奏旅行へ連れて行ってもらったのだから、これ以上ぜいたくはいえない のだけれど、本当は今度の仙台行きへもついていきたかった。 北海道で、先生に「好き」だといってもらえて、あんなに一緒にいたのに、 こうやって離れてしまうと、急に不安になってしまう。 先生は本当に僕のことが好きなのかな?って。 「真雪?」 黙り込んだ僕に、怪訝そうに先生が声をかける。それで僕は我に帰り、受話器を持ち直した。 「あ、えっと、すみません。ちょっとぼーっとしちゃって……」 「疲れてるのか?悪いときに電話したな」 「あっ、いえっ…大丈夫です!」 「そうか?……それで、明日、そっちに一度戻って、それからすぐに新潟へ行く」 「家まで帰ってこれるんですか?」 「いや……時間的に無理だな。新潟への新幹線に乗り継ぐまで、多少は空いてるんだが…」 「そうですか………」 またしばらく会えないんだ………… ずきん、と胸が痛い。 いつも笹目さんがしてくれる日程連絡の電話。それを先生がしてくれてうれしいのだけど、 先生の声を聞いてしまったせいで、切なくなってしまった。 「新潟には…どのくらい……」 「5日間。それからそのまま大阪へ行く」 「じゃあ、次に家に帰れるのは………」 「2週間後ぐらいだな」 「…………………………」 2週間。 なんて遠い。 だけど、その瞬間、僕の脳裏にいい考えが思いついた。 ゆっくりはできないかもしれないけど、僕が、先生に会いに行けばいいんだ。 新潟や大阪へ追いかけていくのは無理だけど、 新幹線に乗る前の先生になら、会いに行ける…… 「先生!僕、上野駅行ってもいいですか?先生のお見送りしに!」 「―――――――――――――」 ほんの少しの沈黙。 断られちゃうかな?と不安になったのも束の間、先生はやさしい声でこういった。 「道に迷うなよ、まゆ」
もうすぐ、もうすぐ、待ち合わせ場所につく。 時間にまだゆとりがあるのを確認して、僕は歩くスピードを落とした。 そして、近くのショーウインドウに近づき、走ったせいで乱れた髪の毛とマフラーを直す。 ガラスに映った自分の顔が、少し緊張しているのがわかる。 1週間ぶりに会う先生。 どんな顔をして会おう? 目を閉じて思いきり深呼吸をする。 「よし!」 気合を入れて、待ち合わせ場所へと進む。 上野駅の赤いレンガに寄りかかって、先生はいた。 その姿を発見した途端、僕の足は自然と速まっていた。 僕の気配に気づいたのか、先生がこちらを見た。僕は反射的に笑顔になる。 「先生!」 駆け寄って思いきり飛びつく。 周囲の人が何人か驚いてこちらを見たけれど、気にしない。 先生はゆっくりと僕の背中に腕を置いて抱きしめてくれた。 「おかえりなさい!先生!」 「迷わずに来れたな」 「当たり前ですよ!僕、もうすぐ高校生なんですからね!」 見上げると、微笑む先生の瞳が僕を映していた。それだけで僕は幸せになる。 「新幹線の時間、何時ですか?」 「9時10分」 「じゃああと2時間くらいですね」 長い時間とはいえないけれど、先生と一緒にいられる。 そう思うと、自然に笑みがこぼれてしまう。 「晩ご飯食べましょう!」 小さな子どもみたいに先生の手を引っ張ると、先生は苦笑して僕の横に並んだ。 先生は、僕より20センチくらい身長が高いので、こうして並ぶと僕の頭は先生の肩くらいになる。 その肩に額をぶつけ、先生の腕に腕を絡めて甘える。 「こら、歩きにくいだろ」 そういいながらも、先生は僕の腕を振り払わないでいてくれる。 そのとき、僕の鼻先にふわりと冷たいものが降ってきた。 「?」 見上げると、真っ白な綿毛のようなものが、いくつもいくつも、ゆっくりと空から降りてきていた。 「雪………」 「降ってきたな」 白い大きな牡丹雪が、風に漂うように静かに落ちてくる。 「先生、仙台から雪、連れてきちゃったんですね」 そういうと、先生はまだまだ子どもだな、というように笑い、僕の髪をほんの少しだけかきまぜた。 ふわふわ降りそそぐ雪はとても綺麗だった。 だけど僕はその綺麗さよりも、もっともっと雪が降り積もって、新幹線が止まってしまったらいいのにな、 なんて、不謹慎なことを考えていた。
そんな、雪の、夜。
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2001.12.15